第10話前編:決意
何とかかんとか書き直してみました。どうやらこれが今の自分の限界のようです。
今回から数話は、ところどころシリアスというか作者の中二病が発生しています。ご注意ください。
ついでに主人公なんかパワーアップしてますが、根本的な弱点は変わらず存在しています。
反乱軍の城も、残すところあと一つだという。それを落とせば戦いが終わる……というタイミングで、シェリス様と公爵が、シェリス様の父親――――つまり、今病に臥せっている皇帝――――から顔を出すように言われたらしい。何でも話したいことがあるとかで、非常収集だ。
ちょうど良い機会なので……という事で俺も行くことになった。ガルフさんとルーミィ、シンシアが残って睨みを聞かせ、公爵ファミリーと俺、シェリス様が謁見に行く。こう改めて見ると、中々にちぐはぐなメンバーな気がする。シンシアも連れて行くべきではなかろうか、とかね。権力……というか地位の高さ的に、こっちの国の城の最高権力者が他国の人間っていうのはどうなんだろう? ただ戦力的に見た場合、今回のような布陣になるのはどうしようもない気がする。ルーミィがシェリス様の傍を離れることについてはスルーで。
今はそんな感じに複雑な思いとか、皇帝に会う緊張とかを抱えつつ、馬車にゴトゴト揺られています。 あ、シェリス様みたく魔法を剣でぶった切る(どうやってんですか本当に。なんでもあの剣に秘密があるらしいけど。ちなみにシンシアは素でできる。どうなっているんだ一体)ことが出来ない俺は、遠距離からの狙撃が怖いので、常にブラックアーマー装備状態です。常在戦場。矢も怖いけど……戦場で感じた、魔法は本当にヤバイと。確かに矢もヘッドショットとか、そうでなくても当たれば死ぬこともあるけど……なんというか違う。
まあ、達人が放ってくる矢を普通クラスの魔法使いが使う魔法で再現できる感じだろうか? なんていったらいいのか分からないのでこの辺で打ち切ります。
それはともかく、そんなこんなで鎧着てますが、誰もこれに突っ込んできません。優しいですね。兵士から王女まで、漏れなく優しいですね。いい軍隊だな……。
「ところでギンヤ。こちらの生活には慣れましたか?」
突然のシェリス様からの不意打ち。こちら……ああそうか、一応異国の人間と思われてるんだっけ。異世界といっても信じてくれそうではあるけれど、こっちにパラレルワールドとかの概念が無いなら混乱させてしまいそうだし、真実は言わない。異国から来たというのも嘘ではないしね。我ながらひどい詭弁だな……。
「そうですね……戸惑うことがまだ少々ありますが、今のところは何とかやっていけています」
これは本当。色々な人が良くしてくれていて、今のところ大きな不自由を感じることは無い。細かな所で文化の違いを感じることがあっても、混乱することは無い。
「そうですか、ならば良かった。ギンヤが異国の人間であることは陛下にお伝えしてあるので、今回の謁見では細かな礼儀や必要以上の畏まった態度は不要ですので」
「あ、了解です」
それは有難い。とりあえず目上の凄い偉い人と会う態度で居れば、お咎めを食らうことはないだろう。結構心配してたんだよね、礼儀作法については。少しの失敗が死に繋がる可能性も無きにしも在らずみたいだし……まあ、あのシェリス様の父親って言うんならあんまりそういうので即処刑、なんてことにはなら無さそうだけどさ。
「異国か……そういえばギンヤ君、君はどこから来たのだね?」
「あー……それはですね…………」
まあこういう流れになることは予想済みだけど……なんて答えよう? 時間軸とか宇宙だの地球だの、平行世界だのを話したところで理解してもらえないだろうし……どうしよう? そんな風に悩んでいると、どうも複雑な事情を汲んでくれたらしく……申し訳なさそうに謝られた。
「ああ、すまんな。話せないこともあるだろうに、不躾だった」
「あぁ……えっと……」
ううん、気にしないでくれと言いたいところだけど……話せない以上、安易にそんな事は無いといったところで信憑性はないだろう。結局俺は、それを受け入れることにした。申し訳ないと思いつつも……それでも話せない。
その後は、当たり障りのない話をした。ソフィアは幼い頃はお転婆だったとか(今も若干残ってるよねと思った。親友が気がかりで戦闘地域に潜り込む辺り)、シェリス様も料理が出来るとか、でもソフィアのほうが上手いとか、公爵と皇帝はかなり仲が良いとか、シェリス様とシンシアは最初はかなり仲が悪くて取っ組み合いの喧嘩ばっかりだったとか。人にも歴史有りだなぁ……としみじみ感じた。ソフィアやシェリス様の昔話暴露大会みたいになってたけど。話のダシにされた本人達は少々お疲れ気味でした。ゆっくり休んで行ってね……。
「しかし、皇帝陛下と仲良し、ですか」
「ああ。光栄なことに、色々と目をかけてもらっているよ」
「そうですか……」
さて、どうしようか? 現在の最高権力者に助力が請えれば、一人で帰る方法を探すよりは格段と可能性が上がるだろう。しかし……まだソフィアにさえ話していない俺の正体。それをいくらリターンが大きいとはいえ、まだ顔も知らない人間に話すというのは……少々気が引けるな。うん、今のところは保留だ。
「しかし、それがどうかしたのかね?」
「いえ、何でもありません」
ああくそ、もっと考えを纏めてから話せよ、俺。わざわざ怪しがらせてどうするよ。
そんなこんなで、それから数時間馬車に揺られ続けた。
そうして特に何事もなく、早朝に城を出た俺たちは、昼を少し過ぎた辺りで目的地に着いた。今までいた城もかなりの大きさだったが……この城はそれに輪をかけてでかい。さすが王の居城といったところか。また凄いのは大きさだけでなく、城を造っている石も綺麗だ。大理石とは違うのだが……似た雰囲気はある。異世界物品だろうか? 周りが自然豊かで緑が多いので、その緑色が白い壁に映っていて幻想的だ。
「凄いな……」
ただただ、感嘆の声しか出ない。こんなにも美しい景色が世界にあったのか……そう思わざるをえなかった。決して城下町も汚かったわけではない。むしろ色々と凝ったものがあって、かなり目の保養になった。しかし、ここはそんなレベルではない。
まるでそこだけ世界が違うかのような……絵画の中の世界が実体化したような場所。
空の青さと、植物の深緑と……それらを反射してそびえる、荘厳な白色の城。所々に鳥が留まり、空気さえ浄化されたような空間。完全な自然と人間の調和の一つの形がそこにあった。それはたとえ一度しか目にしなくても――――決して忘れないだろう、圧倒的な衝撃だった。
熱いものがこみ上げてきた。何なのだろう……そんなはずは無いのに、ひどく懐かしい気がする。まるで、自分がここにいたことがあるかのような――――
「……まさかな」
その懐かしさを、首を振って霧散させた。そんな事があるわけがない。俺はここに来たのは初めてのはずだ。こんな景色を見ようものなら、たとえその時幾つであったとしても俺は忘れないだろう――――そんな確信があった。
「……あー、もう、調子狂うなあ…………」
まったく、柄じゃない。けど……
「この景色を見れたことと、ソフィアに会えたこと。それだけで――――」
この世界に来た理由は……十分かな。
そうしてまた一つ良い思い出を手に入れた俺は、シェリス様たちを追いかけた。
思い出が出来れば出来るほど――――いつか来るかもしれないさよならが辛くなるだろうな、と頭の隅で考えつつ。
「第一王女シェリス=シルヴィア及びライトアーシェント公爵、ご命令に従い参上いたしました」
城に上がった俺たちは、いきなり皇帝の寝室に通された。現在、大きなベッドの側にシェリス様と公爵が跪いている。ベッドには皇帝が寝ており、付き添いで王妃と思われる方が近くに座っている。ここにいないソフィアたちは、呼ばれていないので城内で休憩中。俺? 俺は跪くタイミングを逃したので突っ立っています。特に皇帝も何も言ってこないしね。一応姿勢を正して敬意は表しているよ?
しかしどういう状況に見えるのだろう? 病に臥せっている王と家族、忠臣。ここまでなら絵画の題材になりそうな情景なのに……その傍らに控える黒い鎧が台無しにしている。つまり俺が不要物。謝罪しながら飛び降りたくなった。
「ああ、ご苦労。わざわざすまないな……ところで、そちらのものは?」
「はい、こちらのものはギンヤ=ホシミヤと申すものです。異国の人間ですが、2度もライトアーシェント公爵令嬢を救い、また戦場でも武勲を挙げているものです」
「ほう、そうか」
そう言って皇帝は俺の方を見た。怪しげな黒い鎧がいるのぉ、などと思われていたのだろうか……って、
(え……?)
皇帝の顔を正面から見た俺は驚いた。記憶の中の死んだじいちゃんと似ていたからだ。
無論髪の色などは違うが……顔立ちは酷似していた。おぼろげな記憶だから、確信を持っているわけではないが……
(って、落ち着け落ち着け……)
悟られぬように頭を切り替える。他人の空似にそこまで動揺するのもみっともない。改めて皇帝との会話に集中した。
こちらを見詰めるその目には優しい光が宿っていた。そのせいだろうか……この国の最高権力者に見つめられているという状況下で、緊張はまったくしなかった。まあ、じいちゃんに似ていたから、と言う理由もあったのだろうけれど。
「ありがとうな……ギンヤ君、だったか。何か欲しいものはあるかね? そこまでして貰っておきながら、何もやらないわけにはいかぬ」
「…………いえ。お気持ちだけで十分です。強いていうなら……早く元気になってください」
これは紛う事なき本心。俺は今の生活に満足しているし、他人の空似とはいえ、優しくしてくれた祖父に似た人が病で苦しんでいるのは辛かった。
「君は優しい子だな……」
なにか感慨深げに皇帝は呟いた。優しい……いや、俺はそんな上等な人間じゃない。単に、死んだ人間を重ね合わせて的外れな気遣いをしている勘違い野郎に過ぎないのだ。だからそんな言葉を掛けられると、逆に心苦しい。
「……そんなことはありませんよ」
「そうか。君にとってはそうなのかもしれんなぁ」
年を重ねた人間が全て深みを増すわけではないだろう。だが――――皇帝と言う立場に立ち、そしてその中で私欲に溺れることなく政治を行ってきた人間。その人間であるこの人の目は、深い。こちらをじっと見つめる優しい瞳には、吸い込まれそうな雰囲気があった。
「だがねギンヤ君、所詮人と言うものは他者が規定するものなんだ。君がどれ程自分の事を卑下しようとも、君は優しい人間なのだ。少なくとも私にとってはな。たとえ君が自身の利の為に行動を起こしたとして、その結果誰かが救われたのなら――――動機がどうあれ、君は善人なのだよ」
「……哲学的な話ですね」
本当の自分などなく、あるのはただ他人からの評価のみ。なるほど、納得できる部分はある。
「ところでな。自分の中で、本当に自分であるものと言うのは意外に少ないのだよ。自分と思っているものの殆どは、他者からの受け売りであり、また影響によるものだ。言ってみれば人は、ほぼ誰かから受け継いだ何かで出来ているわけだな」
「あなた、そのあたりで……」
「ん? おお、すまん。つい説教くさく……というより、下らない持論を語ってしまったな。私も偉そうなことを言える人間ではないというのに」
王妃に遮られ、皇帝は苦笑しながら言った。
「いえ、その、何と言うか……。生意気なことを言えば、私もその考えは正しいと思います」
この考えは心に留めておこう。何故かそう思った。
「さて、話を戻して……。君のその謙虚さは美徳だが、こちらの文化では、恩を受けて返さぬのは家全体の名折れとなってしまうのだ。だからどうだろう、こちらの顔を立てると思って、何か欲してはくれんかね?」
「……そういうことなら、考えておきます」
「ああ。よろしくな」
そこでこの話は終わった。それを感じたのだろう、シェリス様が本題に入るために口を開いた。
「して陛下、お話があると伺ったのですが……」
「……ああ。お前と公爵、それからギンヤ君も聞いてくれるかね?」
え、俺も?
「は、はい。了解しました」
「ありがとう。話と言うのはな、ヴィロゥの事だ」
皇帝がその言葉を口にしたとたん、場の空気が重くなった。そして、シェリス様と公爵の表情が、傍目からはっきり分かるほどに強張った。
「……ヴィロゥ将軍のことですか」
シェリス様の声が、今まで聞いたことのないほど硬い。おそらくは公爵も口を開けばそうなるのだろう。
「ギンヤ君は知らないだろうが……ヴィロゥ将軍と言うものがいる。そして、私はあやつとは親友でもあってなぁ…………」
……随分厄介な話になりそうだ。
「そのヴィロゥと言うのがな……。実は、今反乱軍側に与しているのだ」
予感的中だ。どうやら――――今回も、俺は厄介ごとに巻き込まれるらしい。
Side:シェリス
「そのヴィロゥと言うのがな……。実は、今反乱軍側に与しているのだ」
その言葉を聴いた瞬間、ギンヤの目が細められた。高密度の――――張り詰めた緊張感がギンヤから放たれる。別に、恐ろしいわけではない。恐ろしいわけではないが……形容しがたい気。苛ついているとも取れるし、哀れんでいるようにも感じる。一体何をかは分からない。
「正直、私はもう長くないだろう」
陛下の言葉に、ギンヤは沈黙を持って答えた。私たちも同様だ。
「そして、そうなるとこの国を継ぐのはそこのシェリスだ。しかし君も分かるように、シェリスでは若すぎるのだ。無論公爵や他の皆が支えてくれるゆえ、私自身は心配していないのだが……民からはそうは見えぬだろう」
そう。私はまだ20歳。それでも実績があればよいのだが……私には、まだ実績がない。だからこそ今私が反乱を平定したとしても、しばらくは民の不安は消えないだろう。それがおそらくは、確定された未来だ。
「だからだろうかなぁ……? あやつの真意は分からん。ただ、あやつが権力欲しさに私やシェリスを裏切るとは思わないのだ」
それは私も同感だ。私は陛下と将軍の仲の良さをずっと近くで見てきたし、私自身ヴィロゥ将軍にはお世話になった。泣いている私を懸命にあやそうとしてくれた姿や、私の剣術の上達を我が事のように喜んでくれた姿は、今なお眼に焼きついている。
「あいつに反乱の意思はない。自身が討ち取られることでシェリスに箔をつけようとしているのか――――それも分からない。だが……」
「私は、あやつを死なせたくはない。反乱を起こしたものは処刑――――その原則を知らぬわけではない。それを私が破れば、後のシェリスやその子孫達が苦労するのも分かっている。だが――――」
――――死なせたくはないのだ。
そういって、陛下は目を閉じた。その表情は、今までに見たこともないような苦悩に歪む表情だった。 今まで私にとって陛下は、完全な王だった。厳罰や法を持ってしか統治できないだろう私とは違い、陛下はその暖かさで、徳で統治する人間だった。そして私の記憶には、陛下の悲しむ顔や悩む顔はなかった。それは、陛下が意図的に私には見せなかったのだろうか? それは分からないが……ただ確かなのは、私が陛下の表情を見て息が止まるほどの衝撃を受けたことだ。
しばし沈黙が部屋に下りた。私も公爵も、驚きからの衝撃で声を出せない。しかしゆっくりと陛下が頭を上げたことによって、再び時間が動き始める。
「だからな……。だから。ずうずうしい願いとは、百も承知している。浅ましい願いとも分かっている。だがどうだろう公爵、どうかして、秩序を乱さずヴィロゥを助ける、そんな方法がないものだろうか……?」
それはひどく都合の良い話だが、それを口に出す人間はいない。それを口にしている人間が一番それを分かっていることが、この場の全員に分かっていたからだ。
出来ることなら、それを叶えたい。しかし、そのような方法があるのだろうか?
私は公爵を横目で見た。私にはそのようなことを可能にする策が思いつかないが、公爵ならばどうだろうか?
「……実のところを申しますと」
公爵が口を開いた。全員の視線が公爵に注がれる。それに怯む事もなく、百戦錬磨の策謀家は続けた。
「陛下がそうお思いであろうとは、予測しておりました。ですので以前から考えていたのです。
――――陛下の意を叶える、その方法を」
…………流石ですね。反乱が起こったとき、その反乱を鎮めることで手一杯になっていた私たちとは違い、その時点で既に陛下の意に視線を向けていたとは。
「確かにあります。方法はあるのです。しかし……」
酷く言いにくそうにする公爵。公爵の視線はまず陛下を見て、そしてギンヤで止まった。何かギンヤにも不利益が生じるということでしょうか?
その視線に気付いたのだろう、ギンヤは自身を見詰める公爵に対して静かに先を促した。
「続きを」
「……ああ。さて、私が考えた方法は一つ。秩序を保ちつつヴィロゥ将軍を救うため……つまり、今回は合法的に将軍を救わねばならないのです。ここまではよろしいですか」
全員が頷いた。その反応に公爵も頷き、話を続ける。
「私の策では、ヴィロゥ将軍をのみ救うことが出来なければ、秩序を保てません。つまり、ヴィロゥ将軍以外の反乱に加担したものを殺さねばならないのです」
――――空気が、凍った。
「そうでなければならないのです。ええ、そうでなければ今回の例は悪例として残ることになるでしょう。それは避けねばなりません」
「さて、具体的な方法についてです。まず第一点として、ヴィロゥ将軍を生け捕りにします。殺してしまっては話になりませんので、ここは良いのですが……問題は次です。反乱軍の人間を、ヴィロゥ将軍以外戦場で討ち取ります。兵士は構いませんが、貴族は皆殺しにするのです。今までに捕らえた貴族も、速やかに処刑しておく必要があります」
その苛烈さに、私は瞬きすら忘れた。苛烈さと言うのは、策の内容は勿論、公爵の雰囲気についてもだ。私の目の前の公爵からは、武人の熱さや殺気とは対極的な、静かな凍気が放たれていた。芯まで凍りつきそうな冷たさ。そしてその冷気が持つ、圧し掛かるような重み。これが策謀に生きる人間の……。
「そうして、陛下。陛下は宣言をして、シェリス様に王位を譲られるのです。そしてシェリス様が、自身の皇帝就任に伴い、恩赦を発布します。新皇帝就任の祝いとして、反乱に参加したもの全員を許すと。その際に生き残っているのは兵とヴィロゥ将軍だけなのですから、目的は達せられるでしょう。少々無理やりではありますが……やるならばこれしかありません」
「それで、実行にあたり問題点は?」
私や陛下が口を挟めなかった、公爵の作り出した空間に、ギンヤはこともなげに一石を投じた。何ともまあ、豪胆な……。
「ヴィロゥ将軍を生け捕りにすることだな」
「貴族の皆殺しではなく?」
「そちらはどうにでもなる」
淡々と、短い言葉で会話が進んでいく。
「問題は将軍なのだ。貴族や兵との戦闘は、ルーミィやガルフ殿で何とかなるだろう。シンシア様をこちらの事情につき合わせるわけにはいかん。そうなると、君しかいないのだ、ギンヤ君。将軍を生け捕りにする役割が果たせるのは」
「私ですか」
ギンヤの表情は、鎧で覆われていて見えない。唯一見える漆黒の瞳は、瞼によって隠されている。先ほどまでギンヤから放たれていた緊張感はなりを潜めている。しかしいつもの穏やかなギンヤに戻った訳ではない。今のギンヤは、深いのだ。何と言ってよいのかは分からないが……静かな水面のような。自身の深いところに潜ろうと瞑想しているようだ。事実そうして考え込んでいるのだろう、何と言っても一人であのヴィロゥ将軍を生け捕りにしなければならないのだ。そんなことを出来る人間が、果たして世界に居るのだろうか?
ヴィロゥ=グレイガルータ。『シルヴィアの絶対守護将軍』の異名を持つ、常勝不敗の戦士。彼が戦場に出れば、刃向う物を全て斬り捨てる。常識外の膂力で振り回される2m近い大剣が作り出す豪撃は、防御することすら出来ない。剣ごと盾ごと、打ち砕かれるからだ。
そんな人間を相手に、実質の一騎打ち。それも生け捕りにするという難題だ。私なら不可能ですと断言するだろう。ルーミィやガルフも、シンシアもだ。それに、こう言っては何だが、ギンヤにそこまで私たち、陛下の為に戦う理由がない。私たちの側が彼に恩がありこそすれ、全く彼には私たちの為にこれ以上命をかけて戦う理由がないのだ。だから当然、ギンヤは断るだろう。それが当然だと思っているし、ここに居る皆もそうだろう。事実陛下も、ギンヤに縋るような眼を向けてはいるが、どこか諦め気味だ。
そう、断ることが当然だ。それが正しく、また彼が取るべき選択なのだ。
ギンヤの瞼が開く。
……どうして?
何故貴方は、そのように覚悟を決めた瞳をしているのですか。
まるで、それを受け入れるかのように。再び自身の命を危険に晒すことを決めたような瞳で――――。
ゆっくりと銀也の瞼が開かれ、見えた瞳にあったのは、苛烈な意志。普段の穏やかな光はもうどこを探しても見えず、あるのは纏った鋼のような強い意志だけだった。
そうして、全身に黒い鋼を纏った戦士は、もう戻れぬ――――不退転の誓いを口にした。
「分かりました。結果の保証は出来ませんが……全力を尽くす、それは確かに約束します」
そんな、どこまでもお人よしな約束を。
その後、私たちは御前を辞した。今現在私たちは、ソフィアたちも含めてこちらに来た皆でテーブルを囲んでソフィアの淹れてくれたお茶を飲んでいる。既に陛下の名前で、捕虜の貴族を処刑するように関係各所に通達は放たれた。あとは、私たちが戦場で剣を振るうのみだ。
それは確実に成し遂げるとして……私はどうしても彼に聞きたいことがあった。私はカップを置いて、対面に座るギンヤに話しかけた。
「……ギンヤ、少しよろしいですか」
「はい。なんですか?」
「……貴方には、ここまでする義理も何もないはずです。なのに何故?」
「……義理はないですね、確かに」
だけど、とギンヤは続けた。
「寂しそうでしたよね。辛そうでしたよね、陛下」
「ええ。それはそうですね」
まさか、それが理由だとでも? それこそまさかだ。
「それでは駄目ですか?」
「駄目とはいいませんが……納得は出来ません」
「ああ、やっぱりそうですよね」
ギンヤが苦笑した。自分でも苦しい理由とは分かっているようですね。そう思う私に、ギンヤは意外な言葉を口にした。
「腹立たしかったから、というのはどうでしょう?」
「腹立たしかった……ですか?」
何にギンヤは腹を立てているのだろうか?
「勿論、私などには及びも付かない考えがあるのでしょう、そのヴィロゥ将軍という人には。それにシェリス様たちと関わってきた時間も私とでは比べ物にならないでしょうし、事実シェリス様たちを大切に思う気持ちもその人の方が何倍も強いと思うんです」
「だけどなんでしょう……。確かに将軍には何か考えがあるのでしょうけど、それって立場上、基本的には孤独でしか居られない皇帝陛下を、さらに独りにしてまでも貫かなければいけないものなのでしょうか?」
私は答えられない。いつしか部屋に居る人間全員が動きを止めてギンヤの話に聞き入っていた。
「この国のことを私よりも真剣に考えての行動でしょう。国に仕える武人としては、賞賛されるべき行動、まさに騎士の鏡ですよね。国のこれからのために、自身が反逆者と言う汚名を背負ってでも行動する。文字通り、命をかけて。それって凄いとは思うんです」
「けど、言うなれば……勿論反論は出るでしょうけど、それはある意味一定以上の地位がある人間ならできる行動ですよね。将軍の考えの一例として陛下が仰った、名高い人間を倒したという箔をシェリス様に付けたいなら、それはある意味公爵にも出来ることですよね」
公爵がギンヤに向けられた視線に、是と頷いた。
「けど……友人はそうじゃない。皇帝と言う孤高の地位にいる人間を、一人の人間として支えられる人間って、とんでもなく稀少……というより、今回の場合は妻か娘か親友か、しか出来ませんよね。なのに……」
段々とギンヤの口調が熱を帯び、早口になっていく。ギンヤはこういう理由ならどうでしょう、とさっきは言ったが、もう私はこれこそが真実なのだと感じていた。
「それを捨ててまで、今回のこれって取る行動だったのか? そう考えると、『俺』にはそうと思えないんです。俺はそれに頷けない。その人にしか出来ないことがあって、きっと将軍は本当はそれをしたかった。なのにこういう行動を取った。俺はそれがわからない。理解できない。したいとも思わない。俺よりはるかに人生経験はあるだろうし、考えの深さだって向こうのほうが圧倒的に深いでしょう。だからこんなもの、将軍の決意に比べたら子供の戯言なんでしょう。けれど……」
「俺は許せない。皇帝陛下の心を痛ませた将軍を。きっかけを作った反乱軍の上層部を。なにより、今こうして血を流して戦わなければいけないこんな状況が。一部の馬鹿のせいで、こんな風に起こっている戦争が。だから…………」
ギンヤの瞳に涙が溢れ始めた。その姿と、いつか要塞で見たギンヤの姿が重なった。あの時は、自身にとっては何か意味を持つだろう技を放っていたときだった。今回は? 彼は今、戦争に対して憤っている。激情によって、普段どれだけの怪我をしても流さない涙を流している。
「だから止めたい。こんなくだらない戦争を。だから消したい。こんなくだらない馬鹿共を。だからなんです」
「難しいとは思います。だけどそのために、俺にしか出来ないことがあるのなら。俺はそれをする。ほかの誰にも出来ることじゃなくて、俺にしか出来ないことがあるのなら、俺はそれを選びます。甘い考えだろうと思いますし、そう思い通りにいくとは限りません。こんなものはただ、欲しいものが手に入らなくて泣き喚いてる、現実を認められない子供と大差ないのかもしれません。だけど俺は、それでも認めたくないんです。そんな、孤独な人を支えられる人間が、さらに孤独に追い詰めるなんて。だから――――」
そして涙に濡れた瞳に、今度は憤りではなく決意の火を灯して――――
「ヴィロゥ・グレイガルータは……俺が止める」
その熱を、口から吐き出した。
Side:銀也
話を聞いているうちに、俺は自分の心に苛立ちと哀れみが沸き起こるのを感じた。前者は孤独だろう王をさらに追い詰める将軍に。後者は孤独である王に。前者はともかく後者は侮辱かもしれないが……それでも俺には哀れに思えた。
「王は孤独なものである」とは誰の言葉だったか……。確かに今俺の目の前に居る一人の王は、孤独に悩んでいるように見えた。そしてそれは目の前のこの人だけではないのだろう。
シンシア、シェリス様。俺の知る二人の王族。彼女達はどうだろう? シェリス様はルーミィにある程度心を許しているようだ、幼馴染らしいし。ではシンシアは? 彼女は、家族以外に心を許せる対等な存在がどれだけ居るのだろうか?
周囲に作り物の笑顔を振り撒き、そのたびに孤独になっていく少女。俺はそんな女の子を一人知っている。
財閥の令嬢。才色兼備。完璧超人。高嶺の花。そんな風に噂されて彼女はぎこちなく笑っていた。幼いのに、甘えたい年頃なのに、友達と遊んでいたい年頃なのに……それが出来なくて、心で泣いていた少女を知っている。
だからだろうか? 俺にとってはそのヴィロゥ将軍とやらが、彼女の周りで彼女を孤独に追いやっていた人間と重なった。それが許せなくて……だから、俺は止める決意をした。
そんな理由は、所詮ヴィロゥ将軍の覚悟に遠く及ばないのだろうけど……それでもそれは、俺が戦いから逃げる理由にはならないし、してはいけないと思う。
また俺は戦場に立つ。そして人を殺すだろうし、殺されるかもしれない。その恐怖はいまだ根強く俺の心に巣食っている。けれど……。
思い出すのは、あの言葉。天幕の中で自暴自棄になっていた俺に対してソフィアがくれた、覚悟の源泉。
「ありがとうございました。貴方のおかげで、私は今生きています」
それだけで、俺はまた立てる。というより、それだけが俺の立つ理由。そんな他人に依存した、殺人を犯す事についてその理由を他人に押し付けるような吹けば飛ぶような決意が、今の俺が抱えるものだ。
そしてその屑っぷりを遺憾なく発揮した決意のほかには……幼馴染と皇帝を重ね合わせて感じている、見当はずれな怒りと哀れみ。今の俺にはそれしかない。だけど止めたい。
自分でも呆れるような話だけれど……うん、俺にとってはそれで十分だ。笑わば笑え、それでも俺はやる。きっとそれでいいんだ。
……けれど。
俺は知らなかった。この時はまだ何も知らなかった。そう――――
え、ヴィロゥ将軍、そんなに強いの?
孤独だった少女は、幼馴染の詩織ちゃんのことです。主人公の原点は、そのように「周りで不幸になっている人を助けたい」です。
だから彼は鍛え始めた、という裏話があります。