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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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37/50

第37話:コミュニケーション

 村を歩いていると、時々声がする。

 村人たちがいるので声がするのは当たり前だが、しばしば訛っているというか、外国人風の発音が聞こえることがある。


「ソンチョウハ、エライデス」

「「「ソンチョウハァ、エライデス」」」

「ソンチョウハ、リッパデス」

「「「ソンチョウハァ、リッパデス」」」

「ワタシタチ」

「「「ワタシタチィ」」」

「エルダーアラクネ」

「「「エルダーアラクネ」」」

「イチドウハ」

「「「イチドウハァ」」」

「ソンチョウニシタガウコトヲ、チカイマス」

「「「サンチョウヲシタガウコトヲ、チカイマス」」」

「サ、じゃなくてソ、ね」

「そうだった」

「ミスった!」

「あと、『を』じゃなくて『に』ね。覚えてね」

「「「はぁ~~~い」」」


 何をやってるんだろう。

 俺を褒める練習じゃないよなあ。

 エルダーアラクネの家を覗いてみた。


 何か木板を持って、皆がレメの方を向いている。

 そして、レメも大きな木板に、カタカナを描いている。

 なるほど。


「何やってんだ?」

「あ、村長」

「カタカナを読もうとしてるのか?」

「そうですね。せっかく用意してくださったものなので、覚えようと思いまして」

「難しいなら無理に読まなくてもいいぞ」

「いやー、読めないのはあたしらの沽券にかかわりますから」

「ハイエルフは全員読めるという話なので」

「あたしたちは文字がないので、結構覚えるの難しいんです」

「『女王』は躍起になってエルダーアラクネ専用の文字を生み出そうとしてる噂ですけどね」


 彼女らの「女王」はやはり別格らしい。

 彼女もまたこの世界における「天才」なのかもしれない。


 ふと、皆にあるものがないのに気付いた。


「言葉の咒符はどうした?」

「あ、気付かれた」

「あれば便利なんですけど、それだけだと勉強にならないんで、今は各々の部屋に置いて、それなしで読んでいるところです。咒符があると勝手に口語が翻訳されてしまうんで」

「別に全部がエルダーアラクネの言葉になるわけじゃないんだろ? 咒符あってもいいんじゃないか?」

「それだと耳から入る言葉と口から出る言葉が自動的に一緒になっちゃいますんで、勉強にならないんですよ。きちんと咒符なしでも一致するようにならないと」

「そうか、努力家だな」

「ありがとうございます。それにしても、このニホンゴォ? って便利ですね。数が多いのが難点ですが、アルファベットォ、ですか、それより少ない文字で難しい内容を伝達できるので、まずニホンゴォ? の方を覚えようかと思いまして」

「いずれニホンゴォ? で村長と話すのが夢ですね」

「無理はしなくていいんだぞ」

「無理はしてませんよ。あたしらが覚えたいから覚えてるんです。しかし、あとヒラガナァ? ですか。カンジィ? もあるんですよね。しかもカタカナァ? とヒラガナァ? が同じくらいあって? それぞれ50文字くらいあって? カンジィ? がいつも使うレベルで2000文字あって? 上達した人は5000文字くらい使って? 全部覚えようとすると20万文字くらいあって?」

「ないわー、と思いますね」

「無駄の極致ですね」

「エルフ文字ですら16文字なのに、ニホンゴォ? は多すぎです!」

「その分複雑な内容や専門的な用語を操れますから、悪いことばかりじゃないんですけどね」

「カンジィ、素敵!」

「デザインがいいよね!」

「何というか、咒符みたいというか」

「いずれ、自分の名前をカンジィ? で表現するのが夢なんです」

「そうか」


 お前たちはカタカナひらがな以外ではほとんど表現できないぞ、とは言い出しにくい雰囲気だった。


「しかし、やっぱり難しいですね」

「カタカナァ? で結構つまずいてますから、ヒラガナァ? やカンジィ? に行けるのはいつになることやら」

「まあ、気長にやりますけど」

「頑張れ」

「頑張ります!」

「気合、入れます!」

「しかし、似た文字多いですね」

「そうか?」

「この『ソ』と『リ』と『ン』ってなんなんですかね。そっくりで見分けがなかなかつきません」

「あー……」

「あとカタカナァ? の『ラ』と、ヒラガナァ? の『う』とか」

「ヒラガナァ? 同士でも『あ』と『お』と『ま』、『ぬ』と『め』とか」

「間違えて書いてしまいそうですね」


 その辺は前世の外国人も通った道だ。

 完璧に区分し、活用できるのは、俺が日本語ネイティブだからだ。

 外国に行ったら、俺だって完璧に読めて喋れる自信がない。

 そうでなくても、日本人は「R」と「L」の発音の区別がついていない、と言われるのだし。


 その意味では、俺の自動翻訳機能はありがたい。

 エルフ文字もハイエルフ文字も難なく読める。

 「上のヒト」の与えてくれたギフトを感じる。

 感謝してもしきれない部分だ。


「邪魔して悪かった、引き続き頑張ってくれ」

「はい!」


 再び皆は前を向いて、木板を見ながら唱和を再開した。


「ソンチョウハ、リッパデス」

「「「ソンチョウハァ、リッパデス」」」

「ソンチョウノハ、リッパデス」

「「「ソンチョウノハァ、リッパデス」」」

「?!」


 立ち去ろうとしたが、聞き逃せない言葉を聞いたような気がした。


「おい」

「はい、何ですか?」

「それ、真面目な授業なんだよな」

「そうですよ? みんな真面目ですよ?」

「何か不穏な言葉を聞いたような気がしてな」

「いやー、気のせいじゃないですか?」

「考えすぎー」

「気のせいー」

「村長、気にしすぎですよ」

「そうですよ」


 何となく棒読みされている気がする。

 俺は釈然としないまま、その場を去った。


 エルフやハイエルフも言葉や文字を持っている。

 ただ、当然というか、やはりというか、難しい概念は表現できないらしい。

 エルフ語のアルファベットが16文字、ハイエルフ語のアルファベットが14文字。


 しかも、ハイエルフは広く森に分布しているので、発音が少しずつ違う。

 表現のしかたも違う。

 場合によっては、同じ種族とは思えないほどに、喋る言葉が全く違うこともあるという。


 さらに、同じ部族であっても、100年前と今とでは文字も語彙も変わるらしい。

 言語あるあるだな。

 日本語だって変体仮名だの旧字新字だのがあって、100年前には普通にそういうのが使われてたわけで。

 300年以上前の手紙や書類や本が現代にも残っているが、学ばなければ何を書いてるのやら、ちんぷんかんぷんだ。

 それが、長命種ゆえに彼女たちは現在進行形で続く。

 厄介だな、と思った。


 しかし、同じ文字や語順を数千年に渡って維持し続けた昔の人って偉かったんだなあ。

 俺は前世のラテン語や漢文に思いを馳せる。

 昔の書類がしばしば読めるのは、彼らが楷書体みたいなものも残してくれたからで。

 できうることなら、俺の教えたひらがなカタカナがそうであってほしい。

 俺が村に現代日本語を限定使用ながら導入したのは、そういう目論見もあってのことだ。


 巧く行くとは思わないが、それが共通語が生まれるきっかけになってくれれば嬉しい。

 俺の文字でなくてもいい。

 結果として皆が同じ文字を使えればいいのだ。

 しかも数千年に渡って変化しない、確たる発音、文字表現。

 言葉のブレイクスルーがそこから生まれてくれれば、言うことはない。


 英語のアルファベットを混ぜたのは、それを期待してのことだ。

 そのまま使わなくても、言葉生成のヒントになればありがたい。

 問題は英語ネイティブではないので、それで勝手に読み方を変えられることだが、そこは俺が頑張るしかないだろう。


 ハイエルフのサリアが通りがかったので、声をかけてみた。


「あ、村長」

「忙しいとこすまんな」

「いえ、今はそんなにバタバタしてませんで」

「訊きたいことがあるが、時間あるか?」

「いくらでも」

「ありがとう。ハイエルフ語ってどんな感じなんだ?」

「……えーと、おっしゃる意味がよく分からないのですが」

「あ、すまん。お前らがいつも使ってるハイエルフ語って、アルファベット14文字で、部族や年齡層によって使う内容が若干、あるいは全然違うって話だが、それで不便はないのか?」

「不便はないですね。どちらかと言えば文字は補助ですんで」

「補助?」

「基本は口頭、そして、コレですね」


 彼女は右手の手指をぱっぱっ、と動かした。


「手話?」

「そういう言い方もありますが、どちらかと言えばハンドサインですね。口頭の言葉にコレを加えてコミュニケーションします。私らの言葉では難しい概念は表現できませんし、限界もあるんで、だいたいこの2つを組み合わせて何とか向こうに通じるようにしている感じですね。そしてアイコンタクトも含めて、仲間と連携してるって形です」

「俺には普通に高等な内容を喋ってるように思えるがなあ」

「ありがとうございます。ただ、それは村長の読み取りスキルが凄いからですね。表現したいのに、口頭ではしきれない部分をいつも深く読み取っていただけることに感謝です。どういうしくみなんですかね、それ」


 逆質問された。

 困った。

 迂闊なことが言えない。

 救世主メシアで巨人で転生者、ということは、一応皆には秘密にしてある。

 それを俺の口から言うことはできない。

 言っても信じられないだろうしな。


「まあ、勝手に読み取ってるだけだな。特にコレといったものはない。そういうことにしてもらいたい」

「了解しました。ではそのようにしておきますね」

「感謝する。ところで、それ、つまりハイエルフのコミュニケーション手段だな。そいつらは大蜘蛛やスライムにも通用するのか?」

「元の村だと通用しなかったんですが、なぜかここだと通用するんですよね。なので、話が迅くて済みます。ただ、言葉は全然教えてないんですよ。スライムも大蜘蛛も基本敵でした。スライムはそれでも処理してもらわなければいけないので、何とか苦労して扱ったんですが、ここではまるで同族のように意思が通じます。何でなのか分かりません。むしろ同族の方がよっぽど話が通じないです。同じ言葉を喋るのに」


 なるほど。

 やはりトリガーは「俺」らしい。

 俺がいることで、言葉を持たない者同士でもコミュニケーションが取れる。

 そういう不思議な力があるらしい。

 全員が互いに流暢にコミュニケーションを取れることを、俺はエリシアの咒符の力による、と思い込んでいたが、ことはそう単純ではないのかもしれない。


 そもそも、咒符は言葉を持たない者には働かない筈であり、スライムにもシャドウウルフにも大蜘蛛にも与えていない。


 「上のヒト」の設計なのだろうか。

 『奇跡』のチカラ、『巨人』の能力。

 そう言えば、前世の神話にもかつての言葉は統一されていて、塔が壊されてバラバラになったという話があったな。

 俺はその「塔」なのかもしれない。

 俺がいることで、コミュニケーションの統一が図れているような。


 逆に言えば、俺がここを去ったらどうなるのだろう、という不安もある。

 他に文明を見つければ、さっさとそっちの方へ行ってしまうつもりも最初はあったが、ことはそう簡単ではないのかもしれない。


 何となく、危ういバランスを歩いている気になった。

 背中が冷える感覚がある。

 俺が去ったら、このカオスな混在空間はバラバラになって、皆が敵対し始める……?


 そうならないようにしたいもんだな、と願うばかりだった。


 サリアが俺の顔を、不思議そうな面持ちで見つめていた。

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