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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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第20話:ハイエルフ その2

 ハイエルフの間で言い争いが発生した。


「リーダー! どうするんですか! だから言ったんですよ! アラクネたちは敵じゃないって! こちらから攻撃しなければスルーしてくれるって!」

「お前はあの怪物どもを信じるのか! 森の『七凶』なんだぞ! 危険に決まってるじゃないか!」

「信じるも信じないもないです! 何であなたはそんなに攻撃的なんですか! どこでも! かしこでも! 敵と見るや勝手に射かけて! それでグレートワイバーンにさんざん追いかけられたのを忘れたんですか! たった3日前のことですよ! 莫迦なんですか、あなたは!」

「莫迦と言うな! 莫迦と言う方が莫迦だ!」

「だから莫迦なんですよ! 子供ですか、あなたは!」

「子供じゃない! この前400歳を迎えたばっかりだ! 立派な大人だ!」

「400歳になって分別がつかないからどこでもガキと呼ばれるんですよ! 以前もそれで集落を追い出されたじゃないですか! いい加減分かって下さいよ!」

「誰がちんちくりんだ!」

「そんなこと、言ってません!」


「村長! 向こうで言い争いが発生しました! 今のうちに下がってください!」

「どうしますか、村長!」


 俺の後ろから声がかかる。

 だが、俺は下がらずに、向こうの様子をうかがい、皆に手を振った。


「……向こうが内紛してるんですか?」

「うん、莫迦だガキだちんちくりんだと言い合いしてる」

「低レベルですねえ」

「たぶん、向こうのリーダーとサブリーダーなんじゃないかな。戦闘狂バトルジャンキーのリーダーと、それに振り回されるサブリーダーって感じの構図」

「わあ、あたしたちの村でもよくあった関係ィーーーー!!!」

「お前たちは違ったじゃないか。責任取るリーダーと、それに従うサブリーダーと」

「お褒めにあずかり、恐縮です」


「村長! どうしたんですか、村長!」

「これ以上は危険です、村長!」


 声がかかる。

 控えていた9人が揃って俺のもとにやって来た。

 俺は手を振って解散を促した。


「やめだやめ。戦いは終わった。お前らも向こうをこれ以上刺戟するな。村に戻ってろ。大丈夫、向こうさんもこっちをこれ以上攻撃する意思はなさそうだ」

「レケ、エリシアさん、村長の言う通りです。皆を連れて村へ戻りましょう。大丈夫、何かあったらあたしが責任を取りますから、盾になるから」


「大丈夫なの?」

「大丈夫だって村長もレメ姉も言ってるね」

「向こうもそれどころじゃなさそう」

「言い合いしてるね。ケンカしてるね。言葉は分からないけど、それだけは分かる」

「とりあえず肉壁はナンボでもいた方がいいんじゃない? 村長の言われる通り、こっちから攻撃しなければいいんだしさ」


 ハイエルフの方から声がかかった。


「降参します! これ以上戦うつもりはございません! この莫迦、いや、リーダーの言うことは無視して下さい! 私たちは安住の地を探してるだけです! 見つかればこれ以上あなた方にご迷惑をおかけするつもりはございません! ただ、食糧は分けてほしいです! この莫迦がやたらあっちこっちに攻撃を仕掛けるのは、腹が減ってるからです! 怒りっぽくなってるだけです! 腹が満ちれば、本来は理性的なヒトなんです! どうか私たちを助けてください!」

「莫迦者! というか莫迦莫迦言うな! 『七凶』にものをねだるなど、お前には誇りはないのか!」

「誇りで腹が満ちればいいですね。私も是非あやかりたいです。何であれば、あなたが1人この村に残って食糧の代金として働きます? お金も何もないんですよ、私たちは」


 しばらく言い争いが続いてたが、どったんばったんとしばらく騷ぎがあった後、急に静かになった。

 そして簀巻きになったリーダーが仲間に担がれて出てきた。

 先頭は諸手もろてを上げているサブリーダー格だ。


 その後を、同じく諸手もろてを上げたり、警戒のために弓矢を持ってるが、粛々とした表情のメンバーが続いた。

 あっという間にリーダーを簀巻きにした手際から、大半のメンバーがサブリーダー格と同じ意見のようだ。

 憮然とした表情の者もいるが、多数欠で流されて、それ以上に抵抗する意思はなさそうだ。


 エルダーアラクネにもハイエルフにも怪我がなかったのは僥倖ぎょうこうだった。

 対立度合いからすれば、怪我人が出てもおかしくなかった。

 怪我人が出ようものなら、ハイエルフが食糧を求めていようが何しようが、追い返すしかなかった。


 村人と14人のハイエルフと1人の簀巻きを連れて、俺は村に帰る。

 スライムたちが何だ何だという感じで遠巻きに見つめている。

 ハイエルフのリーダーは猿ぐつわでも巻かれているのか、うーうー言うだけで声も出ていない。

 恐らく罵詈雑言ばりぞうごんの類いをその下で尽くしてるのだろうが、理解できる声として出てない以上は、誰も気にしない。

 彼女だけはエルダーアラクネの集落に連れて行かれるのに抵抗があるようだ。


 俺は歩きつつ、食糧の残りを指折りながら、頭の中でカウントする。

「うん、充分足りるな」

 肉も野菜も充分に残っている。

 足りなくても2週間あまり待てば新たな野菜が得られる。

 15人がここに滞在し続けても食糧に困ることはない。


「村長、もしかして、こいつらに食事を与えるつもりですか?」

 レメがこそっと俺に耳打ちした。

「不満か?」

「賛成か反対かで言えば、諸手もろてを上げるのははばかられる、とだけ申しておきます。空腹で怒りっぽいだけの可能性はありますが、腹が満ちればさらに攻撃的になる可能性もゼロではありません。ただ、村長がお助けになるのであれば、あたしたちは明確に反対とは申しません。総てをお決めになるのは村長なのですから」

「人数が多いから、お前たちの家を借りられるか」

「2、3人を中に入れて警戒させていただきますが、よろしいですね」

「そりゃあもう。武器も総て取り上げる。マトモな武器は弓矢の他にはナイフしかないようだしな。両方取り上げて、メシを食わす。何かあればドアを開いて、全員中に入ってきていい。その時は俺も声を出す」


 そんなことを言っていると、ハイエルフのサブリーダー格が声をかけた。


「あのう、こんなこと言える義理ではないんですが、弓矢は取り上げて構いませんので、ナイフはご勘弁いただけますか。これは武器じゃなく、個人の持ち物というか、識別のために持たされたものなんです。一人一人が生まれてから与えられて、一生をともにするモノなんです。取り上げられては、誇りが奪われて、皆も困惑します。絶対(おさ)殿にもアラクネ殿にも刃を向けませんから、その辺はご勘弁していただけるとありがたいです、向けたらいくらでも罰を与え、食糧なしで即時放逐されても文句を言いませんので……」


 俺はその言葉をそのまま翻訳して、エルダーアラクネたちに伝えた。


「なるほど、そのくらいのナイフなら、皮膚はろくに通らないので大丈夫ですね。深々と突き刺されても、大した怪我にはなりません。ただ、誇りとはいえど、武器は持つことから、不安は感じますね。村長は普通の人間ですし、エリシアさんも普通のエルフですし、ナイフで簡単に怪我しそうです。あと、猛毒を使われたらあたしたちでもアウトです。とりあえず、警戒はします。それでよろしいですね」

「まあ、その辺は後で考えよう」

「了解です」


 ハイエルフたちはエルダーアラクネの家に案内された。

 給仕により、皿の上に大量の肉と野菜が出された。


 リーダー格はすでに簀巻きを解かれて大人しく座っている。

 悪口は言い飽きたのか、何も言っていない。

 いや、積み上げられた肉や野菜に目を丸くして、それをまじまじと見つめている。

 ごくり、と彼女の喉が鳴った。


「食べていいぞ」


 言うが迅いか、全員が一斉に食べ始めた。

 見慣れない野菜がある筈だが、気にしないで猛然と食べている。

 惚れ惚れとする食いっぷりだ。


「この野菜、美味しーーーーーい!」

「なにこの食べ物、無茶苦茶甘いじゃない!」

「……ふわあ……」

「こんなの初めて食べる! けど無茶苦茶美味しい!」


 何人もが食べながら嬌声を上げている。

 黙っている者もいるが、感想がないわけじゃなく、喋るのも惜しい、と思ってるようだ。

 メンバーの中には、あまりの美味さに、涙さえ浮かべている者もいるほどだ。


 一番食べているのはリーダー格だ。

 小柄な身体の中にどれほどの食事が入るのか、というくらいに、必死に詰め込んでいる。


 惚れ惚れとするほどの食欲だ。

 よほど飢えていたのだろう。


 よく見ると、彼女たちの肌や顔に細かな傷が無数についている。

 グレートワイバーンに追いかけられたとあるが、それだけじゃなく、普段からホーンラビットやキングラットを追いかけ、あるいは追いかけ回され、必死に仕留めていたのだろうということがうかがえる。


 あっという間に食糧の山が消費され、出したものがなくなった頃、リーダー格がいきなり土下座のポーズを取った。


「済まぬ。飢えていたとはいえ、大変失礼なことをした。アラクネたち、いや貴殿の村人か。『七凶』といえど、攻撃してしまい、大変失礼をした。今はいたく反省している。どんな罰も甘受しよう」

「いきなり理性的になったな」


 「腹が満ちれば理性的なんです!」というサブリーダー格の言葉が嘘でなかったことがうかがえた。


「私はサラチという。この一行のリーダーを務めさせていただいている。でだ、サリア、つまり私にさっき諫言してたサブリーダーだな。彼女の言う通り、あまりに都合の良い話ではあるが、これから旅を続けるのに、食糧が決定的に足りぬ。事情があってほぼ食い尽くしてしまった。ここに来るまでにほぼ3日間、全員ろくに食べていなかった。狩りの手伝いをすれば肉ぐらいは得られるが、木の実や草の実はあまり期待できない。この野菜を分けてもらいたい。代金がいるのであれば、その時は……その時は、我が身を自由に……」


 言葉を濁したが「そういうこと」らしかった。


 報告の通り、全員が女性だった。

 男性は一人もいない。

 どういう理由で女性ばかりなのか。

 想像はつく。

 ハイエルフの社会では、女性が「下」の扱いなのだろう。


「ハイエルフってそういう種族なのかなあ」


 ハイのつかないエルフは女王制を取れるほどには女系が強かったが、ハイエルフは似たような外見でも一緒ではないらしい。


 ちなみに、エリシアによれば、エルフとハイエルフの間には全く繋がりはないとのことだった。

 偶然似てるだけの存在のようだ。

 認識を改めておく必要があるかもしれない。


 リーダーのサラチに声をかける。


「正直、あんたの身体は余っている。いや、魅力的じゃないとか、働き手がいっぱいだとか、食糧がキツキツだとか、そういう理由じゃなくてな」

「どういうことなのか」

「ぶっちゃけ、皆に虎視眈々と狙われてる。もちろんあっちの意味でだ。エルフにもエルダーアラクネにも標的にされている」

「人間なのにか」

「人間なのにだ。『そういうこともできる』と自信満々に言われた」

「アラクネにそういう文化があるとは知らなかった」

「俺も知りたくなかったんだけどな」


 ハイエルフのサブリーダーがサラチに声をかけた。

「リーダー、お願いしましょうよ。落ち着く場所ができるまで、皆をここに置いてほしい、と」

 というか、ボリュームが耳打ちどころではないので、俺にも丸聞こえだ。

 それも計算の内なのだろう。


「う、うむ。だが我々はアラクネ殿、いや、村人殿にご迷惑をおかけしてしまった。これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいかぬ」


 チラッ、チラッ、と俺の方を見て言う。


 露骨だ。

 あからさまだ。

 「正直、全力で置いてほしいが、面目が立たないのでそういう言葉選びになってしまう」のだろう。

 だから聴こえるように言う。


 だが無理強いはできない。

 脅しとはいえ、俺に矢を射かけてしまったからだ。

 その辺を含めての横目なのかもしれないが。


 要点をまとめてレメに「どうかな?」と告げると、彼女は「はぁ~~~~~~」と大きくため息をついて、首を横に振った。

「あたしどもの赦しが必要ですか?」

 村長の胸三寸でいいじゃないですか、と言外に言っているようだった。


「あたしたちは怪我をしていない。向こうは敵対の意思を持っていない。ならばいいじゃないですか。後は村長の腹一つですよ」


 レメの言葉にレケが続ける。


「それに、私たちは襲撃されるのは慣れておりますからね。ここに来るまでにいくつものハイエルフの集落を通り過ぎましたが、ことごとく攻撃されました。何せ私たちは森の『七凶』ですからね。友好的でない種族の反発を喰らうのは、いつものことです」

「そうなのか」

「それを村長は拾って下さいました。甲斐甲斐しく世話をしていただき、お蔭で元気になりました。だから村長が是、と言えば、私どもは否、と言う手段を持っておりません。私たちが全員反対をしても、村長が受け容れる、とお考えになるのなら、全員それに従います。何と言っても、我々は先輩といえど、まだ2か月程度の新参者ですからね。順序が逆であっても、攻守が入れ替わっても、私たちに何かを申し上げる権利はございません」


「……ということなんだが」

 俺はレケの言葉をそのまま伝えた。


「それは、私たちを追い出すことはないということですか」

 リーダーは身を乗り出す。


「その代わり、仕事はやってもらう。畑の世話、収穫作業、保管作業、集計作業、狩り、薪作り、広場の拡張の手伝い、家作り、水路作り、エリシアの手伝い、護衛、道作り、地図作り、いろいろあるぞ。今は水路作りがメインだな。土運びはエルダーアラクネ、掘るのは俺がやるから、お前さんたちは傾斜を確認したり、水漏れがないかを確認したり、調整池を作るのを手伝ったりしてほしい。村の警備も、エルダーアラクネたちと交替でやってもらう。家事も彼女たちのために手伝ってほしい」


 俺は続ける。


「ただ、やってもらえるなら、寝場所と水と食糧はもれなく提供しよう。トイレも新たに作っていい。少し待ってもらえば、お前さんたちのログハウスも作ろう。ベッドも設置する」

「アラクネたちもそういうことをしていたんですか?」

「あんまり難しいことはできないようだがな。身体がでかいので細かい作業は苦手なようだ。ゆえにその辺を代わりにやってほしい」

「私たちは多少なら農作業のノウハウを持っております。家作りや道具作りや家事もできます。そちらの方でお役に立てるかもしれません」


 かくて村に15人のハイエルフが加わった。

 人口が11人から26人と、一気に増えた。


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