第14話:エルダーアラクネ
彼女たちの名前が判明した。
リーダーの名前がレメ、サブリーダーの名前がレケ、以下、レア、レノ、レチ、レンだった。
名前が似ているのは同じ部族の出だったかららしい。
最初は9人で集落を出発したのだが、苛酷な旅で過労に陥り、さきの洞窟に入った時点で3人が次々と倒れ、レアと同じような症状を見せて、立て続けに死んでしまったのだという。
そしてレアがそれを追いかけるかのように倒れた。
あと少し、俺が来るのが遅かったら、彼女も4人目になっていたかもしれないと皆は言う。
ちなみに彼女たちは確かにアラクネなのだが、「エルダーアラクネ」という上位種らしく、一般的なアラクネとは別個の進化を遂げたものらしい。
通常のアラクネは彼女たちほどには人間に似ていない。
交流は皆無とは言わないが、ほとんどないとのことだ。
9人が旅した理由は、元の部族が征圧されたから。
「女王」と呼ばれる人物を中心に、彼女らの部族が征圧され、蹂躙され、生き残った彼女たちは一族もろとも奴隷に落とされた。
そして苛酷な扱いを受けた。
それに耐えかねて、年若の娘を中心に、意を決して逃げだしたのだという。
そのまま森を彷徨うこと半年。
とにかく厳しい旅だったという。
どれほど厳しかったのかと言えば、「あのまま奴隷身分でいた方がまだマシな暮らしができてたんではないか」と誰かが言い出し始めるほどだった。
しかし、リーダーはその意見を多数欠で抑え、あちこちをうろうろ彷徨いながら、ひたすら毎日、朝露を舐めながら、時に大河を渡り、時に渓谷に阻碍されながら、歩き続けた。
彼女らの集落は山と森の境目にあり、山がち側の部族はドラゴンとも交流があるそうだ。
ちなみに彼女らが噂の『七凶』の一角だった。
彼女たち自身がそれを知っていた。
ちなみに他の6種族は「グレートワイバーン」「シャドウウルフ」「アントケンタウロス」「大蜘蛛」「ヴァインズ」「ジンガイ」というらしい。
名前から容易に想像がつくものもあるし、分からないものもある。
グレートワイバーンはドラゴンとは違うものなのだろうか。
蜘蛛系統の『七凶』は2種類いるんだな。
『七凶』の名前に相応しく、快復した彼女たちは確かに強かった。
ホーンラビットの攻撃を難なく避けて、その頭を尖った足先で踏み潰す。
その流れるような攻撃に、俺は感心した。
そうそう、俺が命名した「角牙ウサギ」の一般的な名前は「ホーンラビット」というらしい。
真っ黒い水牛のようなイノシシは「ベアボア」、大型犬のような牙タヌキは「エンペラーラクーン」、中型犬のような大きなネズミは「キングラット」というらしい。
その辺はドイツ語でなく英語なんだな。
俺の自動翻訳機能がそう解釈しているだけなのかもしれないが。
ベアボアは流石に素手では彼女たちの手に余ったので、無敵の手刀を持つ俺の出番だった。
気後れすることなく誘導してきては、俺が狩りやすい体勢を整えてくれる。
ベアボアが獲れた日は焼肉パーティだ。
もちろん野菜を食べさせることも忘れてはいない。
アラクネ……エルダーアラクネたちは、箇々にテントを建てて棲まわせていた。
まとまった家が欲しいが、敷地が足りない。
なので、広場を拡張した。
200×200メートルから、一気に4倍の400×400メートルへ。
エルダーアラクネもエリシアも、俺の作業に目を丸くしていた。
まあ、キックだけで開墾、整地していれば驚きもするか。
トイレも今あるのはアラクネには狭いので、彼女たちサイズのを作った。
身体の構造上、大と小を分ける必要があったが、便器は必要なく、ただの穴だけで良いというので、作る分には楽だった。
敷地が広くなったので、すぐにエルダーアラクネの家を建てる。
1人1人が俺の倍近いサイズであり、それが6人分なので、かなり広い家になった。
俺たちの家もいずれ作り直そうとは思ってはいるが、エリシアが作った後も昼夜構わず俺から離れようとしないので、その辺は棚上げになっている。
死んだ3人については、皆の体調が落ち着いてきたので、改めて洞窟へ赴いた。
彼女たちの遺体は洞窟のそばに埋められていた。
墓標も何もない土饅頭。
そこには新鮮な花が添えられている。
やはり彼女たちは『七凶』だろうが暴れ者だろうが、れっきとした知的生命体だ。
墓も弔いも、文化の基本のキだ。
人類が初めて生み出した文化も墓であり、葬式だと聞いたことがある。
土饅頭に十字を切り、南無南無と唱え、手を合わせて瞠目し、祈りを捧げた。
ちゃんぽんにしたのは、どの祈りが彼女たちにとって一番良いか、迷ったからだ。
娘たちは不思議そうにそれを見つめながら、同じ動作をした。
これで良かったのか悪かったのか分からないが、大切なのは冥福を祈る気持ちであり、厳密な祈りの作法ではない。
「彼女らの魂に安らかならんことを」
最後に俺が呟くと、皆が復唱した。
別に俺の真似をする必要はないのだが、「救世主」の俺に従った方がいいと思ったのかもしれない。
そしてその祈りが、のちにとんでもない騒動を引き起こすことになる。




