第2話:要塞にて
ううむ、自然に勘違いさせることが難しい・・・・。
文才が欲しい、そして精進が足りない。
初めての戦闘が終了した後、俺たちは拠点……というか近くの城に移動した。なんでもここは、防衛には最も適した場所なんだとか。内側から開けられない限りは無敵、とは近くの兵隊さん談だ。しかしなぜ皆して俺に敬語を使うのだろう? 俺はそんなに敬われることをした気がしないのだが……むしろ年上の人たちに敬語を使われるという感じたことの無い居心地の悪さが地味に辛い。
そして城に入ると直ぐにシェリス様に呼ばれ、近衛隊長のルーミィ、魔道師隊長のガルフさんを紹介された。ルーミィは昨日の戦場に居たらしい。見かけた記憶は無かった。
ルーミィは腰ほどまでの銀髪と赤眼という、超絶クールビューティーな外見で、なんというか……素晴らしい母性の持ち主だった。俺が見た中では、過去最大か……?
ガルフさんは茶色の髪の、あんた魔道師じゃなくて戦士だろ、という程に屈強な肉体を持つ中年の男性だった。実働部隊のトップは美女とナイスミドル。この国は、美形でないと上には上がれない、といった風潮でもあるのではなかろうか。
くっそう、イケメンはもげろ! 美人は大歓迎だけどね!
Side:ルーミィ
私は、かの「英雄」と対面した。
初対面でソフィア様とシェリス様が心を許したという。もっともシェリス様は完全には許していない、というか王女としては警戒しているようだが……なるほど、たしかにこう会ってみると、どこか信頼できてしまう雰囲気を持っている。
しかし、私は近衛隊長。姫様をお守りする最後の盾であり剣だ。もし彼が何か、姫様たちに害を成そうとする存在だったとしたら……。
だから、私はまだ彼を信じてはいけない。例え本人にその気がなくても、大きな力というものは、それだけで危険なのだから。シェリス様も、王女としても個人としても、信じたいというのが正直なお気持ちだろうが……。
「貴方がホシミヤ殿か。お初にお目にかかる。私は近衛隊長の、ルーミィ・シェスリンバットだ。ルーミィと呼んでくれ」
「これはご丁寧に。既にご存知らしいですが、私はギンヤ・ホシミヤと申します。
ギンヤ、とでも気軽に呼んでいただければ」
物腰の柔らかい、礼儀正しい青年。その辺の平民とはまったく違うその気品。
黒い髪と瞳、そして白い肌、ともすれば少女にさえ見えるかもしれない顔立ち。……それは言いすぎか? 童顔ゆえにそう見えるのかもしれない。若干私やシェリス様より年下、ソフィア様と同い年くらいと見える。そのようなある意味ではか弱い――――というか、闘う力を持たない――――ように見える外見と相反するような強大な戦闘力は、昨日見たとおりだ。
その相反する要素を持つ彼が、私にはどこかの御伽噺から抜け出した存在を思わせた。しかし今は、それが反って不気味に思えて、私の警戒心を強めることとなった。
「しかし、ここは何処……というか、要塞か何かですか?」
「まあ、要塞といえばそうだな。ここは地形的に最も防衛に適している場所だ。こちらから打って出ない限りは、まず破られないだろう。無論、油断は禁物だがな」
なるほど、と言ってギンヤは一つ頷いた。あまり情報を与えるわけには行かないのは心苦しいが、仕方が無い。
Side:銀也
ルーミィいわく、ここは安全らしい。ならばやるべき事は一つ。
探 検 で し ょ う !
初めて見るヨーロッパ風の、それも本物の城。テンションあがってきたぁぁーっ!!
「すげぇや」
適当にぶらぶらと探索していると、少々異質な一室にたどり着いた。いしつないっしつ。……寒いか。それはそれとして……ここは宝物庫だろうか。槍に剣、盾に弓。実際に昨日戦場で一杯見た武器とは違う、装飾があったりとか、刃の煌きが違うものが集まっていた。なんかここの門番さんが、気に入ったものがあったら持って行って良いと言ってくれた。せっかくなので投擲用の短刀を何本か貰ってみる。本来は剣とか槍とか持っていくのがベストかもしれないが、俺はあまり武器は使えないし、何より人に対して刃物やら鈍器やらを直接叩き込むのは気が引ける。人を殺しておいて今更何を、と自嘲の念もある。ただその点投擲した短刀は、致命傷になりにくいしね。……好き好んで殺したいわけじゃない。
さて、そのためにも練習だ!
……え、ちょ、何故に?
…………一つ聞きたいんだ。
俺は何か神様に恨まれているのかな?
…………どうして、こうなった?
Side:ソフィア
私は、要塞の中を、ギンヤを探して歩いていた。途中でルーミィと合ったので、一緒に談笑しながら歩く。
「ルーミィの目から見て、ギンヤはどうでしたか?」
「凄い、の一言に尽きますね。一見は、普通……とまでは言えないかもしれませんが、戦う人間には見えません。あれほどの実力を持ちながら、その力を巧妙に隠している。いったいどれ程の鍛錬や経験を積めば、あの境地に達せられるのか…………」
ルーミィもそう思いましたか。つい、2人で暗くなる。あのようなやさしい微笑を浮かべている彼は、力を得るために等価交換の原則に則って何を犠牲にしたのでしょう。いや、それは詮索するものではない。 むしろ今最大の問題は、その力がこちらに向いた場合どうするかだ。
…………いや。
それはルーミィやシェリス様が考えることでしょう、と自身を叱った。脳裏に昨日苦しんでいたギンヤの姿が浮かぶ。あれほどの苦悩を抱えまでも私たちを守るために戦ってくれた存在を、私はもう疑いません。疑うことは大事なことですけど、私までそんな風に彼を見てしまったら、彼に申し訳ないです。それにきっと昨日のギンヤの姿を見たら、ルーミィもシェリス様も警戒すべき人物ではないことが分かるでしょう。私はもう彼を疑わない。だから少し我侭ですけど、それは私よりはるかに優秀な姫様やルーミィに任せましょう。実際、目の前のルーミィはそのことを考えているのでしょうし。
そのまま沈黙を2人で保ったまま、宝物庫の前に着いた。
「すいません、ギンヤを見かけませんでしたか?」
「ラ、ライトアーシェントのお嬢様、近衛隊長様!?」
「ああ、そうかしこまらないでくれ」
ルーミィがおじいさんに苦笑する。
「ホシミヤ殿なら、短刀をいくつか持って、投擲の鍛錬をしてくると……」
既にギンヤの名は全軍に知れ渡っている。宝物庫の番人のおじいさんさえ知っているのだ。
「ふむ。なれば、錬兵場にでもいるかな。ありがとう」
そのあと私達は、錬兵場に向かった。
「え…………」
錬兵場についた私たちの目の前には、理解不能な光景が広がっていた。それはそうだろう。
私たちが錬兵場で見たものは、無表情のギンヤ、そしてその視線の先で倒れ伏す、一人の女性という光景だった。
「ギンヤ、これは…………!?」
「クロだ」
「え、クロ、ですか…………?」
そのままギンヤは沈黙してしまいました。とはいえこのままでいるわけにもいかないので、ルーミィが警戒しつつ女性に近づく。……いえ、ギンヤを警戒しているのでしょうか? そして女性を介抱しようとしていたルーミィが、何かに気付いた。
「これは、手紙…………?」
訝しげにルーミィが呟く。どうやらこの女性の衣服から、手紙が零れ落ちたらしい。失礼、といってルーミィはその手紙を広げ、
「な…………!?」
めったに見せない、驚愕の表情を見せた。
「ギンヤ、すまないが、兵を呼んできてくれ。それと、捕縛用の縄も」
「了解」
ギンヤは短く答えると駆けていった。
「ルーミィ、どうしたんですか?」
そう聞いた私に、険しい顔をしたまま、ルーミィは手紙を差し出し、
「え…………?」
私はその内容に、驚くしか出来なかった。
そして同時に私は理解しました、ギンヤの「クロだ」という言葉の意味を。
Side:銀也
ああ、なんて事をしてしまったんだ……。
自責の念と後悔が俺を責める。しかし全ては遅すぎた。後から悔いるから後悔なんだよね……。
気が重いが、状況を説明しよう……。俺は先ほどまで短刀の投擲練習をしていた。そして、だいぶ的に当たるようになって来たことに満足し、つい全力(+身体強化)で放り投げてしまった。
…………そう、これが間違いだった。
その結果は、制御不能のまま明後日の方向に飛んで行く短刀といった形で現れた。その短刀は、太い枝に命中し――――その太い枝は衝撃に耐えられず落下して、
「ぎゃっ!?」
なぜか木陰に隠れていた女性に当たった。
え、あれ、なんでそこに人がいるの!? うわあ、これはまずい。慌てて女性に駆け寄ろうとしたら、
「ギンヤ、これは…………!?」
背後からソフィアの声。
ああ、終わったな、と俺の中で声がした。傍から見れば、俺はまさに傷害の現行犯だ。そして俺は止せば良いのに、更に不要な――――というか、明らかに有害な――――一言を口走った。
「黒だ」
何がかって? 倒れている女性の下着がだよ。いや、完全にスカートの中が見える角度なんだよね、今の俺の角度。健全な男子としては……じゃなくて!
いや、何を言っているんだ俺は!?これで傷害+性犯罪ではないか!?
そして何も出来ず立ち尽くす俺。やる事成す事全てが裏目に出る気がするので、もう俺は動けない。そんな俺を尻目に、ルーミィが女性に近づき、なにやら落ちていた手紙を読んで。
「ギンヤ、すまないが、兵を呼んできてくれ。それと、捕縛用の縄も」
「了解」
なんか知らんが、た、助かった…………? いや、もしかして俺を縛り上げるための縄ですか? 参ったな、俺は縛るほうが好きなんだが。
Side:シェリス
ルーミィから報告を受けた私は、ついため息を吐いてしまった。
ギンヤが捕えた女性。所持していた手紙から、反乱軍の手の者であることが判明した。
合図と共に、女性が内側から門を開ける。そう易々とことが運んだとは思えないが、そうなればこちらの敗北は確定する。
危うく、私達は要塞の防御力に目を奪われ、取り返しの付かない過ちを犯す所だった。
「ギンヤ、いったい貴方は何者なのですか?」
その疑問を、私は胸中に抱かざるを得なかった。
無論、彼を疑うようになったわけではない。むしろ、さらに信頼できると思った。
ただ、ソフィアと同年代でありながら、あれほどの頭脳と判断力、戦闘技術を持つ人間。
何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならない。ならば、彼は力を得るために何を代償としたのだろうか。ただ単に鍛錬を重ねただけ、というのは考えにくい。少なくとも、それなり(おそらくはかなりのだと思うが)の実戦経験を積んでいるだろう。考えても考えても、過去の彼を知らない私には分からない。いや、そのような詮索など必要ない。
「とりあえずは、今出来ることをやらねばなりませんね…………」
そのためには、これでは駄目だ。気分を切り替える意味でも、剣を振ってこよう。
そう思って、私は錬兵場に、神剣「シルヴィアエッジ」を持っていった。迷いを剣で切るために。しかし、どうやら錬兵場には先客がいたようだ。そう、そこには、ギンヤが一人佇んでいた。
随分と集中しているようだが……一体何をするのだろう? 好奇心に駆られた私は、木の幹に隠れ、様子を伺っていた。
そうして、ギンヤが動いた。
左足を一歩踏み出し、半身になる。腰を落とし、右手を腰だめに構える。
そして次の瞬間には、視認すら出来るほどの魔力が、ギンヤの手足に収束する。
(なんて密度なの…………!?)
自分の息を呑む音が、遠く感じられた。そして、ギンヤが動いたと思った瞬間。
空気が破裂するような音と共に、最早光の速度に追従するのではないかと思うほどの右の突きが繰り出された。いや、右の突きだと分かったのは、実際に彼が技を出し終わってからだった。
私が感じたのは、戦慄と畏怖。あれは、どう足掻いても避ける事が、いや、防ぐことさえも出来ない。私はしばらく立ち尽くしていた。
当然だ。防ぐことが出来ない――――いや、回避はおろか反応すら出来ない技、そんなものを見せられて戦慄しない武人などいない。なぜならそれは、至高の一撃。武人が目指す究極の高みだからだ。正しく一撃必殺。
再び静寂が訪れた錬兵場に、ギンヤの声が響いた。
「これは、出来れば使いたくないなぁ…………」
――――私の耳に届いたのは、何かを耐えるような、涙声。
驚いて、私はギンヤの顔を見た。
ギンヤは泣いていた。
どうして?
わからない。彼はそもそも「誰かを傷つけること」に対して痛みを感じているのだろうか? あるいは、あの技が特別なものだったのか。なんにせよ――――たとえまだ信頼できる人物か分からなくても――――彼をあのままにしておくわけにはいかない。
「使う必要はありませんよ」
私がいたことに気付かないほど、彼は集中していたらしい。涙を流したまま、驚いて彼はこちらを見た。
「あなたが、そうまでする必要はありません」
「いや、だめですよ。使わなきゃ、きっと守れない」
守る。そうか、彼にとって(理由は分からないが)、涙を流すほどに使いたくない技を使おうとする理由。果たしてなにを守りたいのかは、まだ判らない。けれど、状況から考えたら、ソフィアや私たちだろう。
優しいというべきか、甘いというべきか。なんにせよ、稀有な存在ではある。出会って間もない私たちの為に命や己の禁忌を掛ける人間など、そうそう居るものではない。
それにしても、守れない、か。私たちは彼にとって「守るべき存在」であって、対等ではない。彼の中ではそうなのだろうけれど――――
「大丈夫です。私達は、(自分の身や、大切なものくらい)守れます。だから、そんなに、無理しなくてもいいんです」
私たちは、自分の身は自分で守れる。それを勘違いされては困る。ある意味ギンヤが抱いていたのは私たち武人に対する侮辱とも取れる感情だが――――私は、理由はわからないけれど、まったく怒りを感じることは無かった。全く、彼がいると理由が分からないことがどんどんと出てきますね。
僅かな静寂が訪れる。そしてしばらくの後、ギンヤは微笑んだ。
「ありがとう、ございます」
疑いようも無く純粋な感謝の気持ちが込められたその言葉と、何かから開放されたような清々しい微笑みに、私は顔が熱くなるのを感じた。
私に向けられる笑顔は……一部の親しい人たちのそれを除けば、打算に満ちたものだ。けれどこのときギンヤが浮かべたのは、幼子のように純粋な笑みだった。
これは……少し反則ですね……………………。
ここまで私にストレートに感情をぶつけてくる人間も、本当に稀ですね…………。
この時、確かに私は王女であることからは解放されていた。
Side:銀也
いやー、なんとか犯罪者にならずにすんだぜ。危うく異世界来訪2日目でGameOverになる所だった。同じゲームオーバーでも、性犯罪でゲームオーバーになるのは勘弁だ。
そして、どうやらそこまでチートではないにしろ、俺は特殊技能と膨大な魔力を持っているらしい。そうなれば、必殺技を作らねばならないだろう、男の子的常識に基づいて。
左足を一歩前に、右手を腰だめ。引き絞られる弓のイメージで、魔力を纏った拳を放つ!
うおおおおおおぉぉぉぉぉ!
結果的には成功した。凄まじい威力と速さを兼ね備えた、まさしく必殺技。
とんでもない肘の痛みと共に、相手を撃つ。なんという自爆技。あまりの痛みに涙が流れる。肘が、肘がぁぁぁぁぁぁ!!
「これは、出来れば使いたくないなぁ…………」
切実に。
「使う必要はありませんよ」
いきなりの背後からの声。その声の正体は、シェリス様だった。
うわ、もしかして今の自爆、見られてた? うわー恥ずかしい。
「あなたが、そうまでする必要はありません」
「いや、だめですよ。使わなきゃ、きっと守れない」
俺の命を。そして彼女を。彼女を取り巻く、彼女の大切な人たちを。
「大丈夫です。私達は、守れます。だから、そんなに、無理しなくてもいいんです。」
それは、俺にとっては衝撃以外の何者でもなかった。
――――――――ああ、そうか。
俺一人が守る必要など無かったんだ。そんな単純なことさえ、俺は忘れていた。
ソフィアの事が大切なのは、俺一人じゃない。シェリス様や、さっき一緒に居たことを考えると、ルーミィもまたソフィアを大切に思っているのだろう。そういえば、なんでもシェリス様は「姫騎士」という異名さえ取る強者らしい(兵隊さんから聞いた)。そんな彼女もまた、ソフィアを守ろうとしてくれるのか。
「ありがとう、ございます」
本当にありがとう。いや、俺が「シェリス様がソフィアを守ること」について礼を述べるのもおかしな話だけれどね。それでも、礼を言いたかったんだ。
……しかし、顔が赤いが、熱でもあるのかな? はっ、まさかこれがニコポか!?
…………ねーよ。思い上がるな。
止まらない勘違い。けれど不自然さが目立ちますね。
主人公は東洋人ゆえ童顔に見られがち。表情が子供っぽいのです。
シェリスは可愛いものと子供好きと言う隠れ設定。