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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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35/50

第35話:料理道

 冬の間に料理をしまくった。

 ゆえに人型種族は各々働いていても遊んでいても、食事の時間にはきっちり集まった。

 前世でも料理をしていたのでそれなりの腕前を持っていたと自負していたのだが、皮剥きも含めてかなり巧くなってたと思う。


 しかし、村人は誰も料理をしなかった。

 サボっているわけではなく、料理という概念をほとんど知らなかったようだ。


 エルダーアラクネは生か焼くかの二択。

 当然切る、剥く、煮るということも知らず、皮ごとがぶり。


 ハイエルフもよく言えば野趣みあふれたメニュー。

 エルダーアラクネのメニューに「切る」「煮る」が加わった程度で、皮も剥かず、毒や腐った部分を取り除くだけ。

 庖丁で無造作に刻んでひたすら煮るのが彼女たちの知ってる唯一の「料理」のようだった。

 流石に動物の肉は皮をぐが。


 村人は皆、煮る・焼くの他に、俺のように皮を剥く・炒める・蒸す・茹でる・揚げる・潰す・すのいずれも全く知らなかった。

 「揚げる」はまだ油が勿体ないのでほとんど作っていないが、作った時は皆、俺の料理法に目を丸くして、美味しい美味しいと言ってくれた。


 それはいいのだが、冬の間は俺が作るだけで、誰も積極的に料理をすることがなかった。

 たまに誰かに委せても野趣みあふれるメニューが出てくるだけ。

 肥えた俺の舌には合わない。


 なので、春から希望者を募り、一緒に料理をさせることとなった。

 冬の様子から志願者は少ないのでは? と思ったが、エルダーアラクネを含めてかなりの人数が集まった。

 エリシアやノルデースもいた。

 キミらも「料理? なにそれ」組か。

 大蜘蛛からも希望者がいたのは意外だった。


 それなのになぜ俺から料理を学ばなかったのか。


 理由の一。

 「俺が作るから、お前らは素直に食べろ、俺のやり方に口を出すことは赦さん」と俺が料理を作るたびに考えていて、やり方や料理に文句を言うことは禁止、と思い込んでたこと。


 理由の二。

 その技術は秘儀であり、秘術であり、秘匿であると思ってたこと。俺に言えばどんなことでも教えてもらえるなんて誰も思っていなかったらしい。


 理由の三。

 初めて見る技術ゆえに気圧されていたこと。

 俺が手ずから教えるなんて「贅沢」は赦してくれないと思い込んでたらしい。

 やるなら俺の見えないところで、必死に目で盗み、開陳できるようになってからするようになるもの、と思っていたようだ。


 理由の四。

 食糧は貴重、ゆえに無駄にしてはならぬ、未熟な手で作り失敗させることは死罪なり、と思っていたこと。

 「失敗しても頑張っていれば全然赦す」と俺が言うとは誰も考えてなかったらしい。

 俺も失敗作はこっそりスライムに食わせてたしな。


 そんなそんなそんなそんな莫迦な。

 料理は秘密じゃないし、誰にも教えるし、もちろん初めての參加者には俺が一緒に見ているし、手を取って教えるし、失敗しても努力が見込まれるのであれば、全く大丈夫だぞ?


 もちろん失敗作はなるべく出さない方がいい。

 しかし、俺も前世では失敗ばかりで、成功し始めたのは社会人2年目からだった。

 だから初心者が失敗するのは当たり前だと思っていた。

 初めて使う技術を叱るなんて、そんな「贅沢」は、俺には到底無理だ。


 ちなみに理由の五もある。

 俺の使う技術は「秘術」であり、仮にすでに知っていた、使えたとしてもそれを披露するのは失敬と思ってたこと。

 特に「皮を剥く」を知っていたサロア、「炒める」を知っていたサライがショックを受けていた。

 自分だけの秘術と思っていたのに、俺が知っていたということを。


 ちなみにエリシアも秘密にされていた側らしい。

 料理人は秘術使い。ゆえに門外不出、一子相伝。技術を流出させた者は万死に値する、と主張されて、王室の料理人から一切内容を教えられなかったらしい。

 そこまでして、俺の料理を超えるなら大したものだが、内容はハイエルフの「野趣み」レベルとそんなに変わらなかったとのこと。

 そんなんで「秘術」を名乗っていたのか。


 なお、皆みなとも、俺が育てた作物で嫌いなモノはまだ誰もないとのことだった。

 正直に言っていいんだぞ? と言ってみたが、本当に誰も好き嫌いはなかった。

 特別好きな素材とそこそこ好きな素材と相応の素材がある程度。

 料理で美味しくなれば万々歳。

 食べるほどでないものは、他に誰か食べればOK。


 もちろん生で食べるのが好きな者は変わらず生で食う。

 ヘタまで食うので、その部分は食べなくてもいいんだぞ、と指摘するくらいだった。


 なので、料理教室を開いたら大盛況だったのには驚いた。


 「皮を剥く」「刻む」はかなり時間がかかると思ったが、一度教えるとエルダーアラクネも含めてかなりの者が一発でできるようになった。

 かつらむきも器用にやってみせる。

 みじん切り、短冊切りもほとんどの者がすぐにできた。

 そんなに巧くやってしまうと、逆に俺の方が気圧されてしまうのだが。


 トロ火、弱火、中火、強火も教えたら、全員が驚いていた。

 料理によって火加減を変えるなんてことは、驚天動地の大革命だったらしい。

 よって、すぐにそれらも覚えた。


 教えると3日のうちに、誰もが巧く料理をし始めた。

 もちろん失敗作や独特の味付けもたくさんあるが、それはスライムに食べさせるか、責任取って自分で消費すればOK。

 場合によってはあえて食卓に出すことも赦す。

 それで評判が良ければメニューに入れる。

 魔改造は日本でも普通にやっていたからなあ。


 また、自分で作る分には、記録係(俺)に具材を申請すれば誰も自由に取ってよし、と決めた。


 お蔭でここしばらくの料理が、若干の野趣みは隠せないが、巧くできている。

 ただ、皆が一斉に料理を始めたので、皿が多すぎた。

 腹がはち切れそうな量が続いた。

 流石にそれに皆はすぐ気付いたのか、順番を決めて分担するようになった。

 なので、最近の料理は独創的なものも含めて、バラエティ豊かだ。


 ただ、やはり俺にはもの足りない部分もある。

 味噌、醤油。

 その味が恋しい。

 調味料は砂糖、塩、胡椒、トウガラシやカレーの材料があるが、やはり元日本人としては味噌と醤油を味わってナンボだ。

 ちなみにカレーはまだ作っていない。

 材料を保存しているだけだ。


 エリシアに頼もうとしたが、彼女も「麹菌」を知ってるとは思わなかった。

 というか、まさかこの世に微生物がいて、それによる酵素があって、素材を変質させる役割があるだなんて、思いもつかないに違いない。

 実際にエリシアに訊いてみたが、「そんなものあるの?」という反応だった。

 さもありなん。


 醗酵と言えばチーズ、バターもそうだ。

 もちろん牛や山羊はまだいない。

 鶏なども見たことはない。

 野鶏のようなものはいたが、凄まじく大きい上に蹴爪で攻撃してくる。

 その肉は美味しかったが、肉食らしく、内臓モツを食うのは穀物中心に育てなければ無理だと思った。

 話がズレたが。


 麹菌をどこかから手に入れねば。

 『奇跡』でも無理だよなあ。

 その辺にいて、調べれば取れるというのは知っているが、その識別・抽出に無限の時間がかかる。

 顕微鏡もまだない。

 この世界にそんなものがあるとは思えない。

 味噌・醤油はやはり遠い世界のものなのか。

 そう絶望していたとき。


 とあるスライムがやって来た。

 青緑色のスライムだ。

「醗酵と言うのですか、ものを溶かしきらずに残すやり方、私たちに委せてもらえませんか?」

 そう言っているように見えた。


 そう言えば、スライムはどうやって分解してたのだろうか。

 体質にものを溶かすのがあるのは知っていたが、それだけでは落ち葉や腐ったものを溶かしきる理由にはならない。

 彼らの身体の中に菌や酵素がある……?


 何匹か青緑色スライムを連れてきて、潰した大豆を巧く醗酵させるか試してみた。

 5匹いるうちの2匹が、巧くできた。

 まだ入り口の入り口だが、確かに味噌や醤油の味がした。

 1年ぶりに味わう味に、思わず涙が出た。


 彼らは麹菌を持っている。

 目当ての麹菌でないかもしれないが、体質改善すれば前世の麹菌に限りなく近付くかもしれない。

 彼らに味噌・醤油造りと改良を委せることにした。

 ついでに塩麹造りも。


 ちなみに「入り口」の味噌・醤油は村人全員に大好評だった。

 こんな味の革命があるのか、とエリシアやハイエルフも驚いていた。

 そりゃそうだろうな。

 俺もこんなところでそれを味わえるとは思ってなかったし。


 乳酸菌醗酵もできればヨーグルトやチーズ、バターも可能だろう。

 もちろん牛乳を手に入れてからの話だが。

 キムチやたくあんも乳酸菌醗酵の一環と聞いたことがある。

 白菜、ある。

 トウガラシ、ある。

 ダイコン、ある。

 青緑色スライムに醗酵を委せてみた。

 漬物は意外に近いかもしれない。


 そして酒。

 醗酵物の中で最大のメジャーだ。

 自然醗酵で大丈夫のようだが、青緑色スライムに委せれば短期間醗酵も可能になるかもしれない。

 酒材料は夏からの予定だったが、小さく畑を作って迅いうちに試すことにした。


 パンも醗酵物だったな。

 これはブドウを乾せば酵母イーストができると聞いたことがある。

 レーズンパンはその醗酵主体をそのまんま食べていた名残なのだと。

 とりあえずこちらもレーズン用ブドウと小麦を先に作っておき、青緑色スライムと自然醗酵と、どちらが巧くできるか、競争させることにした。


 そして青緑色スライムが突然増えた。

 「呼ばれてる」「用があるらしい」と新たに来た者もいたが、彼ら自身が根性で大量分裂したらしい。

 彼らが増えるのは大歓迎だ。

 料理に、味に、食卓に、彩りが増える。


 しばらくいろんな味が続いた。

 村人もいろいろ試してみるらしい。

 もちろん、生のまま食べることも忘れない。

 料理ばかりして素材の良さを活かさないのは、本末転倒だ。


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