第2部第3話:仕事の準備とあれやこれや。
はい、本当にお久しぶりです。詳しくはあとがきで懺悔を。
「……ふう。警備に隠密、ね」
役職への任命を言い渡された後、俺は宛がわれた執務室で、過去に俺が今後担当する隊が過去にやっていた職務内容に関しての書類を読んでいた。今週は副隊長2人がそれぞれのトップとしてまだ動いてくれるから良いけれど、来週からは俺がトップである。この一週間は、うん、引継ぎの為の猶予期間なのだろうね。来週から本格的に動く為にも、事前知識は持ち合わせておかないと…………
「しかしまあ分厚いことで」
……いけないのだけれど、ちょっぴり心が折れそうだ。机上の中心にででんと置かれた、広○苑もびっくりな厚さの書類の束が、その事前知識を得るための道具らしい。こんなに机に向かうのがいやになるのは、大学受験の成績停滞期の勉強時以来だ。
「まあ、嘆いてても仕方ないってことで……」
とりあえず始めようか。案外始めてしまえば後は続くものだしね。
そして俺は、来週からの仕事の為に、一ページ目を開いて書類を読み始めた。
その後、どれくらい経ったのかは分らないが――――コンコン、という乾いたノックの音で意識を引き戻された。どうやらだいぶ入り込んでいたらしい。読んでいると興味深いところも多々見受けられたので、時間を忘れて集中してしまった。
「はーい、どうぞー」
しかし、誰かな?
「失礼、します……」
「あれ、アーシェ?」
予想だにしない客人だった。なんでアーシェが? 彼女はライトアーシェント邸でソフィアの母親さんやメイドさんたちにネコ可愛がりされていたはずだけど……?
「ギンヤ、今度から、裏側の仕事もするって、聞いたから……」
「…………誰に?」
さあて、口の軽いお方はどなたかなー? そんなにあちこちに、隠されるべき仕事をする人間広めちゃだめでしょー?
「ルーミィ、に」
「何やってんだあの銀髪巨乳」
よりによって口軽いのかなりの重役じゃねぇか。大丈夫かよこの国?
「ギンヤは裏の仕事の経験ないだろうから……教えられることがあったらお願い、って」
「あー、なる……」
善意100%かあ……いや、それでもその辺の区切りをつけるべきではあると思うのだけれどね。というか、それ以前に……アーシェにはもう、こういったことには関わらずに平穏に生きていって欲しいのだけれどなあ……。
「あのさ、アーシェ……君は、なんていうか、もう自由なんだよ。だから、こっちに、こんな仕事に、関わる必要は無いんだ。別に君の助力が有難くないとか言ってるんじゃなくてね? やっぱり……」
「けど、どのみち、私はもう関わっちゃった……。きっと、今までやってきたことだって、無かったことには出来ないよ……?」
「…………いや、まあ、そうだけれど…………」
俺の言葉に、言葉とは異なった有無を言わさない迫力を持って、アーシェは答えてきた。
「今までやってきたことは、消せない。今まで私がやってきたことは、やっぱり私自身の、罪だから……きっと、逃げれない、よ……?」
「――――そうだね。逃げられるもんじゃない。忘れたとか、振り払ったとか、そういっても……きっと、巡り巡って立ち塞がる。そういうものだろうね……」
それはそうだ。アーシェの言うとおり、命令されたとはいえ、最終的に実行するという決定を下し、手を染めたのはアーシェ自身だ。罪が誰にあるといわれれば、アーシェにまったく無いなどとは言えない。
けれど、それでも……彼女が今まで人を殺してきたこと、それで悲しんだ人がいたかもしれないことを踏まえて、それでも俺はもうアーシェには、関わって欲しくは無いのだ。今更遅いとか、そういう問題じゃないはずだから。
「別にさ、無かったことにしよう、全部忘れて幸せになれって言うんじゃないんだよ。むしろ、今までのそれを踏まえて、これ以上罪を重ねないことが大事だと思うんだ。今までのことを自覚して、きちんとそれに向かい合った上で、それで……」
「…………今までは、何も、思わなかったのに。最近自分が良くないことを、してたんだって、分ってきた気がする。だから、本当に、それと向き合うのが、怖いのに……ギンヤは、ひどいね……。ひどいこと、言ってる」
そうなのだろう。目を逸らす事を、こんな小さな子に許さないのだから。だけど彼女がやってきたことは、きっと、年齢どうこうで許されるものじゃないから。これから先のこともある。このことは、彼女の周りにいる、一人の年長者としては、きっちり見据えていかないといけない。まあ、俺もまだまだ全然幼いのだけれど。ガキのくせに偉そうなこと言ってるよ、とは自分でも思うから、突っ込まないで欲しい。
「ひどいことを言っているね。その通りだ」
「…………」
アーシェは何も言わない。けれど、別に俺を恨めしげに見たりしているわけではない。単純に、俺を見ているだけだ。ただじっと、金色の瞳が俺を見詰めている。
しばらく無言で見詰め合っていると、アーシェが再び口を開いた。
「……ギンヤは」
「ん?」
「ギンヤは、それを実行してるよね」
「……一応、そのつもり。でも、どこまで行っても、結局は………………」
どれだけ罪を見詰めても。どれだけ罪に苦しんでも。奪った命の上で、命を奪った人間が幸せになっている。その構図は、変わらない。何をどう思っても、何をどう考えても、何がどう変わっても、それだけは、きっと。
「……でも、守りたいんだよね?」
「うん。それに、偽りは無いよ」
「私も、同じだよ?」
「え……?」
「私は、ギンヤが好き。ソフィアが好き。シンシアが好き。シェリスも、ルーミィも、ソフィアのお母さんも、メイドの皆も、好き。優しくしてくれたみんなが好き。だから守りたい。それじゃ、駄目なの?」
「……だから、自分も出来ることをしたいってことかな?」
「……うん」
「そっか…………」
ばふ、と革製の椅子の背もたれに身体を預けて、考える。
もうアーシェに裏側の仕事に関わって欲しくない。それは、俺の思いとしてはある。けれど、どうなのだろう。それでアーシェの気持ちを拒絶することは、正しいのだろうか?
今回の選択には、ベストはないのだろう。どちらをベターと考えるかだ。ううん、どうしようかな…………。
まあ、何も裏側のお仕事でも、全部が全部悪事って訳でもないし……。アーシェの初めてのわがままを、潰すのも忍びない。俺が悪事で無い仕事の中から、頼れそうなことを探して頼む。まあ、この辺りが落としどころかな。
「じゃあ、わかった。こうしよう。いけないことじゃないことの中から、俺がアーシェに頼めそうなことを探すよ。そしたら、それを手伝って欲しい。それでいいかな?」
無表情が、微笑みに変わった。ん、なんとか納得してくれたみたいだ。
「うん。がんばる……」
「そのときはお願いね。ところで、ソフィアたちは何してるか知ってる?」
「………………………………………………………………ううん、知らない」
「そっか」
妙に沈黙が長かったけど……まあいいか。出歩くのなら護衛とかはきちんと付けるだろうしな。ただ、一応アーシェも……。
「アーシェ、これから何かやることある? ないならいつもどおりにお願いしたいんだけど……」
「わかった。じゃあ、どっちかを探しにいく」
「お願い」
ここでいつものように、と言っているのは、アーシェがソフィアやシンシアたちに付くことだ。仮に正面からの襲撃や、ある程度の奇襲にならソフィアについているような護衛やシンシアでも対応できるが、完全に暗殺を狙われると中々辛いものがある。なので、基本的にそういったことに強いアーシェに付いていてもらっている。こう考えると、元々アーシェには出来ることをやってもらっていたな。ま、裏の仕事じゃないけどさ。
「……あ、そう、だ」
「ん?」
出て行く直前、アーシェは何か思い出したようで振り返った。そして、俺にとっては割と重要な話をしてから出て行った。
「……公爵から、伝言。『正式な仕官によって、これで君は正式な重要人物となったから、妬む人間も出てくるだろう。その覚悟はしておけ。ちなみにシルヴィアでは命を奪ったり深刻な負傷をさせなければ、決闘は可だ』だって」
アーシェがいなくなると、再び部屋には静寂が訪れた。半分以上消化した書類読みを再開しようと思ったが、何だか手につかない。アーシェ言い残した公爵の言葉が気になっていたからだ。 素性の知れない人間に高い役職が与えられたのだから覚悟はしていたが、やはり面倒くさいなあとか、謀略に関してはちょっと俺は専門外だからまずいなあ、などといったあまり喜ばしくない考えが頭を占める。結局5分ほどうんうん考えた。結局、このまま続けるのは嫌だったし、今日終わらせなければならないものでもなかったので、体を動かしに行くことにした。
兵隊さんたちの姿も多く見受けられる、錬兵場の一角。そこで城下町の職人さんに作ってもらったサンドバッグに、蹴りを打ち続ける。前蹴り回し蹴り三日月蹴り足刀足刀後ろ蹴り。手技を使わないのは、手を使えない状況を想定してのことだ。滅多に無いかもしれないが、出来る限りのことはやっておくべきだろう。
「ふう……」
しばらくして、俺はそれをやめた。一段落した訳ではない。ちょっと、少しばかり、気になる集団がこちらに歩いてきたからだ。
じっとこちらを睨みつけながら、歩いてくる集団。服装は華美というか下品であり、お世辞にも俺に友好的な雰囲気を抱いている感じではない。というか、あからさまに結構な敵意を向けてきている。公爵の伝言を思い出した。もしかしてアレはフラグだったのか? だとしたら、少し恨みます公爵。
集団が目前で立ち止まる。基本的に派手な服装の集団の、その中でことさら派手な人間が口を開いた。
「お前か、黒曜卿とやらは」
「まあ、そんな風に呼ばれてはいますが」
あーめんどくせー。
「……ふん。どこの馬の骨とも分らん男が」
はい。その通りです。
「取り入るだけは上手い様だな。どのようにして陛下達に取り入ったのか、おい、その手法をぜひ教えてくれよ」
そしてその言葉に反応して、笑い始める周りの男たち。あれ、今笑うところあった?
……ま、正直、いい気はしない。けれどまあ傍からはそう見えるのも分るので、黙っていた。
「……ちっ」
すると、どうも俺の反応がお気に召さなかったらしく、舌打ちをする頭領(推定)。その取り巻き連中もこっちを見ているが、そいつらはニヤニヤしている。やれやれ。
兵士さんたちも結構こっち見てるし……まあ、一見すると一触即発だしね。それは気にもなるか。俺のせいじゃないけど、迷惑かけてごめんなさい。こちらのことは気にせず、どうぞ続けてください。って、あ…………。
「おい、聞いているのか!」
あああああめんどくせぇぇぇぇ! どういう反応しろってのさこのタコ! このタコ! ちょっと黙れお前! そしてお前達の背後から近付いてきている人たち、その集団の中心人物二人に気付け馬鹿者!
「ええ、聞いていますが……………………」
空返事を返しながら、俺の目はその、近付いてくる人物たちから離れない。というか、離せない。だってなんか、近付いている集団の中のその二人、凄いオーラ発しながら近付いてきてるんだもの。むしろなんでこれに気付けないのか。
「ええい、訳の分から「何をしている?」…………」
因縁をつけてきた人間達の背後から、とんでもない威圧感を感じさせる声が聞こえた。そしてそれを聞いたエネミーズは黙った。まあ、そりゃあそうですよねー。俺もあんな声が背後から聞こえてきたら黙る。というか、その前に多分気付いて逃げてる。なんというか…………本当にお疲れっぽいですね、公爵。目の下の隈が凄いです。けど怒りのせいかすごいギラギラした目をしてるし……いや、本当に怖い。
そしてそのバーサク状態な公爵の隣で、見たことも無いきつい目でエネミーズを睨みつけている娘。つまりはソフィア。我が親愛なる少女。
「兵士達からの証言は取れている。貴様たちが一方的にギンヤ君に絡んでいったとな。その理由などどうでもいいが、一つ覚えておけ。彼は先程、王家並びにライトアーシェント公爵家の庇護下に置かれる事となった。ギンヤ君が何かおかしなことをしでかしたなら両家も擁護する気はまったく無いが、そうでない場合は……。これ以上はもう言う事はあるまい。消えろ」
公爵のめっさ低い声での爆弾発言に、集団は絶句。のち、蜘蛛の子を散らすように逃走。俺は絶句、のち硬直。ソフィアは相変わらず睨んでいた。美人が怒ると迫力あるよね、本当。
じゃなくて、え、どういうこと?
「まあ、そういうことだ、ギンヤ君。詳しい説明はソフィアから聞いてくれ。私が説明するべきなのだろうが、すまない。疲れていてな……」
「あ、はい。お気になさらず、ゆっくりお休みください」
「すまない。ではソフィア、後を頼む」
「分りました」
護衛を引き連れて、公爵は去っていった。後に残ったのは俺とソフィアと静寂。なんというか、ちょっと展開が速すぎて正直何が何だか分らない。わけがわからないよ。ただ、この駆け足な展開をソフィアが説明してくれるようなので、視線をソフィアに向ける。その視線に頷くと、ソフィアは話し始めた。
反乱終結以降、何回も行われていた――――――――俺に内容が伏せられていた会議の全貌を。
前書きでも述べましたが、お久しぶりです。実を言うと、今回はそこまで時間がなかったわけではありませんでした。話の流れも、出来上がっていました。
しかし、とにかく納得行く文章が書けませんでした。この話、白紙から5回書き直しています。次の話も出来ているので、調子が戻れば連続で更新出来ると思ってもいましたが、今回の話が本当に上手く行きませんでした。たいした実力も無いのに、スランプなるものに陥っていました。そのような事情で、今回のように間が空いてしまいました。申し訳ありませんでした。
次回更新は一週間以内に出来る……と思います。遅くても二週間以内には。ただ、それ以降は、調子が戻るかどうかの問題です。もしかしたら、リハビリがてら別のものを書くかもしれません。申し訳ありませんが、その辺りご了承ください。
最後になってしまいましたが、待っていてくださった方々、本当にお待たせして申し訳ありませんでいた。
正直今回の話も、掲載出来るような出来かどうか自信がもてずビクビクしております。どうか皆様、お待たせした身分で心苦しいですが、率直に感想を下さると嬉しいです。