第10話後編:決着
長かった……。
――――咲いては消える火花は、兵どもの命。
――――鳴り響く轟音は、昇り逝く魂への歌。
――――荒野を駆けるは、二人の戦士。
戦場に舞うは――――古今無双と世界最速。
剋目せよ。あれから目を背けることは許されない。
心に焼きつけよ。あれが誇りを背負いし者達の戦。
魂に刻みつけよ。あれが我らの――――――――。
――――――――「黒曜卿伝」127頁より抜粋。
(ちぃッ――――!)
高速移動後の着地の瞬間という一瞬の隙を逃さず、将軍の刃の切っ先が俺を襲う。先ほどまでの俺の速度を上回る速度での突進力が上乗せされた攻撃に、俺は再び前に出ざるをえなかった。
ガキィィン!!
(あぐっ、重――――!)
斜め前に踏み込むことで、迫り来る突きを「受け止める」ではなく「受け流す」ようにしたというのに――――そのような小細工を嘲笑うかのような激しい衝撃が腕に走る。否、そんな生易しいものではなく、その衝撃だけで右腕の感覚が消失した。
(これじゃ、まだ遅いか――――!)
俺が最終的に勝つためには、まだ全力の速さを出してはいけない。しかし、どこまで出せば逃げ切れるかも分からない。そのジレンマが一瞬一瞬神経を擦り減らしていく。
距離をとるために苦肉の策として、真っ直ぐ後退する。しかしそれで取った距離などたかが知れている。事実、将軍はたったの三歩で再び俺に肉薄した。
鋭い呼気と共に、胴を分断する横薙ぎが振るわれる。その広範囲の攻撃に対しては、俺は再び直線的に後退するしか成す術が無かった。直後に追撃として繰り出される、中心線を狙った三連突き。辛うじて避けるも、甲冑の肩の部分が持っていかれた。幸い負傷はしていないが――――直撃でもないのに鉄の塊を消し飛ばす剛撃に肝が冷える。
(く、あ――――)
古今無双――――その言葉の意味が痛いほどにわかる。何をしても防がれ、何をしても防げない。速さだけならトップクラスであろう俺をして完全回避が不可能なのだ。たとえシンシアであっても、この目の前の怪物の相手は無理だろう。
「ああああッ!!」
苦し紛れに短刀を投擲するが、振るう剣の風圧だけで無効化される。そして次の瞬間には、一瞬前まで俺がいたところに大剣が振り下ろされていた。仮に俺が地面に転がって避けなければ、今頃砕けていたのは地面ではなく俺だっただろう。そして吹き上がっていたのは土煙ではなく、俺の血液だったに違いない。背筋に走った悪寒を無視して瞬時に体勢を立て直し立ち上がると、将軍は剣を打ち下ろしきった体勢を解いた。
「…………ふむ。中々良く避ける」
「生憎、それだけが取り柄でして」
軽口を返している余裕があるように見せることぐらいしか、俺には出来なかった。
(ありえないだろ、本当に……)
機会は必ず来る。問題は……俺がそのときまで生きていられるかだった。
Side:隊列は立て直したけどなんか決闘になってしまっているので手が出せないシェリス
決闘は続く。
しかしそれは形式上決闘であるだけの、一方的な展開を見せている。ヴィロゥが追い続け、ギンヤが回避する。ヴィロゥの圧倒的な破壊によって、もはや地形は変わっていた。
平らだった草原は、広範囲殲滅魔法を連発したかのような有様となっている。最早荒野となった戦場を、2人は踊る。
一つの振り付け間違いが命を奪う、死の踊りを。
絶え間なく交錯し続ける両者。魔力の消費によってその速度は減少するどころか、更に上がって行く。一秒ごとに上の段階に。一瞬ごとに更に速く。
残り少なくなる魔力、消耗して行く体力。その「残りの力」を以下に効率よく使うか、と言う事に対して、この二人はひどく貪欲だった。いや、少なくともギンヤは貪欲であらねばならなかった。
もう息も出来ないほどに、もう瞬きも出来ないほどに。自身の心臓の鼓動すら煩く感じほどに。見入っていた。魅入っていた。私達は、もう身動き一つ取れなかった。目の前の光景は、それほどのものだった。
ただ単純にギンヤが「速い」だけならば、ルーミィ、あるいはシンシアだってギンヤには対抗できるだろう。
しかし、この二人はギンヤに勝てるとは思っていないだろう。私も、勝てるとは思わない。ただ速いだけならば、いくらでも方法はある。
――――しかし、ギンヤは「ただ速い」だけではない。ギンヤの真骨頂は、速さと、「動きの読めにくさ」にある。
普通なら、戦いに精通したものならば避けるであろう回避方向に進む。自分が決めた最良手を、一瞬の躊躇いも無く打ってくる。それは巧緻なフェイントと化し、相対するものを驚かせる。
まるで素人が速すぎるスピードに振り回されているかのような(実際、ギンヤに限ってそのようなことがある筈は無いのだが)、複雑で読めない動きで、あのヴィロゥからすらも逃げ切っている。
――――けれど、それは「今」はまだ、ということだ。このまま進んだところで、いつかはギンヤは捉まるだろう。それが一秒先か、五分先か、一時間先かはわからないだけで。
一瞬一瞬、ヴィロゥはギンヤを追い詰めて行く。
その刃が、少年を斬り殺す瞬間まで――――――。
もう決闘の開始から何分経っただろうか。既に日は沈もうとしている。茜色の光が兵の鎧に反射する。その中を、二つの影は駆ける。周りの兵が誰も動かない中で、目まぐるしく動く両者。一瞬一瞬に速度を上げ、二人は尚も進化して行く。
ギンヤは圧倒的に劣勢なれど、戦いはそれでも永遠に続くような錯覚を見せる。
――――――しかし、全ての物事には終わりが存在する。そしてこの戦いも、例外では無かった。
そして、緊迫し、拮抗したものほど――――その終わりは唐突であっけない。
「ふむ。このままでは埒があかんな……」
追いかけっこの様相を呈していた決闘のさなか。ついにその状況を打破するような、戦局の動きが訪れた。突如、ヴィロゥが止まったのだ。釣られてギンヤも距離をあけ、静止する。
そうして。
「やれやれ、こういうのは苦手なんだが……」
ヴィロゥは大剣を地面に突き刺し、両手を掲げ。それにギンヤは怪訝な顔をするも、警戒は解かない。
そして、戦場に魔力が吹き荒れた。
「我が請うは汝が力の片鱗。聖を邪とし邪を聖とする、呪詛反転の詩。我が魔力を捧げ贄とし、理を曲げ詩を願う。我が願うは破壊にあらず、我が願うは破戒に非ず――――――――」
そうしてこの決闘で初めて、呪文の詠唱を開始した。しかし、あの詠唱。まずい。あれは、
「ギンヤ! あれを撃たせるな、止めろ!」
私より先に気付いたガルフが叫ぶ。そして弾ける様にギンヤは飛び出した。だが、
「我が願うは滅魂の詩。彼の罪人に安らぎを――――――――!」
時はすでに遅く。圧縮された魔力が牙を剥いた。
将軍の動きが止まったとき、ギンヤは警戒して距離を開けていた。それが逆に仇となった。将軍の持つ上位攻勢魔法は発動し、幾つもの白と黒の光弾が、ギンヤに降り注ぐ。
ギンヤは避け続けた。あれは吸収できないレベルの魔法であり、当たったらよくて大怪我、悪ければ即死だ。それを理解しているだろうギンヤは、更にスピードを上げて回避に徹する。どこにあれだけの力が残っていたのか――――今までの中で最も速く動き続ける。
しかし、それでは足りなかった。
魔法が発動してから40秒ほど経過した瞬間、ついに有効打が入った。
それは詰まる所、将軍の顎が、ギンヤを捕捉した瞬間だった。
直撃は辛うじて避けたのは流石だが、それでも戦闘にかなり支障をきたすほどの怪我だ。
将軍の放った光弾は、確実にギンヤの体に傷を与えて行く。
白と黒の光の弾に吹き飛ばされて行く少年。放たれた魔法は地面を穿ち、砂礫を巻き上げて。
少年を30m以上吹き飛ばしてから、ようやく収まった。
この瞬間、私達は彼の勝利が消えたと感じた。そして、それはつまり。
あの少年の、ギンヤの、命は――――――。
Side:銀也
体を突き抜けるような衝撃。頭が真っ白になり、意識が遠のく。次いで襲ってくる、全身を巨大なムチで打ち抜かれたかのような激痛。灼熱の炎で全身を焼かれるような熱さの中、それでも敵の姿をぼやけた視界で探す。
俺に大ダメージを与えた敵は、右手にその分身を携え、見下すようにこちらを見ていた。
(弾幕ゲーかよ、畜生…………。俺は悪をぶっ飛ばす少年探偵でも、巫女服着た人類の決戦存在でもねぇぞぉ…………?)
ああ、ドジッたなあ……。近接戦闘だけかと思いきや、まさかここまで強い魔法が使えるとは思っていなかった。しかし、この実力差は如何ともし難い。既にこのダメージを負った体では、闘争も逃走も不可能だろう。
(今俺、うまいこと……)
思考すらままならない。打開策を考えようとしても、遠のく意識との戦いがそれを邪魔する。
(仮にするとするならば)
玉砕覚悟の一撃か。けれどどう足掻いても、成功するビジョンが浮かばない。
(このまま、死ぬのかなぁ……)
「死」。そう長くない人生の中で何回もそれについては考えたことがあったが、まさかこの歳でそれを体験する直前の事態に陥るとは思わなかった。いや、そんなものじゃない。今まさにそれを迎えようとしている。
(死んだら、どうなるかなぁ……?)
何も無い、虚無か。あるいは天国、はたまた地獄か。あるいは「元の世界に」――――
(あー、あっちはどうなってるかなぁー)
両親、はなんだかんだで悲しむだろう。特に不仲でもなかったわけだから、先立つ息子の不孝を呪うのは当然か。
詩織、は怒りながら悲しむに違いない。正直、何を持ってしても彼女は泣かせたくないのだが。
無口無表情、だけど俺には懐いてくれた後輩。彼女はどうだろう。
(なんとなく、泣きそうな気がする……)
無表情のままボロボロと。なにそれかわいい。なんだかんだで俺は、「あっち」の人には大切にされていたし。
(あっちがこうなら、こっちはどうなるかな――――)
――――――そこまで考えて。
俺は、全身に氷水をぶっ掛けられたような気がした。
(待てよ)
あっちは、悲しむ。悪く言えば、「悲しむ」だけだ。無論、俺の死を知れればの話だが。しかし、「こっち」は、それだけでは終わらない。
(世界自体は俺がいなくなっても、変わらず続くだろう)
そう。俺が死んでも、このままこの世界は続き―――――――
――――――次に、誰かがあの怪物と戦うことになるのか。
(あの、人間辞めてるとしか思えない怪物と?)
シンシアが? ガルフさんが? シェリス様? ルーミィだろうか? あるいは公爵?
将軍はともかく、貴族たちは止まらないだろう。ならば、反乱軍が向かうのは。こちらが負けた先には――――――
――――ノイズが走る。
止めろ。思い浮かべるな。
――――脳裏に、おぞましい映像が浮かび上がる。
下卑た笑みを浮かべた男たちに囲まれるソフィア。
止めろ。
伸ばされる手に必死に抵抗するソフィア。
止めろ。
組み敷かれるソフィア。
止めろ。
衣服を剥ぎ取られ、そして――――!!
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” ッ!!!!」
脳内と視界が真っ赤に染まった。
何故だ?
何故、気付かなかった?
自分の命が掛かっていたから? 死が目前に迫っていたから?
なるほど、確かにそれはそうだ。その事自体は非難されるべきものではないだろう。
ただ。
唯一つ言えるのは。
俺から見て、そんな俺は、余りにも――――――
――――――無様。
認めない。
認めてなるものか。彼女が傷つくなどなど、認めるわけにはいかない。
「星宮銀也」として、それだけは許容できない。何を持っても、なにがあっても。
それだけは、絶対に認めるわけにはいかない。
ならば、俺がやるべき事など、とうに――――――――――
(ふざけるな)
意識が、覚醒する。
(ふざけるな)
手足に、力が入る。
(ふざ、けるな)
頭が、沸騰して――――
(ふざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
――――――世界が、色を取り戻した。
起きろ、俺。寝てる場合じゃ、ないんだよ。
そうだ。起きろよ。こんなところでさ、お前も眠ってるわけにはいかないだろ?
だから……起きろ。
俺の体の周りに、自分でも呆れるほど禍々しい……不吉で膨大な黒い魔力が顕現した。理由など分からない。ただ今の俺には、都合がいいとしか思えない。
「はっ、魔法まで使えるのかよ……」
OK。もういいだろう、逃げるのは止めだ。俺はもう、十分逃げた。これ以上引き伸ばせば……文字通り何も出来ずに死ぬ。
本来はもう少し今までのスピードを全力だと錯覚させてから行きたかったけれど……こうなってはやむを得ない。今だってこの状態では、遅すぎるかもしれないのだ。
「ほう、案外しぶといな。外見からはそうは見えなんだが」
「……残念ながらボロボロだよ。ただ、ね……。ちょっと一人の女の子が最悪な状態になるビジョンが浮かんだら、寝てなんかいられなくなった」
まさか。もう体調は最悪だ。視界はぐらついて霞むし、手足だって鉛のように重い。頭だって大して働かないし、今俺が立っているのかさえ定かではない。
「ったく、吸収しきれない魔法かぁ……。いったいな、畜生」
こうして息をするだけでも、全身を、痛みを超えた熱さが駆け巡る。しかし、許せない現実が牙を剥いてくる以上、膝を屈する訳にはいかない。
「まだ立ち向かってくるその気概は賞賛に値するが……。とはいえ貴様にも分かっているだろう?
――――もう既に、貴様から勝機は消えた。これ以上は無駄だ」
笑わせる。本当に笑わせる。口元に笑みが浮かぶのを止められない。
今までの速度が俺の全力だとでも? 今までの戦いが俺の全力だとでも?
なるほど。予想以上にうまくいっていたようだ。
「おいおい、あんた最強とか言われてるのに、歳で呆けたのかよ?」
「何……?」
確かに。確かに勝機なんて見えない。せめて一撃、とは思っているものの、実際は一撃も入れられず死ぬ可能性のほうが遥かに高い。
けれど。
いつか「無駄だ」と全てを諦めた俺に、幼馴染が高らかに俺に叫んだ言葉。普段冷静な彼女が珍しく熱くなっていたものだから、鮮明に覚えている。
「『無駄なんて、ないんだよ。この世の全てには、価値は無くても意味はある。』
まあ、まだもうちょっと付き合えよオッサン。この後俺が死ねば、アンタと戦うのはシェリス様やルーミィ、シンシアだ。
そんなか弱い女の子たちが、無傷のごっついアンタと戦うのは、正直どうかと思うわけ。
だからさぁ、
――――――せめて腕の一本くらいは、貰って行くぜ?」
やるべき事を、やる。常に最善を尽くそうと足掻く。信じて信じて、最後まで抗ったものにしか、栄光はないのだから。
「さて、いくぜ? 俺は正面から向かって行く。せいぜい撃墜して見せろ、将軍!」
手足に、突然発生した黒い魔力を顕現させる。我ながら禍々しい魔力だとは思うが、この際使えるなら何でも良い。文字通り、「最後の一撃」。俺はこの一撃で散るかもしれない。正直、怖い。怖くて怖くて逃げ出したい。死にたくなんてないし、死ぬかもしれない場所に飛び込んでなんて行きたくない。
だけどそれ以上に、彼女たちを助けたい。彼女たちを守りたい。陛下の願いをかなえたい。せめて、何かを残したい。
だから今は、死ぬことなんて考えない。
「……底知れぬ闇を宿し、されど呑まれず。まったく。貴様が、もう少し早く現れていたなら――――」
おいおい、最後まで言うなよ。これで終わりじゃないんだ。俺はアンタを生け捕りにして陛下の前に放り出して、あとあとゆっくり話すんだよ。
「良い覚悟だ黒曜卿。その気概に敬意を表し、俺の手でその魂を送ってやろう――――!」
相手も、構えを変える。大剣を上段に掲げ、足を前後に肩幅ほど開く。
(完璧に、上段からの振り下ろしだなぁ……)
真っ二つにされる己が見えた気がしたが、その幻視を振り払う。魔力を限界まで練り上げる。こちらの魔力が洗練されて行くにつれ、相手の威圧感も増してくる。
(うっわ、ビンビン来るなぁ……)
これが殺気と言う奴か?まあいい、今は余計なことは考えず、集中するときだ。
(練って、練って……)
練り上げる。不純物を削ぎ落とし、水を沸騰させるように。そのイメージが、自分を変える。そして、その張り詰めた自分自身を――――――
開放。
(――――もう何も恐くない!!)
狙うは一点、奴の頭――――――!!
――――さて、ここで思い出して欲しい。
ひどく速い物体にとって、少しの障害は致命的である。だからこそ電車の置石は危ないし、走っている 人の前に足を差し出してはいけない。物体の動きが速ければ速いほど、その物体は少しの障害物で転ぶ、あるいは脱線する可能性が大きくなる。
そしてプラスして、俺は絶賛グロッキー中。視界がふらふらで、どこが真っ直ぐな道筋かもわからない。あっちへフラフラ、こっちへフラフラである。
そのような要因が重なった結果――――
俺は当初の予定を大きく変え、前につんのめって地面スレスレの低空飛行をする羽目になった。
そう。
――――止めとばかりに戦いでボコボコになった草原からの、無言の抗議を食らって。
まあ、端的に言えば――――――――
――――――――躓きました☆
……………………えへ♡
って、現実逃避してる場合じゃねぇぇぇぇぇぇ!
うおおおおおおおおおお!
回避、回避ィィィィィ! やっぱ怖ぇっす、マジ無理! 正面から頭部を狙うつもりだったのに、どうしてこうなった!?
何とかかんとか襲い来る大剣を回避。あれ思ったより遅かったな、どうしたんだろう?って、この位置はいける!
飛びつき腕十字! 宣言どおり、腕の一本は貰わないとなぁ! さて、折るぜぇ、超折るぜぇ~。
(頂きぃ、って……マジかよ!)
ったくこのオッサンは、一瞬の躊躇もなしに武器捨てるかよ!
(流石! ああ、流石だ全く!)
普通は武器に少しは固執すると思うんだがな! 流石に歴戦の猛者!
とにかくあの握力に掴まれるとやばいのはこっちだ、急いで腕十字を解く。けど、世界と同様、技も続くのだよワトソン君!
(ずっと、俺のターン!)
もはや自分でもよく分からないテンションで、地に足が着いた俺は持つ限りの打撃技を繰り出す。
ストレート、ミドルキック、下段回し蹴り、肘打ち、左フック、前蹴り、直突き、圏推、etcetc……
無心、というのか。無我の領域、と言えばいいのか。とにかく俺は、もう一切の思考を行っていなかった。思うままに攻撃を打ち続ける。そして、遂に掌が相手を捉え、大きくスキが出来る。これを逃がす道理はない。
(これで、マジもんの最後の一撃!)
これで倒せなかったら、俺は死ぬ。だけどそんな未来は存在しない。何故なら、俺が負けたらソフィアが危ないからだ。
「ああああああぁぁぁぁぁ!」
もはやほとんど残っていない、底をついたはずの魔力を必死にかき集める。集めろ、集めろ。これが俺の全力全開。文字通り、「己の全て」をかき集め、そして――――
「取り合えず、食らっとけ?」
必殺技その一だぁぁぁぁぁぁぁ!!!
――――命中
――――轟音
――――――――閉幕――――。
Side:シンシア
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ” ッ!!!!」
地面に伏したギンヤから、形容しがたいほどの絶叫が迸る。
そして明らかに分かる怒りと、禍々しい漆黒の魔力を纏いながら……ゆっくりと、ゆっくりとギンヤは立ち上がる。
「な、何だあれは……!?」
ガルフ殿が叫ぶが……それは誰もが思っていた。
普段の穏やかで優しい彼からは、想像も出来ないほどの怒気と闇。
(あれは……私やガルフ殿の比ではない!)
間違いなく、世界最大の魔力量だろう。しかし、黒い魔力など聞いたことがない。黒=闇というのは短慮だろうが……しかし、それは十分に禍々しく、闇を連想させるには十分だった。
「はっ、こんなレベルの魔法まで使えるのかよ……」
動揺する私たちをよそに、ギンヤがふらつきながらも立ち上がりきった。だがその体には傷が刻まれ、その傷からは命の水が滴り落ちていた。
「ほう、案外しぶといな。外見からはそうは見えなんだが」
将軍が意外なものを見た、とばかりに目を開く。魔力の大きさには動じた様子が無い。あの程度将軍には何でもないのだろう。
「……残念ながらボロボロだよ。ただ、ね……。ちょっと一人の女の子が最悪な状態になるビジョンが浮かんだら、寝てなんかいられなくなった」
――――!
おそらくは……ソフィアのことだろう、その少女は。その彼女が傷つくのを思い浮かべ……先の絶叫。
はあ、と私はため息をつき天を仰いだ。いかにソフィアがギンヤを正しく見ているかと言うことが分かったからだ。
(死んだほうが幸せか…………。なるほど、そうなのかもしれない)
「ったく、吸収しきれない魔法かぁ……。いったいな、畜生」
おおいてぇ、と顔を顰めるギンヤ。
「まだ立ち向かってくるその気概は賞賛に値するが……。とはいえ貴様にも分かっているだろう?
――――――――もう既に、貴様から勝機は消えた。これ以上は無駄だ」
その言葉は、決して大きくない声量なのにも関わらず、戦場全体に響き渡った。それは誰もが感じていたことで。それでも口には出せなかった、冷たい現実。
機動力が突出した、言い換えれば、機動力が命であるギンヤにとって、このように傷を負って機動力の低下が引き起こされるのは、最悪の事態だ。
加えていまだ将軍は無傷。そう、確かに。――――もう、勝機は見えなかった。
それでもギンヤは立ち上がった。
「おいおい、あんた最強とか言われてるのに、歳で呆けたのかよ?」
「何……?」
そしてギンヤは、あろうことかこの状況ですら、いつものように不敵に微笑み。
「無駄なんて、ないんだよ。この世の全てには、価値は無くても意味はある。まあ、まだもうちょっと付き合えよオッサン。この後俺が死ねば、アンタと戦うのはシェリス様やルーミィ、シンシアだ。そんなか弱い女の子たちが、無傷のごっついアンタと戦うのは、正直どうかと思うわけ。だからさぁ、」
――――――せめて腕の一本くらいは、貰って行くぜ?
そう宣言し、ギンヤは構えを変えた。今まで軽く握っていた拳を完全に開き、顔の前に三角形を開くように掲げる。重心を落とし、腰を低くする。そして、今にも飛び出そうとしたままの、引き絞られた矢のような気勢のまま静止。
「さて、いくぜ? 俺は正面から向かって行く。せいぜい撃墜して見せろ、将軍!」
ギンヤの全身に、漆黒の魔力が溢れかえる。猛々しく禍々しく、どこまでも暗く不吉な魔力。しかしそれは、見る者を魅了する輝きを放っていた。
一方しばし沈黙したままギンヤを見据えていた将軍は、徐にその表情を崩し。
「……底知れぬ闇を宿し、されど呑まれず。まったく。貴様が、もう少し早く現れていたなら――――」
俺は、このようなことなどする必要も無く、そちらで貴様と笑い合えていただろうに――――。
その言葉は発せられることは無く。しかし確かに、私達は聞いた。
「良い覚悟だ黒曜卿。その気概に敬意を表し、俺の手でその魂を送ってやろう――――!」
将軍も構える。大剣を上段に掲げ、足を前後に肩幅ほど開く。今まで数々の名のある武将を屠って来た、「名も無き天下無双の一刀」。将軍もまた、持っている最強の一撃を持って答えようとしていた。
それを――――向かい合う二人を、私はどこか人事のように見ていた。
次の一撃が最後になる。ギンヤは言ったのだ、玉砕覚悟だと。それも全ては、次の私たちの為に。
本当は逃げて欲しかった。誇りも陛下の願いも関係なく、逃げて欲しかった。けれど、彼はそれをしなかった。
だから私も……逃げないと決めた。
鞘にしまっていた剣のナックルガードを一撫でし、抜刀。刀身を地面に突き刺した。
(私は見据える。私は見ているぞ、ギンヤ)
願わくば……この思いが、彼の力にならんことを。
場を支配するのは、痛いほどの沈黙。そして、動けば何かが破裂しそうな緊張感。
その緊張感は張り詰めたまま、両者は力を練り続ける。ギンヤは魔力を。将軍は気合を。両者が己が最善を尽くすために、全ての力を一瞬に注ぎ込む。
そして、遂に限界まで練られたギンヤの手足の魔力が弾け。
次の瞬間には、その場にいた全員が驚愕することとなった。
(…………え?)
何が起きたかわからない。高速で移動した? 何を馬鹿な、そのような生易しいものであるはずが無い。
だってそうだろう。速いとかそういった問題ではないのだ。
誰が想像出来たろう?
音すら置き去りにする人間が、存在したなどと。
一瞬私には、ギンヤが何をしたのか分からなかった。しかしその後理解した。ギンヤはその、目にも映らない速さで有り得ないほどの低空飛行を行い、将軍の足を取ろうとしたのだ。地面すれすれとは、将軍のもつ技の特性――――縦斬りである事から言って、最も速度と体重が乗った一撃が当たる場所だ。
だがそこはまた、最も攻撃が届くのが遅いポイントでもある。
そしてギンヤの意表をつく攻撃。一瞬将軍は面食らい、判断が遅れた。だが、その一瞬で十分だったのだ、あの最速を誇る「黒曜卿」には。
迷いの生まれた一撃は、容易くギンヤに躱され。ギンヤはそのまま足を取るように潜り込んだあと跳躍し、宣言どおり腕を折るかのように、将軍の右腕に足を絡ませようとする。しかしやはり、将軍も流石だ。一瞬で、その腕を折る攻撃を止めるために、邪魔になる大剣を捨てる判断をするとは。
だが、その最善を持ってしても、もはやギンヤは止められない。
足を解いて着地したギンヤは将軍の懐に潜り込む形となった。そして、地に足がついた瞬間、次々と見たことも無い体術を使い、的確に将軍にダメージを与えて行く。
将軍とて歴戦の将。無手だろうが、並みの将にすら遅れは取らない。
だがしかし、相手が悪すぎた。まったく見たことも無い動きを使い、ギンヤは将軍を圧倒する。奇襲に次ぐ奇襲、奇手に次ぐ奇手が繰り出される。
撃ち出される拳。将軍の胴から鈍い音が響き渡る。
蹴りだされる足。「膝上の靭帯」という、普通は攻撃などしない場所をギンヤは蹴りぬく。
将軍の顔が、苦痛に歪む。
振り出される肘。米神を狙った一撃は、防御した将軍の腕を貫く衝撃を与えて、微かに、しかし確実に視界をぐらつかせる。
もはやほとんど残っていないとはいえ、溢れんばかりの闇を連想させる魔力によって反則的に底上げされた身体能力も、その威力に大きく貢献している。
絡みつくような拳撃。刈り取るような蹴撃。全く見たことの無い攻撃に、将軍は少しずつ、しかし確実に追い詰められて行った。
その一撃は、世界を砕く。
その一撃は、世界を開く。
その一撃は、世界を変える。
その一撃が、結末を変えた――――――――!
そして遂に。
遂にギンヤの掌底が将軍の顎先を捉えた。鈍い音が将軍の顎先から発され、思わず彼が大きくぐらつく。そして、その隙を見逃すギンヤではない。
そこが決着点となった。
ギンヤの口から、天を割るかのような咆哮が放たれた。そして腕に、魔力が顕現する。先の身体強化ではやほとんど残っていないだろう、底をついたはずの魔力を必死にかき集め。その満身創痍の体を引き絞り、魔力を唸らせて。
「取り合えず、食らっとけ?」
――――――光速の拳撃が、将軍の胴に直撃した。
その技は、いつかギンヤが鍛錬していたらしい技。シェリスが私に語り、できればその予兆があったなら止めてほしいと私に言った、ギンヤが出来れば使いたくないと涙を流していたらしい、尊い一撃。
研ぎ澄まされたその技は、遂に「シルヴィアの絶対守護将軍」をも、打ち破った――――!
宙を舞う将軍の巨体。今まで誰も見たことがないだろう、将軍の敗北する光景。それが、今目の前にある。2度、3度と将軍の体は地面をバウンドし、そして動かなくなった。
それを確認すると、ギンヤもまた崩れ落ちた。
ここに両軍最強の二人の――――ある意味キング同士の決着はついた。
私は自身の口角が釣りあがるのを自覚した。あの恐ろしい闇は分からないが……それでもきっと大丈夫だ。
さて、後は私たちの仕事だ、ゆっくり休んでおいてくれ。大丈夫、あちらには最早ポーンしか残っていないのだから。
そうして。「最強の総大将」を失った反乱軍は、勢いづいたこちらの軍に、圧倒的に敗れ去った。あまりにもあっけない幕切れだと思ったが、そもそも強固な結束も無い、利権に目が眩んだ者達の戦などこんなものだろう。戦闘が専門でない、腐敗しきった貴族たちに、まともな戦ができるわけがない。
――――――――長い反乱に、終止符が打たれたのだ。
これで、やっと終わったのだろうか。
私たちは、勝利に沸く兵に指示を出し、目を覚ましたギンヤに近づく。
彼は、一人背中を向け佇んでいた。
「ギンヤ……?」
ギンヤに声を掛ける。
ギンヤは、こちらを見ない。
「ギン……」
今度はルーミィが声を掛けようとして、声を詰まらせた。
こちらに向いたギンヤの背中は、震えていたのだ。
――――ギンヤは、泣いているのか?
……何故? こちらの勝利で終わったのに? 困惑する私たちに言ったのか、あるいはただの独白だったのか。その後ポツリとギンヤが漏らした言葉は、ひどく重かった。
「こんな終り方しか、無かったのかなぁ…………?」
…………それは……………………。
ギンヤが何故こんな言葉を言うのか。心当たりが無いわけではなかった。
ギンヤの視線の先にあるのは、恐らくは戦場の跡。血が溢れ、兵の死体が幾つも重なり合っている。彼が責めているのは。悲しんでいるのは、何だろうか。血が流れたことか。戦わなければならなかったことか。
他の面々は何も言えず、無言で去っていった。ただ二人、その場にギンヤと。去らずに残った私だけを残して。
Side:銀也
そうして。
奇跡によって――――正確には、草原の将軍に対する報復用アシストによって――――俺は将軍を倒した。……ことに、なっているらしい。本当に偶然なんだが。最後の打撃ラッシュはともかく、そもそもそれを生み出す状況を作ったのは草原だし。
そして、後はあれよあれよという間に反乱軍は敗北。しっかりと貴族達は当初の予定通り皆殺しにされたようだ。もうちょっと根性見せろよな。そして、俺は勝利に沸く皆に背を向け、一人草原に立っていた。
「ギンヤ……?」
この声はシンシアか。ごめん、今振り向いたら泣き顔見せるから、無理。
「ギン……」
今度はルーミィ。頼むから放っておいてくれよ。
「こんな終り方しか、無かったのかなぁ…………?」
せっかく覚悟、決めたのに。それなりに自分でも中々良かった決意表明だと思ったのに。
(結局最後は、偶然かよ……。っていうか、覚悟決めた直後にずっこけるとか…………)
いや、生き残れたことは嬉しいし。勝てたことも嬉しいけど。何よりソフィアを守りきれただろう事が嬉しいけど。
けど、さ。
(もうちょっと、格好よく終わらせてくれたって良いじゃんかよぉ――――!)
心中で絶叫。そして再び頬を心の汗が濡らして行く。
だって、嫌なイメージ思い浮かべたらなにか暗黒ぱわーに覚醒して能力飛躍的向上とか……ないわ。完全に中二病じゃないか。
穴があったら入りたい。本当に。できればその上から土をかけて、もういっそ眠らせてくれ。
背後から、皆が去っていく気配がした。呆れられているのだろうか。けれど今は、それでも良かった。御願いですから放って置いてください、下手に慰められると情けなくてまた泣くから。
「ギンヤ……」
シンシアの声。あれ、君は行かないの?いや、御願いだから行ってください。そんなことを思っていると、シンシアが俺の正面に回りこみ……。
がしっ
抱きしめられた。こう、シンシアの胸に顔を抱きこまれる形で。
え、いや、ちょ!? 柔らかい、ソフィアとはまた違ったいい匂いがする、シンシアさん意外に着痩せするタイプなんですね、じゃなくて!!
「いいんだ」
なんとか理性を取り戻し、引き剥がそうとする俺を更に強く抱きしめ、シンシアは言った。
「いいん、だ。今は、泣いていいから――――」
ああ。
ダメだってば。
慰められたら、情けなくて泣くって言ったのに、うわぁぁーーん!
――――男の子である俺が、その情けなさに耐えられるわけも泣く。結局俺は、シンシアの胸で号泣してしまった。
…………なんというか、ご馳走様でした。
Side:シンシア
私の胸で嗚咽を漏らしながら涙を流す、一人の少年。その涙はなんなのだろうか――――私にはわからない。しかしおそらく今、彼は必死に戦っているだろう事は分かる。己の中の葛藤や、悲しみと。しかしそんな彼に私が出来ることは、これくらいしかない。
せめて一人にしないようにと少年を抱きしめながら、私は考える。
(それにしても)
この私が、男を、それも同世代の人間を胸に抱く日が来るとは。それも、自分から望んで、抱きしめることがあるなど。
(これは、どういうことなのか――――)
彼は、当然友人だ。からかい合ったりもする、悪友かもしれない。
けれど、だからといって、それだけでこのような行為を男にするなど――――
いや。認めよう。認めなければならないだろう。
必死に動く彼の姿に、心の中で声援を送らずにいられなかった。将軍の刃が彼を襲うたび、女々しくも悲鳴を上げたくなった。魔法が当たり、彼が地に伏したときは、何もかも放り出して、助けに行きたかった。彼が勝利をもぎ取ったときには、安堵の余り泣きそうになった。
そうして、今。
彼が私の胸で泣いていることに、羞恥を感じるよりも――――
涙を流して悲しむ彼に対しては申し訳ないが。嬉しい、と。純粋に愛しいと、感じてしまった。
もうここまで来て、自分の気持ちに気付き、それを認められないほど、私は子供ではなかった。
……はあ。やれやれ、ソフィアは手ごわい相手だな。
ギンヤ、私は、君のことを――――――――――。
主人公の「黒い魔力」は、自由に使えればチートです。ただ、文字どおり身を削る必要が……発動条件についてはいつか明らかになりますが、そうそう使えるものではないです。
それはさておき、今回の話については感想でギャグなのかシリアスなのかどっちつかずだ、というご意見をいただきました。ごもっともです。正直、将軍を強くしすぎた弊害です。まともな収拾のつけようがありませんでした。作者の力不足です。
これ以降は、戦闘に関して、少なくとも真面目な戦いに関しては、勘違いを介入させないつもりです。心理的なものはあっても、シリアスを崩壊さえない程度のものに抑えるつもりです。