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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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第3話:ウサギ

 水を飲んでると、背中にゾクリ、とした怖気おぞけが奔った。

 肌を灼くようなチリチリとした感覚が、俺を射貫く。


 たとえるなら、敵意。

 あるいはそれに似た殺意。

 俺は直感で「何かが俺を見ている」と感じた。


 感覚の先を見ると、広場の向こうから、ウサギのような何かが、こちらを眺めている。

 いや、睨んでいる。


 ウサギ、なのだろう。

 シルエットがそれっぽいし、大きな耳が生えている。

 ただ、大きさが中型犬ほどもある。


 ペットのウサギに大きな種類があるのは知っている。

 ただ、野生のそれにそんな大きさのものがあるかは、寡聞にして知らない。


 そもそも前世のウサギには口から飛び出すような大きな牙は生えていないし、真っ直ぐで大きな角も生えていない。

 アルビノでもないのに、真っ赤な瞳がこっちを覗いていない。


 彼らはヨダレを垂らして、こちらを親の敵のように見ている。


 怒ってるわけではなさそうだ。

 そもそも彼らの親を害した覚えはない。

 どちらかと言えば、こちらをエサと見ているような――。


 なるほど、敵だ。

 そして念願のメシだ。


 ウサギの肉は珍味と聞いている。

 ウサギを一匹二匹と算えず、一羽二羽と算えるのは、昔々の偉いお坊さんが、「ウサギ肉は獣肉ではなく、鳥肉だ。なぜなら、あの長い耳は羽だからだ」「ゆえに禁忌の獣肉には当たらないので、食べても良い」というルールを捻り出すために作った話に基づく。


 それが本当かどうかはこの際問題ではない。

 大切なのは、食えるかどうか。


 負ける気はしていない。

 恐怖もない。

 武器も持たず、防具も身につけていないにもかかわらず、俺が負けるイメージが見えなかった。


 ウサギたちがシャァーーーーーーーーーッと吼えた。

 ウサギって吼える動物だっけ?

 そんなことはさておいて、確かに吼えた。

 敵意と殺意が強くなって、明らかに彼らの迫力が増した。


 ウサギたちが跳んできた。

 こちらに放物線を描いてやってくる。

 なぜか俺はその軌道を正確に読めた。


「なるほど、あの角で俺を地面に射止めて、牙で頸動脈を千切るつもりか。分かりやすいな」


 それが彼ら必勝の戦い方なのかもしれない。


 だが、俺もただでやられてやる義理はない。

 何せ、こちらは「上のヒト」の祝福をもらって、奇跡を起こすためにやってきた身。


 彼らは言った。

 俺は何があっても死なないと。

 世界がそのように持っていくと。


 それは俺を安心させる方便なのかもしれないが、「上のヒト」たちの方便は確証と一緒だ。

 つまり、俺は何があっても彼らにやられることはない。


 ウサギたちが迫るタイミングで、俺は微妙に立ち位置を変えて、彼ら必勝の軌道から外れた。

 そしてヤクザキックを繰り出す。


 外れた。

 避けられた。

 だが、それは向こうも一緒だ。

 俺はウサギたちの攻撃をことごとく避けた。


 キックだと大振りで分が悪い。

 ならば手刀だ。

 跳んでくる奴らを今度はこの手ではたき落としてやる。

 何でそういう考えになったかが不思議だが、その時の俺は確かにそうできると確信していた。


 ウサギたちは地面に降り立つと、その勢いのままに再び地面を蹴ってこちらに肉薄してきた。

 予想通りの動きをしている。

 やはり狙いは俺の頸動脈のようだ。


 今度は迫るタイミングで、手刀を繰り出した。

 ヒット!

 手応え、あり。

 そのまま飛んでいったウサギは、ずべしゃ、と頭から地面に突っ込んだ。


 着地に失敗したのか。

 そうではない。

 首の辺りから血が噴き出している。

 俺の手刀は、見事ウサギの首に直撃したのだ。

 まさか、首狩りに来て首狩り返しされるとは、向こうも思ってみなかったに違いない。


 そして、これが俺で異世界で行った殺生の第一号となった。

 赦してくれ、とは言わない。

 俺のために肉になってくれ、美味しいメシになってくれ、とは思っているが、後悔はない。

 雑念は少なければ少ないほどいいのだ。


 俺はことここに及んで覚悟はできている。

 食うか食われるか。

 肉は後で美味しくいただきます。

 殺すなら無駄にするつもりはない。

 それが今世での俺のルールだ。


 そんなことを考えながら、俺は飛んでくるウサギに次々と手刀を繰り出した。

 ずしゃ、どしゃ、べしゃ、と彼らは面白いように墜落した。

 総てのウサギから血が噴き出していた。

 それぞれ身体が痙攣して、やがて動かなくなった。


 戦いは呆気なく俺の勝利で終わった。


「しかし、酷い絵面だなあ」


 ウサギは死んだが、いま思い返すと、よくもまあ、手刀で相手を斃そうと思ったもんだ。

 飛んでくるものを手刀ではたき落とせるのは、忍者か、そうでなければ少年マンガの主人公だけだ。


 ただ、そうなってしまったのはしょうがない。

 ありがたく今後もこの手刀は使わせてもらおう。


 今後も『奇跡』『巨人の力』優先で行った方がいいのかもしれない。

 開墾の時も池作りの時も思ったが、大事なのは「イメージ最優先」。

 理屈は後でついてくる。


 つまり、現実のように理屈>>(越えられない壁)>>イメージなのではなく、俺の場合、真逆。

 イメージ>>(越えられない壁)>>理屈だ。

 それが『奇跡』。それが『巨人の力』。

 恰好さえ良ければ、それなりに成果が得られれば、プロセスはどういうコースを辿っても構わない。


 そう考えないと、恥ずかしさで何もできなくなる。

 それを思い知ったのが、今回のバトルなのであった。


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