第40話:信仰体系
俺の道具はしばらく木を組み合わせた粗末なものが使われていた。
この村を建てて1年あまり、そればっかりを使っていた。
あるいは手刀、あるいは指。
しかし、ハイドワーフがやって来たことで高品質な青銅や鉄などが量産されるようになった。
そこで、村人が相談して、俺の道具を一新することになったらしい。
村の名前も決まったことだし、粗末な道具を使ってると村の沽券にかかわる、という話もあったようだ。
俺はどちらでも良い。
木の鍬を使っていたのは何となく愛着があったからで、基本は俺の延長上にあるものが神具となる。
そこで、ハイドワーフからピカピカの金属製の道具一式が贈られた。
代金として食糧を渡そうと思ったら「いやいやいや」と拒絶された。
俺に何か贈れるのが嬉しいらしい。
ちなみに今まで使っていた道具は廃棄、と思っていたが、村人たちには神具に見えてたようで、神殿を建ててそこに飾るらしい。
正直、面映ゆいが、村人がそうするなら反対する理由はない。
実際に、この村を1年以上に渡って支えてきてくれた功労者でもあるしな。
「そう言えば、お前らの信仰はどうなんだ?」
俺は疑問に思っていたことを口にした。
教会を建てた以上、その辺をおろそかにするわけにはいかない。
「我々の信仰は総て村長に注がれておりますよ?」
「いや、そういうことでなくてな。俺が来る前はどんなものを信仰してたか、という話だな。ハイエルフはどうなんだ?」
「私たちは龍信仰ですねえ。山の方にいる神龍を崇めています」
「7人の神龍がいて、そのそれぞれに信仰を捧げていたよね」
「クライルヴァード様、エルンガルスト様、アルグレイツ様、ミステルージュ様、バーレンゲン様、シルヴァークライ様、ゴールドクライ様、だったよね」
「私たちはこの中でのクライルヴァード様を崇めてました」
「偉いのか?」
「神龍は龍の中の龍と言われてます。この世界でも比類なき存在なんじゃないでしょうか。外には神様がいるようですが、私たちはピンときません。他に真龍、大龍、竜などがいますね」
「龍と竜はどう違うんだ?」
「神龍、真龍、大龍の3つが『龍』と呼ばれ、それ以下のドラゴンが『竜』ですね。両方併せて『龍』、あるいはドラゴンと呼ばれます」
「ややこしいな」
「私たちもそう思います。ただ、そう分かれてますし、龍ご本人がそうおっしゃってるのでどうしようもないです。
「で、『龍』が神龍、真龍、大龍、そして『竜』がワイバーン、グイベル、ワームですね。ワイバーンは翼竜、グイベルは羽竜、ワームは小竜や端竜や羽トカゲとか呼ばれたりします」
「グレートワイバーンはその中に属するのか?」
「属さないですね。彼らはグイベルの変化した種類と言われてまして、この森にしか存在しません。『外』には決して出て行こうとしないらしいです。ですよね? エリシアさん」
「そうねえ。グレートワイバーンの噂はあんまり聞いたことないわね。ワイバーンとかグイベルとかはたまにやってくるけど」
「なので、別名として森竜とか呼ばれてますね」
「しんりゅう」が「神龍」「真龍」「森竜」か。
ややこしいな。
もっとも、彼女たちには別の言葉に聞こえているのだろうけど。
そうでなければ別の名前を考えてる筈だ。
「ワイバーンやワームはともかく、グイベルは初めて聞く名前だなあ」
「そうなんですか?」
「まあ、俺の偏った知識がそういう形だ。とりあえず、グレートワイバーンはドラゴンとは別にいる、というイメージでいいんだな?」
「そういうイメージでいいです。ちなみに人族の言葉が通用するのは主に『龍』で、『竜』は基本言葉が通じないですね。全く通用しないわけでもないんですが、ワイバーン以下は喋れませんから、どちらにしても直接お話できるのは『龍』以上ですね。だから、竜に困った時は『龍』に祈りと供物を捧げて、呼んで何とかしてもらいます。安くはないので、凄く大変なんですが」
「まあ、それでも願いが通じれば覿面に効果が現れるので、何とかなったりしますが」
「信仰ということは、神龍経由で願いが通じて、真龍や大龍が来るって感じか?」
「だいたいその理解でいいです。真龍はほとんど来ませんけどね。大龍がメッセンジャー兼ワイバーン対処掛として派遣されてくる感じです」
「なるほど」
「エルダーアラクネはどうなんだ?」
「あたしたちも基本龍信仰ですね。ただ、クライルヴァード様とかエルンガルスト様とかの名前はいま初めて聞きました。漠然と7人の神龍全体に祈りを捧げてるって感じです」
「8人目の神龍もいるって噂だけどね」
「マジ? そんなのいるの?」
「あたしたちの噂よ。あんまり信用しないで」
「あたしたちの『女王』がその8人目の神龍を特別に崇めて、何とか力を得ようとしてるらしいです。どうやって連絡を取ってるのか、名前は何なのか、どうやって8人目がいることを知ったのかは完全に謎ですが」
「私たちも初めて聞くことばかりだァ……」
ハイエルフたちがため息をついた。
「ハイドワーフはどうなんだ?」
「我々は基本的には大地神を信仰しておるな。名前はない。ただ大地神だ。石を彫って、そこに祈りを捧げると、自然と石が変化して、大地神の形に変わっていく。どういう理屈なのかは知らん。ただ、そういうもんだと祖先から言い継がれておるな」
「大地神の姿が知りたいな」
「今度作っておこう。ちなみに火の神、月の神、星の神などもおるぞ。だいたい神の話では、20人くらいの神がいるらしい。我々鍛冶組は火の神なども崇める。炉の方に来れば火の神の像は作っておるから一度見に来たらいい」
「まあ、火の神以外にも、いろいろいる神に無作為に祈りを捧げるがな」
「3つ4つを同時に祈ることも多いぞ」
「勝手に神を作って、それに祈りを捧げることもある。我々が祈って神を彫ると、石がその形になるので、割と気楽に、勝手に神を作って祈ることも多い。大地神や火の神などは特別なので、全員一致して祈りを捧げるがな。他の者も、自分の神を持ちながら、大地神や火の神には特別配慮するって感じだ」
「エリシアはいろいろ知ってそうだな」
「そうねえ。大地神や火の神はあたしの地方でも知られているわね。ただ、石を彫ると大地神の形になるってのは初耳。そういうケースは聞いたことがないので、ハイドワーフ独自の信仰体系があって、それが影響してるんだと思う」
「20人ほど神がいるって話だが」
「あたしの知ってる神話体系はちょっと違ってて、主神と傍神がいて、主神が天神、月の神、海の神の3人で、大地神を含む他が傍神ね。それが合わさって20人以上いるって感じ。あたしはその中で魔法神というのがいたので、その神を信じてたわ。ただ、強要されてるわけではなく、素朴に信じてるだけ。実験の前に軽く祈りを捧げる程度ね。誰もが一応主神を尊重しつつ、それぞれの傍神を信じてるって感じ。主神と傍神にはこれといった間柄はないので、そういう信仰が可能なんだと思う。ただ、風の神だけは堕神として崇めちゃいけないと言われてるの」
「何で風の神だけが? 結構重要そうな神のような感じなんだが」
「一説にはこの世界を一旦は無茶苦茶にした破壊神の変化とも言われてるわ」
「ノルデースはその辺知ってるか?」
「あまり知らんなあ。ただ、風の神が邪神として神像が破壊されるのは、聞いたことがある。だから、人ならざる者は、逆に風の神を崇めるらしい。一応主神格らしくてな、信仰が入り乱れたが、結局数に勝る主神信仰が勝って、風の神は傍神、悪神に追いやられたという話じゃ。ただ、なぜ風の神がそこまで憎まれておるのかは知らん。あと、地域によっては公然と風の神信仰が残ってる場合もあるぞ」
「ふむ……」
俺は皆の言葉を聞いて考える。
俺としてはここに来た「上のヒト」たちを崇めたくあるが、彼女らの神話体系から外れている筈だし、そもそもそんなのが実在してるとなると大変な騒動になる。
当面は彼女らの言うような龍、大地神、魔法神などを尊重する形を取っておいて、必要になったら「上のヒト」たちをつまびらかにする、という形でいいだろう。
その「必要になったら」は、たとえば村人が信仰でぶつかった時など。
なので、あんまり起こってほしくはない状態だ。
彼女らは素朴に信仰してて、神こそ総て、というイメージではなさそうなので、当面は秘密にしておいて良いだろうが。
それにしても、ここは多神教の地域か。
唯一神の支配する場所でなくて良かった。
唯一神が存在していたら、信仰でぶつかる。
それは俺の前世でも明らかだった。
龍など実在する存在もいるので、恐らく信仰体系はもう少し複雑で、現世利益的で、実益の伴うものが多いのだろう。
ハイドワーフもその実益があればあっさり乗り換える感じらしいし。
ちなみに信仰については、神殿や教会を建てることはほとんどなく、小さな祠や神像だけで済まされることが多いらしい。
なので、俺の建てた教会は割とこの世界では珍しいようだ。
「上のヒト」たちの神像もそのうち彫って飾っておこうか。
来た時には見えなかったので、完全に俺のイメージでしかないが。
ふと、そんなことを考えたりした1日だった。




