第31話:冬の過ごし方
真冬が来た。
ちらちらと雪が舞い始めたかと思うと、一気に吹雪になった。
それがいつまでも続いて、外が雪景色一色になった。
建物内にいる大蜘蛛以外は、ほとんど巣に籠もっていて、姿を現さない。
ヒュージはなぜか俺の家にいる。
広間を占領してて、家事の細かな指示をミドルやミニマムたちに与えている。
冬眠はしないのだろうか。
シャドウウルフも建物内にいる個体以外は、どこにいるのか分からない。
流石にこの森で生きているのだから、回避するすべを持ってるのだろうけど。
ダンジョンも、そうした避難場所という意味合いもあるんだろうなあ。
たまに吹雪がやむと、俺はスコップを持って外に出る。
流石に雪かきをしないと、村のどこにも出かけられない。
その雪かきに、何と大蜘蛛たちが参加した。
効率的に雪をすくって、広場の隅の方に運んでいく。
虫って冬には動けなくなって冬眠するもの、という常識は、前世だけのものなのかな?
シャドウウルフたちは炎を吐いて、雪を溶かしていた。
え、ブレス吐けるの?
ドラゴンなの?
そんな、人型種族以外は冬でも働き者な一方で、人型種族は建物にこもってゲームにいそしんでいる。
夏秋には働き者だったエルダーアラクネやハイエルフたちがひたすら遊んでるだけなので、「冬には籠もるもの」というのが常識なのかもしれない。
もちろん細々とした家事やたまの雪かきはするが、それ以外は身を寄せ合って寝てるか、ゲームをしてるか、お喋りをしてるだけだ。
元気なのはむしろ夜だ。
その辺は彼女らとしても譲れないらしい。
まあ、俺も冬は籠もるつもりだったからな。
無理に働かせるつもりはない。
何もない季節に動いたって、エネルギー消費が増えるだけで、何も良いことないだろうしな。
「ところで、お前たちは冬には何を食ってたんだ?」
俺はエルダーアラクネに訊いてみた。
「え、何も食べませんよ?」
レメが答える。
絶食とはキツそうだなあ。
「なので、冬が来る前にぱんっぱんに食って、がっつり太ってから冬に突入するんですよね。流石に水は飲みますが、たまーに秋に取ってあった木の実を齧るだけで、基本は絶食です。だから、春になると、皆もれなくガリッガリに痩せます。それがあたしたちのサイクルです」
「今のお前たちは太ってないと思うが」
「そりゃ、ごはんがたっぷりあるからですね。流石に空腹は、覚悟しててもキツいので、そうならなければならないでありがたいです。だから今年の秋はあんまり食べませんでした。村長のお蔭ですね」
「冬の間はどう過ごしているんだ?」
「えーと、言わなきゃいけないですか?」
「是非」
「まあ……あの、繁殖活動です」
「不毛な季節に繁殖?」
「あたしたちの繁殖はアレですから」
真っ赤な顔にレメはなった。
なるほど。
深くツッコミはしない方が良さそうだ。
「ですから、冬の間に出産することは多いですね」
「いきなり出産? 妊娠でなくて?」
「あたしたちの出産は卵ですので」
まさかまさかの卵生だ。
具体的には、卵を生んで赤ん坊が出てくるまで3か月ほどのタイムラグがあるので、総ての活動が止まる冬は格好の時期らしい。
彼女ら自身がギュッと固まることで寒さをしのぐとともに、卵を温める。
そうすることで、効率的に冬を過ごすらしい。
他の季節にも当然繁殖活動はするが、冬前や真冬に出産することが一番多いようだ。
また、敵から卵を守る意味でも、全員が集まる冬に出産することが一番適しているのだという。
なるほど。巧くできてるなあ。
無駄のない行動だ。
1回の出産で5~6箇の卵を産むらしい。
うち、女子は1箇ぐらい。たまに2箇がそうなるケースもあるが、稀だという。
無精卵や死産も多いので、だいたい1回につき2~3箇が育てばいいようだ。
ゼロの年も多いという。
ちなみに卵の段階で子供の性別は分かる。
卵の大きさが違うのだという。
女子は明らかに他の卵と較べて巨大。
ゆえに、彼女らは何をおいても、小さな卵よりも大きな卵を大切にする。
緊急避難する時に持ち出すのも、その大きな卵らしい。
女子は卵の段階から大人に育つまでおよそ15年。
人間とあまり変わらない。
一方でオスが育ちきるのはわずか3年くらい。
全く別種族と思うくらいに、オスメスの生態が違う。
彼女たちの「虫」部分を垣間見たような気がした。
「サラチたちはどうなんだ?」
「私たちですか……まあ、今とあんまり変わらないですね。冬には食糧を貯めて、ひたすら籠もります」
「動かずにエネルギー消費を抑えるというやつか」
「そうです」
「冬に集落へ落ち着くことができない場合は?」
「その場合は洞窟生活ですね。冬は絶食というほどではありませんが、かなり食糧が少なくなるのでキツいです。その辺はエルダーアラクネと似てますね」
「秋に太って冬に痩せるというやつか?」
「極端にはなりませんが、それに似てます。ただ、太ると動きが鈍くなるので、ほどほどですね。ほぼ食べるものは保存肉一辺倒です」
「その場合、栄養が偏らないか?」
「偏ります、確実に。だから、春先はいつも調子が悪いんですよね。なので、1か月ほど木の実や魚ばかり食べて体調を整えます。肉はその間食べられません。たとえ目の前を獲物が大量に通過しても、狩猟は禁止されます」
「四旬節かあ……」
前世の四旬節は信仰によるものだが、実態は体調の調整という目的があったという説もある。
定期的に断食や節制を行うことで飢餓に備える目論見もある。
それは食糧と栄養が行き渡った現代にも一部残っている。
信仰や習慣に関するものは急に変えられない、ということでもあるが、この世界ではそれが実益に基づいていた。
それがエルダーアラクネの絶食であり、ハイエルフの肉禁止・狩猟禁止のルールだ。
そういうのを変えていいんだろうか、と一瞬思ったが、たぶんいいんだろうなあ、と思った。
彼女らは信仰でなく実利実益で禁欲している。
前世の難しい理屈に合わせる必要はない。
それに、俺も万能でないしな。
救世主としてもまだ1年生だ。
できることなどは限られている。
そもそも万能でないから、メシはいちいち農業や狩りで生み出さないといけないわけで。
農業は『奇跡』かもしれないが、狩りは普通の狩猟だ。
難しいことは肉を無から生み出せるようになって考えよう。
それにしても、冬は寒い。
冬だから寒いのは当たり前だが、夏の灼熱と温度差が大きい。
盆地気候だからそういうもんなんだろうか。
それゆえか、村人たちの食欲は旺盛だ。
大幅に計算をオーバーしても大丈夫なくらいに保存はしているが、彼女らは夏に較べて食べ過ぎるくらいに食べているきらいがある。
体質的なものか、習慣的なものか。
いずれにしても、よく食べる娘は好ましい。
特にエルダーアラクネやハイエルフはここに来た経緯が経緯なので、たっぷり食べてほしい。
足りなければ俺が冬でも頑張るだけだ。
ノルデースもよく食べている。
アンデッドに食事は必要なのかな? と思ったが、村入り直後から普通に食べている。
食べなくても生きられるが、食べられる方が嬉しい、といった表情だ。
「現代の味」のお蔭もあるんだろうなあ。
この冬はひたすら何か食べてゲームをしてお喋りをして夜を過ごして、というパターンで終わった。
ある時期から猛吹雪になり、人型の全員が俺の屋敷に集まって籠もるといった状況が続いたが、それが杜絶えた途端、ほんのり温かい風が吹いてくるようになった。
まだ春と断言するには迅いが、着実に近付いてきてはいるのだろう。
大蜘蛛たちが巣から山ほど出てくる時期こそが、本格的な春の到来だ。




