第39話:橋の村
柿を育てているのだが、渋柿がしばしば混じっている。
正しくは「渋柿ばかりなる木」と「甘柿ばかりがなる木」が整然と混在しているという感じで、どういう仕組みで渋柿と甘柿が分かれるのかは分からないが、今まで基本、農産物を想像しながら食えないものがなるということがなかったので不思議だったが、恐らくは「干し柿を作れ」という「上のヒト」のメッセージなのだろう。
育てている時に渋柿を作るイメージは持たなかったので、俺の良いようにできる風に環境が操作されるのかもしれない。
なので、さっそく渋柿を収穫し、皮を剥いて吊るし、干し柿を作ることになった。
最初、「俺の作る果物は基本全部食べられる」と誤認していた村人の何人かが、渋柿をそのノリで食べてしまって、凄い顔をしていた。
「こんなものを村長は食うんですか?」
「流石に俺はそのまま食わないなあ。渋柿だぞ?」
「何のために生えてるんです?」
「皮を剥いて吊るして干すと甘くなるんだ。砂糖以上に甘くなるぞ。たぶん、そうやって食うもんなんだと思う。甘柿もあるから、そっちで口直ししてろ」
ちなみに干し柿が完成するまでに吊るし始めてから2、3週間ほどかかった。
その辺は前世の干し柿と一緒なんだな。
干すだの乾かすだのが完全に一緒だと、腐る方も特別迅くなってしまう。
そういうのを禦ぐために、変質は普通の食べ物と一緒にしてるんだと思う。
ということは、醗酵も基本は一緒、ということだ。
俺の『奇跡』パワーと青緑色スライムの醗酵力で少しは短縮させることは可能なのだろうが、酒のように「寝かせる」ものは、たぶん年単位でかかるだろう。
実際に作ってみないと分からない部分は多いが。
青緑色スライムもどこまでできるか把握しきれていない部分は多い。
梅のことも思い出した。
梅はアルコールと砂糖さえあれば梅酒を漬けることができる。
塩に漬けて乾かせば梅干しもできる。
梅干しは弁当の腐敗を禦ぐとともに、米などのでんぷんを糖に代える万能食だ。
だから日の丸弁当などが開発されたのであって。
さっそく畑の一角を耕して梅を育てることにした。
ハイドワーフの何人かが鍛冶に冴えを見せたので、何人か村に常駐してもらうことになった。
彼女らの言う通りに窯を作る。
ハイエルフが使っていた簡易窯ではない、本格的な窯だ。
わざわざ土を盛って、角度を付けてある。
空気が通りやすい構造だ。
音や光で村人の邪魔にならないように、作業場は村の端の方、拡張するつもりのない、大蜘蛛たちの巣が展開されている方向。
人数はだいたい10人前後。
リーダーはウロ。村では気鋭の若手だったらしい。
残りは彼女の弟子で、年若が多いようだ。
ウロは小学生にしか見えないが、それでも300歳を超えるらしい。
「お前さんは何でもできるのか?」
「何でもはできんな。作れるものだけだ」
「だいたいそう言う連中に限って万能なんだよな。まあ、よろしく頼む」
「あい、頼まれた。村長、作るものがあったなら希望は訊くぞ」
なので、俺は最初に水道ポンプを頼んだ。
ポンプの仕組みは彼女たちも知っているらしい。
たちまち10台が作られ、風呂や屋敷近くなどに設置された。
いずれは村の総ての施設に据え付けたい。
残念ながら俺の作った手回し式揚水機は解体だな、と思ったが、ウロは「残した方がいい」と言った。
「我々も万能ではない。完全になくすと故障した時に困るであろう? 方法はいくつあってもいい。なに、メンテナンスを欠かさなければいいだけだ。その辺りも我々が担当しよう」
ちなみにハイドワーフということで「金属しか扱えない、木は専門外」というイメージを持っていたのだが、彼女らは木材の扱いにも長けていた。
「技術はあって困るもんではないからな。その中で特に金属の扱いが得意というだけだ。木の扱いに関してはハイエルフたちも負けてはおらんしな」
なるほど。
樹木イメージの強いハイエルフたちが鍛冶もできてたように、金属イメージの強いハイドワーフも木材の扱いには長けているか。
俺の出番は少しずつ減りそうだ。
ただ、意外なことに、酒造りに関しては割と疎いというか、俺とどっこいどっこいの知識しか知らなかったのはびっくりだった。
蒸留酒も造れるから、てっきりアルコールの扱いにも長けているかと思ったのだが、詳しいのは蒸留技術だけで、酒造りは「とりあえず呑めれば良い」というだけで、美味さを追究することはあまりなかったのだという。
石も食ってたし、作物は乏しいし、「そういう場合ではなかった」のだろう。
その辺は共同研究で何とかしよう。
あるいは醸造に詳しい種族に来てもらうか。
……醸造に詳しい種族って何だ?
ハイドワーフがそうでなければ、他に想像がつかないのだが?
ハイドワーフはガラスも作れたので、ガラスの製造も頼む。
ガラス製造は別に専門の職人がおり、原則としてハイドワーフの村にしかいない。
なので、基本は向こうの村での製造であり、食べ物と引き換えの搬入だ。
それでも2~3日の距離なので、割とホイホイ運ばれてくる。
これで窓ガラスができる。
「窓に使用するのか?」と不思議がられたが、確かに窓ガラスは前世でも王族貴族だけが設置できるもので、一般市民は使えなかったと聞いたことがある。
そういう文化がなかったら奇異に思われるのもしょうがない。
それに、透明ガラスの製造までは至ってないようで、基本は色つきで厚さもある粗ガラスだ。
まあ、部屋にいながら太陽光を浴びたいわけじゃなく、隙間風だけ禦ぎたいだけなので、今はそれでいい。
評判が良ければハイドワーフの村にも逆輸入できるだろう。
その余録に預かったのは、エリシアだ。
ここに来て長らく手持ちのフラスコやピペットだけしか使えなかったが、ハイドワーフに製造を頼むことで精製器具が一躍増えた。
これで作れる薬が増えると喜んでいた。
そう言えば本来の専門は薬学と言ってたな。
ツールが増えたことで、魔石を加工することができるようになった。
そう、肉を得る時に必ず手に入るアレだ。
どの動物にも必ず体内に魔石が入っている。
その在庫が1年以上貯まったので、凄いことになっていた。
それを少しでも減らせるならばありがたい。
具体的には、魔石を溶かす溶媒を作る必要があり、その溶媒候補はすでにいくつかそれっぽいものを発見したらしい。
しかし溶かす炉がなかったので、棚上げになっていた。
そこに、金属加工できるハイドワーフが来たことで、専用炉を作れるようになった。
これに魔石を入れてアレコレすることで、その魔石がそのまま魔気に転換されるらしい。
その魔気は専用の伝線を経由して、様々な場所へ魔法効果を運ぶことができる。
魔石そのものに効果を持たせることもできるらしい。
たとえば温熱、たとえば冷却、たとえば電気。
その変換炉の知識もエリシアは持っていた。
普通は伝線を魔石の収蔵庫と繋ぎ、一定時間を置くことで魔石に特定の魔法効果を付与する形が一般的らしい。
温熱はシャドウウルフがいるからいいが、冷媒があれば冷蔵庫ができるので、便利だ。
それを聞いたエリシアは、ハイエルフ、ハイドワーフと組んで彼女はしばらく冷蔵庫開発にいそしむらしい。
エアコンの話をしたら、それも一緒に開発すると言っていた。
忙しいことだ。
彼女に負担を負わせてしまっている。
追加の研究者が欲しいところだ。
彼女のような、技術関連の専門担当。
一応、ハイエルフと組んですでにいろいろ教えているらしいが、エリシアの知識が膨大で多岐に渡るので、ハイエルフたちはそれに追いつくのに精一杯らしい。
彼女並みとは言わないが、それに次ぐ存在がいてくれると彼女の仕事も減るのだが。
「それにしても広くなったもんだなあ」
俺は改めて村を見渡す。
平方キロの面積があるので、村の境界が茫漠としている。
そのうち半分は畑なので、景色としてはのんびりとした農村の風景だ。
ここに来た時は原生林がただただ拡がっていただけだったので、思えば遠くへ来たもんだ。
「というわけで、村の名前をそろそろつけたい」
「何がというわけで、か分かりませんが、その意見には賛成です」
「うーん、村の名前ですかー、ただ『村』ではいけないんですか?」
「ここだけならな。ただ、ハイドワーフの村と取引が始まったので、その区別をつけなきゃならん。ハイドワーフの村はなんという名前なんだ?」
「ゴレ村だな。他にもシム村、ヒド村、エケ村などいろいろあるぞ」
「何となく日本の苗字っぽいな、という意見はさておいて、いい意見があれば頂戴したい」
「はいはーい、村長の名前がいいと思いまーす!」
「却下」
「えー、何でー?」
「俺が恥ずかしいからだ。『ハンダ村』『カズナリ村』、どっちもしっくり来ん」
「『カズナリ村』はいいと思うんですけどねえ」
「それに、村が他に増えたらバリエーションがたちまちなくなる。どちらにしても誰もがすっきりする名前をつけておきたい」
「確かに、村長の名前を連呼するのは不敬ですねえ」
「不敬不敬」
「いや、そういうわけでなくてな」
「確かに、そういう理由があったら失敬でした。村長の名前は選択肢から外しましょう」
「この森の名前は?」
「『アインの森』村か? 『アイン』村か? あんまりぞっとせんなー」
「森の名前は外の呼び名なんで、あんまり私たちもぴんと来ませんねー」
「ハイエルフはどう呼んでるんだ?」
「ただ『森』ですね。それで通用します。1つしかありませんから」
「森村? 何となく危ない研究してるように聴こえるぞ?」
「そんなイメージあるんですか?」
「いや、冗談だ。忘れてくれ」
「そう言えば、ここ独特の風景ですねえ」
「畑か? 水路か?」
「水路の方です。ここまで張り巡らされた場所は他にはちょっとありません」
「水の村……」
ぼそっと誰かが口にした。
「水村か、水路の村か、川の村か、とにかく水のイメージがありますねえ。ここ」
「飲み水の貯水池もあるしね」
「井戸に頼らなくて済むのはでかいよね」
そう言ってると、相談に加わっていた大蜘蛛が俺の肩を叩いて外の風景を指し示した。
「何だ? お前たちも川村か、水路の村がいいのか?」
そう言うといやいやいや、と腕を振った。
そう言えば彼らは腕と脚の区別をどうやってつけてるんだろう。
そんなことはともかく。
彼らの言っているのはそういうことではなく、「もっと独特の風景があるじゃないですか」というイメージだった。
俺はピンと来た。
「……橋か!」
そう言えば、ここには橋が張り巡らされている。
それは他にはない独特の風景だ。
もちろん構造的に橋を渡す村はいくつもあるが、山岳地帯でもないのにここまで多いのは珍しいらしい。
「ブリッジ村?」
「その名前、いいんじゃないですか?」
「村長の屋敷の前の橋を取ってビッグブリッジ村とか」
「それは却下。何となく俺には別のニュアンスに聴こえる」
「えー、そんなことないですよう」
しかし、抵抗したにもかかわらず、相談の結果、この村の名前は「ビッグブリッジ村」と決まった。
俺の屋敷の前の橋を「ビッグブリッジ」と呼ぶことに決まったからだ。
それを押し通された。
そこで戦闘は行われないと思う。
思いたいなあ。
対外的には「ブリッジ村」を使う。
あるいは「橋の村」。
まあ、たぶん「橋の村」で通用してしまうんだろうけど。
「ビッグブリッジ村」は恐らくほとんど使われず、そのまま消えてしまうかもしれない。
正式名称、ビッグブリッジ村。
ただ、便宜的に「ブリッジ村」「橋の村」「橋村」の通用を赦す。
ただ「村」と言う時にはこのビッグブリッジ村のことを言う。
村人の間でそう決まった。
別に契約書の運用が決まっているわけではないので、恐らく「橋の村」だけで通用してしまうような気がする。
名前というものは、そんなもんだ。
世にその存在ありとされる「橋の村」がこの森に誕生した瞬間だった。




