第43話:新入りと家畜
『龍姫』クラッヘの襲来から2週間ほどが経った。
彼女はまだこの村にいる。
俺の屋敷の空き部屋に滞在して、食事を楽しんでいる。
ちなみに精力的な食欲を見せたのは初日だけで、後は普通の人間クラスの食欲に戻っている。
体質からいくらでも食えるが、食い過ぎると飽きるので自重している、と本人から聞いた。
便利な身体だ。
それにしてもいいんだろうか。
「何が?」
「いや、お前さん、この村に滞在してていいのか? オヤジさんに報告する必要があるんだろ?」
「別に1年や2年くらいなら何も言われねえよ。いわんや、1か月2か月くらいをや、だ。10年20年くらいでも平気で待つんじゃないかなあ。龍は気が長いからな」
「そんなものか」
「それに、俺自身があんたに興味が湧いてる。美味え作物は作るわ、料理は素晴らしいわ、いろんな種族を従えてるわ、いったいどうやってるんだ?」
「どうやってるも何も、自然とそうなっただけだ。俺の方が何でそうなったか訊きたいぐらいだ」
「ふーん……」
クラッヘはにやにやと笑っている。
含みのある笑いだ。
彼女は何かを知っていて黙っている。
それを言わないようにして口を閉じている。
そんな類いの笑みだ。
まあ、いずれつまびらかになるのかもしれないが、俺もうっかり正体を明かすわけにもいかない。
そのうちに自然とバレてくると思うので、その流れに委せたい。
流石に『龍姫』に仕事をさせるわけにはいかないので、好きなようにさせている。
彼女も普段はぶらぶらしていて、気まぐれに獲物を狩ってくる。
この前は大きな熊を仕留めて持ってきた。
熊……なのだろう。
6本脚だが、熊の形だ。
牙がやたらでかいが、熊の外見だ。
この世界は「そういうの」が存在する世界なのだろうか。
いちいちツッコんでは疲れる。
そうでなくても、いろんなものが前世の知識や常識と違っていて驚いてるのだから。
流石に熊肉は臭みがある。
ただ、肉質は良く、そこそこ柔らかみがある。
臭みがなければ常食したいくらいに、前世の牛肉に似ていた。
胡椒を大量に振りかけて振る舞ったらハイドワーフが食いついた。
この肉をお土産に持っていきたいらしい。
いくらでも持っていっていいぞ。
一応クラッヘの赦しを得てから、が条件だが。
「いや、俺の赦しもいらねえよ。村長、あんたがOK出せば俺は文句言わねえ。狩ってくるのは俺の気まぐれ、暇潰しだしな」
「それはありがたいが、いいのか?」
「滞在代だと思ってくれ。タダで過ごすのは据わりが悪いからな」
一時的な滞在だと思っていたが、彼女の気楽そうな様子を見ていると、本格的にここに居着きそうだ。
「そう言えばここに来る前はどういう場所に棲んでいたんだ?」
「そりゃあ外よ。森を枕に、気楽な放浪生活さ。たまにどこかの村に流れ着くが、いちいち崇められるので面倒だから、あんまり長く滞在はしねえ。崇められるのも拝まれるのも結構精神に来るしな」
「そんなもんかな。崇敬されるなら気楽なもんなんじゃないか?」
「とんでもねえ。威厳を見せないといけないんで、かなり堅苦しい生活だぜ。その点、この村はだらけてても誰も困らねえし、気にする風もねえ。こんな気楽な場所は初めてだ。オマケにメシは美味えし、姉ちゃんはキレイだ。天国なんじゃねえか、ここ」
「神様が怒るぞ、その台詞」
「別に怒らねえだろ、本当のことなんだから」
「褒めても何も出んぞ」
「ははは」
「さて、と、ちょっと出かけてくる」
クラッヘがよいしょ、とばかりに立ち上がった。
「ちょっくら用があるんで、しばらく留守にする」
「しばらく?」
「1か月か2か月か、そのくらいだ」
「ここから退散するつもりか?」
「逆だ。長く居着きたいから準備してくる。その辺で時間がかかる。人を受け容れる施設を作っておいてほしい。何人来るか分からんから、テキトーでいい。まあ10人20人くらいかな」
「結構多いな」
「俺が楽したいからな。館から何人か引き抜いて連れてくる」
「外に住んでいるんじゃないのか?」
「本宅という奴だ。そこに俺の支配下で働いてる奴らがいる。それを連れてくる。あと適当にアイテムも見繕ってくる。あんたにもエリシアにも役立ちそうな何かをな」
「土産は必要ないからな。勝手に居着く分には何にも文句は言わんぞ。迷惑さえかからなければそれでいい」
「まあ、形式上という奴だ。留守を頼む」
「頼まれた」
そしてクラッヘはドラゴンに変身して飛んでいった。
本宅からメイドでも連れてくるのだろうか。
あんまり女性ばかり増えるのも健全ではないのだがな。
そろそろ男性に会いたい。
ここ1年以上、人型の男に会ってないような気がする。
ここに来るのは皆女性だ。
しかも俺を「食う」奴らばかりだ。
クラッヘには男性執事辺りを期待したい。
できるなら俺の苦労を分かち合えるような。
相談相手にでもなってくれたら大変助かる。
防波堤になってくれればそれが一番良い。
ほぼ正確に1ヶ月後、彼女はメイドたちを連れてきた。
全員で20人ほど。
なぜか彼女たちは大きめの木の檻に閉じ込められてやってきた。
それを吊り下げて持ってきた。
「何で檻に入れてるんだ?」
「背中に置くと落ちるだろう?」
なるほど。
数十メートルの背中でも、落ちればイチコロだもんな。
それにしても檻に閉じ込められてやってくることに彼女たちは何も感じないのだろうか。
「いや、別に。これが一番安全ですから」
メイドたちが降ろされて、笑顔で檻から出てきて言った。
そうか。
気にしなければいいんだ。
気にはなるが。
それにしても男性執事は連れてこなかったのか。
それを口にしたら、「そんな趣味があるのか?」とクラッヘは笑った。
あいにく助平だがそっちの趣味はない。
あくまでも話し相手、相談相手としては欲しかっただけで、「そっち」方面のは一ミリグラムも期待しないし、したくないので、ある意味女性ばかりなのはありがたいが……。
ちなみに、メイドたちには皆禍々しい角が生えていた。
全員、こめかみの辺りにひん曲がった牛のような何かだ。
「キュバス」という種族らしい。
俺はピンと来た。夢魔か。
インキュバスとサッキュバスのことをそうまとめて呼ぶのが新しくて、ちょっと意外に思った。
語源的に似ていても本来は違う言葉なんだがな。
「上からかぶさるもの」と「下に寝るもの」を一緒にまとめてしまうのはどうなんだろう。
男の夢魔と女の夢魔は全く性質が違うのだし。
体格は普通の人間並み。
ただし、非常に強いらしい。
この村には怪力しか存在しないのか。
クラッヘに頼まれた通り、20名ほどが滞在できる建屋はすでに完成している。
20名ぴったりなので、クラッヘの部屋はない。
まあ、屋敷の空き部屋を今まで通り使うので、問題ないが、21名とか22名とか、少し超えてたらどうするつもりだったんだろう。
その場合は1部屋を2人以上で使うつもりだったとのことだった。
1人当たり4畳半ぐらいしかないので、かなり狭いことになっていたが、その辺は手荷物がかなり少ないので問題ないらしい。
せいぜいが着替えの服ぐらい。
皿やコップ、フォーク、スプーンはこちらで用意したものを使う気満々だったとのこと。
まあ、作るだけ作って使ってないのが山ほどあるので問題ないのだが、足りなかったらどうしていたんだろう。
その場合は俺が頑張るか、ハイドワーフの村からスプーン、フォークを購入するだけか。
手荷物が少ないのはありがたいのだが、少なすぎるのもどうかと思った。
ちなみに、手土産があった。
アイテムではなく、山羊とヒツジが何匹か、キュバスの檻とは別に一緒に運ばれてきた。
山羊乳や羊毛、羊肉の用途か。
山羊が全部で10匹ほど、ヒツジも同じくらい。
オスメスがほぼ同数なので、羊肉用途ではないらしい。
まあ、肉供給は充分にあるし、ことさらに羊肉に執着があるわけではない。
いずれ牛や豚も持ってくる、とのクラッヘの言葉だった。
いきなり家畜が増えるのもなんなので、先行して食うものではないものを持ってきたらしい。
それにしても、初家畜だ。
大急ぎで家畜小屋と彼らを放牧する広場を作った。
牧草を生やして彼らのエサとした。
強く望んだお蔭か、1日であっという間に生えた。
世話はキュバスたちが屋敷の仕事と並行して主に行うらしい。
いずれはハイエルフやハイドワーフにも教えるとのことだった。
護衛はシャドウウルフが「委せてください」と言ってきたので、彼らに委せることにした。
大蜘蛛もわきわきと脚を動かしていた。
やる気は充分らしい。
山羊もヒツジも、巨大なオオカミと異形の虫にびくびくしていたが、その辺は慣れてもらいたい。
慣れてもらわなければならない。
この村で暮らしていくのならば。
それにしても、女性ばかりが際限なく増えていくなあ。
エルダーアラクネが9名、ハイエルフが15人、ハイドワーフが常駐組と派遣組合わせて20人弱、そして女性キュバス(サッキュバス?)が20名、『龍姫』が1人。
70名弱の女性が過ごしていて、相変わらず男は俺1人。
もちろんオスはいる。
だが、全員が動物だ。
彼らは俺に従うが、同性としては見ていない。
見てほしいというわけではないが、当然「男役」の分担はしてくれない。
いい加減、こう女性ばかりだと、世の中が女性ばかりの世界に見えてくる。
同性が見たい。
ヒュージが女性陣を見てため息をついている俺を見て、そっと抱き寄せてきた。
……お前さんもメスなんだけどな。
彼女が人間に変身しないことを祈るのみだ。
それが俺の願いだ。
フラグが立ったような気がしたが、気にしないことにした。
変身しなければ勝ちだ。
その辺りは勝ち続けていてほしい。
切に。




