第9話:最終戦の前の休息
もんすたー。もんすたー。
戦いというものは、戦闘が終わればそこで終わりというものではない。捕虜の扱い、戦力の補充、兵糧の確認、場内の把握や治安維持、etcetc……。
ひとつの城を落とした俺たちは、そういった戦後処理に追われていた。とはいえ実質ただの一兵卒である俺に、仕事が回ってくるわけではない。仕事に追われるシェリス様たちを尻目に、こちらも仕事の無いらしいシンシアとソフィアと呑気にお茶をしていた。
「しかし、シェリス様たちは忙しそうだね……」
「そうだな、とはいえ……今回は民が強制徴兵などということをさせられていたからな。幸か不幸か、躍起になって民の支持を集めようとしなくて済むから普通よりは楽なんだよ」
「戦う力を持たない人を戦場に出すなんて、許せません……」
「そうだねぇ。ところで、シンシアは仕事しなくていいの?」
「私は部外者だからね。することは無いよ」
「とかいいつつ反乱に参加した貴族に片っ端から決闘を挑んでボコボコにしているシンシアであった」
「え、え、シンシア様、え!?」
紅茶を啜りつつ、無言で目をソフィアから逸らすシンシアであった。それはもう自白しているに等しい。
「まあ、気持ちは分かるけどね」
あいつらのせいでどれ程の不要な血が流れたことか。いや、対抗することを選んだのはこっちだから流血の責任は五分か?
「だ、だろう?」
「けど俺は実行に移さないな」
「というか、ほんとにやってるんですね……」
ま、反乱でシェリス様が悩んでたりとかしたのがシンシアには気に入らないんだろう。正確には、シェリス様をそう悩ませた貴族たちが。そしてバーサーカーシンシア降臨、と。実に分かりやすい構図だ。
「本当にやってるよ。夜な夜な徘徊して、悪い子はいねがー、悪い子はいねがー、って」
「そんな事はしていない!」
な~ま~は~げ~。こっちにはそういった風習ないのかな?
「まあそれはいいや。それは置いておくとして。
仕事が無い俺たちですが、お茶なんか飲んでていいんだろうか。いや。お茶を貶すわけじゃないけど」
「「何を今更」」
ソフィアがグレた!?
「というか、お茶でも飲もうよー等と言ってきたのは君ではないか」
「いや、だってやること無かったし」
「じゃあ何をしていてもいいじゃないか」
「いやまあそうなんだけど、なんとなく罪悪感がない?」
「君にそんな感情があったのか」
「どこぞのバーサーカーとは違うんです」
「「ふっふっふ…………」」
やっている人間としては中々楽しい掛け合いだけど、そろそろ止めようか。ソフィアがオロオロしてるし。
「けどこのお茶美味しいよね」
「それには同意だ」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうなソフィア。さもあらん。これ淹れたの彼女だし。
「こういうの、メイドさんとかがやると思ってた」
「普通はね。けど、ソフィアは普通じゃないから」
「その言い方、なんだか傷つきます……」
「あ、ああ、すまない。決して悪い意味ではないんだ」
「ああソフィア、かわいそうに。人外の可能性ならナンバーワンな人間に言われたくないよねー」
「待て、それは私のことか」
「ほかに誰が。もう俺の中でシンシアは種族・人間(?)だよ」
「(?)とは何だ、(?)とは!」
「じゃあ、人間(笑)」
「ええい、ここで斬り捨ててやろうか……! 大体私が人間で無いというのなら、君は何なんだ!」
「いや、普通に「人間」だけど」
「不公平だ! 君も人間の後ろに何か付いて然るべきだ!」
「じゃあ人間(遺伝子組み換えでない)ならどう?」
やめろ、ショッカー、ぶっとばすぞぉー! こっちでは通じないだろうネタだから口には出さない。
「イデンシとはそもそも何なんだ……」
ああ、そっか。これも通じないか。
そうだよね、異世界だもんなあ……。そもそも時代を考えると、科学の発展が追いついてないか。けど魔法が発達しているわけだから……ううん。難しい問題だな……。
「お2人とも、仲宜しいんですね……」
いや、弄りがいがあるんだよね。
「いや、弄りがいがあるんだよね」
「声に出てますよ……」
「おっと失敬」
ついやっちゃうんだ。
引き続きソフィアについての論評。
「しかしアレだよね、本当にソフィアって公爵令嬢って感じがしない。いや、悪い意味ではなく。気品とかはちゃんと持ってるんだけど、趣味は料理で特技が家事全般、っていうのがね……」
「確かにかなり珍しい、というか私はソフィア以外にそんな貴族を知らないな」
「け、けど、好きなんです……」
「いや、いい事だと思うよ。何というかね、こう、癒されるものがある」
戦いにすさんだ心を癒す特効薬ですよ、ええ。料理が好きで家事が得意、っていうのは詩織もそうだったけど。いかん、元の世界を思い出すと泣きそうになるから止めよう。
「つまり君はソフィアを見てニヤつくのかい? 不審者だな」
ここぞとばかりにニヤつきながら弄ってくるシンシア。だが甘い……君のほうが致命的な失敗をしているのさ。
「いやいや、強そうな男性を見つけてはニヤニヤして、更に行動に移すザ・痴女なシンシアに比べたら」
獰猛な笑み+模擬戦申し込み的な意味で。
「うわ……」
ソフィアがドン引きした。何気にこの子もリアクションがキツイよね。無自覚なところがまた、絶妙な天然モノの腹黒さを醸し出している。実に、実に素晴らしいと思う。
「ち、違うぞソフィア! ニヤニヤなどしていないし、やっていることは変な事じゃないし、第一強そうな女性だって大好物だ!」
「その発言はさらに過激だから落ち着こうか」
大好物てあなた。そんな獲物を狙うケダモノじゃないんだから。とりあえず見ている分には面白いが、収拾がつかなさそうなので、そろそろ……
「ほらほら、深呼吸。ひっひっふー、ひっひっふー」
「ひっひっふー、ひっひっふー」
お約束のボケ。
直後に何をやらせる、と顔を真っ赤にして突っかかってきたシンシアをまあまあおちつけ、お茶でもどうぞ、どうどうどうどうひっひっふー、と宥めて。
結局そのあともダラダラと、3人でゆっくり過ごした。
――――――必死に書類と格闘しているらしいガルフさんの絶叫を聞こえない事にして。
お茶会も終わりシンシアと別れたあと、俺はソフィアに城の中を案内してもらっていた。元々この城にはソフィアもそれなりに出入りしていたらしく、解説を交えながらの案内は、楽しいの一言につきた。
そして夕日が美しく射し、茜色に全てが染まる中。俺とソフィアは、屋上にいた。
Side:ソフィア
私はギンヤに城内を案内したあと、そのままギンヤを連れてお気に入りの場所に来ました。人目につきにくく、空気も綺麗なここは、私にとって思い出深い場所です。
「しかし、景色が綺麗だね……」
「そうですね。だからここは私のお気に入りのところなんですよ。ギンヤには、そういう場所はないのですか?」
「昔はあったけどね。そこも、ちょっとした争いで無くなってしまったよ」
「あ……」
聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。ギンヤの顔は、はっきりと悲しみの色を浮かべていた。その表情に、私は胸に鋭い痛みを感じた。
「そんな顔しなくていいよ。別に昔のことだし、今は正直どうとも思ってないから。例えまだその場所があったとしても、俺は行かないだろうし」
嘘だ。ギンヤのその言葉を、ギンヤの表情は否定している。それは、ひどく悲しげな。それでいて、何かを諦めたような――――
「まあ、それはいいんだ。本当に気にしないで。しかし、本当に綺麗な所だな……」
そういってごろりと、ギンヤは仰向けに横になった。その顔は先ほどまでと違い晴れやかで、その表情に理由も分からず泣きそうになる。
「え、ソフィア、どうしたの!?」
ギンヤが珍しく慌てている。素晴らしく俊敏な動きで立ち上がったことからも、それが伺える。
「どうした、って、どうしたんです?」
「いや、だってソフィア泣いてるから……」
あ、あれ? 確かに泣きそうにはなったけれど。
「き、気にしないでください。別に悲しいとか、どこか痛いとか、そういうのじゃないので」
「……そう。なら、いいんだけど」
ごしごし。ギンヤにハンカチで顔を拭かれました。ありがとうございます。そうしてギンヤは、再び寝転んだ。
「ここまでの光景は初めて見たな……」
「そうなんですか?」
「うん、もっと俺はこう……言うならば灰色の世界で育ったからね。こういう綺麗さは、初めてだよ」
灰色の世界、ですか。私には想像もつきません。一体どのような世界なのだろう。そのような世界があるのでしょうか?
しばらく黙って想像してみても、一向に具体的な感じが分かりません。結局想像を諦めてギンヤに質問をしようとしてみましたが、
「あれ、ギンヤ……?」
ギンヤがちっとも動いたりする気配が無い。横になったまま身動きの一つもしない彼を不思議に思って、私は彼に近づいた。すると、穏やかな寝息が聞こえてきた。なるほど、どうやら……
(眠ってしまったんですね……)
穏やかな寝顔を覗き見る。少なくともその顔に、苦しさや悲しみは無い。なぜか彼が穏やかでいることが嬉しくて、そのまま私も彼の横になり……
(おやすみなさい……)
夕方だというのに、一緒になって眠ってしまった。
Side:銀也
俺はソフィアに案内されたところから見える景色に見とれていた。ススキのような植物が茜色の光に照らされ、ひどく美しい光景になっていた。
「しかし、景色が綺麗だね……」
「そうですね。だからここは私のお気に入りのところなんですよ。ギンヤには、そういう場所はないのですか?」
「昔はあったけどね。そこも、ちょっとした争いでなくなってしまったよ」
そう、あれは公園。小さい頃俺は、詩織や他の子達と一緒に遊んでいて、お気に入りかつ思い出の場所だった。
だが、その公園も、「子供たちの声がうるさい!」という近所に越してきたイカれたババア……失礼、近所の方の抗議によって取り壊された。
「あ……」
なにやらソフィアが悲しげな顔をした。これはまずい、
「そんな顔しなくていいよ。別に昔のことだし、今は正直どうとも思ってないから。例えまだその場所があったとしても、俺は行かないだろうし」
流石にこの年で公園で遊ぼうとは思わないし。けれどそれでも、取り壊されたことは遺憾、というか確かにその人にとってみれば深刻な騒音だったかもしれないが、子供たちは元気に外で遊ぶのくらいいいじゃないか、と思う。
そもそもその人が先にいて公園が出来たのではなく、公園の近くに後から移り住んできたのに。こんな大人がいるというのは、正直悲しいものだ。
「まあ、それはいいんだ。本当に気にしないで。しかし、本当に綺麗な所だな……」
そして横になる。なんか昼寝に最適そうな感触と温度である。そんなことを考えつつソフィアを見ると、ソフィアは何故か泣いていた。
「え、ソフィア、どうしたの!?」
我ながら素晴らしく俊敏な動きで立ち上がる。これはあれか、「私のお気に入りの所に寝転んでんじゃねーよクズ」ということか!?
「どうした、って、どうしたんです?」
「いや、だってソフィア泣いてるから……」
泣いてることに気付いてなかったのか。
「き、気にしないでください。別に悲しいとか、どこか痛いとか、そういうのじゃないので」
「……そう。なら、いいんだけど]
ああ良かった。ソフィアにクズとか思われてたら首吊れるわ。冗談じゃなしに。とりあえずソフィアの涙をハンカチで拭いて、と。うん、いつもの美人さん。べ、別に、泣いてる顔にキュンキュンなんてしてないんだからね! 泣き顔をいつまでも見つめてると理性がヤバイ、なんて理由で拭いたわけじゃないんだから! だめだ、何かをいえば言うほど言い訳にしか聞こえない。
「しかし、本当に綺麗だね。こういう光景は初めて見たな……」
「そうなんですか?」
「うん、もっと俺は灰色の世界で育ったからね。こういう綺麗さは、初めてだよ」
コンクリートばっかの世界だったしなあ。そう考えると、ここはひどく居心地がいい。
しかし眠い。疲れるようなことはした覚えがないんだけど……。
(あ、やべ……)
体が重く、動かなくなる。
そのまま、俺は沈むように眠りに着いた。
Side:ソフィア父
仕事も終わったので、帰ろうと思った私は、ソフィアがよく小さい頃遊んでいた場所に行こうとふと思いたった。なんとなくそこに娘が、そしてその護衛の少年がいる気がしたからだ。
そうしてそこにたどり着くと、そこをガルフ殿が覗き込んできた。
「ガルフ殿、どうかなされたか?」
「おお、これは公爵様。なに、ひどく微笑ましい物を見ましてね」
そう語る彼の表情は、彼の言葉どおり、暖かく微笑んでいた。
まあ公爵様も、といわれたので私もそこを覗き込む。
「ほう、これは……」
なるほど。これは確かに微笑ましい。私も自分の顔が緩むのを感じた。私達の視線の先には、黒い髪と瞳を持つ優しい少年と、私の愛娘。2人寄り添うように、穏やかに眠る姿だった。
ソフィアには立場上、政略結婚の話がつきまとう。確かに公爵令嬢と言う立場から考えるとそれも当然であり、責務であるのかもしれないが……それでもあの子には自由に恋愛や結婚をして欲しい、と思う。 これはどうしようもない。そして今までソフィアがあのように男の近くで安らかに眠ることなどなく……それがギンヤ君への信頼を感じさせた。
「本来、彼らはこうあるべきなのでしょうね……」
「そうだな。彼は戦いに出るべき人間ではない。それは分かっているんだが、な……」
「しかし彼の力が無ければ、次の城は落ちますまい。なにせ次の城はあのヴィロゥ将軍が……。我らに出来ることは、彼や姫様をお守りすることのみ」
「そうだな。それがきっと――――」
――――――――私たち、大人のやるべき事だ。
なんか最後ソフィア父に死亡フラグが立った気がする。どうしよう。
ちなみに「詩織」というのはギンヤの幼馴染。第三部以降での主要人物になります(予定)。
子供には、寛大でいたいです。躾とは別次元の話で。