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第2部第2話:新たな一歩

また時間が空いてしまった……。もう言い訳はいたしません。これから先も出来る限り、時間を見つけて早めに投稿できるように頑張って生きます。

 澄んだ空気が満ちる、日が昇り始めたばかりの早朝。ソフィア・ライトアーシェントの姿は、厨房で朝食の準備に追われて働く料理人達の中にあった。


 「塩と砂糖を少し混ぜて、あとは少し柑橘系の果物を……ですね」


 作っているのは、所謂スポーツドリンクに似せたものだ。塩分や糖分を水分と一緒に補給するのが良いと、これを届ける人間に言われたため、挑戦してみようとしている。


 「味は、悪くないですけど……大丈夫でしょうか?」


 出来上がった試作品を少し舐めて呟く。味は悪くないし、彼が言っていた通りの材料も入っている。とりあえずがっかりされることは無いだろう……と思いたい、正直。そんな思考の末、ソフィアはこれを届けることに決めた。

 厨房にいる周りの料理人たちから注がれる、微笑ましげな視線に、顔を真っ赤にして慌てふためきながら。








 ソフィア・ライトアーシェント。今となってはシルヴィア王国最大の貴族の家の娘。反乱以前でも、かなりの地位にいる父親を持つため、貴族達にとってはよい政略結婚の相手だった。

 ソフィアの父親であるライトアーシェント公爵は誇り高き貴族であり、領民や国のためならば自身を犠牲にすることは厭わないし、娘が貴族であることの責務から目を逸らすことも許しはしない。だから、ふさわしき相手が居るならば、ソフィアに政略結婚をさせただろう。公爵は娘を愛しているし、だからこそソフィアには幸せになってもらいたいと思っている。しかし、これとそれとは切り離して考えなければいけない問題でもあり、政略結婚といえども、ふさわしき相手が居たならば結婚させただろう。そう、ふさわしい相手が居たならば。


 反乱以前のシルヴィアには、ソフィアと年齢が釣合うような年代には、私利私欲しか頭に無い人間が多すぎたし、そうでなくとも、決して有能、かつ釣り合う身分の人間は――――公爵家を将来背負って立てるような人間は居なかった。それが、18歳前後と言う、普通は結婚しているのが――――最低でも婚約している――――年齢であるにもかかわらず、シェリスやルーミィ、ソフィアにそういった相手が居ない理由でもある。

 だからこそ、今までソフィアは政略結婚とは無縁でいれた。国に人材が居ないのを嘆くべきか、娘を政略結婚に差し出す必要が無い大義名分ができているのを喜ぶべきか、というのは公爵の悩みの一つでもあった。それを議題にガルフ隊長と何度飲み明かしたことか……と、その話題に触れると黄昏れるほどに。


 







 さて、話は変わるが、ソフィア自身その政略結婚と言うものは気にしていた。そしてそれを知っていた故に、持ち前の聡明さと直感によって、自身に近付いてくる人間に「そういった」目的を持つ人間が多いことも気付いていた。特に男に、そういった人間が居ることに。だからこそ、ソフィアは若干男性恐怖症の気があった。勿論それを表面に出したりはしないし、そういった害意の無い、老人や子供、あるいはよく知る人間であるガルフやヴィロゥ将軍には非常に優しく穏やかに接していたが――――それでも、まったく他の男と接しようとしないのは気にされていた。


 そのソフィアが、最近同年代の男性と非常に仲が宜しいらしい、という噂が国中を駆け回っていた。これは政治的にも大事件であるし、本人も否定しないので、実はかなりの話題となっている。そして何にも増して、その相手が突如として現れた救国の英雄というのだから、シルヴィア全域の話題となることは当然だった。そして話題の中心人物は、その噂通りにその男性のところへ向かっている――――












 「ギンヤは……いつものところですよね、きっと」


 足取りも軽く、ソフィアは目的地へ向かう。手には先ほど作った液体を入れた水筒。護衛が必要な距離ではないし(そもそも前皇帝暗殺未遂事件により大幅に警備が強化されている)、アーシェもぐっすり睡眠中なので、向かうのはソフィア一人だ。軽い足音を響かせながら、朝の澄んだ空気と優しい日差しを全身で感じて歩き続ける。そしてたどり着いた目的地に、やはり銀也はいた。








 裏拳、追い突き。前蹴り、猿臂(肘打ち)。足刀、掌底、逆突き。ローキック、三日月蹴り、目突き金的蹴り、フックアッパー。いくつもの技を一つ一つ丁寧に、かつ全力で放っていく。

 イメージする相手は、常に自分。自身の雑念を、鍛錬と共に打ち払っていく。

 現在の銀也のスタイルは、古流空手と近代格闘技をミックスしたものだ。基本は武器を持つ相手も想定し、ルールが無く相手を倒すことを至上とする古流空手。それに、こちらでは初見殺しとなる可能性を秘めている近代格闘技の技も取り入れる。

 向こうの世界でよい師匠に恵まれ、本人も必死に毎日鍛錬していたからこそ、同年代の人間とは比べ物にならない技量を持っていることは事実だが、決して達人というレベルではなく、また命を実際に賭ける戦場ともなると勝手が違う。だからこその、正当な技に交えた奇手奇策。僅かでも勝率を上げるための、ひたすらに実践性を求めた結果だった。


 生き残るために? 守るために?

 否。


 ――――ただ、傷つけて殺すために。


 大層なお題目など不要。確かに、確かに根底にあるのは周囲の、大切な人を守りたいという思いだ。 しかし、だからといって、他者を傷つけることが許されるわけではない。悪であることを自覚し、手を汚すことを覚悟したところで、傷つけられる人間にとっては知ったことではないだろう。他者を傷つけるものが、正義であってよいわけが無い。そんな、人を傷つけることを許容する真理が許されるわけが無いし、それが真理な訳が無い。


 だから、理由など語らないし、掲げない。ただ戦って傷つけ殺す、それに対する弁解も大義も不要。第一、例え何であれ、人を傷つけるものが正義であるはずが無い。真理と言う意味ではなく、一般的に正義とは、勝った方を指す言葉ではないだろうか。銀也はそう考えている。

 

 そのために――――自身と大切な人たちを悪としないために高みを目指し続ける。例え単調でも、地味でも、自分勝手な浅ましい願いだとしても――――その鍛錬と信念こそが、自身の背中を押してくれる。それだけが、今の彼にとっての全てだった。


 そうしてひたすらに目の前の自分に技を放ち続けるが、背後から慣れ親しんだ足音が聞こえたので、手を止めて振り返る。そこにはやはり、想像通りの人物がいた。


 「おはようございます、ギンヤ。…………その、お邪魔してしまいましたか?」


 真剣に申し訳無さそうに言われてしまう。実際に、別にそろそろ止めるつもりでもあったので構わないと真実を言ったところで信じてくれるかどうか――――そうは思ったが、正直に言うことにした。


 「いや、大丈夫。元々そろそろ止めるつもりだったし。別に気を遣ってる訳じゃなく、ほんとに」

 「そうですか。良かったです」


 どうやら事実を言っていると感じてくれたようで、一安心する。ソフィアは気を遣いすぎるからなぁ……と、表情には出さず銀也は考えた。

 

 「それで……どうしたの? こんな朝早くに」

 「あ、はい! この前ギンヤが言っていた『スポーツドリンク』というものを作ってみたのですけれど……」

 「……わぁお」

 

 まさか実現させるとは。俺材料言っただけだよね? ああでもそんなに難しいものでもないか。材料入れて混ぜればいいだけだし。いくつかの文章が頭を流れて行ったが、水筒を差し出されたので、銀也はやがて考えることをやめた。

 差し出された水筒を受け取り、中の液体を一口。

 

 「あ、普通に美味い……」

 「本当ですか!? それは良かったです…………」


 ほう、と安堵のため息をつくソフィア。まあ、彼女の味覚は非常に鋭いので、味見さえしておけばまず大丈夫なのだが。自覚が無いのは本人ばかり。


 「うん。冷たすぎないし、その意味でも有難い。ありがとうね」

 「どういたしまして」

 「…………さて、それじゃ戻ろうか」

 「そうですね。そろそろ朝食の時間でしょうし」

 「本当、朝早いよね、ここの人たち…………」











 さて、軽く汗を流した後(実はシャワーがあったりする。魔法万歳)、朝食を摂って一日が始まった。今からシェリス様たちに呼ばれて、会議である。俺の立ち位置が正式に決まる会議らしく、非常に重要なものだ。鍛錬中は忘れていたけれど、今更ながら緊張している。いやあ、厄介払い的なこともあるかもしれないし…………ああ、怖い。


 ま、多分それは大丈夫だと思うし、ソフィアの側にいられるなら――――たとえどんな役目でもやって見せるさ。

 もう人殺しという最大の禁忌を犯しているのだから――――今更仕事内容とかはどうでもいい。汚れ役上等。手を汚して、汚して――――そしてその手で俺は、ソフィアやアーシェと手を繋ぐ。それで汚れることを――――きっと、彼女たちは厭わないだろう。というかそれを理由に遠ざけたりしたら、むしろそちらの方が彼女たちを悲しませる気がする。

 俺の勝手な解釈かもしれないけれど、間違ってはいないと思うのだ。さて――――。


 大きな木製の扉の前で立ち止まる。ここを開ければ、もうきっと、容易くは戻れない。俺はこっちの世界の存在となり、帰る方法があっても、あっちの世界には安易に帰れなくなる。だけどそれでも――――きっとこれが今、俺のやるべき事だから。


 自身のやるべきことに全力で向き合い、それを成し遂げようとする――――そんな人間に、俺もなりたいから。


 再びこの世界の皆に恥じないような人間に成ることを誓い、一つ息を吐いて――――俺は扉に手をかけた。






 















「申し訳ありません、遅くなりました」

「構いませんよ。皆今来たところですから」


 それなりに大きな円卓には、すでに面子がそろっていた。シェリス様、公爵、ルーミィにガルフ隊長。そのいつもの顔ぶれに加えて、二人の見たことの無い人たちが座っていた。


 一人は女性。藍色の髪に、オレンジ色の瞳。瞳には苛烈な、しかしルーミィやシンシアとはまた違った意思の光を秘めている。凛々しい美しさ、というのがこれほどまでに似合う女性はそういないだろう。その雰囲気は、例えるならば、達人の握る刃そのものだ。触れたら切れる、ではなく、触れても切らないことが出来る、といったような。難しいニュアンスではあるが、やたらと鋭いわけではないとでも言えばいいか。とにかく、只者ではないのは間違いない。

 もう一人は男性。俺より少し年上であろう、決して大柄ではないがかなり鍛えこまれている肉体を持つ、金髪金目の見るからに武人な人。目力といい立ち居振る舞いといい、まさしく騎士を体現したかのような人だ。また、この場において腰に剣を帯びている。帯刀を今許されているということは、中々信頼されている人のようだ。


「ギンヤ、そこに座ってください」

「わかりました」


 シェリス様に促され、空いている席に座る。それを見届けると、公爵が口を開いた。


「さて、今日集まっていただいた理由は承知のことと思います。黒曜卿――――ギンヤ・ホシミヤの立ち位置の問題です。まずは私から、現状を説明することとします」


 そこで咳払いを一つして、公爵は続ける。


「現在新陛下の下、新体制を構築している最中ですが――――皆さんご承知の通り、現在問題が起こっています」


 ぐるりと辺りを見回す公爵。皆頷いているが、俺は知りません。美人さんも首を捻っている様子。男性は……分かっているみたいだ。


 「ああ、ギンヤ君とシュテラ君は知らないだろうから、きちんと説明はする。実は――――」

 「公爵。それは私から説明します。全ては私の至らなさが理由なのですから」

 「シェリス様……分かりました」


 そしてシェリス様が話を引き継ぐ。なるほど、俺の隣に座っている美人さんはシュテラさんと言うらしい。んで、逆隣の短い金髪のがっしりしたお兄さんは誰なの?

 

 「自身の恥部を晒すようで苦しいですが……実は今、この国では、武官と文官の対立が起こっているのです」

 「対立……ですか」

 「はい。何と言うか……新体制の中で、どちらが主導権を握るのか、という争いです。両者が両者とも、そのほとんどの人間が私欲ではなく心底国のためを思って争っているので……上から押さえつけますと」

 「裏切られたと感じ、忠誠心が反抗心になる可能性がある、と…………」

 「その通りです」


 ううん……反乱軍と違って、国のために動いている人間だから返って難しいかな……。

 これは、皆が頭を抱えるわけだ…………。言葉で言っても、今回の場合はその争っている人たちに心から納得してもらわないといけないのだし……ううん。


 「……中々、厄介なことで」

 「そうですね。そしてそれが、あなたの役職にも関わってくるのです」

 「……つまり、どういうことですか?」

 「救国の英雄であるあなたを、文官武官、どちらか一方のみに所属させますと…………」

 「うっわ…………」


 俺が救国の英雄とかいうことへのツッコミはおいておいて……なるほど、俺はパワーバランスな訳ですね。

 つまりそうなると……俺の役職は文武両方、あるいは第三の所属とでもなるのだろうか?


 「そこで、あなたにやっていただききたい役職ですが――――」
























 「表舞台で治安を守りつつ、裏側でも活動、ねぇ……」

 

 結果を言うなら、俺はその役職を了承した。もとより、どのような役割でも果たそうと思っていたのだから、当然だけれど。

 シェリス様たちの説明をすると、これから先やはり裏側で汚れ役を引き受ける人物がいる。しかしその人間の正体を他国の人間に掴まれるわけには行かない。だからこその、俺とのことだ。


 俺はなんだか将軍と一騎打ちをしたり(暴走です)、民衆以外のところ(敵兵だけのところ)に突っ込んでいったりしたこと、敵陣の中で公爵令嬢を救い出したこと(誤解です)などから、他国にも「騎士の鑑」として名が知れはじめているとのこと。正直、「ねーよ」と思ったが、他人の評判というものはどうこうできるものではないと言うことを思い知っていたので、反論はしなかった。もう面倒くさい。

 

 話を戻そう。つまり、そういった人間である俺が裏側の人間であるとは誰も思うまい、と言う理由らしい。安直過ぎるのではないか……と思ったが、公爵が反対しない以上、大丈夫なのだろう。あるいは、それが露見することも含めて何か手を打ってあるのかもしれない。どちらにせよ、俺を捨石にする感じではなかったから、問題ないのだろう。

 そんなこんなで、俺の役職は、警備隊長兼・隠密部隊長となった。隠密と言うことは、当然裏で策謀系のこともしなければならないらしく……つまりは文官武官両方やってるじゃないか、という何とも強引な理屈の結果だったりするらしい。首脳陣は本当に大変だなぁ……。




 



 さて、仕事を受けたは良いけど……隠密って、何やれば良いのさ? 警備だって……本格的にやるのなら、ノウハウとかがないと出来ないよ?

 そのもっともであろう俺の疑問を解決してくれるのは、俺たち以外誰もいなくなった会議室(仮)の中、俺の目の前で直立不動なシュテラさんと名も知らぬ男性だった。


 「この度ギンヤ様の副官に任じられました、元隠密部隊長・シュテラ=ノイアースです」

 「同じくギンヤ様の副官に任じられました、元警備隊副隊長・カイン=へイルノートです」


 『以後、よろしくお願いいたします。我ら両名、御命令とあらばこの身が砕けても成し遂げましょう』















 ――――――――この二人が。以後、予想以上に長く付き合うことになる、俺の最初の部下となった。

 そして、俺はこれからこの二人、そして俺の部隊の人たちと共に。予想以上の慌しさに、きりきり舞いになりながらも、前に進み続けていく――――そんな未来の到来を、予感していた。


今回、なれない三人称で前半部分を書いてみましたが……いや、辛い。けれどこれから先三人称もいっぱい出てくるかもしれないので、極力おかしくないように書けるようにしないと……。

いや、まだ1人称視点も未熟ではあるのですが。

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