第51話:守護神像
それにしても住民が増えた。
人型。ハイエルフにハイドワーフ。
人間の形をしているというならクラッヘやノルデースなどもいる。
流石にクライルヴァードは「棲んで」はいない。ほぼ毎週やってくるけど。
飲み過ぎた日は屋敷に泊まって帰ったりするけど。
キュバスも人型だ。
今は全部で20人くらいがこの村にいる。
全員女性だ。
「夜の仕事」も彼女らの仕事の範疇らしい。
その時の表情からはどちらかと言えば「役得」のような感じもしなくもないが。
人と動物の混合した異形、エルダーアラクネにアントケンタウロス。
エルダーアラクネは集落からの脱走組なのに対し、アントケンタウロスは元の集落から交替で詰める『半移住』だ。
そのうち『全移住』するのかもしれないけど。
俺の村に居させるのは、居させればその分、元の村の食糧消費が少なくて済むというのもあるらしい。
何よりもここはメシが美味いので、派遣要員はかなりの人気なのだそうだ。
村長や村役が本気で移住を考えている、と深刻な顔で言ってきたこともある。
その様子から俺は、彼らが冗談や希望で言ってきてるのではなく、半ば本気でそうしようと考えているということを悟った。
流石にそこまでさせるとまずいので、こちらから食糧を多めに渡すことで何とかしてもらおう。
スライム。これはもう算えきれないほどいる。
算えている間に増えたり消えたりするので、誰も彼も算えるのを諦めたらしい。
ちなみに俺が整列させて算えたら500匹以上になった。
凄いな。最初は100匹前後から始まったから、5倍以上になってるぞ。
彼らには村の内外で活躍してもらっている。
水中特化しているタイプも発生しているようだ。
水路の警備をしているエルダーアラクネたちから聞いた。
『七凶』の2種類。大蜘蛛とシャドウウルフ。
これは全員が村にいるわけではなく、ある程度は村の外やダンジョンなんかにも居着いてもらっている。
ちなみに彼らの認識では、その場所も「村」なのだそうだ。
俺の足で1日歩いても辿り着かない場所まで「村」か。
広さ的にはどのくらいになるんだろう。
同じく『七凶』のグレートワイバーン。
流石に彼らは村に定住しているわけではなく、普段は元の巣に棲み、縄張りを哨戒して回っている。その哨戒地域に俺の村も入ったという感じだ。
駐在は美味しいメシが食べられるということで人気だそうだ。
ある程度作物の持ち帰りもしているから、駐在組とそうでない組が露骨に食事で差がつけられているわけではないらしい。
ボウショクヤケイ。現在は11匹がこの村にいる。
もっぱら卵の提供を行ってもらっている。
有精卵と無精卵を見事に見分けて、無精卵の方を村に提供している。
ということは、提供されてない卵はもうすぐ雛が孵るということか。
できることなら無事に育ってほしい。
他の住民と違うのは、この11匹が特別に匿ってほしいと言ってきた個体であり、他のヤケイは基本彼ら、そして村と敵対していること。
敵対と言えば、ハイエルフやハイドワーフも同族に敵は「いる」と言っていた。
彼らの存在イコール総てが村の味方でない、というのは俺も承知している。
ただ、できることならそういう存在は少ない方がいい。
ボウショクヤケイについても。
鳥肉はどうしよう、と相談していたら、そのボウショクヤケイが大型の鳥を狩ってきた。
すでに血抜きまで済んでおり、焼くだけで俺らも食べられるらしい。
利口すぎてちょっと気がひけるくらいだ。
グレートワイバーンといい大蜘蛛といいシャドウウルフといい、そしてボウショクヤケイといい、この村に居着くと人間の意思を的確に読めるようになっている。
もちろん彼らが一般的な個体でないことは分かっている。
この村の「何か」に当てられて頭が良くなった個体。
この村が、そして俺に接してくる連中だけが特別なのは、把握している。
牛、豚、山羊、ヒツジ。
だいたい10~20匹前後。
割と後でやって来た連中だ。
肉はホーンラビットやベアボアなどでまかなっているので、彼らには主に草刈りやミルク提供の方で頑張ってもらっている。
ただ、山羊とヒツジはともかく、牛豚は一応食糧になってもらうつもりだ。
特に豚は繁殖組を除いて、ほぼ全部を肉にするつもりだ。
俺はその覚悟がある。
あった筈なのだが、彼らが時折こちらに向けてくる目を見るとその意思が挫かれそうになる。
負けないぞ。
総勢で村にいる住民、駐在組だけで100人前後。
グレートワイバーン、シャドウウルフも同じくらい。
大蜘蛛はかなり多くて算えきれない。何せ特にミニマムクラスは小さい上にあっという間に増えるので。
スライムは前述の通り。
そして家畜の数々。
たった1人で始めた村が大きくなったもんだ。
感慨深くなった。
この総てが俺の畑にほぼ頼っている。
自前で食糧を、エサを得る者たちもいるが、ほとんどが俺の食糧を楽しみにしている。
その期待に応えねば。
それにしても、村も畑も広くなった。
すでに建屋や畑のある場所だけで平方キロメートルレベルの面積がある。
俺が『救世主』で『巨人』で、手に持つものがことごとく『神具』となり、衝撃波で畑を耕せなかったら、早晩詰んでいたことだろう。
この能力に感謝だ。
そこではた、と気付いた。
「俺はいったい誰に感謝すればいいんだろう?」
もちろん力を与えてくれた「上のヒト」に感謝すればいいのは分かっている。
だが、彼らはこの世界の住民ではない。
異世界、異次元の存在であり、今以上に俺を助けてくれるわけではない。
そもそも。
村人の大半は俺を崇敬しているが、俺は困難にぶち当たったら誰に頼ればいいんだろう。
困難と言えるほどの困難に当たったことがなかったので、失念していたが、俺が何らかの形で気持ち的に潰れたら全員が詰む。
その解消の仕方、心の拠りどころを作っておかねばいけないことに気付いた。
村の結構な人数が神龍、特にクライルヴァードを崇拝しているというから、俺もクライルヴァードを崇拝すればいいのだろうか。
駄目だ。すでに彼はフランクな友人枠になってしまっている。
今さら「崇拝するのでよろしくお願いします」と言っても彼自身が強く拒否するだろう。
ならば、神々か。
しかし、ドラゴンたちが感じている筈の『龍神様』とやらも、頂上神、汎神、土着神とやらも俺は感じたことがない。
『いる』と言われているからには確かにいるのだろうが、俺とコンタクトを取るケースは皆無であり、誰かが顕現、受肉して近付いてきている感じもしない。
割と迅く来そうな気もするのだが、なぜなのだろうか。
「上のヒト」たちに直接の接触を禁止されている?
あり得る。
俺が直接神々とコンタクトを取れたら神々の世界もわやくちゃになってしまうので、「上のヒト」、つまり「管理神」だ、そのレベルから指令が降りてきている可能性は充分にある。
ただ、それだと困る。
俺の拠りどころがないから。
なので、あくまで「上のヒト」の存在は秘密にしておくとして、俺が拝むべき何かを作りたい。
その結果として頂上神、主神とやらが受肉、顕現したとしても、「上のヒト」たちは赦してくれるだろう。
俺が困ったなら彼らも困る筈なのだから。
何と名付けようか。
頂上神、汎神、土着神はいるので、それとかぶらない内容。
「……守護神?」
いきなり発想が降りてきた。
そうか、村の守護神か。
どの神々でもない、村そのものと俺と住民を護る「守護神」。
それでいいだろう。
さっそく岩を持ってきて、誰にも近付くなと言い含めて、作業部屋に籠もった。
鑿と金槌を持って集中する。
俺が神妙な顔で岩を抱えてきたので何をするのかと怪訝な顔をする者が大半だったが、「ちょっと小一時間籠もって像を彫りたい」と言ったら皆、俺をひとりにしてくれた。
いつもは部屋の梁にいるミニマムたちも、今ばかりは全員姿を消している。
「そこ」がただの作業部屋でなく、神域になったような感覚に、俺は陥った。
何を彫るかはあらかじめは決めていない。
精神を集中させて、俺の中にある「守護神」イメージを固める。
何となく前世の既存の神々イメージが混じりそうな気がしたが、その時ばかりは邪念が入らず、まるで澄み切った水面のように、頭が冴えた。
そして、何かが降りてきた。
その後の記憶がない。
小一時間経って俺が見たものは、何と言うか、表現に困る、達磨のような小ぶりの像だった。
目鼻口もはっきりしていない。
手足も生えていない。
まさに「達磨」と言うのがしっくりくるような素朴な像だ。
ただ、直感でできたのなら、それが「守護神」の正しい姿でいいのだろう。
俺はその像を屋敷の裏手に持っていって、材料を持ってこさせ、簡単な社を作った。
雨に濡れない程度の簡単な社だ。
ドアもついていない。
イメージとしては地蔵尊のような何かだ。
裏手にしたのはワケがある。
村人の、特に人型の多くはすでに信仰を持っている。
その邪魔をするわけにはいかない。
俺が拝むだけだから、こっそり目立たない方がいいのだ。
どちらにしても、俺の直感100%の、無貌の像だし。
そして次の日、目を覚ました俺は驚くべきものを目にすることになる。
その屋敷の裏手に、すでに膨大な人数が並んでいたのだ。
そして俺の作った像を拝んでいる。
皆、涙を流している。
大蜘蛛やボウショクヤケイまでやって来ている。
そして拝むような格好をしている。
「お前らどうしたんだ」
「どうしたもこうしたもないです、何なんですかこれ」
「何てことはない素朴な像なのに、拝まずにいられないです」
「涙が止まらないです。どうしてなのか自分でも分からないです」
「お前らの信仰は龍に捧げたんじゃなかったのか」
「それはそうなんですが、これは何と言うか……」
「龍は希望というか、安心を得る糧という感じなんですが、これは……拝まずにはいられない、見るだけで心が澄み渡ります。拝めばもっとスッキリする感じです」
「心の澱がサーーーッと洗われていくというか、この場所にいるだけで総てを赦したくなるというか」
大蜘蛛やボウショクヤケイたちもこくこくと頷いている。
まるでここにいる者たちの意思が統一されたかのような、そんな感じを受けた。
彼らの気持ちは分かる。
俺でさえも、この像を見ると気分が晴れ晴れとしてくる。
多少困ったことがあったとしても、総てを赦したくなる気持ちになる。
「――神域」
そんな言葉が降りてきた。
そうだ、神域だ。
この場所が丸々神殿や神社になったような感じがしたのだ。
「上のヒト」に感じたものではない。
失礼を承知で言ってしまえば、それよりもマクロな何か――。
大宇宙、大自然の澄み切った要素がこの像に凝縮され、屋敷の裏手に改めて放出されているというか――。
「神殿を建てましょう」
「いいえ、このままの方がいいと思う」
「何で?」
「神殿を作ったら、私たち人型以外、拝めなくなるじゃない」
「大蜘蛛やグレートワイバーンやシャドウウルフも来てるね」
「確かに、これは拝みたくなるのも分かるかも」
「他の村にも拝みに来るように言う?」
「それはやめたい」
俺はずけりと口を差し挟んだ。
「これはこの村の守護神だ。他の村には他の村の信仰がある。その邪魔をしたくない」
「守護神……確かに守護神って感じする」
「守護神様ね。確かに、無闇に拝まれると邪魔って感じはするかも」
「村にあってこその守護神様というか」
「村長、他の村から来て自動的に拝みたくなること自体は問題ないですよね」
「ああ、この守護神は総てに開かれている。同時に総ての邪魔をしない。拝むも無視するも自由だ。足蹴にされたら別だが、そうでなければ本人の信仰をより尊重したい」
「橋の村の守護神様……この村にどうか祝福を。いや、村長や他のひとたちが頑張ってないってわけじゃなくて、何と言うか、守護神なので村を守護してもらいたい、というか、あたし何言ってるんだろ」
「分かるよ。気持ちは」
ははははは、と俺を含めてその場の全員が笑った。
無貌なのにもかかわらず、その像もにっこり笑ったような気がした。
たぶん気のせいじゃないんだろうなあ。
ちなみに。
クライルヴァードが来た時、その像の前で寝ていた。
大の字で、うつ伏せで。
いや、その状態で泣いてるから寝てるわけじゃないか。
五体投地。
身体の総てを地面に投げ出すような祈り方。
そう言えばそんなものもあったような。
彼は龍神様を崇めてる筈だがいいんだろうか。
まあ、いいとしようか。
信仰は自由だ。
その後も、守護神像の周りにはお供えがひっきりなしに捧げられるようになった。
クライルヴァードは「神剣を捧げたい!」と喚いたがそれは俺が必死に止めた。
これは武器を捧げられて喜ぶような像じゃないしな。
村に守護神とその像が生まれた1日だった。




