第52話:有翼族 その1
守護神が誕生したとしても、やることに変わりはない。
俺は畑を耕して、村人の相談を受け、指示をして、時折見回りする。
村人はそれぞれの役目を果たす。
皆、意外と忙しい筈だが、それでだるいとか疲れたとかいう言葉は聞いたことがない。
「この中に疲れて疲れてどうしようもない奴はいるか?」
大蜘蛛やシャドウウルフも集めて、ある日訊いたことがある。
ただ、皆、首を横に振った。
ひとり残らず。
「確かに働くと疲れるけど、その分食事は美味しいし、夜もぐっすり眠れるよねえ」
「それで朝だるいとか眠いとか感じたことないし」
「汗を掻いてもその汗が気持ちいいというか」
「むしろ分担するのが勿体ない感じですね」
「もっと労働を! 働き場所をーーーーッ!! って感じだよね」
「あんまりやることがないので、結構暇をもてあましたりしてたりするのは秘密です」
「空いた時間はゲームや昼寝をしてるので、配慮は不要ですよ」
「休憩や食事もしたくなったら自由に取るって感じで、マイペースで行けるのがいいです」
「狩りもあの緊張感がクセになるというか」
「自分の中の何かが解放されそうな、そんな感じするよね」
「私たちは私たちで気ままにやってますから、村長が気を配る必要ないですよ」
「ただ、サボるのがあんまりいないのが意外というか」
「そうよねえ。元の村だと結構かったるかったりやる気がなくなったりすることも多くて、サボることは結構多かったんですけど」
「この村では何かをしてないと落ち着かないというか」
「どちらにしても、誰も相当に疲れてるってことはないですよ。風邪や怪我でダウンする時にはエリシアさんに言って寝させてもらってますし」
1人、負担が大きいとしたら、いま名前の出たエリシアだろうか。
彼女は俺のサポート兼薬師兼医者兼副村長のような役目をしてもらっている。
この村にスライム以外で初めてやって来た人型なのだから、どうしてもそういうポジションになる。
エリシアに訊いてみた。
「正直、負担が重いという不満はないか?」
「不満というほどじゃないけど、ちょっと毎日忙しいかな、って感じかな?」
あははは、と小さく笑うが、その表情は少し固かった。
薬師兼医者で、その他の研究仕事もしている、となると、俺が想像している以上に忙しい可能性はある。
失念していた。
この1年ほぼ休みなし。
それでいて村における責任は重大。
俺が大丈夫だから気が付かなかったが、いつの間にか彼女を猛烈に忙しくさせていたことに思い至った。
そもそも、病気や怪我を治せる手段を持つのは、村ではほぼ彼女だけだ。
いま、彼女を欠いたら、村の機能が一気に落ちる可能性に初めて気が付いた。
俺のミスだ。
「忙しくさせて済まん」
頭を下げる。
彼女が慌てた表情になった。
「ああいや、そこまで切羽詰まっているわけじゃないから! 研究というならノルデースもいるし、クラッヘとも魔法談義を楽しんでるし、それに忙しければ忙しいほどやり甲斐もあるし、楽しくないわけじゃないのよ?」
「ただ、医者ポジションがお前さん1人となると、ちょっと心もとないな」
「それはあたしも思う。今は薬を作れてるからいいし、1日、2日の体調不良なら寝て治るし、その場合でも作り置きがあるからそれで済むし、ただ、これ以上人数が増えたら、ちょっとキツイかなーって」
「妾があんまり役に立てんで済まんのう」
ノルデースも頭を下げた。
「妾は不死術専門でな。生者の治療は、エリシアに少しずつ習ってはいるが、村人全員を診るとなると、ちと心もとない」
「ああ、ノルデースも謝らないで! あたしが頑張ればいいだけの話だし! ただ、魔法使いポジションが2人だけってのは、今はいい、今はいいんだけど、これ以上人口を増やすとなると、パンクする可能性は大だわね」
「そこまで切羽詰まっていたのか。考えが及ばんで済まん」
俺は再び頭を下げた。
「謝らないで。あたしはあたしのやりたいようにしてるだけだし」
「同じく、簡単に謝るな、村長ともあろうものが。もっと皆に無理させてもいいのだぞ。使い捨てを考えないのは、上の人間として失格じゃ。もっと圧力をかけた方が、村の形として健全に近いのだぞ」
「それは実際に使い捨てをしてたお前さんだからじゃないのか? 俺は脱落者をあんまり出したくない。役に立てなくなった、大怪我をして働けなくなったからといって追い出しはせん。村に来たからには最後まで世話する。それが俺の正義だ」
「甘いわねえ」
「甘いのう」
「でも、そんなところが嫌いではないわ」
「妾もヤキモキするところはあるが、そんなところがお主の美徳だとは思っておる」
「ただ、このまんまにしておくわけには行かないかも」
「その通りじゃな。作物の在庫も貯めに貯めておくままじゃが、このまま放っておくといずれパンクするし腐ったものを間違って他の村に配る破目になるかもしれん。ただ、そんな場合でも、腐ったものを食って腹を壊すのは向こうの自己責任じゃから、心を砕く必要はないと思うとるがな。タダで受け取ってるものに不満を言わせるなんて、妾が赦さんからの」
「ということは、明らかに足りないのは計算事務と医者と魔法使いってことか?」
「そういうことになるわね」
「そういうことになるな」
「医者が他にいれば、エリシアも研究に邁進できると」
「そうね。今の村医者ポジも嫌いではないんだけど、楽しいのはどちらかと言えば研究の方だし、他に誰かいれば遠出もできるし」
「計算や事務が他にいれば、村人たちも慣れない集計もしないで済むと」
「うむ、マトモに計算ができるのがエリシアと妾ぐらいじゃからな。暇を見つけては村人に教えてるんじゃが、いかんせん教える数が多いし、その1人1人に『できる』まで教えるとなると骨じゃ。また、せっかく覚えの良い者が生まれたとしても、字が書けん、言葉を紡げんでは意味がないからのう」
そう言うと、ノルデースはちらっと大蜘蛛の方を見た。
なるほど、「字が書けん、言葉を紡げん、で、『計算ができる』」のは彼らのことか。
ハイエルフやハイドワーフもその辺の知識は疎そうだ。
日々、必死に森と戦って生きてきたわけだし、知識や技術の独占は権力者の特権だ。
市井は莫迦なままでいい、としてるからこそ、権力者の持つ「それ」が役立つし、際立つし、優位性を保つのだし。
「クラッヘはその辺について人材に当てはあるか?」
「う~~~~ん、一から育てるならまだしも、この村に移住状態で来させるとなったら非常に難しいな。キュバスはその辺疎いし、ウチにはキュバス以外もいるが、そういった人材は俺たちの方でも不足気味なんだよな。少しでも字が書ける、計算ができるとなったら、家柄も立場も跳び越して無理にやってもらってるんだが、そうなった時に内部の妬みが激しいんだ。せっかく育った人材がその妬みで潰されることも1人や2人じゃねえ。むしろ常に潰される可能性を考えた方がいいくらいだ。だから、正直、その辺で役に立てる気がしねえ。済まん」
「いやいや、無理を言ってこっちも済まん。なら、オヤジさんも似たようなものか」
「オヤジの方がそっちの方は激しいんじゃないかな? 俺以上に厄介ごと抱えてるし、その厄介ごとを抱えててこそ神龍としての立場を保ててるし」
総てが巧く行っている。行っていた。
そう誤認していたが、本当のピンチは隠れた形で進むものだ。
その辺にすんでの所で気付いて僥倖だったというか、ギリギリセーフだったというか。
無闇に拡大路線を続けていたので、彼女らにそう告白してもらってありがたかった。
そうでなければ、俺の知らないところでうっかり人材を使い潰していた筈だ。
しかし、当てがないのは辛い。
この森は人間文化圏から遠く離れているという。
クラッヘやクライルヴァードの言葉で俺はそれを知っている。
ハイエルフやハイドワーフやアントケンタウロスなどは森に集落を作っているが、そのやり方は非常に原始的なものであり、専門的なものを委せるとなると荷が重い。
いわんや、高度な計算や医学をや。
都合の良い存在はないものか。
専門知識を持ってたり、四則演算や言語能力を持ってたりして、使いべりせず、人数がそれなりに揃っていて、この村に棲んで貰える人材が。
しかも、引き抜いても憂いがなく、移住してもどこからも文句がなく、多少性格に難があってもいいから、美味しい食事だけで喜んでこの村に来てくれる、という、都合の良すぎる存在が。
そんな告白を受けて悩んでたある日。
来襲があった。そんな報告を屋敷の中で受けた。
10人前後。
人型らしい。
そして背中に羽を生やしているという。
「有翼族です!」
「有翼族?」
「テングとも言われてますね。この森の『七凶』にはギリギリ入れられませんでしたが、入っても不思議ではなかった種族です」
「特徴は?」
「征服です」
「征服?」
「特定の集落がない代わりに、任意の村を襲って、その村を支配します」
「支配するってことは、頭が良いってことか?」
「良いですね。力押しではない戦いを好み、戦術を練って、その通りに展開をします。10人前後でも侮れない存在です。私たちハイエルフ100人が対峙してようやく互角の戦い方ができるくらいです。向こうは空を自由に行き来しますので、苦労しますね」
「そうか……」
俺はクライルヴァードに貰った神剣を担いで、外に出た。
昂揚していた。
鴨がいなくて困っていたのに、向こうからわざわざやってきてくれた。
1人たりとも逃がしはしない。
俺は心の中で舌舐めずりをした。
外に出ると、すでに戦いは終わっていた。
神剣の出番はなかった。
せっかく使えると思ってたのに。
状況を見ていた者に聞くと、その様子はまさに「蹂躙」そのものだったという。
10人前後の有翼族がハイエルフたちを見て何かを言いかけた。
その頭上からグレートワイバーンが一気に襲ってきて、地上にはたき落とした。
それを大蜘蛛、シャドウウルフ、ボウショクヤケイ、スライムたちが蹴ったり叩いたり押さえつけたりして、人型の出番はなかったという。
むしろ、人型以外連合軍がたちまち退治したのを、地上でぽかんと見つめるだけだったらしい。
「怪我はないか?」
「コケッ!」
「クワッ!」
ボウショクヤケイやグレートワイバーンがそれぞれ答えてくれるが、俺の訊きたいのはそっちの方ではなかった。
「向こうに怪我はないか」
ただ、村人を大切にしないのもアレなので、その辺は黙っておいた。
とりあえず1人も逃したり殺したりしなければそれでいい。
「もーう、何なのよーーーーーーッッッ!!!」
ボウショクヤケイの蹴爪に押さえられていた一人が呶鳴り声を上げた。
女性の声だ。
「私は族長の娘よ? こんなことして、私のパパが承知しないわよ? ドラゴンも引き連れて、蹂躙し返してやるんだからーーーーーーッ!!!」
「シュリン様、今はそんなこと言ってる場合では……」
「何でこいつらが連合組んでるんだ! 敵対してた筈じゃないのか?!」
「何でこいつらがこんな広い畑を作ってるんだ! それともそのアントケンタウロスやハイエルフが畑を作って、こいつらが護っているというのか? 信じられん!」
「この村は何なんだ! いろんな種族が混淆しているぞ! いったいどういう村なんだ!」
「ドラゴンか? ドラゴンの村か? しかし、山ならまだしも、森に集落を作るとは聞いていない! しかも、ここは森のド真ん中もド真ん中、山からかなり遠い場所だぞ!」
「シュリン様……どういたしましょう。我々はここで殺されるのでしょうか」
「駄目よ! 何とかして逃れるの! そしてドラゴンを連れてきてこの村を燃やすの! 私たちにこんなことをしでかして、赦さない! たとえ私が死んでも、パパは絶対赦さないわ! 見つけて、見つけ抜いて、絶対復讐し尽くすんだから……し尽くす、かも」
穏当でない物言いをしている。
俺は遠くからその様子を眺めていた。
当事者たちが攻守双方ともまだ昂奮状態なので、近付くと厄介だ、というわけではない。
単に興味深かっただけだ。
言葉からお嬢様っぽい感じだ。
しかも族長の娘と言っていた。
有翼族、別名テング一族の有力者の娘か。
頭は良さそうだ。
抜けてる部分も非常に多そうだが。
見た目からして、『七凶』のグレートワイバーン、大蜘蛛、シャドウウルフが頻繁に行き交うこの場所をわざわざ狙うとか、正気の沙汰ではない。
俺が彼女の立場なら、さっさと撤収してパパとやらにその存在を告げて、10人どころではない、1000人単位の大軍を率いてやってくる。
この村はそれほどの存在だ、と自負している。
ちょっと過大評価な部分は否めないが、住民が人型・非人型合わせて1000以上になるのだから、それくらい連れてこないと割に合わない。
どうして10人前後で何とかなると思っていたのか。
「あ、村長」
ハイエルフのサラチが俺を見つけて声をかけた。
「こいつらどうします? 蹂躙する、とか、復讐する、とか、穏やかならぬことを言っておりますが」
「匿う」
「は?」
「確保する。これ以上怪我させるな。俺の屋敷に連れてこい。怪我してるなら治療しろ。そして言い含めてこの村に棲んでもらうんだ」
「え~~~~~~」
サラチはげんなりした顔で俺に不満そうな声をぶつける。
「こんな奴らをですか? 村長が危ない目に遭ったらどうするんです?」
「その時はその時だ。俺がなかなか怪我しないのはお前らと初めて逢った時でも明らかだっただろ? 10人一気に来ても、大丈夫さ、たぶん」
「それはそうなんですが……」
「不満か?」
「大いに」
「どこら辺が?」
「生意気です。さっさと縛り上げて、徹底的に恐怖を与えて、退散させて、この村の脅威を族長とやらに告げてもらった方が、よっぽどこの村のためになります。あと、こいつらが村長の言うことを素直に聞くとは思えません。労働力も足りております。禁錮するには、食糧が勿体ないです。いきなり棲まわせるとはただごとではありません。ただ……」
「ただ?」
「その後は村長のご判断ですね。私たちはそれに従うのみです。言うことを聞かなければ追放するのもいいですし、重い罰を与えても、誰も見向きもしないでしょう。ドラゴンを呼ぶと言っておりますが……」
「真龍、大龍を呼んできたとしても、すでに神龍、龍姫がこっちにいるんだよなあ。どうするんだろ、あいつら」
「どうするんでしょうねえ。真実を知ったらびっくりして死んじゃうんじゃないんでしょうか」
「死なれるのは困るな。人材難なんだ」
「計算や医者のできる人がいない、って言っておられましたよね。あいつらにそんな才能があるとご判断できる材料でも?」
「その時はその時だ。単なる莫迦だったら、お前の言う通り、恐怖を与えてパパとやらに告げ口してもらうだけさ。それで逆襲してくるようなら……」
手元の抜き身の剣が、カッ、と光を帯びた。
俺の意思が乗り移ったかのように、怪しく緑色に光る。
サラチの顔に、大きな汗が一筋流れた。
俺の意思を言葉でなく、剣の色で的確に読んだようだ。
俺が一歩前に踏み出すと、ザザザッ、と人垣が割れた。
ボウショクヤケイやグレートワイバーンは有翼族を押さえつけてはいるが、彼女らはその足の下でじたばたしており、窒息している様子はない。
押さえつけてる連中は「充分手加減しました」とばかりに、クワッ、ケコッ、と鳴いた。
「村長のお出ましよ。貴様ら、ひれ伏しなさい」
同じく押さえつけながらエルダーアラクネのレケが俺に視線をやった。
ひれ伏そうにもすでに地面に縛り付けられてる状態だが、無理を言う。
状態ではなく気持ちでひれ伏せ、と言いたいのだろう。
「あんたが首魁ね! 私たちを解放しなさい!」
リーダーらしき女性が喚く。
俺は鼻白む。
この状態で、この軍勢で、なおも威勢を失わないのは大したものだ。
勇敢ではなく蛮勇の方が大きそうだが。
「私たちに怪我させたら、パパが黙っちゃいないんだから!」
「そのパパの軍勢とはどれくらいだ?」
「え?」
「だから、ここから逃げたらパパとやらに言いつけたらいい。その軍勢はどのくらいだ?」
「えーと……200、いえ、1000、いや1万!」
「1万人もお前らはいるのか?」
「そんなにはいないけど、ドラゴンに頼んで根こそぎ動員してもらうんだから! 私たちの言うこと聞くんだから!」
「そのドラゴンとやらは神龍か?」
「え?」
「神龍なのか? それとも真龍なのか、大龍なのか? 神龍を呼べるとしたら誰なんだ?」
「えーっと……大龍、い、いえ、真龍も必死に頼めば来てもらえるわ!」
「だとさ、クラッヘ。真龍が来るんだと。お前さんは対応可能か?」
「真龍くらいなら10匹は余裕だな。俺のオヤジなら、まあ、天と地の差だ。オヤジ呼ぶか?」
「頼めば来てくれるだろ」
「神龍って……」
「クライルヴァードという名前を聞いたことあるか?」
「聞いたことある……その方と知り合いなの?」
「知り合いというか、飲み友達だねえ。ども」
クライルヴァードが人型のまま挨拶しながら人垣を割ってやってきた。
あくまでもフランクな姿勢は崩さず、しかし、何となくオーラが立ち上っているような感じがする。
これは分かる。怒気だ。彼は静かに怒っている。
「どーもー、そのクライルヴァードとやらでーっす。で、この村に攻め込むんだって? なら俺はこの村に加勢するぞ。真龍や大龍連中にも言い含めるから、キミのパパとやらに味方するドラゴンやその麾下連中はいないんじゃないかなあ。竜レベルならエサによっては味方するかもしれないが。親戚連中にも言っておくから、たぶんキミに味方するドラゴンはいない。むしろ全員敵に回るぞ。で、この村に攻め込むって? 正気? マトモ? それとも蛮勇? どれ?」
ぶわっ、と風が吹いたかと思うと、彼はドラゴンに変身した。
全長数十メートルの偉丈夫だ。
たまに見る姿だ。
黒々とした鱗が輝きを放っている。
「……」
急にリーダーが押し黙った。
「あれ?」
「気絶してるね」
見ると有翼族の娘は泡を吹いて白目を剥いていた。
やり過ぎたかな。




