第42話:龍姫クラッヘ その2
「……むっちゃ美味えな! これ、どうやって作った?」
『龍姫』クラッヘはがっつがっつと出された料理を美味しそうに食った。
まさに「むさぼり食う」という表現が似合うほどの食欲だ。
「料理の方か? それとも作物の方か?」
「両方!」
「どうやってって、作物は普通に畑を耕して作った。料理はそれを切ったり煮込んだり炒めたりして作っただけだな」
もちろん、作物については「2週間で育つ」とか「種や肥料がなくても育つ」とか「現代風の作物」とかいったチートはややこしくなるので言わない。
料理方法は開陳しても構わないだろう。
恐らくはろくな技術もない筈だから。
「いや、これだけでもオヤジに見せたら驚くぞ! アンカーネーター退治に失敗したことを差っ引いても、赦してくれるんじゃねえかな!」
「それほどか」
「ああ、俺のオヤジは美味いものに目がねえ。たまにそういったものを探させて真龍や大龍たちを各地に派遣したりする。俺はその余録に預かったから、ずいぶん舌が肥えたつもりでいたが、こいつぁ今までに味わったことのねえ美味え奴だ。オヤジに出したら日参するかもな」
「偉そうだな」
「実際偉いからしょうがねえよ。この世界の龍では上から算えて2番目だからな。他に俺の叔父貴や叔母や従姉妹たちがいる」
「2番目ってことは龍の中の序列か? それとも神龍自体が2番目ってことか?」
「神龍自体の方だな。神龍同士は家族関係除けば基本同格だ。その神龍の上に頂上龍がいる。姿は知らん。見せたことがないが、感じることはできる。俺のオヤジは『龍神様』とか呼んでたな」
「8人目の神龍がいたと聞くが」
「あー……たぶん、シャル姉だと思う。この前『真の脱皮』を果たして神龍入りしたと聞くな。ただ、『真の脱皮』はまだ何回か繰り返すから、まだドラゴンパピー扱いする奴もいるんで、解釈が分かれてる。その辺で7人だ8人だ面倒なことになってるんだと思う」
「シャル姉?」
「シャルガノンという名前が正式だ。俺の叔母に当たる存在だな。ただ、まだ若いつもりでいるから、若い娘扱いしないと、この村ごと焼かれるぞ。結構暴れん坊だからな」
実際にその叔母に会った本人が言うのだから、間違いないのだろう。
シャルガノンに出逢った時が注意だ。
しかし、まさかいきなりドラゴン飛び越えて神龍の娘がお出ましとは。
グレートワイバーンさえまだ出逢ってないのに。
そしていきなり世界の秘密をポンと出された。
エルダーアラクネの「女王」が聞いたら血の涙を流すかもしれない。
「お前さんは人間とのハーフと聞いたが、龍もハーレム制なのか?」
「いや、基本は一夫一妻だ。ただ、何千何万年も生きてると浮気するだけだ。しばしば生贄として生娘が捧げられてくるんで、だいたいは手を出さずにカネ持たせて他の地域へ追い出すんだが、気に入ったらこっそり飼うことがある。その結果として俺のような庶子が生まれる。当然、正妻には基本秘密なんで、オフクロのとこでこっそり養われて、成長したら真龍扱いでこき使われる感じだな。一応、『龍仔』『龍姫』の中から神龍が生まれることもあると聞くが、俺がそうかは知らん。なるにしてもあと2000年以上はかかるだろうしな」
「お前さんは大人なのか?」
「とんでもない。まだ子供も子供さね。2000年ちょいぐらいしか生きてねえからな。大人扱いされるにゃ、あと1000年くらいはかかる」
「オヤジさんは何万年も生きてるのか?」
「そう聞いてる。龍神様はその前からいるようだ。2人とも『大崩壊』の当事者らしい」
「大崩壊?」
「おっと、口が滑った。聞かねえことにしてもらえるとありがてえ」
「そんなものがあったのか?」
「だから、聞かねえことにしてくれって。俺の口から出たことが分かったなら、オヤジにどやされちまう。それに、生まれるずいぶん前のことで、詳しいことを知ってるわけでもねえから、聞くなら俺のオヤジか、あるいは『龍神様』のお声を聞けるなら、そこから直接聞いてくれ。今後、同じように聞かれても俺は何も言えねえ答えられねえ。そういうことにしてもらいたい」
「分かった」
それ以上訊くと面倒そうなことになりそうなので、その話題はそこで止めた。
この世界に長くいたら、いずれは彼女のオヤジさんとやらにも逢えるだろうし、そこから直接話も聞けるだろう。
そこまで「大崩壊」とやらのことを覚えてられるかが問題だが。
ところで。
「オフクロさんは……」
「とっくに生きちゃいねえよ。2000年前だからな。アンデッドにでもならん限り、基本数十年の生命よ。オヤジは何とか生き延びさせようと龍の血を与えようとしたが。オフクロ側から断ったようだ。一応、派手な葬式ぐらいはあげてもらったようだぜ」
「正妻は何も言わなかったのか?」
「義母上は、浮気相手が物理的に減るんだから、何も言わねえよ。それに、認知されない奴も含めれば、どの神龍にも何十人と仔がいるからな。女の方にもな。見ないふり知らないふりってやつだ。そのうち龍に変身できて龍の力を振るえて神龍になる可能性があるのが『龍仔』『龍姫』として認知される。他は人間界や魔族界に行ってそこで『竜王』『竜姫』を名乗るらしい。龍にも『龍王』『龍姫』はいるんで、僭称以外の何物でもないがな」
「お前さんの話だと、龍同士の仔がつがいに1人2人、人間とのハーフが数人ずつ、他に、龍に変身できない奴が全部で100人以上、という感じだな。で、7人8人の神龍同士の仔はおおむねまだ子供、神龍扱いされない幼龍だと」
「そういうイメージでいい。庶子や変身できない奴はもう少し数は多いかもしれん。俺も全員を知ってるわけじゃねえし、それ以上詳しいことは龍の秘密を明かすことになるので今は言えねえ。その辺はオヤジの赦しを得てから言う。とりあえず、そのうちにオヤジとの取りなしを頼む」
「取りなし?」
「そこのアンカーネーターの件だ。放置してると思われたら俺がやべえ。一応、分かってて大人しくしてて、龍に、森に害をなさないことをオヤジに直接言ってもらいてえ。そこなアンカーネーター本人や普通の人間なら無理だが、俺の頭をホールドできるほどのあんたならできそうだ。その時は俺も同席する」
彼女は頭をさすって、軽く笑った。
「しかし、あんた、凄く変だな」
『龍姫』はずけりと言う。
まあ否定はしないけど。
「神気と魔気が正確に渦を巻いて、全く消滅しねえ。そしてオーラが虹色に光ってる。普通の生き物は白、アンデッドが黒とか灰色とか黄色なんだが、七色に輝いて安定してねえ。虹色のオーロラを見てる感じだ。何と言うか、見惚れるというか、不思議というか、見たことねえというか、もしかして神の眷属か?」
「その辺は秘密だ。一応普通の人間のつもりだ。ある程度腕力があるくらいだな。そういうことにしてもらえるとありがたい。詳しい話をしなきゃいけない時には俺の口から言う」
「そうか、秘密主義なんだな。で、アンカーネーターなんだが……」
「一応俺が保護してるし、今は大人しくしてる。アンデッドを出してるわけでもない。何かあったら俺が対処するから、しばらく放置してもらえるとありがたい」
「そうか、あんたがそう言うならそうする。ただ、オヤジには直接言ってくれよ。その時が来たら案内するから。ただ、この料理なら、オヤジの方から来るかもな」
おかわりをしながら、彼女は頷く。
それにしても、凄い食欲だ。
すでに身体の何倍分もの量を消費している。
まあ、正体があの龍ならば、納得の量だ。
人間の姿で食われると不思議に思ってしまうが。
エルダーアラクネやハイエルフたちはその給仕に忙しい。
汗をかきながら、おずおずと料理を差し出している。
その汗は忙しさゆえか、冷や汗なのか。
いろんな料理が出ている。
俺が教えたもの、彼女たちが独自に考案したもの、甘いもの、辛いもの、そして水。
それを『龍姫』は美味い美味いと消費している。
「で、お前さんはどうするつもりだ?」
『龍姫』に訊く。
「どうするって?」
「アンカーネーターは俺が保護して抑止するとして、俺の方だな。オヤジさんに報告はするんだろうが、放置はできないだろ? 退治するか、敵対するか、麾下に引き入れるか、あるいはあえて放置するか」
「敵対はもうしたくねえなあ。ただ、放置もできねえ。オヤジに訊かれるまで黙ってるくらいだな。何かあったらオヤジ殿ご自身にお出まし願いてえ。俺の手には余る。シャル姉でも義姉上でもたぶん対処できねえんじゃないかな。神の眷属だとしたら、正直相手が悪い」
「神の眷属って、俺を大地神や魔法神の仲間だと思ってるのか?」
「傍神どころじゃねえよ。主神クラスの子供と言われても、俺は信じる。もしかしたら、その上や、龍神様クラスの何かと言われても信用されるんじゃねえかな。とにかく、オーラも見たことねえし、龍気も一応神気と魔気が混ざった状態だが、神龍クラスですら、基本は泥水のように『ただ混ざってる』だけだ。そんなキレイな渦巻きになってる状態なんて見たことねえよ。ましてや、その状態のまま対消滅せずに維持し続けられるものなんて、それこそ主神でなければ、その眷属という他ねえ」
「主神や傍神に逢ったことあるのか?」
「逢ったことがあるってぇか、『感じた』だけだな。傍神クラスでさえ、神龍の仔でもマトモには見れねえ。眩しい何かが存在して、そこから言葉が聴こえるな、ぐらいの印象だ。ただ、眩しいかもしれない、というだけで、実際は眩しくないんだよな。目が自動的に直視を避けてるというか、見たくても視線が勝手に反らされるというか、そんな同じだ」
「龍神様もそんな感じか?」
「龍神様は眩しいというよりかは、ただ『感じる』だけだな。いることは分かってるし、言葉もたまに聴こえるが、どこにいるかわかんねえし、声の方を向いても何もねえ。主神クラスの何かのようにも思えるし、そこまででもない、という感じもするし、その辺はオヤジの方が詳しいんじゃないかな」
「ところで、ここは森のどの辺なんだ?」
「は? お前さん、森の外から来たんじゃねえのか?」
「あんまり詳しいことは言えんのだが、いつの間にか森の中にいたという感じだな」
「あー……そうかー。外から来たのなら、オヤジも俺も『感じる』筈だしなあ。そんなものがいたら、『外』でも目立つ筈だが、そうかそうか、いつの間にか森の中にいた……あー、なるほど」
「何か知ってる風な口ぶりだな」
「いや俺は知らねえ。知る由もねえ。そういうことにしてほしい。これ以上は口にするのもはばかられる。俺は何も言えねえし、言う資格もねえ。オヤジもはっきりしたこと言えないんじゃねえかな。あー、でも、そうかそうか、納得だあ」
「知ってるなら言ってもいいぞ?」
「いや、この年でまだ『天罰』受けたくねえ。いろいろすまんかった。失礼をした。アンカーネーターの扱いもあんたに全面的に委す。そっちの方がいいだろうしな。オヤジにも失礼のないように忠告しておく。『アレ』が来たとな。この世界に2人目の『アレ』が来たと、オヤジには伝えておく。すまんけど、今はそれだけしか言えねえ」
「……まあ、深くはツッコまんでおくよ。とりあえず、この辺が森の中のどの辺かぐらいは教えてもらってもいいと思うが?」
「まあ、基本は森のド真ん中だな。人の足なら、東西南北、どっちの端までも歩いて3か月ぐらいかかるんじゃねえか? 俺が飛べば、ここから1週間飛び続けで何とか端まで届くぐらいだけど」
ふむ。
レメは山から半年ぐらい歩いていたというが、そんなに広くはないという感じだ。
前世で言えば本州ぐらいか。
アメリカ大陸で言えばカリフォルニアぐらい。
エルダーアラクネたちが半年歩いたというのは、森の中を無作為に彷徨っていたからだろう。
エルダーアラクネの縄張りからひたすら逃げ続けて、山が見えたら引き返す、というのを繰り返していたのかもしれない。
どこからどこまでが「女王」の影響範囲か分からないからな。
それにしても『アレ』というのは何だろう。
確かに『巨人』で『救世主』なのではあるが、彼女の口ぶりからはそれ以上のものを感じる。
……『巨人』というのは俺がそう感じてるだけで、あるいは『巨神』なのだろうか。
何かが発動するアレ?
それにしては、奇跡が地道すぎるし、力はさほどでもないし、魔法もまだ使っていない。
神の祝福を受けたのは間違いないが、何となく、俺自身もうっかり言及してはいけないような気がした。
幸いなことに、『巨人』で『救世主』で異世界人、ということはまだ誰にも明かしていない。あくまでも人間として振る舞い、それがちょっと不思議な何かをやっている、くらいのイメージの筈だ。
そうあってほしい、と思った。
もしかしたら、俺は世界の趨勢に何か影響を及ぼす何かなのだろうか。
そう言えば、「上のヒト」は「世界がゆっくり滅ぶから、俺を派遣した」と言ってたなあ。
それはそういう名目で単なるチート(ずる)を与えて奇跡使いにした、とばかり思っていたのだが、それ以上の思惑が隠れているように思えた。
とりあえず「1人目」とやらに逢いたい。
たぶん「先駆者」のことだとは思うが。
この世界の自転公転を変えて、暦を変えて、この世界に何かをもたらした者。
そいつに出逢えば、この世界の何かが分かるかもしれない。
その前に、まずは「外」を目指すことだな、と俺は考えた。
あまり遠大なことを考えすぎても頭が痛くなる。
ドライ台地やフィーア平原に着いてから改めて探そう。
いろいろなことが判明した1日だった。




