第48話:神龍襲来
クラッヘがまた出掛けていった。
今度は牛や豚を連れてくると意気込んでいる。
卵が増えたので、「そう言えば!」と思ったのかもしれない。
世話をするキュバスたちも連れてくるそうだ。
1ヶ月後、クラッヘが再び複数の檻を持って戻ってきた。
牛の檻と豚の檻。
牛が10頭ほどで、豚が20頭ほど。
結構な数だ。
そのクラッヘの頭に、人間の男が乗っていた。
第一印象は「とっぽい兄ちゃん」。年齢は20歳ちょい前後、俺から見てちょっと年下な感じ。
クラッヘを出迎えたキュバスたちに「やあ」「久しぶり」と挨拶を交わしている。
『龍姫』の関係者なんだろうか。
それにしては、キュバスたちがいささか緊張しているようにも見える。
しかし、前世以来、1年ぶりの人型の男を見た。
それだけで嬉しくなった。
この世界には人型の男は俺だけじゃないんだ、と。
ちゃんといるんだ、と。
恰好は中世の貴族にそのままスーツを着せた感じ。髪は金髪。クラッヘと同じだ。
スーツにはいくつもの大きな宝石が輝いている。
俺でも分かる、只者でない様子。
よく見ると、服以外からも、何かの光が辺りから漂っているようにも見える。
とっぽい兄ちゃんがクラッヘから降りるが、あの彼女がやけに震えているような気がする。
そういえば、着地する様子も、いつもの、胸を反らして傲然と降りる風でもなかった。
顔を羽の中に畳んで、兄ちゃんの方を向かないようにしている。
怖い印象は特にないが、実は怖い存在なのだろうか。
クラッヘの縁者?
その答えを待ってた時、兄ちゃんの方から挨拶があった。
「やあ、始めまして。キミがクラッヘの言ってた『村長』か。うむ、予想通り凛々しいな。クラッヘが気に入るのも分かる。そう言えば酒作ったんだって? 凄いなあ。この森でそんなことできる人間に初めて出逢えたよ」
いきなりいろいろ言われたが、クラッヘ?
彼女を呼び捨てということは、彼女の友人か、あるいは兄貴?
俺が怪訝な目で見ていると、彼は爽やかな笑顔で言った。
「ああ、クラッヘとの関係か。クライルヴァードという名前は聞いたことある?」
クライルヴァード?
聞いたことあるような、ないような。
そう言えば、クラッヘのオヤジさんがそんな名前だったような……。
まさか……。
「ども、クラッヘの父です。こいつが俺の領域でチョロチョロしてたんで問い詰めたら面白いことをしているようで、俄然興味が湧きました。あ、一応神龍です。ヨロシク」
俺の顔に、滝のような汗が流れた。
クラッヘのオヤジさん!?
そして神龍!?
この世界の頂点じゃないか!
そして!
この、俺より年下風の兄ちゃんが、まさかの父親!
数千歳を超えるクラッヘよりも、年上!
つまり、この世界へ長きに渡って君臨している支配者の一角!
「あれ? 緊張してる? いや別に、興味湧いて来ただけだからさあ、そんなに固くなる必要ないって。神龍って言っても他に6人いるし、龍神様もいるし、そもそもそんなに大した存在じゃないって。下界をたまに見回るくらいのことしかしてないから、まあ、そんな程度の者なんで、これからも末長くヨロシク」
スッ、と彼は手を差し出してきた。
握手の催促。
ふと、ここで悪い想像をしてみる。
この手をパシッ、と払ったらどうなるんだろうか。
村は壊滅し、ハイエルフやエルダーアラクネは逃散し、シャドウウルフや大蜘蛛たちは寄る辺を失い、「橋の村」は総てがなくなる。
俺の1年の努力が無になる。
それほどの存在だ。
いや、ちょっと心臟が撥ねて驚いただけだ。
流石にそれをやる勇気はない。
勇気というか、蛮勇というか。
緊張しすぎて悪い顔になってしまっただけで。
ぱん、と俺は俺の顔を両手ではたく。
ビクッ、と兄ちゃん……というか神龍クライルヴァードは驚いた顔になった。
驚かせて済まない。
まずは自分の緊張を解きほぐさねば。
気合を入れ直して、俺は言葉を紡ぐ。
「いや、すいません。ちょっと驚いただけなんで」
そして服の裾で手を拭って。
差し出された手をしっかり握った。
しっかり握り替えされた。
「ようこそ、橋の村へ。我々一同、クライルヴァード様のご訪問を心より歓迎いたします」
よし、一言一句、失礼のない言葉が言えた。
挨拶としては上々の筈だ。
しかし――。
「……うーん、クライルヴァード『様』ねえ」
「何か?」
「いや、俺としてはただの『クライルヴァード』の方がいいんだよなあ」
「呼び捨て?」
「うん、俺もキミを村長、もしくはただのカズナリと呼ぶからさ。『様』を抜いて、もう一度。あと、叮嚀語禁止。リピート・アフター・ミー? じゃ、最初から」
再び汗が流れるが、俺はそれを拭って、そして再び彼の手を握る。
「クライルヴァード、ようこそ橋の村へ。我々一同、心より歓迎する」
「うんうん、それでいい」
クライルヴァードは満面の笑みでうんうん、と頷いている。
どっ、と疲れが押し寄せたような気分になった。
神龍はこの世界の支配者と聞いていたが、割とフランク?
いや、『圧』をかけてフランクでいさせようとするので、やはり彼は『神龍』なのだろう。
敵には回したくないな、と俺は思った。
挨拶が終わった途端に、ばたばたばた、とハイエルフやハイドワーフ、エルダーアラクネが次々と倒れた。
この世界の頂点との挨拶。
それを目の前でまざまざと見せつけられて、緊張の糸が切れたのだろう。
大蜘蛛やシャドウウルフなど、倒れなかった者が彼女らを引いて、村へ引っ込んだ。
にやにや、と彼はそれを眺めている。
やはり、彼には「総て」が分かっているのだろう。
俺が挨拶する前から村長であることも――そして、異世界から来ていたことも。
俺はクライルヴァードを屋敷へと招待した。
給仕はキュバスが務めた。
「へー、面白いねえ。こんな屋敷まで建てたんだ」
「まあ、俺一人じゃ建てられなかったし」
「大蜘蛛も手伝ったんだって?」
「何で知ってる?」
「そりゃ森のことを少しは知っておかないとね。割とキミがこの森から来た頃からこの村のことは知ってたよ」
「クラッヘを仕掛けたのは、あんたなのか?」
「仕掛けたとは言葉の悪い。確認に行け、と言っただけだよ。慌てて行く必要はなかったんだけど、妙に急いだみたいだ」
そりゃあんたが言えばクラッヘは断れないよな、と言いかけて、俺はその言葉を呑み込んだ。
クラッヘは『龍姫』ではあるが、それもこれも、彼ことその父、クライルヴァードが『神龍』であっての話。
そうでなければ、所詮はただの森の暴れん坊でしかない。
アンカーネーターとそうそう変わらない存在。
この森で『龍姫』として気ままでいられるのは、彼がいてこそだ。
キュバスに酒を持ってこさせた。
とりあえず何が好みなのかが分からないので、ありったけ。
ワインに麦酒についでにコーヒー。
コーヒーで酔ったら笑えるな、と思いつつ。
「美味ぁあああああああああ!!」
ワインを一口飲んだ途端に、彼は大きく叫んだ。
その声だけで屋敷がビリビリと震えるほどの音量だ。
ぼとぼとぼと、と梁の上のミドルやミニマムたちが落ちてきた。
やはり、彼の正体はドラゴンなのだな、と改めて分かった。
「なに! この! すごい! えと、なに!」
いきなり語彙がトンチキになった。
そして驚いた顔になった。
「すっげえな。想像以上だ」
グラスを見つめて、クライルヴァードは得心したかのように呟いた。
「村には美味い酒がある、と給仕経由で聞いてたけど、いや、これほどのものは飲んだことはない」
「そんなものか? 俺はまだまだ熟成が甘いと思ったんだが」
「マジか?! これで! まだまだ甘い、とか、本気で言ってるのか?」
「ああ、酒の頂点はこんなもんじゃない。スライムにも手伝ってもらったし、まだまだ改善の余地が入ると思ってる」
「スライムに手伝ってもらう? 何だそりゃ! ただの森の動物じゃないのか?」
「理由はまだ言えないが、彼らに手伝ってもらうともっといいものができると信じてる。少なくとも、俺はそういうのを味わったことがあるからな」
「どこで?」
「いや、それは秘密……」
「協力する! 千金いるなら払う! 是非、教えてくれ!」
「もう戻れないある場所、とだけ言っておきたい。あんたより怒らせたくない連中が関わってるんでな。その辺は神龍といえども、秘密だ。とりあえず、結果を待ってほしい。何年後に到達するか分からないが、満足できるものができたら、まずあんたを招待したい」
「絶対だな! 絶対だぞ! 作れたら呼んでくれ! それにしても、ワインも凄いが、この麦酒、と言うのか? こっちもスゲエな」
「ビールかエールか、どっちで呼んだ方がいいのか、迷ってるところだ。たぶん上面醗酵じゃないからエールなんだろうけどな。こっちも頂点はこんなもんじゃない。俺から見たら穴だらけだ。お前さんがお酒好きなら、その時にもあんたを呼ぶよ」
「ヨロシクお願いします! 是非! あ、こっちが叮嚀語になっちまった。仕方ねえよ。この酒、凄すぎるもん」
「お土産にいくつか樽を持たせられるが……」
「マジ?! ありがとう! 心の友よ! この村にピンチが押し寄せたなら、いつでも参戦するぞ!」
「ちなみに、短期醗酵だから、長期熟成すれば、もっと味が良くなる……かもしれん。その辺は研究課題だな。年単位で熟成させれば、ツンツンしたところがもっとまろやかになる筈だ。スライムやエリシアと研究を重ねて、その辺は巧く行ったものを、あんたに提供したい」
「ありがたい。そっかー、作ってすぐ飲むタチだったが、長期醗酵させるとまろやかになるのかー。この世界の酒はそこまで置いても大したモノにはならんかったからな。どう違うのか分からんが……」
「まあ、材料だろうな。俺の作物は酒に最適化されてるやつが多いから、その辺の違いだと思う。酒用にいくつか特別な奴を作るといいかもしれないぞ」
「俺のところで育てるのは可能か?」
「その辺は考えたことがなかったので、たぶん無理だと思う。俺が育ててる特別な作物だから、2か月ぐらいで育たんと、その味にはならん。この世界で昔から育ってる中で、酒に一番合ってるものを特別に育ててみろ、ぐらいのアドバイスしか、俺にはできん」
「そっかー、不思議だな。森の中でいろいろやって、いろいろな種族を集めて、そしてこの前に森龍を引き入れたぐらいの情報は俺も知ってたが、2か月で育てるとか、スライムに酒造りさせるとかは初耳だ。いろいろ聞きたいこともあるねえ」
「その辺はおいおい。とりあえず、土産はワインとエール、各2樽でいいか? 1樽はすぐ飲む用、もう1樽は保存して味の推移を確かめる用で」
「ありがたい。とりあえず、こんなものしかないが、取っておいてくれ」
そう言うと、クライルヴァードは懐から何かを取り出し始めた。
お金かな? と思ったら、そこからにょきにょきにょきにょき、と凄く伸びた。
そして取り出すと、俺に渡す。
鞘付きの剣だった。
「剣?」
「神龍の9つの剣の1本だ、受け取ってくれ」
「そんな大事なもの、いいのか?」
「娘押しつけ代と、今後の酒造りのための手付けだな。飲むものは都度支払うから、新しいのができたら呼んでくれたら、それでいい」
「そんなもの、なくても持ってくぞ。正直こんな貴重品に見合うものではないと思うが……」
「まあ、こんな場合でないと、なかなか取り出せんからな。死蔵するよりかは、何かの役に立つといい。それに、村長なんだから、特別な武器を持っていてもいいだろ。とりあえず、受け取っておけ。俺の願いだ」
「そこまで言うなら受け取るが……」
ひとしきり、屋敷でクライルヴァードと2時間ほど話し合って、その後彼は帰っていった。
お土産に酒樽を4つ貰い、龍身に自ら変身して、単独で飛んでいった。
飛ぶ時に少しフラフラしてたのは、想像以上に俺の酒が良かったと思っておきたい。
それにしても台風のような男だった。
いきなり来て、いきなり俺に挨拶を求め、俺の酒を求めて、俺に貴重品を預けていった。
貰ったとは思っていない。彼の身体の一部らしいし、彼が満足するまで預かるだけだ。
ちなみに彼は同輩の誰にもああいう態度であり、「台風龍」という異名を持っているそうだ。
来て納得だ。あの様子は嵐にしか見えない。
彼を直接知ってる者はその異名に納得なのだろうが、神龍をよく知らない「下々」は彼を台風に関連する何かだと思うかもしれない。
それとも、実際に台風に、嵐に関する何かを持っているとか?
クラッヘに聞いてみても、その辺はよく分からないのだという。
自分の親でも分からないことは多いらしい。
何千年も生きてるらしいからな。
俺も自分の親のことはよく知らない。
正確には俺が生まれる前の過去はあまり知らない。
生まれてからは流石に自分の親なので大半は覚えているが、彼らが若い頃にどんな人間でどんな学生だったかは聞いたことがない。
そんなものだ、と思っている。
べらべら過去を喋る親の方が、俺はイヤだ。
思わぬ出逢いが来た初夏だった。




