第46話:酒と穀物
「うう……頭が痛い」
「飲み過ぎたーーーー」
「村長が止められなかったからこれ幸いと飲んだら、頭がガンガンするよう」
「これが村長のお酒……恐るべし」
「知らなかったの?」
「いやー、これほど『強い』酒は私たちも初めてだったし」
「2、3杯で酔っ払うなんて思いもしなかったし」
「私たちの村の酒は、たくさん飲んでもなかなか酔えなかったからねえ」
「本格的に酔う前にだいたいお腹がはち切れるもんね」
翌朝の村は死屍累々といった感じだった。
広場に、屋敷に、畑に、ぐでーーーっと伸びた村人たちが散らばっている。
無論、シャドウウルフにも飲ませないなんて意地悪はしていない。
彼らはワインや麦酒の方で見事に酔った。酔っ払った。
ただ、流石に身体が大きい上に量が限られたので、他の村人ほどには酷い有様にはなっていない。
なっていないが、何となく皆、足取りが怪しい。
それでも森の魔獣たちに負けることはないだろうが、多少苦労はするかもしれない。
それも一つの経験。
一足先に「酔っ払う」という状態を教えられて幸いだったというべきか。
恐らくは皆、酒に、コーヒーに、今まで以上に注意することになるだろう。
そう思っていたのだが。
「ワインの畑を増やしましょう!」
「賛成ーーーー!!!」
「ついでにコーヒーの畑も増やしましょう!」
「大賛成ーーーー!!!」
昼過ぎにようやく復活した皆は、その日の会議で「ワインとコーヒー畑の拡張」を強く主張した。
まあいいけど。
俺はそこまで酒に思い入れはないので。
村人たちが喜んでくれればそれでいい。
ただ言われた通りに作付けするだけだ。
麦酒はどちらかと言えばシャドウウルフの方に人気だった。
ハイドワーフも麦酒党だ。
ただ、シャドウウルフはともかく、ハイドワーフはあくまで「他の村からの出張」という扱いなので、あまり強く主張はしなかった。
皆がワインだコーヒーだとワイワイ言い合っている間に、おずおずと大麦畑も増やしたい、と、ぼそりと呟く程度だ。
それは分かっているので、もちろんワイン、コーヒー畑を増やすなら、同じくらい大麦畑も増やすつもりではいる。
区別は良くない。
それにしても、人気が盛り上がるどころか沸騰してて怖いくらいである。
ワインは熟成が全然足りなかったし、麦酒も濾過が巧く行かなかったのか、アルコール臭のする麦スープを飲んでいるという感じだったので、俺には物足りなかったのだが、今や村全体が酒造りに邁進するのではないかと言うほどに酒の話ばかりしている。
俺には響かなかったのにこの熱烈ぶりを見るに、いかに俺が前世で飲んでいたものが洗練されていたかが窺える。
企業努力というのは凄いものなんだなあ。
俺が提案したのは、コーヒーで悪酔いするエルダーアラクネや大蜘蛛のために、小さなコップを作ることだった。
後日、彼女らに協力してもらって作ったら、お猪口よりも一回り小さいサイズになった。
瓶の蓋、と言われてもおかしくないサイズだ。
これが悪酔いしないレベルの彼女らの「適量」らしい。
少々可哀想な気もするが、酔うなら適度に酔ってもらいたい。
酒は微酔に限る。昔の人もそう言った。
彼女らにばかり悪酔いさせ続けるわけにもいかない。
それに、飲み過ぎて宿酔が、会議の時間になっても全然治まっていなかったらしいし。
「無様を披露してしてしまって申し訳ございません」
眉間に皺を寄せて、手でこめかみを押さえながら、レメが俺に頭を下げた。
「そうじゃないんじゃない? みんな結構分かってて村長に絡んでいったじゃない?」
「や、それはそうなんだけど、とりあえずあたしたちにも面子というのがあるというか、流石に村長にあそこまで絡んだのは反省すべきというべきか」
「今さら隠すほどの面子かなあ」
「村長、気にしてる風じゃないしね」
「ハイエルフも大蜘蛛も悪酔いしてたしね」
「あれが酔っ払うという感覚なんですね。初めて知りました」
「なるほど、あれが『酔う』という感覚なら、村長も一度は経験すべしと言うわけですね」
「流石にあそこまでぐでぐで、ここまでズキズキになるのはもう避けたいけどね」
「でも……もう一度経験したくないか、と言えば、必ずしもそういうわけでもないのよねえ」
「分かる。あの高揚感はクセになりそう」
「他にも迷惑になるから、ほどほどにしてよ」
「他の連中が食事の時についでに飲む程度なら、別に禁止はせんぞ」
「マジ!? うーん、でも、いざという時に取っておきたい気はするなあ」
「そうそう、あの感覚は特別な時に感じたいというか」
「他の虫系もコーヒーで酔うのかしらねえ」
「他の虫系というと、アントケンタウロス辺り? 試してみたい気もするわね」
「実際に逢ったことはまだないけどね」
後日、キラービーにもコーヒーを試してみたが、酔った。確かに酔った。
女王蜂や攻撃部隊はもちろんのこと、働き蜂も舐めただけでよろよろになった。
前世では「コーヒーは蜘蛛属のみに効く」という感じだったが、この世界では「コーヒーは総ての虫に効く」のかもしれない。
まあ、暦からして法則が違う世界であるから、食性や中毒が違う程度では今さら驚きもしない。
ウサギも肉食で猛毒持ちだしな。
ちなみに。
コーヒー酔いというか、カフェイン酔いというのは人型にもあるらしい。
コーヒーを試した何人かが、明らかに何かに酔ったような表情を見せた。
ただし、もれなく気分はダウン。テンションが下がる。
好き嫌いというわけではなく、アレルギーに近いらしい。
味は好みなのに気分が悪くなる、あるいはテンションダウンするので飲めないのを口惜しがる者が何人もいた。
飲めないのなら無理はさせるつもりはない。誰にも体質というものはあるのだから。
コーヒーは虫系、お酒は人型向け、と分けて考えるべきなのかもしれない。
俺はどちらも平気だけど。
お茶もカフェインが含まれてるから、飲ませる時には注意せねば。
それにしても、暴れる者がいなかったのが意外だった。
これほど村人がいるなら1人2人いてもおかしくないと思ったのだが。
笑い上戸が大半、一部泣き上戸、絡み上戸、キス上戸がいた程度。
その辺も『奇跡』の範疇なのかもしれない。
酒乱でも酒乱にならない飲み物を作る程度の能力、という。
ちなみに、アンデッドのノルデースは体質から酔わないのでは? と思っていたが、見事に酔った。
ワイン1杯で真っ白だった身体が真っ赤に染まり、ぐでんぐでんに酔っ払った。
まあ、実年齢はともかく、身体そのものは子供ベースだからなあ。
キュバスに面白がって飲ませたのも、悪酔いゆえのことらしい。
今は頭がガンガン鳴って後悔してるようなので、それが罰だが。
アンデッドが痛みを正面から感じる構図というのは、何となく不思議だ。
アンデッドというのは基本痛みを感じないイメージなので。
流石に龍姫のクラッヘはなかなか酔わない。
ただ、ほろ酔い状態で暴走した。暴走しかけた。
そこは素の性格なのかもしれない。
本人は少量でそこそこ酔うのを意外に思ったようだ。
他の酒なら樽ごと行ってもなかなか酔わない筈なのに、俺の酒では2、3杯でほろ酔い状態に陥ったらしい。
「スゲエな」
「うむ、門外不出じゃな」
「オヤジに飲ませるとウケるかも」
「むしろ持ってこいと言われるんじゃないか?」
「言うかもな。オヤジは美食にもうるさいが、美酒にもこだわる」
「お主はその美酒を飲ませてもらったのじゃろ?」
「ああ、ご相伴にあずかったことがあるが、ここの酒はその遥か上をゆく。こんな美味えもんを飲んだのは初めてだ。下手に外に出そうもんなら、千金出しても奪い合いになるぞ」
「ハイドワーフ以外には持ち出し禁止令を出すべきじゃな」
「ただ、他の村や種族がどう思うかだな。バレた時が怖い」
「暴動が起きる前に対策すべきじゃな」
「うむ、何であれば俺の命令でハイドワーフに制限かける。トラブルあるようなら、俺が直接赴く、とな」
ノルデースとクラッヘは最初こそいがみ合っていたが、今回の一件で仲が転じて良くなったらしい。
その気配は以前からあったけど。
本気で酒のことを称賛し、心配し、その影響力について二人で論議している。
龍姫&アンカーネーター公認、と喜ぶべきか?
作ったのは酒だけではない。
ジュースも作った。
ミカン、レモン、オレンジ、リンゴ、桃、ブドウ、あるいはそれらを混ぜて。
酔うのが怖い者にはそれを飲ませた。
そこそこ巧くできたので、子供向けにはいいかもしれない。
ちんちくりんコンビにはこっちの方が合ってそうだ。
いろいろ検討した結果、全畑のおよそ4分の1くらいが酒用植物の畑になった。
「この酒は武器になる」
そう言われてのことだ。
外交兵器。
あるいは交渉をスムースにする飲み物。
他の村や特定人物へのプレゼント。
この村の酒にはそれだけの価値があると皆が主張した。
そう言われたら悪い気はしない。
ただ、自重というか、ある程度の制限は必要だ。
皆の意見をそのまま聞いたら全畑が酒用植物になる勢いだった。
それを制止して「どんなに多くても4分の1くらいまで」と止めたのは俺の意思だ。
あくまで食べ物や栄養を供給するために作った場所なので、それが嗜好物だらけになるのは避けたい。
人は嗜好物のみに生きるにあらず。
特にエルダーアラクネは栄養不足で死にかけたのだから、その辺は強く認識してもらいたい。
酒用植物とともに植えたのは米と小麦だった。
もちろんこちらは食べる専用。酒にはしない。
いずれはするかもしれないが、充分食べる習慣がついてからにする。
それに、米も酒用と食べる用の2種類があるらしいし。
ハイドワーフに頼んで小麦を粉にする道具を作ってもらう。
米と違って小麦は粉にしないと食べられない。
そして小麦と言えば、パン。
パスタやうどんも小麦からできている。
パンの製造にはスライムが活躍してくれるかもしれない。
レーズンなんかでもイケるらしいが。
レーズンに頼ったパンとスライムに醗酵させてもらったパンで味の競争をしてみるのも面白いかもだ。
スライムに委せるのは確実に醗酵するからで、もう一方でスライムがいない場合でも作る方法は摸索しておきたい。
望み通りの菌を持っているスライムなど、本来どこにでもいるわけではないのだから。
村の食生活と飲料事情がさらに改善した初夏の日々だった。




