第2部第1話:変化が加わった日常……みたいな?
遅れて大変申し訳ございません。ついでに話は今回も進まないという……なんとも。
進めようとすると説明で丸々1話使ってしまいそうでして……。お詫びの意味も込めまして説明回のときは番外編でも一緒に投稿しようかとも考えています。
兎にも角にも忙しそう。今の皆の状態は、そりゃあひどいものである。ええそりゃあもう。
書類の束を投げ渡すなんて現場、初めて見ました。いやあ、修羅場ってますねえ……なんて冗談でも漏らそうものなら即座に袋叩きにされそうなくらいに皆殺気立っている。
なぜこんな状況になったかというと、新王即位に伴う新たな人事や、大方針の転換によって色々なところで様々な変更が起こったせいだ。産みの苦しみを体現した状況になっている。
そんな中で、真逆な様相を呈しているのが俺たちだ。俺、ソフィア、シンシア、アーシェと将軍。俺とシンシアはお客さん扱い、ソフィアはまだ政治に携わっていない、アーシェは子供に何をさせろと、将軍は引退した身。
我ら暇人戦隊……と名乗りながらガルフさんとかの所に行こうかとも思ったけれど、ソフィアに全力で止められた。さもあらん。わざわざ魔力弾ガトリングの的になりに行くべきではない。
まあ、その中で一番忙しいのは俺だったりする。主に鍛錬で。あと、厨房の人たちと料理研究もしている。後者に関してはソフィアとシンシア、アーシェも一緒だ。
ソフィアは慣れた手つきでこなしていくし、シンシアも材料を切るのは上手い。ただ彼女は調味料を秤でいちいち計って味付けをしていく。まあ、変なアレンジ加えるよりはましだけど、そこはかとなく中学校の理科の実験を思い出させる。
アーシェは……隠密としての訓練しか受けてこなかったわけだから、今後に期待! 今はまだ、しょうがないよ、うん。10歳だし。
まあソフィアと厨房の人たちの頑張りによって、まがい物ではあるものの和食っぽい何かが出来てきた。これは俺には嬉しい。やっぱり故郷の味って言うのは大事だね。異世界に飛ばされて改めて実感した。
そして今日はソフィアとアーシェが合同でお菓子を作った。まあクッキーだ。それを今みんなでシェリス様たちに届けに行くところなのである。アーシェも上手く出来たようで、無表情の中にもそこはかとなく満足げな気配が漂っている。
俺と手を繋ぎながら歩く彼女を横目で見ながら、俺はこの子と出会ってからのことを思い出していた――――。
アーシェを倒した後の再会は、牢の中だった。幸い恩赦のこともあったので、情報を聞かれることはあっても手荒な真似はされていなかったようなのを見て安心したのが最初だった。それが後になってじわじわと心配になっていったのだ。
だからその傷の無い身体や良好なような健康状態を見て、ついつい安堵のため息を漏らしてしまった。そしてそれが、彼女が俺に興味を持つきっかけとなったようだ。
安堵のため息を吐いた俺に、それまで沈黙を保っていたアーシェが話しかけてきたのだ。
「……どうして」
「ん?」
「……どうして、安心したようなの」
「ああ、それはねぇ……君が捕まるきっかけを作った張本人が言うのもなんだけどさ……心配だったんだ。手荒なことされてないかな、とかさ」
「……なぜあなたが心配するの?」
その金色の瞳には、純粋な疑問の念があった。
「なぜって……ううん、なんていうか……」
そう。ただ単に――――
「子どものことは……やっぱり心配だよ」
「……あなた、私のお父さん?」
「ああいや、そういうことじゃなくてね……」
ううむ、純粋だ。子どもというのをそう捉えたか…………。
「なんていうか、うん。自分の子どもじゃなくても、心配なんだ。これは、理屈じゃないから……上手く説明できないや。ごめんね」
「……理屈じゃないの?」
「うん」
「そう……」
再び沈黙が降りた。目の前の子は何かを考え込んでいるようだ。その姿は、例え彼女が隠密として、あるいは暗殺者として訓練を受けてきた存在であっても可愛らしい存在だった。だからつい、手を伸ばした。
髪に触れた。頭を撫でた。
それからの変化は劇的だった。無表情だった顔に驚きが浮かんで、呆けた様にこちらを見詰めた。それがあまりにも劇的で……こちらまで驚いた。い、嫌だったかな?
「あー……、ごめんね、嫌だった?」
返って来たのは、首を横に振る動作。
「嫌じゃない。……今まで、そんなことしてくれる人、いなかったから……驚いた」
「そっか。…………うん……そっか」
ならもう一度だ。うりうり。
そしてその撫で撫でアタックを受けたアーシェは、ほんの微かにだけれど……笑ってくれた。そして――――驚くことに、これがきっかけでアーシェは簡単に俺に心を開いてくれるようになった。
それが俺にはどうしようもなく嬉しかったのと同時に……どうしようもなく悲しかった。
10歳の子が、頭を撫でられるのが初めてだという。俺がしたのは……俺がしたのは、ただ頭を撫でるだけだ。それだけ。本当にそれだけで……本当に、それだけだというのに。
ただそれだけの事をこの子にしてやる人が……この子の周りにはいなかった事実。ただそれだけのことで、心を開いてしまえる事実。
嬉しさと悲しさや悔しさがごちゃ混ぜになって……自分でも訳が分からなくなったけど。とりあえずは、これからが大事で。これからこの子が今まで味わえなかった幸せをしっかり感じられるようにって思って、周りの人にこの子を受け入れてくれって……必死に頭を下げに駆けずり回った。
ソフィアとシンシアは、簡単に賛同してくれた。ガルフさんも即断即決だった。意外なことにルーミィもだった。一番骨が折れたのは、シェリス様だった。なんといっても実の父親を殺されそうになったのだし、それは当然だ。
けれどシェリス様も優しい人だから……事情を話して実際に会わせてごめんなさいさせると、シェリス様もアーシェを受け入れてくれた。シェリス様は物事の道理が分からない人ではないし、二回目になるが優しい人だ。この子がそれしか知らなかったのなら、これから色々学んでいけば良いでしょう。そういって、最終的にはアーシェの頭を微笑みながら撫でてくれた。
将軍のところで初めて会ったときには両者に会話が無かったし、アーシェが一瞬でシェリス様の前から消えたから、事実上の対面はそのごめんなさいの時だった。どうなるかと思ったが、丸く収まったようで良かった良かった。
そしてそれに安堵のため息を吐く俺に、アーシェは聞いてきた。
「……安心した?」
「うん。そりゃあねぇ……」
「…………子どもだから?」
「そう、子どもだから」
そのやり取りの後に……今度はしっかりと笑ってくれた。
さて、突然話は変わるが……女性は子どもが関わると鬼となる。俺はそれを、今回学んだ。
アーシェの経歴を本人の口から語らせるとソフィアは威圧感のある笑みを浮かべながら、公爵にどうにかしてアーシェを「教育」してきた人間を全力で探してもらえるように頼むと言うし、シンシアはその夜に無表情で剣をブンブン。ルーミィは髪の毛が逆立っているかと錯覚するような、控えめに言って超怖い表情を浮かべながら剣の柄をカチャカチャさせていた。
けれど一番怖かったのは、一番説得に時間がかったシェリス様。「何としてもその屑を探し出し、しっかりと『お礼』をしなければなりませんね…………」と言いながら、口元には酷薄な笑みを浮かべ、目は背筋に来るキレのある睨みを中空に向けていた。冗談抜きでマジ怖かった。比喩でも誇張表現でもなく、体感温度が一瞬で氷点下に達した。まさか城の中で凍死するかもしれんと本気で怖くなるときが来るとは思わんかった…………。
そんなこんなで、シルヴィア女性陣+αの本気の怒りを目にした俺は、それ以来元々上がらなかった頭が更に上がらなくなってしまったのである。めでたしめでた……くねぇよ畜生。
その夜は、俺が女性陣怖い女性陣怖い……と呟いているのを発見したガルフさんに飲みに連れて行かれた。ちゃんとこの世界では俺は酒が飲める年齢ですので悪しからず。
とりあえず、男同士の友情は深まったと思う。どっとはらい。
「…………どうかした?」
思い出に浸る……と言うほどのものでもないけれど、少し回想をしていた俺を、手を繋いだアーシェの声が現実に引き戻した。いつのまにか、シェリス様たちの仕事部屋の近くまで来ていたようだ。
「ん、いや。なんでもないよ」
そう答えて、空いているほうの手でアーシェの頭を撫でた。それにくすぐったそうに笑うその顔に、俺はもっとこの子が笑顔でいられる時間を長く作りたいと――――心からそう思った。
こちらを優しく見ていたソフィアも同じことを考えたのか、温かい微笑みを向けてくる。そしてアーシェの、反対側の空いている手を取って繋いだ。アーシェは一瞬驚いたようだけれど、すぐにより深い笑みを浮かべた。
そしてアーシェが真ん中になって、3人で手を繋いで並んで歩く。会話はなかったけれど、それは心地よい時間だった。
この時間を守ることも、俺の戦う理由になる。その思いをしっかりと噛み締めながら、俺は歩いた。3人で、温かくて優しい――――大切な人たちのいるところへ向かって。
3人でその場所まで、ずっと。
次こそは……次こそは、番外編でソフィアverも……!
けどシェリス様の方が話しに絡めて書けると言う。なんというジレンマ。
出来れば今月中にもう1話は投稿できるように頑張ります。出来れば、ですが…………。