第11話:きな臭くなってきた…………
前書きって何を書けばいいんでしょうね。
「ええと、これが証拠資料かな?」
ガサ入れ入りましたー。あれ、入れが入る……意味かぶってる?
現在俺たちが何をやっているかといえば、敵の本拠地から様々な証拠品を押収しているのであった。
とはいえこれで証拠を押収したところで、何がどうなるわけでもない。すでに反乱に携わった貴族達の処刑は完了している。有名無実の捜査だから、俺のような得体の知れない人間も参加させられているのだろう。仮にこれが重要なものであったなら、得体の知れない俺に参加させる訳が無い。
「なんか色々あるな……」
「ああ。しかし、私まで参加しているのは何故なのだろうな……」
他国の人間であるシンシアまで参加しているカオスっぷり。シェリス様は自分を規則でがちがちに縛り付けるような固い人間と思っているようだけど……きちんと力の抜きどころというか、拘るべき所を心得ている気がする。
「…………君は楽しそうだな」
「あ、わかる?」
ガサ入れって一度やってみたかったんだ。刑事ドラマ的なものの影響だろうか。しかし欲を出せば、ダンボールがないのが悔やまれる。あれがあれば今回のガサ入れの形式美としていい働きをするし、仮にこの先どこかに潜入しなければならないことが起こったとしたら、蛇的な意味で隠れることもできるし。
「私はあまりこういった作業が好きではないのだが……」
少々面倒くさそうなシンシア。しかしやることはやっているようだ。時々手に持った資料を見詰めて目が細まるのが怖い。次のターゲットはこいつだ、とでも思っているのだろうか? いやシンシアさん、既にそいつら処刑されていますので。将軍だけは軟禁状態ですが。
「しかし、見れば見るほど不自然だな……」
「え? 何が?」
「利権に捕われている以上、誰が最も利を得るか、という事が優先されるだろうし、内部だって一致団結していたとは言い難いだろう。そんな纏まりの奴らがここまで大規模な反乱を起こせたのだろうか? それに、最後のあたりこそこちらが優勢だったが、途中まではそれなりにまともな戦術をしていたようだしな」
「……確かにね。ルーミィたちも大分苦戦……と言わないまでも、厄介な戦術を取られたこともあったと言っていたし」
「ああ。重ねて言うが、私や君が参戦する前は、それなりにまともに機能していたんだ。だからこそ解せない。まるで……」
「誰かが入れ知恵をしていたみたい?」
「……考えたくはないがな。仮にそうだとするなら、まだこの反乱は……」
しばしの間、二人して無言になる。少々飛躍している発想だともいえるが……確かに引っかかる。
「実際シェリスたちの話によると、処刑される前に貴族達は誰かに助けを求めていたり、罵倒していた様子でもあったらしいしな」
「協力者に助けを求めていたか、あるいは助けに来ないことに苛立っていたと?」
「そうとも取れるだろう? それに、助けに来ない……途中から協力者に奴らが見放されたと取れば、突然奴らの戦術が脆弱になったということにも説明が付く」
「その予測、シェリス様には?」
「既に言ってある。というか、ライトアーシェント公爵が私の前にその違和感と仮説をシェリスには言っていたらしい」
「……凄いな公爵」
「ああ。正直、彼は絶対に敵に回したくない人間の一人だよ。まあ、彼は私利私欲に走るような人間ではなさそうだし、今回の反乱によって彼が唯一の公爵となって権力が増大したということを考えれば、それだけでシルヴィアとしては意味があった反乱だろうな」
そこまで評価するか、シンシア。けれど実際、ヴィロゥ将軍の件について皇帝に言われる前に策を練っていたことも考えれば、確かに凄い人だというのはわかる。
まあ俺にとっては気のいいおじさんなんだけどね。頭がよいということに尊敬はするけど、だからどうしたということでもない。仮にそれが、真っ黒な策謀用の頭でも。
王女様だとか公爵だとか、人の上に立つ人間だとか家柄のいい人間だとか。そういった人たちを、そういった目で見る人は必要だと思うけど、それは誰かに任せます。幼馴染いわく、周りがそういった人間ばっかりだといやになるらしいし。俺は俺で、できるだけ等身大の人間、そういった付加価値から離れたその人自身を見るように心がけております。
俺自身そっちのほうが楽だしね。まあそんなことはおいておいて……。
「ただ、恩赦という方法はな。他国の人間である私が口を出すべきではないが、少々あからさま過ぎたとは思う」
「……まあ、それに関しては」
まだ正式に帝位譲渡の儀式が行われてはいないが、既に恩赦は出されている。生き残ったのは目論見どおり将軍ただ一人だけだ。
ただ、あまりおおっぴらに出来るものではない。事実、公爵は更に万全を期すということで、「皇帝陛下の親友であり忠臣であった将軍は、反乱軍の情報を流すために一時的に寝返っていた」というような後付け証拠資料を偽造している。また、流石にそう取り繕っても反乱軍に参加していた人間に再び軍権を握らせるというわけにもいかず、将軍は事実上の引退を余儀なくされた。
まあ、これからは一緒に隠居した皇帝と余生をお楽しみください、ということで。
「まあ、それはあくまで私も皇女としての視点から言っているだけさ。個人的には陛下のお心を考えれば、最善だったと思う」
「それには同感」
話しながらも、二人共手は止めない。ううむ、しかし……いかんせん資料が多い。どうにもこうにも人手が足りないよな実際……。
ああ、猫の手も借りたい状態とはまさにこのこと。仕事してくれなくてもいいから、俺の癒しとして。 ああけど、俺は犬派だよ! もっとも、猫も大好きだけどね!
「というか、何故俺は文字が読める……?」
シンシアに聞かせるつもりはない独白。文字は明らかに日本語じゃないのに……意味は理解できる。事実何回かシンシアにこれはこう書いてあるんだよね? と尋ねると、肯定の答が返ってきた。若干のニュアンスの違いはあれど、9割がた理解できている。
「どういうことなの……」
翻訳魔法とかその辺りか? けどそんなもの掛けられた覚えがないし……。それにそもそも、話し言葉が一緒というのも分からない。どういうことなのだろう?
(まあ、そういうものだと思うしかないかな)
考えたってわからないことは放棄。無駄だ無駄。
(とりあえずは資料を……うん?)
再び資料を探そうと動くと、足元に違和感。石の床なのに、若干軋む音もする。これは……木材、か?
「ねえシンシア、ちょっと」
「うん? どうした?」
ちょっとちょっと、とシンシアを手招きし、カーペットをどけるのを手伝って貰う。
よいしょ、とカーペットをどけると、そこにあったのは、そこだけ木で出来ている辺が1m程度の正方形の場所だった。
「「あからさま過ぎる……」」
シンシアと二人して声をそろえてしまったが……これはひどい。
「シンシア、ちょっと下がってて。こうまであからさまだと罠にも思える」
「あ、ああ。気をつけてな」
一応シンシアを安全圏――――いや、正確には把握できてないけど――――に下げる。他国の皇女様に傷をつけるわけにはいかないしね……ああ、なんだかこちらの世界に来てからそういった事をよく考慮に入れられるようになったな。立場だとか、権力バランスだとか。
さて、とりあえずこの板を破らないとな。身体強化をかけ、踵を打ちつける。板が綺麗に割れ、その中の空間からは数枚の羊皮紙がでてきた。
「とりあえず危険はなさそうだな」
「うん。えっと、これで全部か」
スペースの割に出てきたものは少なかった。さらに二重底になっていたりとかもしなさそうだったので、取り出した羊皮紙をシンシアと一緒に覗き込むと。
「「な――――!?」」
とんでもないことが書いてあった。
やばい、これが本当なら――――――――!
「シンシア、皆に事情説明よろしく! 俺は皇帝陛下のところへ向かう!」
「ああ、気をつけてな!」
――――――――冗談じゃねぇぞ!? 公爵とシンシアの予想的中の上、とんでもなくまずいことになってんじゃねーか!?
「クソッタレが!! 間に合ってくれよ――――!?」
フルバーストで王都に向かう。途中でシェリス様たちのそばを通り過ぎたが、説明している余裕はない。それはシンシアに任せた。一切何も言わずに、俺はひたすらに駆けた。
隠されていた資料。それには戦略の指示やこちらの動きの予測など、明らかに外部からの指示が示されていた。
そしてその中の一枚にあった、看過できない一枚の計画書。
シルヴィア皇帝の暗殺計画。
反乱が終わった瞬間の気の緩みを突き、実行される計画。何故あんなところにその計画書があったのかは分からない。それは分からないが――――少なくとも、今現在それが進行していることが判明した。ならば、今やるべきはその阻止、それだけだ。
間に合え!
突然騒ぎが起こった。一体何があったというのだろう? 残党でも潜んでいたか?
「シェリス様、御下がりください」
剣を抜いたルーミィが前に出る。何だ、何が起こったというのだ?
訳が分からないが、警戒するに越したことはない……そう考えて警戒態勢をとる私たちの側を、一瞬で何かが通り過ぎた。
「「は…………?」」
一切状況が把握できず、私もルーミィもただその「何か」が通り過ぎた後を見るばかり。目には映れど、留まらない速さ。そうなると……
「あれはギンヤでしょうか……?」
「おそらくは……?」
一体どうしたというのでしょう?
「ともかく、何かがあったというのは間違いありません。シェリス様、私の側を離れないでください」
「ええ。頼みましたよ、ルーミィ」
長い銀髪を靡かせながら左右を見渡し、ルーミィは警戒している。その睨みつけるような鋭い視線は、些細なことも見逃すまいという気概が見て取れる。
幼少の頃から共に育ったということもあるのだろうか、その背中は誰よりも頼もしく思える。もし私が敵陣に取り残されたとしても、かならずルーミィは私を守り通してくれるだろう。
(もっとも、そのような状況にならないように努力はしますが。さて……)
だからといって私が警戒しない理由にはならない。念のため、私も剣を抜いておく。するとその直後、向こうからシンシアが走ってくるのが見えた。
「シンシア、どうも騒がしいようなのですが……何があったか知っていますか?」
「ああ。実はな――――」
そして語られたことは、私たちを驚愕で絶句させるには十分だった。
「だから実質最速のギンヤが全速力で向かっている」
「そうですか、それで……」
「シェリス様……」
ルーミィとシンシアが気遣わしげな視線を向けてくる。しかし、私は既に、実質の王権譲渡をされた身。毅然としてあらねばならない。
「大丈夫です、二人とも、作業の続きをしましょう」
私は既に王なのだ。動揺など見せてはならないし、自信がやるべき事をこなさなければならない。
それでも……どうかお願いしますと願ってしまうくらいは、良いのでしょうか? ギンヤ。
(もっと速く、もっともっともっともっと!!)
全速力で向かっているが……くそ、じれったい! これ以上の出力は到着前にガス欠になってしまうだろうし……! そもそもこれ以上の速度が出ない!
(くそ、もっと速く出来ないのか……!?)
無理だ。魔力が足りない。それこそ、将軍戦の時に出た謎の黒い魔力くらいじゃないと……。
あれはどうしたら出るんだろう? あれが出れば――――!
けれど、発動方法が分からない。くそ、またなのか……!?
また、俺に良くしてくれる人が不幸になりかけているのに。
俺は、それを今度こそ許してしまうのか?
(――――許さない)
そんなことは許さない。絶対に許すものか。せめて自分の周りの人くらい守れなきゃ、必死こいて鍛えてきた意味がないだろう――――!
しかし、たとえいくら決意をしたところで、状況は好転しない。
(もっとだ! もっと――――!!)
焦燥が胸を焦がす。いくら念じても念じても、今以上に速くは成れない。くそ、くそっ!
間に合え、間に合え! 間に合わなかったら――――――――!!
そして――――唐突にビジョンが浮かんだ。浮かんでしまった。
目の前の光景を、認識できなくなる。
(う、あ)
床に広がる血溜まり。
(ふざけ、るな)
人が、そこに倒れこんだ。
(どうして……)
こんなことを許さないために走っているのに。
どうしてこんな映像が浮かぶ?
徐々に、薄暗かったその景色がはっきりとしてくる。
(あ、あ……………………)
その中に倒れていたのは、祖父に良く似た、こうて――――。
(冗談じゃ、ねぇ――――!!)
背筋に走った悪寒の強さと、不快に増す心臓の鼓動の激しさに比例するかのように――――。
再び、黒い魔力が溢れ出した。
「うお”お”お”お”お”お”お”っっッ!!」
もっとだ、もっと速く――――――――!
そして俺は、景色を置き去りにした。
結構な人が黒い魔力の発動条件わかっちゃったかもですね。まあ、まんまです。