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素晴らしき哉(かな)異世界辺境生活  作者: 富士敬司郎


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第17話:村長

 俺の呼称を考えることになった。


「旦那様でいいんじゃない? みんなも『そんなの』でありたいんでしょ?」

 これはエリシアの提案。

「旦那様は流石に……救世主様のままでいいと思いますよ」

 これはエルダーアラクネたちの言葉。


 ダメだ。

 両方ともダメだ。


 「旦那様」とは「主人あるじ」と「伴侶」の両方の意味があるのかもしれないが、そう呼ばれるたびに尻が浮くような感覚に陥る。

 「救世主様」は問題外だ。仰々しすぎて全く慣れない。


 長い長い検討の結果、「村長」ということに落ち着いた。

 11人+100匹以上のスライムの集落でも、村は村だ。

 「旦那様」「救世主様」よりかは無難な線に落ち着いたのではないかと思う。

 「村長様」から「様」を抜くのに苦労した。

 エリシアは頑なに「旦那様」から替えようとしないので、彼女については諦めた。


 普段の態度は「救世主様」から「村長」になっても変わらない。

 エリシアは探索に出ては、薬草や毒草を刈ってきて、それを自室で研究している。

 エルダーアラクネたちは俺たちの護衛や狩りなどを頑張った。


 しかし、夜になるとエリシアもエルダーアラクネも甘えてきた。

 エリシアは元からゼロ距離だからまだいいが、エルダーアラクネもそれに便乗してくっついてくる。

 絶妙に部屋が暗いというのも雰囲気作りに手を貸してるのかもしれない。


 この世界に来てすでに2か月が経とうとしている。

 初夏の陽気だったのが、どんどん暑くなって、昼間はじりじりと太陽が照りつけるようになった。


 と言っても、俺のかつていた都市のような灼熱気候ではない。

 高原気候なのか、風があって、そこそこ暮らしやすい。

 扇風機があればちょうどいい感じだが、流石にないので水浴びで汗を流している。


 エリシアやエルダーアラクネにはこれでも暑いようで、グロッギーになる日が増えた。

 スライムも池からなかなか出てこない。


 流石にその状態で働けというのもなんなので、特に昼間は木蔭で過ごしてもらい、のんびりさせている。

 働くのは朝夕の涼しい時分になってからだ。


 働いてもらった方がありがたいが、無理はさせない。

 俺は生前ブラック企業でイヤってほど無理をさせられた。

 その経験がトラウマとして残ってるので、その轍を繰り返したくない。

 喫緊な状況を除いて、皆がマイペースに過ごせればいいと思っている。


 仕事の内容については、俺は主に畑作り、世話、開拓、狩り、そして報告を受けて皆に指示を与える役目を負っている。

 増える収穫を見込んで倉庫や地下室作りにも余念がない。


 エリシアは探索や薬作り。俺にひっついてない時は部屋でひたすら薬草や毒草を調べている。

 最近では毒消しや風邪薬ぐらいは作れるようになったらしい。

 木片を大量に持ち込んで何かを作ってもいるようだ。


 エルダーアラクネたちは畑の世話や薪作り、狩りなどを行ってもらっている。

 村の警備や俺たちの護衛も彼女たちの仕事だ。


 スライムはゴミ処理の他に、皆の部屋に入り込んで掃除をしていたりする。

 畑に付く害虫退治もする。


 もっとも、畑に害虫はほとんどつかない。

 つく前に育ちきるのと、そもそもどういう品種なのか、『奇跡』のせいなのか、ほとんど寄ってこないのだ。

 たまに物好きな虫がついてくる程度だ。


 暑くなったので、皆、服を脱いで過ごすことも多くなった。

 皆、スタイルが良い上に、思いっきりまろび出したりしているので、目の毒だ。

 エルダーアラクネの下半身が異形で良かったと思うこともしばしばだ。


 ただ、流石に見かねて、俺は皆を集めて注意する。


「もっと恰好については自重するように。服はなるべく着ておくように」


 ただ、皆の返事は「は~~~~い」と力がなく、不満のようだ。

 その証拠に、いちいち注意してても、3日ぐらい経つとまた脱ぎだしてしまう。


「村長が目の毒だとかチラチラ見えるのがエロいとか言うけど、見えても別に減るもんじゃないし、いいよねえ」

「スタイルいいってのは褒められてるのかもしれないけど、単に痩せてるだけだよねえ」

「餓死する寸前だったからね」

「そこそこ太れたのは村長のお蔭」

「村長が望むなら、あたしたちいくらでもお世話するのにねえ」

「下着をつけろ、と言われても、あたしたち下半身がこんなだし」


「だからこそ、エロいなら見せてた方がいいじゃーん、と思うんだけどね」

「どういうわけだか、その辺は頑ななのよね」

「あたし知ってる! この世界には服を着てた方がエロいと感じるヒトたちがいるんだって!」

「それ、どこ情報?」

「それが本当だとしたら」

「あたしたちに服を着させているのは」

「エロい恰好をさせているってこと?」

「「「きゃーーーーー♪」」」


 そんな会話が聴こえてくる。

 俺が家の中に入ってるから油断してるのだろうが、聴こえてしまっている。

 そういう生々しい会話は森の中でするように。

 あ、でも、森の中は魔獣で危険か。

 防音魔法が欲しいところだ。


 ただ、彼女たちの苛酷な運命と旅の疲れを知っているので、あまりうるさいことは言わない。

 彼女たちもここに来て初めて「自由」というものを謳歌しているようだ。


 ちなみに、彼女たちには「人蜘蛛アラクネ」らしく、8つの目がついている。

 人間っぽい目は2つだけ。

 他の6つは宝石のように真っ黒いのが、おでこから頭につけてくっついている。


 真っ黒い目は「蜘蛛眼くもがん」と言って、赤外線や紫外線、熱源などを探知できるという。

 ある種の暗視能力と言えるかもしれない。


 一方で人間のような目はそのまま「人間眼にんげんがん」という。

 こっちはほぼ人間と一緒。

 その2種類の目を彼女たちは器用に使い分けている。


「人間を知ってるんだ」

 人間眼、という名前が気になって、エルダーアラクネたちに訊いてみた。

「何を当たり前のことを?」

 きょとん、とした表情で彼女たちは問い返す。


「いや、この辺は前人未踏、化外の地だから、人間も立ち寄れないと思ったんだが」

「確かに亜人や魔族はほとんど来ませんが、人間は割と山を越えてあたしたちの集落に来たりしますよ?」


 強いな、人間。


「まあ、流石に森を突っ切る命知らずはいないんですけどね」

「私らの集落に来る時は、ぐるーりと山を縦断してやってくるんですよ」

「山々にはドラゴンやそれに従う魔獣がいますから、危険っちゃあ危険なんですけど、その分森より無秩序な魔獣の比率は少ないので、あたしたちに会いに来る時はそっちの方を使うんだとか」

「ドラゴンに賄賂というか、通行料を渡すこともあるようですね。なぜかお金効くんですよ彼ら」

「流石に頻繁には来ませんけど、10年に1回ぐらいかなあ。たまーーーーーにいろんなものを持ってきては、あたしたちと取引するんですよ」


 なるほど。

 人間の下半身の「形」を知ってるのも、その辺の情報からか。

 恐らく、彼女たちの「外」情報も、人間からもたらされたものなのだろう。

 「山と森以外、何も知らない」という彼女たちへの認識は改めた方が良さそうだ。


 ちなみに取引するものは、人間側は道具や機械、アクセサリや魔具など。

 機械と言ってもこの世界のものなので、大半が木造の、簡単な構造の箱などらしい。

 それでもあれば便利なので、しばしば高値で取引される。


 エルダーアラクネ側は山から掘ってきた金銀鉱や宝石の原石など。

 「魔鉱」と呼ばれる魔気を放つ鉱物も取引対象にされるようだ。


 取引はだいたいは物々交換だが、たまに金銭を介する場合もあるらしい。


「ただ、お金は人間社会のですと、いちいち来る相手によって内容がコロコロ変わるので、あたしたちの社会ではだいたい部族長のモノになりますね」

「そんでも村では共有できますから、それで不満はないんですけど」

「使う予定のないモノなので、溶かして宝飾品にすることもあります」

「どっちにしても、ほとんどは物々交換なので、お金はあまりよく分からないですね」


 もっとも、「女王」が現れてからは、複数部族をまとめるようになり、その辺りの事情が少しずつ変わりつつあるという。


「人間ほどではないんですけど、金銀銅を溶かして固めてお金のようにして、それを使え、と言ってきたりとか」

「細かいデザインはなく、のっぺりしたスライムのようなもち状なんですけどね」

「最初は無視して物々交換を続けてたんですが、『女王』の勢力が増えるに従って、部族内でも使え、と強要するようになってきたり」

「それも最初は嫌々だったんですが、物々交換は基本交換できるものしか取引できないので、少しずつお金の流通は始まってますね」

「まあ、流石に全部がお金で済むわけでもないんですが」


 なるほど、女王の力か。

 その人物に俄然興味が湧いてきた。

 奴隷制度を理解し、通貨制度を理解し、エルダーアラクネの社会で大きな力を持つという彼女は何者なのだろう。


 本名は不明らしい。

 ただ「女王」と呼ばれるだけなのだとか。

 その辺も権威付けの一環だろう。

 確実に彼女へ知恵を付けた者がいる筈だ。

 その人物にも興味が湧く。


 ただ、今は積極的に会いに行こうという気にはなれない。

 あくまで興味がある程度だ。

 徒歩半年の遠くの誰かに、単なる「救世主メシア」である俺が何かできるとは思っていない。

 そもそもこちらは逃亡奴隷を抱えているわけで。


「いずれ、対立しないといけないのかなあ」

「話し合いもしなきゃいけないのかなあ」


 思い出すのは、前世の会社での、苦手な相手との会話。

 特に「人を束ねる者」との会話となると、どうしてもトラウマが惹起じゃっきされる。


 思い出したくない記憶が蘇った。


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