第15話:アラクネ狂騒曲
最初に異変に気付いたのはレチだった。
「墓が掘り起こされている?」
彼女たちは暇を見つけては、死んだ3人の墓を訪問していたのだが、ある日、その墓が盛大に掘り返されていたらしい。
「そうです。何か……土の中から持ち上がる形で、大きな穴が空いておりました。遺体はありませんでした」
「3人ともか?」
「3人ともです」
急遽エリシアとエルダーアラクネ全員を集めて、緊急会議を開いた。
「ゾンビかしら、それともワイトかしら。悪霊が取り憑いてるとしたら厄介ね」
エリシアはアンデッドになった可能性を示唆した。
アンデッド。
この世界には魂だけになっても、肉体を動かす力がある者がいる。
ゾンビもワイトも、死せる肉体を動かす「悪しき魂」だ。
具体的には、ゾンビは屍体の魂が魔気や瘴気の影響で変質し、知性なき魂になり、それが屍体に乗り移ったもの。
正気や知性はとうに消え、あるのは仲間への執着のみ。
場合によっては相手を殺して、同じゾンビを作る。
ワイトは「外なる邪悪な魂」が屍体に乗り移って、やはりその身体を外から動かす。
ゾンビと同じく、相手を殺して乗り移れる個体を増やす。
違いは「元の魂の変質」か「元から邪悪な魂であり、それが乗り移るか」だ。
どちらにしても、放置していれば新たな犠牲者が出る。
そうでなくても、彼らに乗り移られると、その周辺の生態系が魔気や瘴気に冒されて無茶苦茶になる。
人間あるいは人間並みのアンデッドだけならまだいいが、この森の動物が「それ」に冒されて不死系統になると、元より強くなる上に、なかなか死ななくなるらしい。
確かに斃せば死ぬ動物が死ななくなったら、あるいは殺しても蘇ったら厄介だ。
「死霊術師がこの森に現れた可能性がある……?」
エリシアが難しい顔になって独り言ちる。
アンデッドは自然には生まれない。
正確には「普通の方法」では生まれない。
術師なり魔気溜まりなり発生アイテムなりが「そこ」に存在すると生まれやすい。
死者を動かす術師が現れたなら、それは無闇矢鱈に屍体を復活させ、世を混乱に陥れる。
アイテムが介在する場合は、そこを中心に加速度的にアンデッドが増える。
結果、猛烈な勢いでアンデッドが生まれて、大混乱が起こる。
ただ。
術師もアイテムも森の中に突然現れるものではない。
何かしら、少しずつアンデッドが増えていくなどの「兆候」があるという。
術師のパターンは、主に都市のある平原で起こりやすい。
森の中で復活させても、それより強いモンスターがいる場所がいる場所では、彼らはただのエサになるだけであり、それほどまでにこの森の住民は強い。
そもそも、術師なりワイトなりが現れるのは「生者や個人への怨恨」が中心であって、主だった人間がいない限り、復活させるメリットは著しく低いのだそうだ。
エリシアがその辺を説明してくれた。
「人間なり亜人なりの屍体が墓場にしかないからね。野垂れ死には欠損が多くて蘇生には向かないし、動物やモンスターを復活させるメリットは少ないし、こんなところにエルダーアラクネの屍体があるだなんて話はあたしたち以外の誰も知らないし、そもそも復活させてもここの魔獣は強いからね。あんまり意味ないと思う。考えられるとすれば、途轍もない魂がどこかで蘇って、それが容れ物を探してる場合だと思うんだけども……」
「キャーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
エリシアが説明している最中に、外から悲鳴が聴こえた。
監視に出しているレンの声だ。
俺たちは慌てて外に出る。
見ると、見知らぬエルダーアラクネたちが3人、広場をゆっくり歩いていた。
レンの方に向かっている。
ただし顏色は普通で、ゾンビには見えない。
「お化けェェェェェェェ!!!」
レンは石を投げて追い返そうとしている。
それにもひるまず、3人はゆっくり彼女の方に近付いていった。
表情は当惑といったところだ。
「ゾンビ!?」
エリシアが叫ぶ。
俺は身構えた。
他のエルダーアラクネたちも警戒の構えを取る。
ただ。
「……あれ?」
エリシアが不思議そうな顔をした。
「ゾンビ……じゃない? ワイト……でもない?」
オーラを読んだらしい。
彼女によれば、アンデッドにはアンデッド特有のオーラがあり、彼女の目から見ると、ゾンビは真っ黒、ワイトは真っ黄色に見えるのだという。
しかし、彼女の感じたオーラの色は真っ白。
生者の色。
つまり3人は「生きていた」。
3人も当惑した表情のまま、レンに言葉を投げかける。
「レン! 石を投げないで! あたしたちだよ、レティだよ!」
「あなたたち生きてたの? ここはどこなの?」
「落ち着いて、だから落ち着いて」
三者三様にレンへ向かって言葉をかけている。
その様子は、とても死者には思えない。
そもそも顏色が良すぎる。
アンデッドは顏色が悪いのが普通だという。
エリシアによれば、ゾンビにしろワイトにしろ、屍体が直接蘇った系のアンデッドは、死んだ時の顏色がそのまま定着するらしい。
だから、ゾンビやワイトは分かりやすい。
顏色が黒いか紫色か真っ白か、いずれにしても極端に悪く、オーラは生者の色と違っていて、しかも喋る知恵などは持っていない。
アンデッドの上位種ならば、高度な知能を持っているかもしれないが、どちらにしても不老不死でない限り、喋ることはないらしい。
オーラも相応の色。
アンデッドで生きている者のような顏色やオーラのまま、というケースは、エリシアは一度も見たことがなかったという。
仮に何らかの術で魂が生者のものに復活させられても、3人が死んだのはすでに3、4週間前の話。
普通の屍体なら腐って白骨化が始まっててもおかしくない。
しかし、彼女らの身体にはそういった欠損部分は一切見当たらない。
「あれェ~~~~~~?」
エリシアが大きく首を傾げた。
そんなことより。
「とりあえず両方とも落ち着け! レンも警戒するのをやめろ! 向こうの話も聞きたい!」
俺は呶鳴って、なおも石を投げようとしているレンを後ろに下がらせた。
そして一歩前に進み出る。
「救世主様! 危ないです! お下がりください!」
「私たちが盾になります!」
レメたちがその前に立ち塞がったが、俺はそれを押しのけて前に進み出た。
「とにかく落ち着け! お前らは敵同士か!? 敵同士じゃないのなら立ち止まれ! 俺は向こうを害そうとは考えていない!」
俺がそう叫ぶと、ようやく双方の歩みが止まった。
「レティと言ったな」
俺は「死者組」の中で唯一名乗った娘の前に立ち、声をかけた。
「お前らは死んでるのか? 生きてるのか?」
そう言葉をかけると。
「もちろん生きてるけど……あんた誰?」
「一成だ」
「カズナリ? 聞いたことないけど、あんたあの娘たちの何なのさ」
「一応保護者ということになってるな」
「保護者?」
「お前たちのリーダーはレメだろ? レメはこっち側にいる。そして6人は全員俺の庇護下にいる」
「レメ姉たちが?」
「レメ!」
俺は後ろに控えているレメに声をかけた。
「こいつらは何者だ?」
「レティとレミとレサです……」
「ということだが、合ってるか?」
「合ってるけど?」
「レティたちは死んだ筈! 生きてる筈がないわ!」
レチが叫んだ。
「ということらしいが……覚えはあるか?」
「いや、ちっとも……途轍もなくお腹が空いて、身体が半端なく苦しくなって、その後の記憶が曖昧なんだけども」
「……ということらしいが」
俺はレメたちの方を向いて肩をすくめる。
「……本当にレティたちなの? 生きてるの?」
レメが声をかけた。
「レメ姉も何を言ってるんだか。生きてるに決まってるでしょ」
「レミ、レサ」
「あいさー」
「何ですか?」
「あなたたちも生きてるの?」
「生きてるか死んでるかと言われれば生きてる、かな」
「同じく」
レメの目から、ぶわっ、と滂沱の涙が出た。
両手で顔を覆って、手の隙間から透明な液体がしたたった。
「良かった……死んでたと思ったから、蘇生したのね」
「蘇生も何も……元々生きてますよ、レメ姉」
「リーダーも何を言ってるんだか」
「死んでたらこんなところに化けて出ませんよう」
「しかし……」
レノが言葉を紡いだ。
「あたしら、みんなが死んだのを間近で見てたよね。埋める手伝いもしたわ。その時、完全に息は止まってたし、心臟も止まってたし、とても蘇生できる状況じゃなかったと思うんだけど」
「そうだったよねえ」
レケが横で頷く。
レティも首を傾げる。
「そう言えば、あたしら土の中に埋められてたような?」
レミも頷いた。
「ちょっと息苦しいなー、窮屈だなー、と思って力一杯持ち上げたら、土の中で、みんなでいた洞窟の裏だったんで、不思議ィ、と思ってたんだけど」
「死んでたのかな?」
レサがぼそっと呟いた。
「本当に? ということは、誰か蘇生魔法使ったの?」
レティが言葉を続ける。
俺はエリシアの方を向いた。
しかし、彼女はぶんぶんぶん、と首を横に振って、そして俺の方を睨んだ。
「まさか……」
俺も首を横に振った。
いや、本当に何もしていませんよ?
せいぜいが、墓の前に適当な祈りを捧げてただけで。
……祈り? 救世主? 奇跡?
「まさか、なあ」
はは、と俺は笑った。
乾いた笑いが出た。
流石にその可能性は考えたくない。
世の理に反しすぎている。
うむ。
彼女たちは実は仮死状態で、生きていた。
生きたまま埋められた。
そう考えたい。
俺が復活させたなんて考えたくない。
3、4週間もの間、メシも食わず、空気穴も開けられず、生きていたのは、代謝が著しく低かったからに違いない。
きっとそうだ、絶対そうだ。
俺は心の底から頭を抱えたくなった。




