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第6話:少年と皇女様

今回はシンシアメインのお話です。勘違いはありません。


 俺の仕事はソフィアの護衛であって、戦場に出ることではない。とはいえ、有事の際には戦場に出なければならないだろう。そもそもこちらが負けたら護衛も何もない……というか、ソフィアを守るためには戦わないといけないのだから。

 しかし、そうなると問題が出てくる。戦争のためには鍛練は必須だが、ソフィアの側にいないといけない俺は、鍛練が出来ないのだ。いないといけないという言い方には語弊があるが(俺がソフィアが眼に入るところに居たいだけだし)―――――朝には鍛錬が出来るが、やはりまとまった時間が欲しい。

 そんな要望をライトアーシェントファミリーにしてみた。満場一致で可決された。いや、嬉しいけど、それでいいのだろうか、護衛という契約上。


「構わんよ。君は、君の好きにやるといい。特に今は戦時中だ、契約で君をソフィアに縛り付けるなど、こちらにとっても大きな痛手だ」

「そうです。ギンヤは、ギンヤの思い通りに、動いていいんです」


 いや、なんか、ありがとうございます。俺はこの人達に借りを返すまでは、やっぱり死ねないな。いや、借りを返しても死にたくなんてないけどね?











「どう考えてもやり過ぎた」


 疲れて動けん…………。

 この高速機動、目も回るし。何より精神の疲労が激しい。

 (まあ、常にトップギアの車に乗ってるようなものだしなぁ…………)

 神経を使う。間違っても事故らないようにスピードを出すっていうのは怖いものだね……。


「しっかし、綺麗な空気だよなあ…………」


 元の世界とは、空気の綺麗さが段違いだ。もっとも、戦場の血の臭いは、元の世界の俺の周りには無かった物だけど。

 そんな風に俺が元の世界との空気の違いを実感していると、


「そんなところに寝ていると、風邪をひいてしまうよ?」


 寝転んだ俺の頭側に、シンシアが立っていた。


「こんにちは、シンシア」

「ああ、こんにちは、だな。しかし本当に、そんなところで何を寝転んでいるんだい?」

「少し鍛錬のやり過ぎでね。しばらく動けそうにない」

「…………」


 呆れたような顔。しかし美人なので絵になる。輝く豪奢な長い赤茶色の髪、上質の宝石ですら出せないだろう透き通るような翠色の瞳。肌だって真っ白だし、スタイルだってかなりのものだ。特定の部位の大きさでルーミィには劣るが、それでも奇跡的なバランスのプロポーションだ。美男も美人も、その時点で結構なアドバンテージを持って生まれてきてるよなあ……。世の中は本当に、実に素晴らしいほどに公平だ。その上この人は血筋も武の才能もある。公平すぎて涙が出てくるね。


「しっかし、シンシアはどうしたのー? この辺りには強い人はいないよー?」

「き、君は私を何だと思ってるんだい……!?」

「バーサーカー。狂戦士。戦いに生きるもの。最○兵器彼女。人外一歩手前。なんちゃって人間。バグ&チートキャラ。うんうん、バグ&チートって、ラブ&ピースみたいでいい感じだねー」

「私はそんな目で見られていたのか……」


 いきなり模擬戦を吹っかけられた恨みを晴らすべく放たれた俺の口撃に落ち込むシンシア。だが甘い、まだだ、まだ終わらんよ!


「まあそれも個性って事で。バトルジャンキーさん」


 とどめの一撃。しんしあはくずれおちた! しかし横文字もきちんと通じるのねぇ、この世界。ご都合主義万歳。










「まったく、私にここまでズカズカ物を言う人は初めてだよ」


 しばらくダメージの回復に努めた後、復活したシンシアは苦笑しながら、俺の頭の側に座った。


「皇女、というだけで同年代の人間も私には一歩引いて接するからね。あるいは、取り入ろうとしてくるか。そのどちらかだった」

「ま、こういっちゃ何だけど、それは皇女の宿命なんじゃない?」

「あ、他人事だと思ってるな」

「いや、実際他人事だし」

「まあそうだね。…………まったく、本当に君は」

「けど、だからこそシェリス様ともソフィアとも気が合うんじゃない? 2人とも、似たような感じだったんでしょ?」

「まあ、ね。ある程度の血筋に生まれた人間は、その人間そのものより、その血筋で接し方を決められてしまうからね……」

「ま、それはそういう家に生まれた宿命って事で。君たちはそういう家に生まれたおかげで、少なくともかなりの生活が保障されているわけだし」

「愚痴を言わせて貰うなら、そんな籠の中の鳥では居たく無かったよ、私は」

「冗談。自分で餌もとらない、餌をとる苦労も知らない雛鳥が何を言ってるのさ? それに今は空を飛ぼうとしたって、君じゃ落ちるだけですぜダンナ。ならいっそ、今はまだ籠の中に居るべきだと思うけどね」

「本当に君は、容赦ないね……!」


 顔を引きつらせるシンシア。だって事実ですしー。まあ、俺だって養ってもらっていた立場なのだから、偉そうにSEKKYOUかませる人間じゃないんだけどね。覚悟だとか生きる事への真摯さとかは、遥かにこちら側の人間のほうが上だろうし。


「何かシェリスやソフィアと私の扱いに差があり過ぎないかい?」

「シェリス様にはこんな恐れ多いこと言えないし、ソフィアにこんな事言ったら泣いちゃうでしょ」

「私も泣いてしまうかもしれないよ?」

「ハッ」

「鼻で笑うな!」

「やめてよね。シンシアが本気で泣いたら、俺は天変地異の前触れかと思うよ。」

「ええい、不敬罪で本国に連れ帰ってしまおうか……!」

「まったく、わがままな人だなあ。せっかく人が今まで出会った事のないタイプの接し方をする人間として居ようとしてあげてるのに」

「え、ギンヤ、君は私のために……?」

「いや、ただ単に面白かったからだけど。はいそこ、剣に手をかけないー」


 しばらく剣に手を掛けながらプルプルしていたシンシアだったが、肩を落とすと、俺の隣に寝転んだ。 危ない危ない、三枚におろされるところだった。


「本当に君は、無礼な人間だよ……」

「何、敬って欲しいの?」

「まさか。今更敬われても背筋が寒くなるだけさ」

「君も結構失礼じゃんか」

「私はいいんだ、皇女だからな」

「あ、横暴だ」


 正直、ここまで楽に話せる人間はガルフさんについで2人目だ。なんだかんだでシェリス様とソフィアには気を使うし、ルーミィはまだ俺のことを警戒しているようだし。いや、シェリス様もまだ警戒気味かな。まあそれはそうだろう。ぽっと出の男だし、彼女達の立場を考えれば俺を疑って当然。むしろ全面的に信頼してくれているソフィアのほうが異常といえば異常だ。


「あー、なんか、眠くなってきたなぁ……」

「今日はいい天気だしね。無理もない」

「まあここ連日、天気は良かったけど……今日は雲ひとつ無いなあ」

「そうだね。本当に良い天気だ……」


 あ、ヤバイ、なんか体が沈む感覚がする。段々体が動かなくなってきた。

 寝るな寝るな……ううん、けど眠い……寝るな、寝たら死ぬぞ! 死因は凍死ではなく、隣の皇女様の斬撃によるものだ。

 ……ま、いいか。別に今何かしなきゃいけないことがある訳じゃないし……シンシアも寝てる俺をぶった斬ることは無いだろうし……寝ちゃえ。


「うん、俺は寝る。お休み」

「ちょ、ちょっとギンヤ!?」


 始めにあった暗い雰囲気も今はマシになったみたいだし。俺は何も聞こえない。おやすみー。











Side:シンシア


 横目で眠ってしまったギンヤを見ながら、私はこの少年について思いを馳せる。

 (私が今までの生涯で初めて、「勝てない」と思ってしまった人間)

 全ての攻撃が紙一重で避けられ、挙句には命を救われた。彼が大怪我を負うことの代償として、私は今生かされている。

 (皇女の私に対し、一切の遠慮がない人間)

 いや、なんだかんだで彼は私にも気を使ってくれているだろう。正直、今もギンヤに会った最初は、何を話せばよいのか分からなかった。その原因は、彼に命を救われた負い目だろう。

 そんな風に悩んでいるのが馬鹿らしいほど、彼は普通だった。いや、「普通すぎた」。皇女だとか血筋だとか、違う国の人間だとか。彼は本来なら皆が神経を使う事柄を、まったく気にしていないように見える。少なくとも、表面上は。

 (どこか人を惹き付ける魅力も持っているし……)

 ここに来て彼は、2週間と経っていないという。だというのに、ソフィアを二度救い、全軍壊滅、なくても甚大な被害が出たであろう局面において、退かずに特務魔道師を一蹴したという武勲を次々と立て、それを鼻にかけることもない。そして平民の兵士と貴族をまったく平等に扱う、考えられない感性の持ち主。なるほど、平民の兵士が口をそろえて「素晴らしい御仁」と評するのも分かる気がする。

 私が今まで見てきたのは、なんとかして己を良く見せようとしてくる貴族の子弟、必要以上に萎縮する人間。そういったものばかりだった。例外は家族とシェリス達だけだ。そして私がシェリスのように唯一の王の子供であれば別だが、私にはリンツと言う双子の弟が居る。王位の継承は男児であるリンツがするので、私を「自身、あるいは自身の息子に箔をつける格好の結婚相手」というように見てくる人間が多いのだ。

 その中で、まったく飾らず、私に気に入られようとせずに己を通してくるギンヤは、私にはひどく眩しい存在に映った。

 先ほどもそうだ。皇女としての立場に愚痴るばかりで、皇女としての立場が与えたものを見ようとしない私に、ギンヤは突きつけた。「物事の負の側面ばかりを見て嘆く人間」の如何ともし難い愚かさを。

 こんなことを言ってくる人間は、今まで誰も居なかった。

 純粋に興味がある。彼は何を考えている? 彼は何を見ている? 彼の目に、世界はどう映っている?

 それが知りたかった。人間にここまで興味を持ったことは、私には今まで無かった事だ。

 (シェリスたちを助けるつもりだけで来たが)

 存外に、面白い生活が出来そうだ。少なくとも、退屈はしそうにない。

 そう感じて、知らずに私は微笑んでいた。














 そして横で眠っているギンヤを微笑んで見ているシンシアを、シンシアお付のメイド隊の一人が目撃し、「シンシア様にもついに春が…………!」と勘違いし感涙に咽び泣くのはまた別の話。

 それを伝え聞いたシンシアが白磁の頬を紅潮させて剣を振り回すのも、また別の話。

 とりあえず、照れ隠しは穏便にしましょうね、ということで。


等身大のその人を見るって難しいですよね。

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