第8話:そして、彼は伝説となってしまった
……再び思い浮かばない。
「そろそろ、こちらから攻める時ですね」
とは、軍議でのシェリス様の発言。シンシアとも合流したことだし、そろそろこちらから打って出ようかと言うことらしい。まあ、いつまでもここで守ってばかりでは戦争は決着しないし、いつかはこうなるだろうとは当然思っていたけど……。遂にこの時がやってきてしまった。話は変わるけど、そういえばこの軍、軍師もちゃんといるようだ。なんかローブで完璧に顔を隠しているので、顔は見えない。声は女性のものだけど……。まあ、俺とは関わらない方でしょう。どうでもいいや、と視界と思考の外に存在を追いやる。
「それには賛成だな。いい加減、これ以上やつらをのさばらせて置く訳にも行かないだろう」
「しかし、そうなると、どういう部隊編成になるのですか? 私とガルフ隊長が同時に攻撃部隊に入ると、防衛が……」
「その心配はないのではないか? 何せ、向こうの城は残り二つ。相手にもうそれ程兵力が残っていない状態で、むざむざ兵力の分散を行うとは考えられないが。各個撃破の可能性を度外視するほど馬鹿ではあるまい」
「私もガルフ殿に賛成だな。とはいえ、自棄になって攻めてくるという可能性は無視できないが」
うん、軍議ですね。白熱して皆まじめに話してる。素晴らしい。
で、なんで俺も参加させられてるの? しかも誰も疑問に感じてる感じがしないんだけどー。いや、俺ただの護衛よ? 将軍とかじゃないよ? 部下率いないよ? 言ってみれば、ただの一兵卒よ?
よくわかんね。
そして、結局将軍2人残して、全員出撃らしい。当然のごとく、ソフィアはここでお留守番。当然のごとく。前科があるので二度言いました。ちなみに俺はソフィアのお父さんの部隊に配属された。死ぬのは怖いけど……まあ、ねぇ? やるべき事はやりますよ。
その前日の夜、ソフィアとの会話。
「……そう……ですか。分かっていた事ですが、ギンヤも戦に出るのですね……」
「ま、それがお仕事だしね。ここが危なくなることはまず無いと思うし、ソフィアはここで待ってて。間違っても、前みたいに荷物に隠れて、とかしちゃダメだよ」
「も、もうしません!」
「うん、ならいいんだけど」
前科あるからね。前科あるからね? 流石に言っておかないといけないだろう。
「気をつけてくださいね。死んじゃったら、泣いちゃいますから」
「俺も死ぬつもりは無いよ」
ま、泣いてくれるのは嬉しいけど、泣かせるのは嫌なので。この辺の我が儘さは自分でもどうなのよ、とは思う。
って、いきなり抱き付かれましたよ!? 流石ヨーロッパっぽい世界、ボディコンタクトが普通なのですかい? シャイな日本人、それも思春期まっさかりな男子には刺激が強い。
「無事に、帰ってきてくださいね……」
「ういさー」
当然俺も、そのつもり。
さて、目の前に広がるは、こちらとほぼ同程度の兵力の軍隊。しかしおかしい。相手の全兵力をこの戦いにつぎ込んだとしても、ここまで兵がいるはずはないらしいのだが……。
当然みなそれは疑問に思ったらしいが、斥候の報告でその疑問は解消された。
「申し上げます!」
「来ましたね。して、どういう事なのです?」
「そ、それが…………」
「馬鹿な、兵の大半は女子供だと!?」
シンシアが叫ぶ。正直俺もビックリだ。俺だけじゃない、軍議に参加している全員が同じようだ。
「強制徴兵か……! 奴らめ、守るべき民を戦いに駆出すとは……!」
ルーミィが本気で怒っている。いや、それは、この場の全員がそうだった。皆怖いよ。いや、俺も許せないけど、怖いから! 特にシンシア、なんか赤いオーラ出てる! え、眼の錯覚だよね!? 落ち着いて! バーサク状態は戦場で、敵相手にお願い!
「けど、有効な手ではありますよね。少なくとも、こちらの戦意を殺ぐという点では成功してますし」
「そんな呑気なことを言っている場合か、ギンヤ。これは人とも思えぬ……」
「分かってるよ、シンシア。だから最小の被害で戦いを終える方法を模索しようよ。今はとりあえず対策を考えないと」
「そうですね。ここで私たちが頭に血を上らせたところで、こちらの被害が増えるだけです。皆も少し落ち着きなさい」
鶴の一声。天の一声? どっちでもいいけど流石シェリス様、カリスマだなあ。皆一瞬で落ち着いた。 個人的にはあの状態のシンシアが落ち着いたのがビックリ。シェリス様マジパネぇっす。
「私は、出来る限り相手の将軍クラスを狙い撃つ作戦で行こうかと考えています。民は戦い方を知りませんし、また戦いを望んではいません。指揮者が倒れれば、軍は自然と瓦解するでしょう」
シェリス様が大方針を決定。
「私はその案に全面的に賛成です」
ライトアーシェント公爵が賛成したことを皮切りに、次々と賛成者が続出した。そうして、そのように作戦は決まった。ちなみに最終的には満場一致。団結力が高いといえば良いのか。あるいはワンマンというかイエスマンの集まりと危惧すればよいのか。まあ、今回はシェリス様が正しいからだろうね。そこまで心配することもないと信じたい。
そして、戦闘開始直前。馬に乗ったソフィア父と会話。
「ギンヤ君、君に頼みがある」
「はい、なんですか?」
「君は高速機動が得意だったな」
「ええ、まあ」
得意というより、それしか出来ないんです。まあ、それなりに足止めて殴りあいも出来ますけど。
「戦闘開始と同時に、突撃して欲しいのだ」
…………はい?
「もちろん、直ぐに君には退避してもらうが」
「あ、そうですか」
ならいいけど。いや、良くないか?
「しかし、何故です?」
「民に恐怖心を抱かせるためだ。君の速さを見せ付ければ、少しでも戦意が低下するだろうと思ってな。そうすれば更に、降伏させやすくなると思うのだ」
「なるほど……そういうことなら了解です。それでは戦闘開始と同時に突撃、後に離脱と言うことで」
その際一般人は傷つけないようにしないと。そうすると、正規兵ぽいのが固まってるあそこかな。やれやれ、戦う力を持たない、戦いを避けたい人たちまで駆り出すなんて……こいつらに権力握らせたらだめだな。そしてこんなやつらに負けようものなら、ソフィアたちが何をされるか…………。
それを想像すると、動悸が早くなる。眩暈と吐き気まで襲ってきた。
いけないいけない、落ち着け落ち着け。嫌な未来は想像しないに限る。そんなことを起こさせないように、俺は戦っているのだから。
そして、静寂と緊張を破るシェリス様の号令が下った。
「全軍突撃! 狙うは総大将の首唯一つ!」
そして地を揺るがすこちらの兵の雄たけび。さて、んじゃまあ、銀也行きます!
――――――狙いは正規兵の集団、その一点! 周りに魔道師っぽいのが一杯いるのが気になるけどね! けど特務魔道師レベルでなきゃ、魔法は吸収できると思うし! そして直ぐに退避することを忘れちゃダメよ! よし、行くぜ!
「瞬殺の、ファイナルブ○ッドォォォォ!!」
突撃!
うぎぁぁぁぁ、めっちゃ魔法来てるんですけど! 怖い怖い怖い!あ、けど吸収出来てる。魔力が体にみなぎるぜぇ、ヒャッハー! って、
あ、加減間違えた。
吸収した魔力、片っ端から加速に使っちゃったぁ! やばい、このままだと兵のど真ん中の奥深くに突っ込むことになる! 退避できなくなるじゃん! 減速、減速! って、やり方わかんねぇ! ええい、制御不可能な突撃って、またこのパターンかよ!?
っていうか、力が最初以外加わらない空中の運動の中で、途中で物理法則無視して急ブレーキかかるとか、ないですよね…………。
そんな常識を見落としていた俺に下ったのは、「止まれない」という審判。平たく言えば、慣性の逆襲。いやあ、人間物理法則には逆らえませんねー。こうしている間にもほら、敵との距離がぐんぐん縮まって……
ちょ、待って、イヤアアアアアアアアアア!
グシャア! ドゴォ! バキィィ!! キシャァァァ! ギョェェェェ!!
様々な異音を響かせて、衝突、衝突。そして薙ぎ倒し吹き飛ばす。この運動エネルギーが消えるまで、人間弾丸と化した俺は止まらない。あ、ちなみに、シンシア戦の反省を生かして、重いけど頑丈でごつい鎧を俺は着ています。真っ黒な。異名どおりに用意しました、って用意してくれたソフィアは誇らしげだったけど……めちゃくちゃ目立つね、これ。
ただその注目を集める恥ずかしさを除けば、これはかなり有難い。逃げ足は転じて攻撃力となった。それに、これは服の一部と認識されるようなので(これに限らず、鎧など身に着けるものは全てそうだと思うが)、俺の能力も発揮される。更にいうなら、きちんと重厚さに見合った重さはあるのに、使用者にはその重さがかからないという、トンデモ魔法がかかっているらしい。重ねて言うが、目立つことを除けばかなり有難い一品だ。
そして突撃により何人か(いや、正直100人単位かもしれない)薙ぎ倒して最後に俺が倒したのは、なにやらやたら羽飾りとか貴金属をつけた、お前戦う気ないだろと言ってしまいたい衝動に駆られる人間だった。それを見て俺は随分敵陣深くまで単騎で切り込んでしまったことに気付いた。明らかに、目の前のこれは貴族だ。今回の相手側のような汚い貴族が、相手と剣を交えるような場所にいるわけが無い。つまり俺がいるのは、必然的に敵陣の奥深くということになる。ヤバイ、退避しないと! 周りも俺を殺そうとして――――――――
って、あれ?
なんか皆さん呆けてるし。何々、「フライゼン公爵がやられたぁ!」って、え?
…………公爵?
「見、見よ、黒曜卿が総大将を討ち取ったぞ! 無理矢理戦いに連れてこられた民よ、こちらに君達を害するつもりは無い! 今なら全員、姫様に剣を向けた罪は不問とする! 君たちに罪は無い! 降伏せよ!」
え、ルーミィ? どういうこと? なにこれ? 三行で説明お願い。
俺
総大将
倒しちゃった?
…………あ、あれー? ちょっと呆気なさすぎ……というか、上手く行きすぎでない?
Side:ソフィア父
彼には、また負担を掛けてしまうことになるな――――。胸中でため息をつく。そんな資格は私には無いというのにな。
確かに、彼ならばやれるだろう。単身での突撃とはいえ、彼の実力を持ってすればこなせてしまうだろう。だが。だが、だ。
(娘と同い年の少年に、危険を犯させる大人か…………)
なんという無様さ。そして卑劣さ。その思いから、私はどうやら自嘲の表情をしていたらしい、副官に言われてしまった。
「公爵様、大丈夫です。黒曜卿なら、きっと無事にやり遂げてくれます」
「……そうだな。私に出来ることは、目を逸らさないことだけだ」
そして。
「全軍突撃! 狙うは総大将の首唯一つ!」
シェリス様の号令が下った。こちらの兵が雄たけびを上げた直後――――
――――――――少年は、黒い閃光と化した。
最早残像が見えると錯覚するほどの速度で、ギンヤ君が突撃した。向かうは正規兵の集団。なるほど、民を傷つけないためか。卓越した思考能力と判断力だな……素晴らしい。
――――――――そして、その少年に、魔法弾が雨霰と襲い掛かる。
だが、少年には通らない。その全てを吸収し、
――――――――少年は、残像すら残さなくなった。だがしかし、あの勢いでは――――
「ダメです黒曜卿、深入りしては退避できなくなります!」
副官が絶叫する。私も叫ばずにはいられなかった。
「ダメだギンヤ君、止まれぇぇぇぇぇ!」
しかし我らの叫びも虚しく、ギンヤ君は敵と接触し、そのまま数え切れないほどの敵を薙ぎ倒した。結果として、敵陣のかなり深くで彼は孤立することになってしまった。このままでは不味い!
「くっ、全軍突撃! 黒曜卿を死なせるな!」
ルーミィが叫ぶ。だが言われるまでも無い。命令を下すまでも無く、ほぼ全ての兵は「黒曜卿」を救わんと駆け出していた。
(ギンヤ君、直ぐに行く! 耐えてくれ!)
そして、突撃した私たちが見たものは、傷ついたギンヤ君ではなく――――――――
今回の反乱の首謀者の一人。そして、ここの敵軍の総大将。そのフライゼン公爵が地面に伸びた無様な姿と、その傍らに悠然と立つ、ギンヤ君の姿だった。
思い出すのは軍議でのギンヤ君の姿。
(ギンヤ君、君は…………!)
誰よりも相手の卑劣な行為に激怒するだろうと思われた少年が、軍議の参加者のなかで最も冷静だった。それに少々戸惑いを覚えたが……しかしそれは、断じて怒っていなかった訳ではなかったのだ。むしろ、その逆。誰よりも優しい少年は、誰よりも冷たく――――心の中で怒っていた。
それはこの現状を見れば分かる。彼は己が敵に囲まれる危険も顧みず、民を傷つけないために総大将の首だけを狙い。そしてそれを成し遂げた。そう――――誰も民を傷つけない勝利と言う、絵空事を現実にしてのけた。
「見、見よ、黒曜卿が総大将を討ち取ったぞ!無理矢理戦いに連れてこられた民よ、こちらに君達を害するつもりは無い! 今なら全員、姫様に剣を向けた罪は不問とする! 君たちに罪は無い! 降伏せよ!」
流石にルーミィもこれには驚いたのか、声の出だしがどもっていた。無理も無い。何せ、開戦して1分が経過する前に、総大将を討ち取ってしまったのだから。
そして、その降伏勧告に従わないものはいなかった。民は元より、正規兵すらも、そしてなによりほかの貴族達も。分かっていたのだ。これに従わなければ、次に地面に倒れるのは己なのだと。
悠然と佇む「黒曜卿」。彼に雲の切れ間から光が差し込み、その姿を照らす。まるでその姿は、天が彼を祝福するかのようで、それを見た兵士達の士気は上がる一方だ。助かった相手方の民や兵も一緒になって、歓声を上げている。
この瞬間。間違いなく彼は、この場の支配者だった。
――――――――そして我らは。
誰一人として死者を出すことなく、反乱軍をあと一つの城に追い詰めた。
「ギンヤ!」
「ああ、ソフィア……」
興奮した様子でソフィアがこちらに駆けてきた。あれ、なんでいるの?
「どうしているのさ!? また荷物!?」
「ち、違います! ちゃんと馬車で来ました!」
「あ、ああそう。なら良いんだけど」
速いねしかし。後から聞いた話によると、ソフィアの馬車の御者の人は座席から発せられる「急げ」オーラに震えながら文字通り飛ぶように来たらしい。なんていうか、お疲れ様です。そして自重しろソフィア。いくら心配してくれたとはいえ……まあ気持ちはありがたいけど。俺が逆の立場だったら……それでも御者さんや他人に迷惑をかけたりはしない。俺は自分で延々と身体強化を掛けて走ってくるから。移動には便利だよねこれ。
「それはともかく、聞きましたよ! 民の方々を一人も傷つけずに総大将を討ち取るなんて……凄いです!」
「ああ、うん……」
「? あまり嬉しくなさそうですね」
「ん? ああ…………」
確かに結果を見れば、おそらく俺は最善に近い結果を出したのだろう。ただ……。
「……俺さ。凄い勢いで突撃したんだよ」
「……はい。敵陣の本当に奥深くまで行ったみたいですね」
「うん。その過程で俺が跳ね飛ばした人たち……具体的な数は分からないけど、結構死んでしまったみたいだ」
「あ…………」
一瞬でソフィアの表情が痛ましげなそれに変わる。自分自身ひどくネガティブだと自覚しているし、こんなことをソフィアに言ってもしょうがないのは分かっているけれど……それでも吐き出してしまった。 情けない限りだ。
だけど大丈夫。直視するって決めたから。
「そんな顔しないで。確かに辛いけど……それでも大丈夫だから」
「…………はい」
ああ、俺の馬鹿。こんな顔をさせたくて戦っているわけじゃないのに。
「こーら」
「ひゃっ!?」
ぽふ、とソフィアの頭に手を置く。
「言い出した俺が悪いけどさ。俺はソフィアが笑ってくれるために戦っているんだ。だから、俺としては笑ってくれたほうが嬉しいかな」
「……はい!」
うん、ちゃんと笑ってくれた。
「あ、皆宴会の準備をしていますね。ギンヤは何か食べたいものあります? 材料があまりないので大したものは出来ませんが……作りますよ」
「……それよりも先に体拭きたいかも。鎧暑かった」
「くすくす……わかりました。じゃあギンヤが体を拭いている間に何か作っておきますね」
「おー、お願い」
この笑顔が、俺が守りたいものだ。
こうして勘違いは加速し、ギンヤ君はさらに自分の首を絞める結果となりました。
軍師は主要人物になりますん。