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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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32/50

第32話:春がやって来た

 温かい風の後に数日冷たい風が続いたので春はまだ遠い、と思ったが、大蜘蛛が巣から姿を現すようになると、温かい風ばかりが続くようになった。


 残雪はかなりの量になっていた。

 建物が崩れる恐れはなかったが、かなりの雪が壁のそばに積み上げられている。

 やはり水路の完成を冬前にしなくて良かった。

 これを体験しなければ、冬にどう調整して良いのか分からない。


 雪解け水は油断できない。

 これがあるのとないのとでは水路の流量が明らかに違う。

 前世でも雪深い地域の川の流量は、他の季節の数倍になると聞いたことがある。

 だから堤防はそれを計算して作らなければならない。


 水路ということで村にそのまんま通すつもりだったが、ダムの存在も考えに入れなければいけないのかもしれない。

 一応、複数の調整池があるのでそれほど喫緊でもないのだろうが。


 エルダーアラクネに乗って東の川に行ってみたが、やはりいつもより流れが多かった。

 洪水寸前と言ってもいいくらいだ。

 この流量をもとに堰を作り直した方が良さそうだ。


 不思議なことに、俺の作った貯水池は冬の間に全く凍らなかった。

 『奇跡』の水だからだろう。

 ゆえに冬でも水に困ることはなかった。

 真冬でもほんのり温かかったしな。

 その辺は余計な理屈は不要だ。


 雪を溶かして飲むのは不潔だと聞いたことがある。

 雪そのものが細かいゴミを中心として、その周りに水分が集まってできる。

 その塊だから、基本汚い。

 よほど困らない限りは飲まないように村人にも言いつけてある。

 それまで普通に飲んでいたから平気なのだろうが、俺の気分の問題だ。


 森の中からホーンラビットやキングラット、ベアボアなどが現れ始め、草木が萌えてきた。

 温かい風とともにエルダーアラクネやハイエルフたちが外に出るようになり、積極的に狩りをするようになった。

 それまで3食食べていたのだから特に頑張る必要はないのだが、気分的なものと、習慣的なものなのだろう。

 やはり娯楽があっても外に出られないのは鬱屈するようだ。


 春が来たのでさっそく畑を耕す。

 今回新規に植え始めたのはタマネギやニンニクなどの香味類だ。

 ピーマン、シシトウなども育ててみた。


 胡椒とトウガラシはすでにあるので急ぐ必要はないが、籠もる冬を体験して分かった。

 同じ味ばかりだと飽きる。

 皆はそれでも美味しい美味しいと言ってくれるからいいが、味わう本人としては、やはり種類が少ないともの足りない。

 現代人のサガかもしれない。

 舌は現代のものをそのまんま引き継いでるわけだしな。


 燻製小屋も建てることになった。

 それまでの肉は塩漬け中心だったが、それだけだと臭いがこもる。

 近付きがたい、というほどではないが、ちょっとキッチンに入るのに身構える必要があった。


 燻製という方法を忘れていたのは俺のミスだ。

 ハイエルフたちは皆知っていたが、俺が塩漬け肉ばかり作り、それを食わねばいけないと思い込んでたので、教え損ねたらしい。


 俺に全権があると、村人の欲求が巧く読めないで困る。

 そのうちに副村長や村役のような中間管理職を設けておきたい。

 そこから意見を集約して、俺に具申する。

 その逆もしかり。

 いちいち全部を束ねていては、俺が大変だ。


 選ぶ時は選挙がいいか、俺の任命制がいいか。

 まあ、急ぎはしないので、もっと村人が増えてからでいいだろう。

 全員の意見を一応聞けるぐらいには、まだ人型種族の数が抑えめではあるので。

 冬の間に訊いたところ、今のところは俺に全権がある方が良い住民が圧倒的多数、というか、俺以外全員らしい。

 そうか。

 ちなみにシャドウウルフや大蜘蛛も俺を大ボスと認識していた。

 グレイやヒュージよりも偉いらしい。

 そうか。


 唐突に酒のことを思い出した。

 そう言えば、酒も果物からできたな。

 そして酒と言えば樽。


 樽の作り方を訊いたら、ハイエルフたちの何人かが知っていた。

 俺の知っている樽は木を曲げて鉄輪かんなわで縛るタイプだが、必ずしもそういう構造でなくてもいいなら、いくらでも作れるらしい。

 それを迅く言ってほしかった。


 茶も欲しい。

 コーヒーもあれば飲みたい。

 ゆえにそれらも育ててみる。

 畑の広さは、村の広さを4倍にした時に、一気に同じく4倍に拡げてある。

 拡げた場所は今まではそれまで植えていた作物を引き続き育てていたが、この春からはバリエーションを増やすこと中心に行こうと思っている。

 熱帯植物でも寒帯植物でも関係なく生えるらしいからな。


 そう言えば、エルダーアラクネや大蜘蛛はコーヒーは大丈夫なんだろうか。

 蜘蛛はコーヒーで酔っ払うと聞いたことがある。

 大蜘蛛は確実に酔うだろうが、エルダーアラクネも酔うんだろうか。

 人間部分を見てると酔うとは思わないが、出産の話やオスメスの育ち方を聞いてると、彼女たちも酔うような気はする。

 いずれ飲ませて様子を見てみよう。

 もちろん彼女たちが拒否すれば無理矢理は飲まさない。

 犬猫にとってのチョコレートのように、猛毒扱いという可能性もある。

 気を付けねば。


 カカオはまだ育てない。

 チョコレートやココアにするのに難しい手順が必要だからだ。

 それを知らなければ、砂糖を混ぜてもただ甘苦いだけ、と聞いたことがある。

 それよりかは他の作物で俺の舌が満足するようになってからだ。


 大豆も大切だ。

 豆腐、味噌、醤油。

 厚揚げに煮豆に納豆に。

 大豆と言えば小豆もある。

 小豆と言えば餡子や善哉だ。


 そして米、大麦、小麦と連想する。

 そこまで考えて、少し自重した方がいいな、と考えた。

 一気に種類を増やしても、俺を含む全員が混乱するだけで、管理も難しくなる。

 今はまだ皆の舌に合ってるからいいが、いずれ「食えない」ものも出てくる筈だ。


 たとえば、俺は長ネギとシイタケが苦手だ。

 臭みと食感の両方がダメで、無理矢理食っても吐き出してしまう。

 もちろん農業をやるなら、そういうのを美味しいと感じる住民のために育てる覚悟はあるが、俺自身は食おうとは思わない。

 そういうのを村人にも押しつけたくない。


 とりあえず香味類と大豆、茶とコーヒーを中心に育てることになった。

 酒用のブドウはまだもうちょっと先だ。

 茶とコーヒーが揃ってから改めて植えたい。

 酒用作物を作るなら、米や小麦を育てられるようになってからだ。


 酒と言えばリンゴから作れるシードルもあるが、いま育ててるタイプは甘すぎて酒造には向かない。

 もっと小さくて酸っぱいタイプでないと不味いものができるらしい。

 ブドウでも酒は酒用、レーズンはレーズン用でないと美味しいものができないのと一緒だ。


 ブドウやミカン、酒用ブドウや米麦は夏のサイクルからだな。

 これは管理場所と管理方法の問題もある。

 まだ収納する場所が少ないのに種類を増やしても、混乱するだけだ。

 地下室や倉庫をとにかく作って、新たに記録簿も作る。

 量はそろそろ厳密に管理しなければいけない。

 村の拡張や施設の整理も必要だ。


 ちなみにブドウに関しては、俺は種がなくて気軽に食べられるデラウェアが特に好みだ。

 巨峰やマスカットもそれなりに好きだけど。

 作ったら好みを聞いて、それで量を調整しよう。


 シャドウウルフの建屋を覗いて驚いた。

 無数の卵がある。

 前世の仔犬ほどの大きさだ。


「わふわふ」


 グレイとアイリッシュが後ろからやって来て「これは私たちの卵です」と説明してくれた。

 え、卵生?

 そして冬の間に一斉に産んだと。

 今までは場所がなかったから、洞窟などに置いてそれをメスが見守る形だったらしい。

 エルダーアラクネの卵とは違って温める必要はないらしいが、貴重なタンパク源なので狙う動物は多いとのこと。


 1回に5~6箇産み、そのうちの残ったものが数か月以内に孵る。

 今までは産む場所が自然の中だったので、かなりの数が他の動物に食われ、これほど残るのは初めてらしい。

 無精卵はないとのこと。

 オスメスも孵ってみないと分からないようだ。


 しかし人型の知性体やオオカミが卵を産む。

 この世界の法則が分からない。

 ハイエルフたちに卵を産むか、と言ったら横に首を振られた。

 流石にそこまで常識が違うことはないか。


 考えてみれば、シャドウウルフは雪を溶かすのに炎を吐いていた。

 炎を吐くと言えばドラゴン。

 彼らはオオカミのように見えてドラゴンの一種なのかもしれない。

 そうすれば、彼らの生態にも一貫性が出る。


 しかし、オオカミ型のドラゴンかぁ。

 前世の知識ではトカゲ型のドラゴンしか知らなかったので、常識は書き換えた方が良さそうだ。

 虫型のドラゴン、鳥型のドラゴン、魚型のドラゴン、そして人型のドラゴンなども想定しておいた方がいいのかもしれない。


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