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第10話中編:決闘開始

中編です。正直勘違い要素少ない上に無理があるかな、とは思いますが、今の自分の精一杯を尽くしたつもりです。

 重厚な鎧を身につける。盾すら粉砕するらしいヴィロゥ将軍を相手に防御力としては期待できないだろうが……それでも普通の矢などが飛び交うことを考えれば、つけていて損は無いだろう。


 (……世界最強の相手)


 正直、そんな相手とは思わずに衝動のまま安請け合いしてしまったが……。

 (――――関係ないな)

 これが、こういう状況――――孤独な人間が、心を許せる相手にさらに孤独にさせられる……そんな、「過去の彼女」の姿を思い起こさせるような状況でなければ、逃げ出していたかもしれない。だけどそう、今回ばかりはだめだ。ここで逃げ出してしまったら、俺は幼い頃からむしろ退化してしまったことになる。

 俺はそんな大層な人間じゃない。どこにでもいる、平凡な人間に過ぎない。

 けれどここで逃げ出して、ヴィロゥ将軍の行動に反抗できないなら――――俺は並み以下になってしまう。 停滞はしても、退化はしてはならないんだ。それが力への反抗と言うことなら――――尚更。

 それに、俺はそんな大層な武道家であったり格闘家であったりする訳じゃないけれど……それでも誇りはある。だから背中を向けたくはない、と言う思いもある。

 

 まあ色々と考えたが、結局俺はこの戦いから逃げたくないんだ。






 さて、反乱軍の城もついに残すところあと一つである。いい加減決着をつけよう、とのシェリス様の発言からおそらくは最後であろう軍議が始まった。

 最早俺ですら自分が軍議に参加することに疑問を抱かなくなっている。ただの一兵卒なのにね。
















Side:シェリス


 両軍が向かい合う。遂にこの時が来たのだ。私は周りのものに感づかれぬ様に拳を握り締める。

 (私自ら貴方の時を止めて差し上げます、リンツ公爵。そして……)

 ――――――――ヴィロゥ。

 私の剣の師にして、シルヴィア最強の剣聖。彼が反乱軍に参加しなければならなかったのは、私のせいだ。

 私が不甲斐無かったから――――彼は反逆者の汚名を被っている。

 

「怖い顔」


 考え込む私を現実に引き戻したのは、隣にいたギンヤの声だった。


「怖い顔、ですか?」


 私はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。


「ええ。こんな顔」


 そう言ってギンヤは、なんとも言葉では言い表せない変な顔をした。


「く、あはは、なんですかその顔――――!」


 つい噴出す。ダメです、堪えきれません。なんて顔をするのですか、あなたは! そうして私は、ひとしきり周りの目も気にせず笑い転げた。

 まったく、戦いの前だというのに……。








 ギンヤによって強制的に肩の力を抜かされた私は、不思議と落ち着いた心で前方の反乱軍、そしてその先頭の巨体を見ることが出来た。色々と気になることはあるが、全てはこの戦いを終わらせてからだ。

脳裏に、今までの戦いが鮮やかに蘇る。反乱軍によって暴行され、血に塗れた少女。

かけがえのない友を己の手によって殺した兵の慟哭。残された遺族の涙、子供たちの目に灯る復讐の炎。そうして引き起こされる負の連鎖。

 それを、もうここで終わらせたい。いや、終わらせなければならない。

 裂帛の気合を込め、指示を叫ぶ。


「「全軍、抜刀――――――!」」


 音と共に引き抜かれる刃。刃。刃。

 私とヴィロゥが一度声を掛ければ、その白刃は血液と火花で鎮魂歌を奏でる。

 この草原が、悲鳴と慟哭の木霊する地獄となる。

 その引き金を引くのは、私達だ。だからこそ、その罪は私達の物だ。

 その罪を負うことこそが、王族である以前に、将の責務。





 双方の軍の間に、触れれば切れるような緊張感が漂う。

 兵が一人残らず前傾姿勢になり、今にも爆発しそうな気勢のまま静止し――――――



「「全軍、突撃――――――――!!」」


 ――――――――戦闘、開始。

















Side:銀也


 戦闘前に気合の入りすぎたシェリス様の顔に「怖い顔」と言ってしまい、必死に108ある俺の特技の一つ、顔芸でその場を乗り切った俺は。


 ――――――戦場のど真ん中を意味する、最前線にいた。


 いや、無論ど真ん中に留まっているわけではない。もう全力で全力で、一瞬たりとも止まらんとばかりに全力全開、チャー○ーズエンジェルフルスロットルバーニアだ。最早自分でも何言ってるか分からないが、それ位テンパっているということをお察しください。

 いや、とりあえずあのヴィロゥ将軍とやらと接触しないといけないしね……はは、滅亡への道を着実に歩んでいるね俺。


「うおおおおおぉぉぉぉっぉぉぉぉ!!」


 突撃、離脱、突撃、離脱、旋回、突撃、旋回、離脱、突撃……。


 来るな来るな来るな、「死亡」と書かれた旗が大挙して押し寄せてくる幻想なんて見えないぜ――――――――!!


 現状の作戦は、とりあえずは様子見の突撃。左翼も右翼も中央も、とりあえず現段階ではこちらが押している。いやいや戦う兵と、王国への忠誠で戦う兵士。士気はこちらのほうが圧倒的に上だな。


「はあっ!」


 俺が居るのは中央であり、将はルーミィだ。巧みな槍捌きで、馬上から的確に敵兵の命を終わらせていく。怒涛の3連突きで、一瞬で3人の命を刈り取ると、今度は薙ぎ払いで群がる相手に対して牽制を行う。そしてルーミィは敵の集まりに馬上から掌を向け――――


 バヂィッ!


 威力はいつかの特務魔道師の雷ほどではないが、範囲が凶悪になった雷が相手に降り注ぐ。流石に魔道師でない以上、タイムラグなしでとはいかなかったが……それでもそれを補って余りあるその的確に相手を行動不能に陥れる戦術は、見事と言うしかない。流石は王女直属の親衛隊長。

 そして倒れ伏した敵兵を、こちらの騎馬が踏んだり、あるいは歩兵に止めを刺されて逝く。気持ちの良い光景ではないが……これも受容しなければならない。

 そして、30mほど離れたところからルーミィを狙っていた弓兵は、その標的から放たれた短剣で頭部を打ちぬかれ、絶命した。


「このまま、本格的に押し込むぞ!」


 堕ちた弓兵には目もくれず、馬上でルーミィは槍の切っ先を相手に向け、更なる突撃を命令した。


「「「「「ウォォォォォォォォォォォ!!」」」」」


 親衛隊長の勇姿に勢いづき、さらにその威圧感と勢いを高めた親衛隊500人が敵陣の中央に切り込んだ。その先頭を、銀の髪を太陽の光に煌かせながら、ルーミィは再び死地の中に飛び込んでいった。


『将軍を頼む』


 一瞬だけ振り向き、俺に向かってそう言って。

 俺はそれに頷いた。


 (ああ、わかってるよ。…………しかし、そろそろ出てくると思うんだけどな)








 ジュワァァァ!


 右翼では、敵魔道師の飛ばした火炎球が、連続で打ち出される水の塊に相殺された。そして次の瞬間には地面が隆起して敵の足場を崩す。そうしてバランスを崩してたたらを踏んだ敵兵は、片っ端からこちらの兵に切り伏せられていく。あちらに居るのはガルフさんだ。

 ガルフさんは、魔力量こそあるものの、威力――――つまり一度に使える魔力の量はさほど多くないらしい。しかしそれを技量で補って戦うスタイルらしい。

 そして兵士も兵士で、自分達の隊長の戦い方を熟知しているらしい。まるで予めそう行動しろといわれていたかのように、一切の無駄なく敵兵をその連携で蹂躙していく。

 こちらも押し切れると踏んだのか。様子見を止めて、苛烈な魔法攻撃か増えていく。ガルフさん率いる魔道師部隊は、その実力を遺憾なく発揮していた。


 しかし、こうしてみるとルーミィもガルフさんも、一人で戦うことが前提である戦闘スタイルをしていない。兵士に手柄を譲るというか、極力こちらの損害を少なくして戦うという、堅実な戦い方だ。それに対し――――――――







 ガガガガガガガガガガガ!!



 爆音に釣られて左翼を見た。人が纏めて吹き飛んでいた。









見なかったことにした。








 いや、なんていうか……シンシア凄いな。轟音を上げて襲い掛かる、掠りでもすればその部位がまとめて持っていかれそうな魔力弾を連発している。いつぞやの模擬戦で見せたあれだ。

 そうやって圧倒的な魔法を見せたかと思えば――――


 フォン、フォフォ、ブォン!

 戦場の血生臭い空気を、眩い銀閃が音を立てて切り裂く。その風切り音に合わせ、たん、たたん、と軽やかな足音が鳴る。鮮血と屍に彩られた荒野の中心で、カーキ色の軍服姿のシンシアは舞うように剣を振るっていた。


 たん、たた、たたん!


 右に、左に、自在に舞い踊る。それは正しく剣舞であり、そこにあったのは目を見張るほどに流麗な身体操作。軽い音を立てるステップは、それに似つかわしくない爆発的な推進力を生み出している。しかしそこに粗雑さは微塵もなく――――例えるならばそう、強風に舞い散る花びらに近い動き。

 流れに抗わない、踊るような――――しかし素早い動き。果たしてこれほどの動きを出せるものが世界に何人いるのだろうか。


 クルクル。繰繰。回って回って、再び回って剣を振るう。遠心力を利用した剣戟は、シンシアの華奢な体躯から連想される以上の衝撃を敵にもたらす。更には身体強化までかけているのだ、ヴィロゥ将軍のように剣ごと盾ごと切り伏せる、と言うことは出来なくとも、一撃で相手の腕を使い物にならなくするには十分すぎた。




 もはやシンシアに襲い掛かる相手は居ない。中央と右翼では激しい激突が続いているのに――――シンシアの居る左翼、その一角では音が消えていた。


 ふっ、と鋭く呼気を吐いて、纏めて30人は切り捨てたシンシアは動きを止めた。そして体の動きに合わせて舞っていた、艶やかな赤茶色の髪が揺れを収めた。


「――――来ないのか?」


 半身になって右手を伸ばし、剣の切っ先を敵に向けたシンシアが静かに問う。およそ戦場に似つかわしくない可憐な声は、しかし相手にとっては死神の宣告だった。

 動く相手は居ない。動けるわけが無い。全員が理解していたのだ――――動けば次に死ぬのは自分だと。


「……まあ、どうでもいいがな」


 (戦いたくないのなら戦わなければいい……が、それは兵士だけだ。シルヴィアの国王様のためには、貴族は確実に皆殺しにしないといけないからな)


 はぁ、と一つ息をゆるゆると吐いたシンシアは、一度その明るい宝石のような翠色の瞳を閉じて、次の瞬間瞼を開けて――――――――


「突撃」


 自身の率いるバリツの軍団に、静かに命令を下した。


『応』


 そしてそれに重苦しく応えて、真紅の分厚い鎧と大振りな武器を手にした、突撃力は世界最強といわれるバリツの重装歩兵軍団が――――――――ゆっくりとその歩みを始めた。







 左翼。敵の壊滅は――――近い。
























 しかし時を同じくして、中央は大混戦となっていた。



 そう――――――――



 ヴィロゥ・グレイガルータ。世界最強の、「シルヴィアの絶対守護将軍」と呼ばれる男が、シルヴィア本陣に向かって進軍を開始していた。












「ちょ、ルーミィ危ない!」


 衝撃の、ファースト○リッドォ!


「すまないギンヤ、助かった!」

「シェリス様左ィィィ!」


 ディ○トーションアタック!! ええい、伏字にするのも面倒だ!


「す、すみませんギンヤ!」


 ええい、数が多い! いや、兵数なら互角なんだ。けど。


「くそったれ、無双しすぎだろあのオッサン――――――!」


 そう、おそらくあそこで人を数人まとめて飛ばしてるオッサンがヴィロゥ将軍とかいうやつだろう。ああ、厄介な。

 オッサンが持つ剣、というかあれは最早剣って大きさじゃないけど。それが閃く度に人が数人まとめて吹っ飛んで行く。人をピンボールか何かと勘違いしているのではなかろうか、というハジけっぷりである。っていうかなんだよあの馬鹿力、冗談抜きにゴリラか象かってレベルだ。誰だゴリラに剣術仕込んだのは。サーカスでもやるつもりだったのか?


 いや、そんなことはどうでもいい。このままでは確実に中央が瓦解する。シェリス様が剣を取らねばならない状況まで、一瞬で押しこまれたのだ。このままではまずい。


 ヴィロゥ将軍が出てきた途端、こちらの兵士の戦意がガタ落ちした。それはそうだろう、俺もあんなのを見たら戦意を喪失する。俺は使命と見栄、怒りでここに居るに過ぎない。  

 しかしそんなことは今どうでもよく、大事なのは「もう長くは持たない」という現実だ。異変に気付いたシンシアがこちらに単騎で駆け寄ってくるのが見えたが、来てくれたからといってどうにかなるものではないだろう。根本的な解決にはならない。ええい全く、戦術を個人で破壊するなんてありえないだろ。












 だから。俺は、ここで一つ決断をした。

 恐怖はある。逃げ出したい気持ちも勿論あるし、心臓の鼓動だってかつて無いほどに大きくなっている。今俺は必死に落ち着いて見えるように演技しているが、果たしてどこまでごまかせているやら。正直な話……俺は将軍の前に立って自分が勝つビジョンは愚か、生き残る情景すら見えない。


 だけど、もう決めたから。もう二度と、誰にも孤独を受容なんてさせないと、笑い合える相手を諦めさせないと。だから――――――――










 



「シェリス様、ルーミィ。いったん退いて、戦列を立て直してください。ここは俺が引き受けます」

「「な!?」」


 俺は、俺に出来ることをする。















Side:シェリス


 私は最初、ギンヤが何を言っているか分からなかった。いや、それはルーミィもだろう。呆然とする私たちに、ギンヤは再び言い放った。


「一旦退いて、戦列を立て直してください。防衛線を引き下げましょう。殿は俺が務めます」


 それは……確かに、こうなってしまったらそれが最善の策だろう。しかし――――!


「無茶です、そんな――――!」

「出来る出来ないじゃない、やるんだよ!」


 初めてギンヤの怒鳴り声を聞いた。いや、確かにそう長い付き合いではないが……彼がここまで大きな声を出すとは思わなかった。

 その驚きに硬直した私たちの後ろから、声が聞こえた。


「姫様。ここは、ギンヤ君の言うとおりにすべきかと」

「公爵まで!?」


 手に持つ槍も着ている鎧も土と埃に汚れてはいたが、そこにはいつも通りの威厳を纏った公爵が居た。


「このままでは持ちませぬ。ギンヤ君のいう通り一旦退いて、体勢を立て直すことが最善かと」


 言いたいことはわかる、だが――――!


「むしろそっちのほうが好都合なんです。ヴィロゥ将軍を生け捕りにするには、ね」


 淡々とギンヤは語る。そこにはまったく恐怖が見えなかった。

 あの戦いぶりを見たはずだ。なのになぜ、そこまで平静でいられるのですか? 


「…………わかった。いいんだな、ギンヤ」


 ルーミィの言葉にギンヤは頷いた。そして私の方をじっとその深く静かな黒い瞳で見詰めてくる。 

 ルーミィが決断した。ならば私も、決断しなければならないだろう。


「……わかりました。ギンヤ、私たちは体勢を立て直すために引きます。ここは任せました」

「ええ、了解です」


 その非情な命令を――――ギンヤは微笑みすら浮かべて承諾した。
















「――――――――よう」


 ヴィロゥ・グレイガルータは、その一言で動きを止めた。その声に特別な威圧感があったわけではない。むしろ、その逆。

 戦場に似つかわしくない静かで穏やかな声が――――古今無双の戦士の動きを止めた。


「ふむ。戦場で、なんとも剛毅なことよ。さて、貴様が音に聞こえた黒曜卿か。姫様達を任せるに値する相手か、判断させてもらうぞ?」

「……なんです? その娘はやらん! みたいな発言」

「ふ、はは! なるほど、心境としてはそれに近いかも知れんな!」

「そんなに大事なら自分で守り通せよ……。それはともかく、俺に剛毅っていうのは似つかわしくないかな」


 まったくだ。自身の行く手をただ一人で遮るのは、自身に比べれば酷く小柄な青年。鎧を纏っているので顔は見えないが、声から判断するなら、成人すらしていないだろう。


「して何用かな? そこをどかぬと卿も彼らの仲間入りをすることになるが」


 ヴィロゥの周囲には、敵兵の死体がいくつも重なって転がっていた。それも全てが身体のどこか欠けた部分がある。剣で斬ったというよりは、獣が引きちぎったような遺体の状況だ。


「今までに死後の世界に行って戻ってきた人は居ないから、さぞかし向こうは良い場所なんだろうけど……まだそんなに楽をしていい年じゃないかな」

「何、遠慮することは無いぞ?」

「どっちかっていうと、先に行くべきは貴方だと思うんですけどね」


 戦闘が止まり、言葉の応酬が行われる。彼らの周囲では、二人が作り上げる空間に入れるようなものは居なかった。自然、二人の声だけが響く。


「ふむ、中々に素敵なお誘いだが、俺にはまだやることがあるのでな。ここで逝くわけには行かぬなあ」

「……やること?」

「いかにも。まあ大声で語ることではないがな」


 シェリス・シルヴィアの箔付け。彼は、王女自身に討たれるつもりでいた。


「……………………そうですか。ま、大体察しは付きますけどね……」


 ヴィロゥが「やることがある」と言ったあたりで、青年の雰囲気が変わった。静かで穏やかな静寂の水面が、全てを焼き尽くす焔と化す、そんな予兆へ。


「それで? そーれーでー、貴方は究極の自己満足にのっとって、孤独な人を更に孤独にして死んでいくんですねー。いや、いっそ清清しいまでの俺カッコイイですねー」


 がんがん。がんがん。

 言葉の上辺こそ丁寧だが、完全に青年は苛立っている様だった。彼自身、それは見当違いかつ甘ったれた怒りだと理解しているが……それでもそれを隠すことなく、ひたすらにブーツの先で地面を打ちつけている。


「それが貴方の誇りでー、それが貴方にとっての満足なんでしょうけどー。それならいっそ何もしないほうがましな気がしますー。あ、あくまでこれは甘ったれた理想論振りかざす子供の戯言ですけどねー?」


 がんがん。がんがん。


「…………ふう。俺はあまり気の長いほうではない。用件を言え」

「あ、そうですかー? ごめんなさいね、ついつい時間稼ぎのためにだらだらとくっちゃべっちゃいましたー」


 がんがん。がんがん。


「んじゃ、用件です。













 ――――――――そこで暫く寝ていろジジイ」


 今までブーツを打ち付けて作った引っ掛かりを利用し、前触れも無く一直線に、ギンヤは飛んだ。







Side:駆けつけてきたシンシア



 ヒットアンドアウェイ。詰まる所、突撃と回避を繰り返すのがギンヤの戦闘スタイルだと思っていた。しかし、彼はそれだけではないということを私は思い知らされた。

 圧倒的な破壊力を誇るヴィロゥ将軍の剣と、凄まじい量の魔力を使った身体強化で強化したギンヤの拳が交錯する。不意打ち気味で繰り出されたギンヤの一撃だが、ヴィロゥ将軍には意味がなかったようだ。しかし、少し驚いた顔をしていることから察すると、将軍の予想を裏切ったのはその威力だったようだ。

本来パワーでギンヤが将軍に適うわけはない。だが、彼の身体強化が加われば話は別だ。元々の体重差ゆえにギンヤの方が押されがちだが、確かに彼はあの将軍と正面から渡り合っていた。

 ギンヤの左中段回し蹴りを、将軍は剣で防ぎ、そのまま横薙ぎを一閃。ギンヤはしゃがんで避け、そして将軍の次撃を地面を転がることでやり過ごした。



「はあっ!」


 その次の瞬間に、私は自身に出せる最速の突きを将軍に撃った。威力は度外視だ。それは流石に簡単に避けられたが、私が参戦する隙は出来た。将軍から10mほど離れたところに居るギンヤの隣に並ぶ。

 そして次の瞬間に隣のギンヤからかけられたのは、予想外の言葉だった。


「ちょ、え、何来てるのさ!? 危ないから下がって!」

 

 …………は?

 一瞬思考が停止した私を誰が責められよう。ギンヤはどうやら一人で将軍の相手をするつもりだったらしい。


「あ、危ないのは君だばか者! 一人で将軍とやりあうつもりだったのか!?」

「そうだよ。ちょっと色々あって俺はあの人を生け捕りにしないといけないの! これはシルヴィア側の完全な私的な事情だから、こんな火遊びにシンシア巻き込めないんだって! わかったら下がって!」

「ふざけるな! そんなことが関係あるか! シルヴィアだろうがバリツだろうが、私は君たちと共に戦うと決めたのだ!」

「シンシアがそうでも、君が怪我でもしたら国際問題になるの!」

「たわけ、武人の国であるわが国の王が、戦いにおいて怪我をすることや場合によって死ぬことを考えていないとでも思ったか! 私を戦いに派遣した以上、その程度の事は織り込み済みだ!!」

「武人過ぎるだろバリツ!? 皇女だぞ皇女!? 気にしろよ!?」

「それが私たちだ!」

「ああもう俺にどうしろとーー!?」


 ルーミィちょっとこの人連れてってー! と錯乱気味に叫ぶギンヤだったが、そこで待ってくれるような相手ではなかった。


「ふむ、なにやらそちらで意見の相違があったようだが……行くぞ?」


 その言葉を言い終わるや否や、一直線に今度は将軍がギンヤに向かう。


「ふっ!」

 

 迫り来る将軍に対し、ギンヤは短刀を投げつける。身体強化で底上げされた膂力から投げ出された恐るべき武器を、グラン将軍は片手での薙ぎ払いで吹き飛ばした。そのまま突進した将軍は、勢いよく振りかぶって大剣を打ち下ろした。

 しかしそれを、ギンヤは真横に高速移動することによって避けた。


 ドガァッ!!


 轟音を上げて地面が陥没する。どうやら手加減なしの一撃だったようで、将軍は地面まで大剣を振り下ろした。一瞬硬直した瞬間に、ギンヤが攻撃を打つ。

 

「ぜっ!」

「しっ!」


 ギンヤの右拳と、将軍の大剣が衝突した。硬直は一瞬、ギンヤは後ろではなくまたしても横に移動した。


「はぁぁぁっ!!」


 四連撃。左拳右拳左足右足。一発でも当たれば即戦闘不能になるだろう猛攻は、しかし将軍の身体には掠りさえしなかった。その重厚な――――巨大な鉄塊と表現してもよいかもしれない――――大剣によって全て阻まれる。

 ギンヤの纏う鎧と将軍の大剣が衝突するたびに火花が飛び散る。繰り出される一撃一撃が悉く必殺。そしてその戦いを見ていた私には、もう自分がここでできることは無いということが理解できた。ここまで「入り込んで」しまっている以上、私が手出しをすれば邪魔になりかねない。


 先ほどまで食い下がっていたのが――――馬鹿みたいだ。

 自嘲の念が私を襲うが、そうならそうで他にやるべき事がある。私は体勢を立て直すために下がったシェリスたちと合流することにした。左翼の私の兵は大丈夫だろう、副官が優秀だ。


「武運を。ギンヤ――――」


 私は駆け出した。













Side:防衛線を引き下げるために下がって隊列を立て直しているシェリス



 ここからでも、両者の戦いはよく見える。そこだけ周囲が空白になっているのだ、よく目立つ。


 戦場を舞い続けるは、古今無双と漆黒の若武者。

 回避。回避。最初の応酬の後はギンヤは己から攻めることをせず、回避に徹している。それは様子を伺っているようにも、圧倒的な破壊の前に逃げているようにも見えた。


「避けてばかりでは勝てない、それはそうですが……」


 むしろ、避けられているだけで、ギンヤの能力の高さが伺える。ヴィロゥは、ギンヤと同じくらいの速度で、かつ人を数人まとめて投げ飛ばす豪腕で大剣を振るっているのだ。


「よく避ける。だが、避けてばかりで勝てんぞ――――!」


 尚も彼の速度が上がっていく。最早私たちには、彼が何をしているのか分からなかった。

 回避と離脱を繰り返すギンヤを、将軍が追い、死の刃を振るう。その一撃が地面に撃ち付けられる度に轟音が鳴り響き、大気が震える。地面が陥没し、地震かと錯覚させるほどに大地を揺らす。

 『シルヴィアの絶対守護将軍』。他国からは恐怖の、国内からは尊敬と畏怖の的となっている武人の前に、ギンヤはなす術もなく逃げ回っているように見えた。


 そして、尚もヴィロゥの速度が上がる。ギンヤを疾風とするなら、ヴィロゥは閃光だ。このままではいずれ追いつかれるだろう、という事は全員が感じていた。


 ギチッ、と布が擦れる音が隣から聞こえた。手袋に包まれたシンシアすでに彼女の拳からは血が滴り落ちている。

 横を見れば、公爵は噛み締めすぎた唇から血を流しているし、一見一番普通に見えるルーミィでさえ組んだ腕に爪を立てている。隊列を建て直している間は、私たちはそれが終わるのを待つだけだ。中央まで攻め込んできた相手は、今はガルフが食い止めている。最大要因であったヴィロゥがいなければ、十分にこちらでも対応可能なのだ。しかし…………。


 なんともまあ、と胸中で苦笑しつつ呆れる。

 本来動揺を見せてはならない将たちが、揃いも揃って――――

 (まあ、人のことは言えませんね)

 気を抜くと、私も皆と同じように動揺を表に出してしまいそうなのだから。そしてそんな私たちのほうを、ヴィロゥは一瞥した。距離があるのに、すぐ彼が目の前に居るかのように錯覚する。

 しかしそんな一瞬の隙を見せたヴィロゥに対し、ギンヤは攻撃を仕掛ける。一瞬すら逃さないその姿勢が、ギンヤが陛下から受けた願いを真剣に叶えようとしているのを、またギンヤの勝利への執念を感じさせる。

 ヴィロゥの一段と上がった速度に対抗するが如く、ギンヤは速度を更に上げ、ヴィロゥと同程度の速さにたどり着いた。火事場の馬鹿力、というやつだろうか。

 とにもかくにも、これでなんとかしばらくは持つか、と皆が安堵した矢先。


 再び大剣を振るい、ギンヤに接近するヴィロゥ。今まではギンヤの速さに追従できる敵がいなかったため、物理攻撃など彼には通じなかった。しかし、ヴィロゥが相手なら話は別だ。彼はギンヤの速さに追従できるどころか、下手をすると上回る可能性があるほどの猛者だ。

 物理攻撃には、彼は対抗手段を持っていない。その弱点を、見事に突かれた形となった。


 一撃一撃がギンヤを掠めそうになるたび、隣のシンシアが動揺するのが分かる。いや、彼女だけではなく、こちらの陣営の将全員がそうだった。



 空に暗雲が立ち込め始めた。雨が降るのだろうか? しかしこのタイミングでの変化は、何かの前兆のような感じがする。


 ―――――その曇り空は、まるで私たちの心境を代弁するかのようだった。









Side:銀也



 拝啓、元の世界のお父様、お母様、親愛なる幼馴染、同じく親愛なる後輩に友人諸君。

 俺は今、間違いなく人生最大の命の危機、というかぶっちゃけ詰んだ状況に直面しています。

 そりゃあねー。剣術使えるゴリラ相手にするって、どんな状況だよって話だよねー。


「ふむ。戦場で、なんとも剛毅なことよ。さて、貴様が音に聞こえた黒曜卿か。姫様達を任せるに値する相手か、判断させてもらうぞ?」

「……なんです? その娘はやらん! みたいな発言」

「ふ、はは! なるほど、心境としてはそれに近いかも知れんな!」

「そんなに大事なら守り通せよ……。それはともかく、俺に剛毅っていうのは似つかわしくないかな」


 この親ばかが! いや、ばか親か? 俺はいわゆるただの娘の友達的ポジションなだけなのに、モンスターペアレントってレベルじゃねーぞ!


 それから会話を少ししていっているが……だめだ、言葉を交わせば交わすほど苛立ちが募っていく。

 …………ああ、もういいか。これ以上の時間稼ぎは出来そうに無いし……何よりこれ以上会話をしてたら完全に平静を保てなくなる。

 将軍のほうが俺より覚悟もあって、また正しいのかもしれない。けれど俺はそんなことを……彼のすることを認めたくは無い。だから、


 そろそろ、逝き時だろう。


「んじゃ、用件です。













――――――――そこで暫く寝ていろジジイ」



 震える足も力む拳も爆発しそうな鼓動も全て無視して――――俺は飛び掛った。




 ガァンッ!


「ちぃっ!」


 不意打ち気味で俺は将軍に初撃を加えた。初めから通じるとは思っていなかったが……

 (……ここまであっけなく防がれるかね)

 少し見せた驚きは、おそらく俺の身体強化の出力にであって、攻撃そのものではないだろう。今の程度では意表を突くことさえ叶わないということがわかった。


 ガギャァンッ!!


 硬質の衝突音が鳴り響く。初撃の右ストレートの後に繰り出した左ミドルキックと将軍の大剣が交錯した。

 (うあっ、重――――!?)

 俺の身体強化の出力はかなり強いというのに……それでも目の前の巨体は揺るぎもしない。大剣を立てるようにして、大剣の腹の部分で俺の蹴りを受け止めた将軍は、その位置からそのまま俺の首を分断する横薙ぎを放ってきた。


 ブォンッ!!


 すんでのところでしゃがんで交わしたが、頭上を通過する大剣とそれが発する風切り音に、背筋に冷たいものが走った。しかし、ここでしゃがんだままでは不味い!

 頭で考えるよりも生存本能が警鐘を鳴らすほうが速かった。その衝動にしたがって恥も外聞も無く地面を転がる。そして次の瞬間、俺はその行動が正解だったことを確信した。


 ドゴォンッ!!


 これが人間が出せる攻撃なのか――――。いや、実際にそれをなした人間が目の前に居る。しかし俄かには信じられなかった。なぜなら――――


 (地面が、抉れ――――!?)


 否、そのようなものではない。そんな生易しいものではない。たった一撃。目の前の存在はたった一撃で――――――――5m四方の面積の土を、深さにして3m以上消し飛ばした。

 (――――ありえない)

 思考が止まる。しかし幸運だったのは、身体までは止まらなかったことか。目の前の怪物の前では、一瞬の隙が文字どおり命取りとなる。


 これは予想以上だな……。

 決して油断していた訳でもなければ、希望的観測をしていた訳でもない。この世界での猛者、シンシアを基準にして考えうる限りの難易度を覚悟していたが……随分とその上を行ってくれた。

 なんというか、やり辛い。大剣で叩き斬るっていう西洋的な剣術ではあれど、所々日本の剣術みたいな繊細さも兼ね備えてるし……いいとこ取りってずるい、というか、矛盾してる。おかしい。いや、それが最強たる所以なんだろうか? 反則くさい……っていうか、俺の能力なんて目じゃないチートだ。


 シンシアもきちんと追い返したところで……さて、どうしようか? さっきまでの攻防で把握できたのは、相手が俺の予想以上に規格外だということ。そして正面から愚直に挑んでも勝ち目は薄いということだ。正面から挑んでガチバトルした所で、調理される魚よろしく三枚におろされるか、トマトのように潰されるのがオチだろう。打開する方法を探すためにも……ここは逃げの一手に徹せざるをえない。     

 き、機会を伺ってるだけなんだからね!? 別に逃げてるわけじゃないんだから!

 



 …………いやまあ、逃げの一手とは言っちゃったけど。















 そのちょっと後。


「よく避ける。だが、避けてばかりで勝てんぞ――――!」


 正面から行ったって勝てねえよ馬鹿か!?

 いや、ねえ? 地面が陥没するわ、地震おこすわ。剣が発してる風切音も恐怖を掻き立てるのに一役買っている。あんな一撃、掠りでもしたらその部位が丸ごと持っていかれるだろう。さっきのシンシアズ魔力弾を剣で凌駕するとはこれいかに。

 (兎にも角にも――――!)

 平静を保ち、無謀な行動はしないようにしなければならない。やけになって突撃したところで勝機は無い。今はとりあえず打開策を探すために時間を稼がなければならない。

 とにかく逃げる。逃げる逃げる逃げる、体力の限り逃げる。少なくとも今はまだ、こっちから攻撃できる状況じゃない。突撃したら野球ボールの如く打ち返されてホームランされるに違いない。ホームランで葬らん。今俺うまいこと以下略!

 しかしいつまで続くのだろう、これ。どんどん自分の体力が消耗していくのが分かる。

 対して将軍の速度は、一向に衰えない。どころか、なんか一段階上がってるんですけど!

 あーやばいやばいやばい、追いつかれる!


 うああああああああああぁぁぁぁぁぁ!





















 ――――――――なんてね。







 既に手は考えてある。一体俺の何が将軍に勝っているか。それは、「速度だけ」だ。そしてそこで勝負することが、俺か勝つために必要なことだ。

 ギリギリまで――――文字通りギリギリまで、速度を制限する。全力を出している振りをして全力を出さず、「横に」避ける。極力前後の動きはしない。真っ直ぐ下がるというのはこの場ではまずい。追い込まれて追い込まれて、本陣まで押し込められたら目も当てられない。幸い将軍も俺との追いかけっこに付き合ってくれてるみたいだしね。

 ……そこを、利用する。


「ふむ、人望は合格のようだな」


 何故か一瞬ちらっとシェリス様たちのほうを見た将軍に対し、俺はやりたくもない攻撃を仕掛ける。いやだって、「あーこいつの相手飽きたなー」って感じられて、本陣に切り込まれたくは無いしね。ところでさっきの台詞は何だ? 人望が合格? 誰も助けに来てくれない俺に対する嫌味ですか? あれか、皆心配そうにしてくれてるのかな。そうなら嬉しいなあ。


 …………さて、もう少し頑張ろう。もう少しの辛抱だ。きっと。












Side:シンシア


 このままでは負ける。それは間違いない。遅かれ早かれ、将軍の振るう死神の刃は、ギンヤの命を刈り取るだろう。

 とはいえ、打開策は私には全く無い。どうしろというのだ。見ている他はなく、出来ることは友の死を待つことのみ。


「どうしたどうした、貴様の力を見せてみろ!逃げるだけが能ではあるまい――!」


 今もなお、一方的な戦いは続いている。いや、これは戦いと呼べるのだろうか。


 (まさかここまでとは――――!)


 なるほど、シェリスをして「絶対に勝てない」と言わしめるのも納得な実力だ。その速度は閃光の如く。その力は破城槌の如く。

 将軍は魔法的な要素を抜かせば、間違いなく世界最強の人物だろう。そしてそれに相対するは、私と同い年の少年。むろん少年とて、並大抵の人物ではない。いや、間違いなく一流、あるいは超一流の力を持っている。疑いなく、こちら側では最強クラスの人物だろう。

 だが、その少年すらも、文字通り手も足も出ていない。


 私は、自分の胸の中に、冷たい重いものが落ちるのを感じていた。

 将軍がギンヤに接近するたび、無残な姿と化したギンヤが幻視される。大切なものを失う恐怖に、私は体の芯から震えていた。



 ――――私は、無力だ。

 私を血筋抜きで見てくれる、私とは違う境遇の人間では初めてともいえる友人の命の危機を見ていることしか出来ない己に、ひどく腹が立った。


 ――――力が欲しい。


 全て護り通せる力を。全てを壊して全てを殺せる――――そんな力でもいいから。

 とにかく今は、力が欲しい。


 駆け出したくなる衝動に駆られた私に、戦の前にソフィアと交わした会話が思い出された。












「ギンヤは危ない人です」

「…………唐突に何だい?」


 ……危ない人。いや、おそらくギンヤのことを案じての言葉なのだろうが、それではギンヤが危険人物だといっているようなものだぞ?

 私の視線で自身の失言に気付いたのか、ソフィアはわたわたと両手を振る。その様は女の私から見ても可愛らしい。


「あ、いえ、そうじゃなくてですね! 危うい、と言いたかったんです」

「危うい……」


 ギンヤの在り方か? 確かに彼は決して自身を全て捨てているわけではないが、少なくとも蔑ろにはしているだろう。危うい。それは私も感じていたことだ。


「まあ、言いたいことは分かる」

「そうですよね……。私、唐突に不安になることがあるんです」


 視線をソフィアに向け、続きを促した。


「何故か……本当になぜかは分からないんですけど。ギンヤは絶対に諦めないし負けないと思うんです」

「それには異論を唱えたいところだが……まあいい。続きを」


 負けない、と言うのはありえないだろう。世の中に絶対は無い。偶然出した一撃が圧倒的強者の命を絶ってしまうことだってあるのだから。


「続けます。けれど、彼はその為に、自身であればどのような代償でも払う気がするんです」

「それは……」


 言わんとするところは分かる。いや、分かりすぎる。私自身それは懸念していたことだったから。

 彼は勝利と言う結果……いや、違うか。周りの人間が傷つかなくてすむ、という結果を得るためならば傷つくことを躊躇わない。そしてそれは、時に敵対している人間にも適応される。いや、私を助けたのは私が同盟国の人間だったからか? それはさておき……彼のそのあり方は確かに歪んでいる。優しいと言う言葉では片付けられない、ひどく自身を度外視した在り方。


「だから、私にはそれが怖いんです。ギンヤは分かってくれているのでしょうか、不安になるんです。彼が傷つけば、私たちは笑っていられないと言うことに」

「……気付いていないかもしれないな。しかし、気付いたところで止めるとは思えない」


 はい、と儚げにソフィアは微笑んだ。それは笑っているのに、泣きそうにも見えた。


「だから……こんなことをお願いできる立場ではないんですが……。私は戦場では役に立てません。だからシンシア様、もしギンヤがまた無茶をしようとしたら……」


 止めてくれ、ということか。それは言われずともやるつもりだった。ソフィアの言葉を遮って彼女の望む答を返そうと思った刹那、私は予想外の言葉を聞くことになった。




「――――ギンヤを止めないであげてください」





 衝撃。


「…………え?」


 意味がわからない。私は今何を言われた? 誰よりもギンヤを案じているだろうこの子に……私は何を言われた? 

 止めないでくれと……彼女はそう言ったのか?


「ギンヤは危ういです。見ているこちらが不安になるくらいに」

「ギンヤは優しいです。見ているこちらが怖くなるくらいに」

「ギンヤは強いです。目の前の敵が誰であれ、ねじ伏せられるくらいに」

「――――だけどギンヤは脆いです。彼を取り巻く誰かが失われたら……彼にとってそれはきっと死より辛い」

「…………」


 呆然とする私の頭に、ソフィアの言葉が流れ込んでくる。


「だから……。だから。ギンヤにそんな思いをさせるくらいなら、いっそ…………」


 ――――彼にとっては、死んだほうがきっと幸せです。


 その後のことを、私は覚えていない。どうやって部屋に戻ったのかすらも。記憶が完全に空白となっていた。

 私が覚えているのは、ただ……。

 微笑みながら涙を流すソフィアの姿だけだった。


















 ――――――――だがしかし。私は、このソフィアと言う少女を侮っていたのだろう。

 それは後々わかることであったが……このとき彼女はそう言いつつも、一つの決意をしていたのだ。

 ギンヤにとって究極の脅しにして、最大の抑止力。彼女は後に、それを切り札としてためらいなく使用することになる。












 


「――――――――ギンヤ。貴方が死んだら、私も死にます」


戦闘描写難しいです……。

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