第23話:ダンジョン その1
俺への包囲網はさておいて、ひとまずハイエルフには村の手伝いをしてもらうことになった。
彼女らはエルダーアラクネほどではないが、普通の人間に較べれば遥かに怪力で強かった。
自分の身長以上もある丸太ん棒を軽々と担いで歩く。
ホーンラビットの俊敏な動きを見抜き、脳天に弓矢を突き立てる。場合によっては、目を射貫いてすらみせた。
15人いるので連携技が使え、ベアボアすら狩れる。
徒手空拳の能力も優れていた。
まあ、そのくらいないとこの森で生きていけないか。
ちなみにハイエルフもいるならハイドワーフもいるのかな? と思ったら、正解だったようだ。
「山向こうの山ドワーフとは似ても似つかないんですけどね」
外見は子供そのもの。
しかしその腕力は、充分怪力だと思われるハイエルフを遥かに凌ぐという。
丸太ん棒を持てる彼女らをして「全くかなわない」と言わしめる彼らは、いったいどのような種族なんだろうか。
エルダーアラクネほどではないが、それに近い腕力を誇るのでは? というのがサラチの評だ。
是非一度逢ってみたいものだ。
女性ばかりが増えるのなら、しばらく控えてもらいたいが。
ハイエルフが来てありがたかったのは、彼女らがテントなり手斧なり金属鍋なりを持ってきていたことだ。
身一つの逃亡だったエルダーアラクネとは違って、彼女らは森で生活していた分、旅するための準備に抜かりはない。
特に鍋はありがたかった。
26人分の料理をするのに便利だ。
さっそく畑の作物を使って、塩胡椒を存分に振りかけた野菜炒めを振る舞った。
すると、次の食事時には、全員が揃ってワクワクしていた。
そんなに美味かったのか。
「流石にズルいです!」
「こんな美味しいものを村長はいつも食べていたなんて!」
「いや、この世界の食生活がどんなもんか俺は知らんから、ここが特別なのかもしれんよ?」
「それがズルいと言うんです!」
そうか。
彼女らは鍛冶の腕も持っていた。
「鏃なんかは鍛造しないと作れませんからね」
なので、彼女らには金属器の制作をお願いすることにした。
鍋の増産やフライパンの製造も頼む。
彼女らの持ち物は基本一人用なので、多人数向けの大きなものがあれば料理がはかどる。
中華鍋もあれば欲しい。
材料の鉄鉱石はすでに見つけているという。
この村から3日の距離に鉄鉱山があったそうだ。
意外と何でもあるな、この辺。
しかし。
エルフの外見なのに鍛造と言うと、イメージが合わない。
鍛造や鋳造はドワーフの領分というイメージしかなかったからな。
「そうですか?」
サラチたちは「どこがおかしいの?」とばかりに、本気で不思議がった。
「エルフが鍛造しておかしいんですか?」
「いやあ、鍛冶とエルフがどうしても繋がらなくてなあ。エルフと言うと、鍛造とは無縁で、寸鉄身に帯びず、身につけるものは自然の産物のみ。木の実や草の実のみを食糧とし、肉は一切口にしない。木を傷つける者は赦さず、森の中に勝手に入る者も赦さない、というイメージなんだが」
それを口にすると、エリシアからもハイエルフからも抗議の声が上がった。
「それ、どこのエルフイメージよ。あたしは平原エルフで都市出身だから、そんなことやってたらろくに生活もできないわ。山の向こうでも1日たりとも生きていけないかもね。あと自然物だけ身につけるってどういう縛り? 修道士や森エルフでもそんな禁欲的な生活してないわよ。服一つ取ったっていろんな木や動物を駆除して手に入れてるわけだし」
「エリシアさんの言う通りです。この森で生きるならば、殺生は避けられませんよ。そもそも私たちの弓矢が何のためにあるのか、という話です。肉ばっかり食べてるわけではありませんが、殺生をするのは敵を減らすという意味でも生き残りのためにも必要ですし、暴れん坊の多いこの森でそんな縛りを入れたら、私たちといえども呆気なく詰みますね。村長も頻繁に狩りはしているのでしょう?」
ぐうの音も出ない。
俺の中のエルフイメージは封印してた方が良さそうだ。
ついでにハイドワーフのイメージも封印してた方がいいんだろうなあ。
15人の寝場所については、最初はテントを建ててそこに滞在してもらっていたが、すぐに家の建設に取りかかった。
彼女らは建築の知識もあった。
エリシアに頼まないでも自前で持っていた。
しかも2階建ての建物の知識をだ。
俺も含めて26人で一斉に取りかかったお蔭で、数日で15人の家ができた。
ロープを作れるエルダーアラクネの活躍もでかい。
ただ、1棟で15人だと全方向に大きくなってしまうので、8人用の建屋が2つだ。
そこに8人7人で分散して棲んでもらった。
1人分の空き部屋に、部屋いっぱいの巨大なベッドが置かれたが、これは何のために使うのだろう。
言及するとマズい気がしたので、その辺にはあえて触れない。
水路作りも進んでいく。
ハイエルフはこの辺の灼熱気候に慣れていたので、グロッギーになることはない。
大いに役に立ってもらった。
ただ、最短でも20キロはあるので、一朝一夕にはできない。
長丁場になることは覚悟している。
何年か後でも完成するのをじっくり待ちたい。
ハイエルフにはエルダーアラクネと同じく、交替交替で探索にも出てもらっている。
「1日の距離にダンジョンを見つけました」
ある日、ハイエルフのサロケが報告してきた。
ダンジョン、というとアレなのだろうか。
自然物なのにやけに人工物っぽくて、モンスターが無限に湧いて、宝物なり金貨なりがザクザク出るというやつ。
「宝物や金貨がザクザク湧くかは運だけど、人工物っぽいってのと、モンスターが無限湧きするのは合ってるかなあ」
エリシアが答えてくれた。
「ダンジョンは基本魔気溜まりだからね。魔気が溜まるとモンスターがそこから自然湧きするのよ。どういう理屈だか知らないけど、生き物がそこから発生するの。普通の動物の場合もあるし、当然モンスターも湧くわ。この村にホーンラビットやキングラットやベアボアが毎日出るのもそのせいかもね」
なるほど。
「ちなみにダンジョンには2種類あってね。洞窟が魔気をまとって人工的になったものと、元々人工物が魔気溜まりになったものと。こんなところに人工物があるわけないから、たぶん自然の洞窟が魔気溜まりになったところだと思う」
そこまで説明されて、俺は森や森向こうの名前を思い出した。
「アインの森」「ツヴァイ山脈」「ドライ台地」「フィーア平原」、つまりここを「第一」にしてる何かがある。
ここに「第一」の痕跡が残っていても不思議ではない。
俺は俄然興味が湧いて、そのダンジョンを探索することにした。
同行者はエリシア、エルダーアラクネのレケ、レア、レティ、レミ、ハイエルフのサララ、サラメオ、そして発見者のサロケ。
それぞれのリーダーであるレメとサラチは置いておく。
当然抗議の声が上がったが、彼女たちには留守を守ってもらなくてはならない。
俺に何かがあるとは思わないが、留守中に村に何かがある可能性はある。
「客」が来ればその世話をしてもらわないといけない。
その時にリーダーがいるといないのとでは大きく違う。
「でも、ダンジョンは危険ですよ。村長がわざわざ行かなくても……」
もちろんそうだ。
普通の危険な場所だったら彼女たちに委せていただろう。
ただ、今回は俺自身が行くことに意義がある。
この森のことはなるべく体験として知っておきたい。
また聞きではなく、実感として知りたい。
何とか言いくるめ、いや、言い含めて、納得してもらった。
ダンジョンへはエルダーアラクネに乗って行ったら数時間で到着した。
彼女らを馬代わりにするのは気がひけるが、時間が節約できるのはでかい。
それに、俺に乗られると彼女たちも何か嬉しそうだ。
特に、俺を乗せるレケの喜びようが半端なく、他の3人のエルダーアラクネに睨まれた。
「帰りはあたしに載ってくださいね」
レケがあまりに喜んだので、レアが他の者に先んじて釘を刺してきた。
検討しよう。
ダンジョンの入り口に辿り着くと、魔気が肌感覚として実感できた。
魔気は基本感じない俺でも「違和感」が凄い。
それまで水だった場所が、いきなりぬるま湯になった感じだ。
エリシアもエルダーアラクネもハイエルフも、「そういうの」を感じているのか、若干気圧されている。
「流石にこれは……『厄い』わね」
「やめとくか?」
「まあこのくらいなら何とか……全員は入らないで半分残っていれば大丈夫だと思う。いざという時に助けに来れるように」
「村長がどう思うかよね」
「村長ならこの程度は大丈夫じゃない?」
「まあ、村長は特殊だから。ただ、個人的には入れたくないなあ」
「村長、入ります?」
いろいろ言われたが、この世界での初ダンジョンだ。
入ってみないとどう「厄い」のか分からない。
ヤバいと思ったら入り口付近で引き返すもよし、そのまま突っ切るもよし。
そもそもダンジョンの構造が気になる。
魔気が溜まるとどうなるの、とか。
果たして中身はどうなのか、とか。
ボスはいるのか、とか。
体感してみないといつまで経っても分からない。
危険ならばなおさら放ってはおけない。
意を決して入ってみることにした。
全員は入らず、エリシアの他にはレア、レティ、ハイエルフからはサロケを選んだ。
他の4人は入り口で待機だ。
「咒符持たせるから、外で何かあったらあたしたちに知らせて。逆に中で何かあったら反応するから、助けに来て」
エリシアが全員に咒符を渡す。
「知らせの咒符」と言うらしく、そこに魔気を込めると他の同様の咒符が反応するらしい。
5人でダンジョンに入ると、空気ががらりと変わった。
入り口でも違和感が凄かったのに、中に入ったらもっと凄かった。
「ぬるま湯」と表現したが、まさに水に入ったような感覚だ。
ただし息は普通にできるし、苦しさは感じない。
魚ってこんなイメージなんだろうか。
ダンジョンの中は、やはり人工物っぽい。
ほぼ通路が平坦にならされ、歩きやすくなっている。
壁も垂直に切り立っていて、天井は5メートルくらいあるので、エルダーアラクネも歩きやすい。
あらかじめダンジョンと言い含められてなければ、無条件で人工物と思ったくらいだ。
あるいは実際に人工物なのかもしれない。
その辺は調べてみないと分からない。
だからハイエルフだけに委せず、俺自身で行こうと思ったわけで。
それにしても、魔気がビンビンに肌にまとわりついている。
世の魔法使いはいつもこのような感覚を味わってるのだろうか。
「エリシア、ダンジョンっていつもこんな感じなのか?」
「うーん、何度か入ったことあるけど、ここまで『強い』のはあたしも初めて。相当『厄い』案件だと思う。旦那様、ヤバいと思ったら逃げる準備しといた方がいいわよ」
「サロケ、お前もこういうのは初めてか?」
「そうですね。確かにこれはヤバいです。恐らく『主人』がいます」
「主人?」
「ダンジョンの主ですよ。膨大な魔気を振りまいて、洞窟なり住民なりを『魔化』してる輩がこのどこかにいると思います」
「そういうのは珍しいのか?」
「珍しいですね。だいたいは魔気が勝手に溜まってダンジョン化するのがほとんどですので……」
「その『主人』とやらが魔気溜まりに勝手に湧いた奴って可能性はないのか?」
「その可能性はありますね。ただ、これほど『濃い』と、勝手に湧いたケースではないですね。封じられたか、おのずから入って『主人』になったか、あるいは外から屍体が魔気に反応して蘇生して、アンデッドになって『主人』になったか。ここまで濃いと、アンデッドのケースも考えた方がいいです」
「危険なのか?」
「割と危険ですね。たぶん村長なら大丈夫だと思いますが、村長でも逃げる時は逃げといた方がいいですよ」
「了解」
ダンジョンは地下へ潛り、そして魔気もそれに応じて濃くなっていった。
地下に潜る手段は階段だ。
しかも人間が歩くのに最適な。
やはり人工物っぽい。
道中も松明をつける必要がないくらいに明るい。
灯りがあるのではなく、ダンジョンの通路や壁そのものがほんのり光っている。
魔気に敏感なエリシアが苦しそうだ。
眉間に皺を寄せている。
「大丈夫か? 気分が悪くなったらいつでも退散するぞ」
「まだ大丈夫。流石に耐えきれなくなったら、言われなくても退散するから」
「無理はするなよ」
とは言うものの、表情を見てると心配だ。
途中で引き返し、後日、あるいは村が発展して魔気に強い住民が増えて、ダンジョン攻略が可能になった時に、改めて挑戦することも考えなきゃならないだろう。
「まあ、行けるとこまで行って、ダメだったら退散するか」
俺がそう言うと、同行の4人が頷いた。




