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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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第22話:ハイエルフ事情 その2

 ハーレムの話は続く。


 ハーレム内のヒエラルキーが熾烈だというのはさきに述べたが、それでも決定的にその「差」を固定する、とある条件があるのだという。


「それが子供ですね。女子を産めばそれまでですが、男子を産めば明らかにハーレム内の扱いが良くなります。男子が生まれることは少ないので、なおさらです。そして後継ぎを産めば、勝ち負け関係なく正妻扱いになりますね」


 サラチは続ける。


「正妻の地位は他の妻どころか、並み居る男性をもしのぎます。一夫一妻制の男性など一顧だにしないほどに。そしてハーレムを組めるのは非凡な男性に限られると言いましたが、部族長の家に生まれた者は、多少平凡寄りでも、自動的にハーレムを組めます。どっちにしても、そういった男は徹底的に周りから鍛え上げられますし。

そして部族長の正妻ともなれば、祭祀長や戦士長でも頭が上がりません。祭祀長や戦士長もハーレムを組めるほどには偉いんですが、部族長の正妻はまさに別格です」


 部族長の正妻は「全母」と呼ばれ、後継ぎを育てるために、ありとあらゆる特権が認められる。そして部族長が亡くなり、あるいは隠居し、後継ぎが100歳未満……つまり子供のうちは、「全母」が部族長の代役を務める。


 実際、そのようにして「全母」に率いられる部族が少なくない数で存在するという。


 仮に後継ぎが成長して部族長に就任しても、小さな頃からありとあらゆることを仕込んだ「全母」には頭が上がらないし、心情的にも逆らえないようだ。

 妻の選定にも口を出すケースがあるという。


「ハァーーーーーーー、いろんな文化があるもんだな」

 俺が大きくため息をつくと、ハイエルフたちがそれを見て笑った。

 俺がハイエルフの社会に生まれてたら、絶対苦労してたな。いろんな意味で。


「事情はだいたい分かった。しかし、集落をわざわざ出なくても、女性ばっかりのエリアを作ればいいような気もするんだけどなあ」

「そうしたいのはやまやまですが、『負け組』は邪魔者扱いなんですよ常に。食糧も消費しますしね。ヒト扱いされません。虫けら同然です。だから、依怙地になって集落にいても、いずれ旅に出ざるを得ません」


 仮に部族に置かれても、苛酷な扱いを受ける。

 ハーレム競争に入らない限り、最低な扱いを何十年、場合によっては何百年も続けられる。


 かくて、他人を押しのける気概のない女性は、どっちにしろ、扱いに耐えかねて旅に出ることになる。

 自分たちを大事に扱ってくれる部族に出逢うまで、放浪を続ける。

 単身では危ないので、同じ扱いの女性同士で出て行く。

 勝手に旅に出ることは、口減らしという意味でも歓迎されるという。


 彼女たちの放浪は多くの場合、何十年にも渡る。

 状況や扱いによっては何百年という単位も珍しくないらしい。

 サラチたちはその傾向が強かったようで、実に200年もの間、ひたすら良い男を求めて森の中を彷徨っていたとのことだ。


 常に移動し続けるわけではなく、たまにどこかの部族へ、年単位で保護されることもあるようだ。

 何らかの形で女性が男性よりも少なくなった部族などへだ。

 彼女たちもそうして身を寄せていた時期が少なくない期間ある。


 そこで男性に見初められれば、旅は終わり。

 妊娠しても同様。

 サラチたちも最初は何十人もの集団で出発したが、そのようにして1人減り2人減り、最後に残ったのが15人だという。


 選ばれなかった女性に性格の難があるとか、技術的に劣ってるとか、そういうのがあるわけではなく、例えばハーレムでも、姉妹同士は同時に妻にできないのだという。


 何となく想像はつく。

 長命のハイエルフにしか出ない遺伝子的な不都合があると、双方がそれを継承してるとマズい、というのを経験則的に知ってるのだろう。

 全く同時期に孕みでもしない限り、関係を持っていたとしても、姉妹のどちらかは放逐される。


 仮にアプローチを受けたとしても、その後の扱いが酷すぎると、「逃げよう」「そうだ」「そうだ」とナチュラルに逃げるケースがあるという。

 いわゆるDVから逃れることが種族的に赦されるらしい。

 女性が持つ数少ない、男性よりも強い権限のひとつだ。


 サラチたちはそうして「より強い男、より優しい男、より関係の良い部族」を求めて彷徨い続けた一団でもあるようだ。

 彼女たちはそうならなかったが、場合によっては別に放逐され、あるいは逃亡した女性の集団を仲間に引き入れることがあるという。


 彷徨い続ける、と言っても、いつまでも移動し続けるわけではない。

 さきに述べたように、任意の部族を頼って数年単位で保護されるケースがある。

 擬似的な女性だけの集落を作って、そこにしばらく腰を落ち着けるパターンもあるようだ。


 彼女たちもそうして、女性だけで10年ほど集落を作って落ち着いていた時期があったが、今から数年前に、他の部族が突然「縄張り」を主張するようになって、抵抗したが衆寡敵せず、勢力や主張に劣る彼女らは追い散らされた。

 こういう時に、男性が、後継ぎがいないと弱い。


 そのまま放浪すること今に至り、ようやく念願のひらけた土地を見つけたと思ったら、なぜか森の端の方にいる『七凶』の一角のアラクネたちが生活していた。

 しかも皆笑顔で、飢えてる様子もない。

 それを見てサラチがなぜか激昂して、そのまま戦いになだれ込んだというのが今回の顛末らしい。


「今では深く反省しております」

 サラチがそうでなくても小柄な身体を小さくして言った。


「広い敷地、大きな家、たくさんある水場、畑や農地があって、そこにアラクネばかりがいたら、ハイエルフの集落をアラクネが襲撃して奪い取った、と思い込んでしまいますので……」


「でもリーダー、家のサイズが私たち向けではなかったですよね。そこで区別つかなかったんですか?」

「そこを完全に見誤ってたのよ。頭に血が上って、冷静な判断ができなかったわ。村長、この罪は簡単にそそがれるものではありません。贖罪しょくざいのために、この身を謹んで捧げたいと思います」

「あ、ズルい、それなら私たちも捧げますよ」

「あなたたちはいいの。責任は私だけが取ればいいの。あなたたちはあなたたちの楽園を見つけて」

「ダメです。抜け駆けはリーダーといえども赦しません。みんな何も言ってなかったけど、村長のこと、密かに狙ってるんですよ? アラクネたちもそこのエルフも、虎視眈々と狙ってるという話です」


「何でそうなるよ……」

 俺は流石に頭を抱えたくなる。


「俺、ただの人間よ? 10人でも手に余ってるのに、25人の嫁なんて養えねえよ? 村の規模もまだショボショボよ? 池と畑と家だけがあって、そんなところでハーレム築く気になれねえよ」


「ただの人間がこんな広い土地を開拓できません」

「ただの人間がこんな広い畑をほぼ1人で作って、その作物がすっごく美味しいとか、何かないとそんなことはあり得ません」

「ただの人間がアラクネにかしづかれてるとか、あり得ません」

「ただの人間が、ハイエルフの矢を空中でつかんで、素手で投げ返して、弓弦ゆんづるだけをキレイにぶっちぎって、後ろの大木まで倒せるとか、そんなワケはないですよね」

「ただの人間がスライムに懐かれません」

「とりあえず手を出すのか出さないのか、はっきりしてください」


 いつの間にかエリシアもエルダーアラクネたちも興味津々で、こちらをにやにやと見つめている。


「手を出すとかって自主的に言うもんなんだっけか? 普通はなし崩し的にそうなると思うんだけども」

「それはそうなんですが、村長は村長なんで」

「アラクネとハイエルフが仲良く暮らす、上下や勝ち負けのない、全く新しい形の村を作るつもりなんですよね? ならば私たちが新たにルールを提唱してもいいと思います。たとえば村人は総てを村長に捧げるべし、とか」

「なんでそっちの方に行くんだよ! 俺だってガマンしてるんだよ!」

「あ、そっちの方の欲求はあるんですね。安心しました」


「何で手を出さないんですか?」

「そりゃあ……際限がなくなるからだ。俺がお前たちに手を出したら、どうなる?」

「平和になる」

「みんなが満足する」

「この村が繁栄する、人口が増える」


「だーかーらー! 男が半数を占めてるならそれでもいいんだよ! だけど! いま男が俺だけなんだよ! 10人でも多すぎると思ったのに、25人も一気に相手できるか!」

「大丈夫、やればできる」

「確かにヤレばデキますね?」

「下ネタァ! とにかく男が増えん限り、俺からは手を出さんからな!」


「男性が増えればいいんですね?」

「前の集落ってどの辺にあったかしら」

「私たちだけじゃ無理だけど、『七凶』のアラクネがいれば、攻められますね」

「連合軍なら、下手な男の2人や3人は確保できそうですね」

「そこ、不穏な会話しない!」


 彼女たちの勢いを見てると本気でやりそうで、俺は慌てて止めた。


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