第50話:アントケンタウロス
ふと思った。
「この世にない植物は育てることができるのか?」
この世にない、というのは、そのままの意味と、「俺の前世にもない」という意味だ。
つまり、全く新しい植物。
常識で考えれば、そんなものが生える筈もない。
『奇跡』にも限界はあるのだ。
だが、農産物に限って言えば、俺の想像を超えて、植物は生えた。
品種改良済みのがいきなり生えた。
ならば、俺が特段強く希望しなくても、そのうちに生えてくるのかもしれない。
いつになるかは分からないが。
植物だけではない。
動物も新しい生活をするようになった。
たとえばスライム。
住民の話を聞くと「利かん坊の気ままな野生生物」という感じだが、この村では立派に「住民」として活躍し、自立している。
村人ともコミュニケーションが取れている。
そして大蜘蛛、シャドウウルフ、グレートワイバーンといった『七凶』たちも、本来は仲がいたくよろしくないらしいが、この村では仲良く暮らしてトラブルらしいものは一切起こしていない。
そもそも、ハイエルフとハイドワーフが一緒にいることすら珍しいという。
彼らは必要とするものがかぶるので、本来は別々に暮らしている。
たまに出遭っても、その時は縄張りの接触なので、争いになることが多い。
その、本来不倶戴天の敵である筈の彼らが仲良く暮らしている。
ハイエルフ、ハイドワーフとも「あり得ない」と、訊くと言っている。
「何でか分からないけど、いつもなら見るだけで湧く敵愾心が、ここに来ると全然湧かないんですよねえ」
「仲良く、役割分担して暮らしているから、という理由では?」
「いやー、それはそうなんですが、多少利害が一致しても基本、ハイエルフとハイドワーフとは本来水と油なんですよ。仲良くなるとかならないとか以前に、合わない。性質がというか、気質がというか、アンタッチャブルというか、不可触というか、気分的に合わせようという形にならないというか」
「利害が衝突しなくても、いるだけで気に入らない、という奴か?」
「利害が一致していても、いるだけで気に入らない、という奴ですね。むしろ利害が一致することにイライラするというか」
「ここではイライラしないのか?」
「しませんねえ。普通は、相手の力を借りるのさえ屈辱と感じる筈なんですが」
「ハイドワーフの方はどうだ?」
「我々も不思議に思うとる。何ゆえにハイエルフに敵意が湧かぬのとかな。しかも、この村だけなのよな。他の村のハイエルフとは普通に仲が悪い。即殺し合いをするほど恨みを昂じているわけではないが、出遭ったら確実に威嚇の掛け合いだのう。しかるに、どちらも退かなければ戦いだ。それなのに、この村のハイエルフとは敵愾心どころか、心地よさを感じている。なぜそう思うのかは分からん」
「美味いものを一緒に食ってるからじゃないか?」
「かもしれんな。美味いものは百難隠す。食事が美味ければ全部赦す気になれる。腹が満ちれば鷹揚になれる。それが影響してるのかもしれん」
「普通はお腹いっぱいでも敵愾心は減らないんだけどね」
「だとしたら、ホーンラビットやボウショクヤケイが敵意満々なのが不思議ですね。普通はこの村の有様を見れば気圧されて敵意がなくなったり、立ち寄りたくなくなっちゃうと思うんですが」
確かに不思議だ。
ホーンラビットのように、この世界に来たそばから敵意満々の奴がいたと思えば、『七凶』のようにいきなり宥和から始まったものもいる。
敵意満々の輩は、俺に食べ物を与える目的だから敵意を持っている?
そう言えば、ホーンラビットやベアボアは、人口も多くなったので相当狩ってる筈だが、全く減る様子がない。
魔物が無限湧きするダンジョンがあるから、という理由付けもできるが、そこは主にシャドウウルフの餌場となっている。
理屈がいちいち合わないのだ。
とはいえ、その辺の事情は俺ではなく、俺に敵意を向けてくる方の問題だ。
食われたくなければ、敵意を見せずに村を迂回すればいい。それだけの知恵はある筈だ。
そうならないのであれば、そうではないのだろう。
ふと、「上のヒト」たちが言っていた「世界が俺を死なさない」という言葉が思い出された。
世界に俺という存在があるというだけで、総ては俺に奉仕するという。
だとしたら、この世界はいかにご都合主義か。
そうであるならば、知らない植物を生やすことなど、実は造作もないのかもしれない。
そうならないのは、俺が無意識に願望にブレーキをかけているからなのだろう。
ふと、自分が不便な状況をいつの間にか楽しんでることに、おかしみを感じた。
そうならなくなった時こそが、総てのご都合主義が破綻する瞬間であり、同時に俺がこの世界を去るべき頃合いなのかもしれない。
残念ながらというか、幸いというか、俺はその境地には至っていない。
まだやりたいこと、見たいことはたくさんあるし、知らないものもいっぱいある。
その総てを体験し尽くすまで、俺はこの世界を去れないし、思考や願望にブレーキをかけ続けていくのだろう。
そもそも、「先駆者」の痕跡にすらまだ辿り着けていないのだ。
せめてその一縷を攫むまでぐらいは、この世界に居続けたいな、と思った。
謎は解いてる時が一番楽しいものだし、その楽しさがある限り、人はゲームから降りないものだ。
そんなことをぼんやり考えてたある日。
「アントケンタウロスを見かけました」
ある日、そういう報告を受けた。
アントケンタウロスといえば『七凶』の一角だ。
簡単に言えば「蟻人間」。
ケンタウロス、と言えば馬の胴体に人間の上半身が生えている形態だ。
ただ、馬人間以外に、ケンタウロスという言葉は、人間プラス他の動物、の形態を指すものとして使われることがある。
馬の胴体+魚の下半身+人間の上半身、で「イクテュオケンタウロス(魚のケンタウロス)」。
人間とライオンの「レオントケンタウロス」。
人間と牛の「ブケンタウロス」。
人間と犬の「キュノケンタウロス」。
人間と鹿の「エラボケンタウロス」。
人間とドラゴンの「ドラコケンタウロス」。
その意味で人と馬の組み合わせを、本来のケンタウロスだけでなく「ヒッポケンタウロス」と呼ぶこともあるらしい。
ちなみにイクテュオケンタウロスは「ヒッポケンタウロデルピス」という言葉もあるようだ。
アラクネも「アラコケンタウロス」という異名があったりする。
俺が最初から全部を知ってたわけではない。
ノルデースが知ってたのでそこから聞いただけだ。
最初から知ってたのは本来のケンタウロス(ヒッポケンタウロス)とアラコケンタウロスとドラコケンタウロスぐらいだったので、そんなに種類がいるのかと驚いた。
ちなみにヒッポケンタウロスとドラコケンタウロス以外は稀少種らしく、ドライ台地でたまに見かけることがある程度らしい。
そして森に棲む『七凶』の一角が、蟻の下半身と人間の上半身を持つアントケンタウロスだ。
なので見かけること自体は別段不思議ではない。
ただ、出遭った瞬間、彼女らから射かけられたらしい。
幸いなことに怪我人はいなかったが、敵意満々だったようだ。
普通はそうか。
出遭った場所は村から2日ほどの距離。
射かけられたのは新たな鉱脈を探していたハイドワーフの一団。
警戒はしていたので、迂闊に近付いたわけではない。
ただ、そこが彼女たちの縄張りだったようで、数十人の集団が突然現れて威嚇されたようだ。
「俺が行った方がいいのかなあ」
皆に相談すると。
「村人に威嚇する集団なんて、村長が取りなす必要はありません!」
「独立して暮らしてるようなので、邪魔しない方がいいのではないでしょうか」
「別に村に用事があるわけではないのでしょう?」
「向こうから交渉に来るなら村長が出張る必要があるでしょうが、大半の住民は独立して生きてるわけで、別段仲良くなっておく必要もないと思いますが……」
確かにそうだ。
わざわざ遠くに出掛けていって、仲良くなる必要はない。
「そもそも村長から下手に出る必要はありません!」
そういう意見が大半を占めたというのもある。
ただ。
こちらから頭を下げる必要はないだろうが、鉱山を探しているのに縄張りに入る可能性があると、今後の開拓に支障が出る可能性がある。
そうでなくても銅鉱山や鉄鉱山以外はほとんど見つかっていないのだ。
欲しいのは石灰や硫黄など。
金鉱山や銀鉱山はできるなら現地住民の扱いに委せたい。
今はそういうものが必要なわけではないしな。
亜鉛や硫化鉄はどう扱えばいいのか分からないので棚上げ。
ちなみにこの世界には「魔晶石」や「魔鉄鉱」という物質もあるらしい。
名前からして魔力の何かを持つ石なのだろうが、今の俺には使い途が分からない。
その辺はいずれ持ち込まれることを期待したい。
別の可能性がある。
それは広範な行動をするシャドウウルフやグレートワイバーンがそういう住民を敵視して襲う可能性があるということ。
そうでなくても村の住民は村人に危害をなす存在にいたく厳しいのだ。
村以外の住民の生活は、こちらに来て仲良くしましょう、あるいは戦いを申し込む、と言わない限りは静かにしておきたい。
俺はここに来て1年あまりしか経ってない新参者も新参者。
一方で向こうは何千年に渡って連綿と森で暮らしている住民である可能性が高いのだ。
なので、シャドウウルフや大蜘蛛が「戦いですか? 戦うんですか?」とワキワキしてたが、キミたちは出張らないように。
そんなことを言ったらしゅんとしていた。
済まない。
ただ、現状を放置しておくわけにもいかない。
こちらから戦いを挑むわけにもいかない。
どうしたもんかなあ、と思ったが、ハイドワーフが提案してきた。
「今度の遠征の時に弁当を余計に持たせてくだされ。ついでに野菜もいくつか持たせてくれれば」
構わないが、そんなもので対立が解消するものなのか?
結果。
覿面に効いた。
アントケンタウロスが何人かえびす顔と手もみでやって来た。
「食糧を分けてもらいたい」
「美味しかったー」
「あの作物は凄い」
「お主の村人に射かけて正直済まんかった」
「できることなら、今後鉱山の調査を赦すから、食糧の取引を頼む」
そんなことを回りくどい言い方で言ってきた。
流石に俺の作物は別格だったらしい。
まあ、今までもそうだったしな。
味の良いは総てを宥和させる。
それにしても「味覚が合わん」で対立する種族など出てこないのだろうか。
前世では「甘味が合わん」「食べたことがないものなど、気に入らん」で拒否するケースは少なからずあったわけだし。
いつも評判が上々だと、逆に心配になる。
それにしても、アントケンタウロスも見事に女性ばかりだった。
胸をほり出して上半身は裸。
エルダーアラクネに出逢った頃の姿を思い出す。
「アントケンタウロスは女性ばかりの種族なのか?」
尋ねると。
「男ならおるぞ?」
そんなことを言ってきたら、蟻にしか見えないオスたちが女性の後から出てきた。
でかさは女性に匹敵するが、正直ただの「ジャイアントアント」と言われても何の不思議もない。
実際、ジャイアントアントは別に存在するのだが、アントケンタウロスの男性(?)はそれに間違えられることが多いらしい。
エルダーアラクネのように、オスは言葉を喋れないのだろうか、と思ったら、ジェスチャーで分かりやすいコミュニケーションを取ってきた。
そこは流石にエルダーアラクネとは違うか。
男性陣の言うところでは。
「宥和の証拠として、この村に女性を何人か献上するから、今後仲良くしてもらいたい」
わあ、また女性が増えるぞー。
献上されるのはノーサンキューだが、同じ村人として暮らす程度なら歓迎はしたい。
男性陣は暮らさないのか? と思ったら。
「我々男は少数派であってな。大半が女性なのだ。何せベースが蟻だしな」
ハイドワーフ型かー。
そう言えば働き蟻もメスばっかりだよな、と納得した。
「それに、ハイドワーフ殿から、お主は女性ばかり侍らせていると聞いた。人間型との混淆は可能だから、そっちの方で使っても良いぞ?」
いやいやいやいや。
村人が女性ばかりなのは結果論ですから!
個人的には男性陣もいてほしいのですが!
あれこれ交渉した結果、女性ばかり5人ほどが、交替交替で村に滞在することとなった。
評判が良ければ永続的に数人を棲まわせてもらいたい、とのことだった。
それにしても、アントケンタウロスは男性陣が主導権を握ってるんだな。
そんなことを口にしたら。
「いや、我々の長は女性だぞ? 女王蟻という奴だな。私らはその交渉の全権を担っているにすぎん。何であれば女性ばかりの方が良かったか? それなら今後そうするが」
なるほど。
女王蟻なら納得だ。
なお、男性陣には、別に村に棲む必要も麾下に入る必要も働く必要もないからたまに来てほしい、とお願いした。
「そっちの趣味もあるのか?」
ないないないない!
そっち方面は苦手なのだ。
他の者がそういう趣味であるなら尊重はするが、俺自身は基本は女性好きだ。
そういうのは冗談でも言わないでもらいたい。
「了解した。ならば、女性陣を存分に使ってくれ」
何でそうなる!
これ以上増えても俺の負担が増すだけなのですが!
男性陣に来てほしいのは、俺の相談相手としていてもらいたいだけだ。
主に夜の悩みを共有する存在として。
「まあ、鋭意努力はする。ただ、我々もそっちの負担は結構大きくてな。あんまり役には立てんかもしれん」
そう言えばそうだな。
男性が少数派となるとどうしてもそうなるか。
『七凶』の5種類目が村の影響下に入った。
……鉱山問題が解決していないことに気が付いた。
まあ、開発や調査を赦してくれるだけでも進展はあるか。




