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第6話3章 闇の正体と、揺れる心

リューシャル領に到着して数日。サチ、マイ、アルベルトの三人は、町の視察を続けていた。


かつて栄えていたという商人通りは、今ではほとんどの店が閉じられ、品物も少ない。歩く人々は疲れた顔をしていて、声をかければ苦笑いを返すだけだった。


「税金が上がってるんです。払っても払っても足りなくて……」


年配の女性がつぶやいた言葉が、胸に残る。


「このままじゃ、皆出ていってしまうかもしれません」


その言葉を聞いた瞬間、わたしの胸の奥がずしりと重くなった。


「……ご主人様、どう思いますか?」


サチの問いに、アルベルトは少しの沈黙のあと、静かに口を開いた。


「領民が希望を持てない町に、人は戻らない。税を課す前に、支える手が必要だったはずだ」


マイは心配そうに空を見上げて言った。


「なんでこんなことになっちゃったんだろ……。みんな、ちゃんと暮らしてたはずなのに」


「たぶん、誰かが意図的に流れを止めたんだと思います"


アルベルトは小さくうなずいた。


「そうだな。リューシャル侯は誠実な方だ。彼がこのような不当な状態を放っておくことは考えられない。……ということは、何か別のところで、彼の目が届かない場所で動いていた可能性が高い」


サチはその言葉に胸を痛めながらも、静かに頷いた。


「その通りだと思います。真面目な人ほど、信じすぎてしまうものです」


わたしはアルベルト様の言葉にうなずきながら、静かにそう付け加えた。


そして思った。


──昨夜、未来視で見えたあの影も、きっと誰かの信頼を裏切るような形で広がっていたのかもしれない。


サチは未来視で見たあの映像を思い出していた。倉庫の奥で、帳簿を抱える男の姿──それが真実だとしたら。


サチは町の古地図を広げながら、ふと目についた建物の印に気づいた。昨夜、未来視で見た倉庫の映像が頭をよぎり、それと酷似した位置に記されたその印に、自然と目が留まった。


「……この倉庫、もう使われていないはずなんです。でも、未来視で見た時と場所の雰囲気が一致していて……たぶん、誰かが今も使っている可能性があります」


「ほんと?じゃあ行ってみようよ!」とマイが身を乗り出す。


アルベルトも「足取りが掴めれば大きな手がかりになる」と判断し、三人はその倉庫へと向かった。


調査を進める中で、サチとマイは古びた倉庫に足を踏み入れる。埃にまみれた棚の隅に、不自然に板が浮いている場所を見つけた。


「サチさん、ここ……なんか変です」


マイが鼻をぴくぴくさせながら周囲の空気を嗅ぎ取るようにして動きを止めた。しばらく倉庫の中を歩き回り、棚の前でぴたりと立ち止まる。


「……このへん、誰かのにおいが残ってる。新しいにおい。たぶん、昨日か一昨日くらい」


その鋭い感覚に導かれるように、サチも棚の奥へと目を向けた。


「サチさん、ここ……なんか変です」


その板を外すと、中からは複数の帳簿と袋に入った金貨が現れた。


「……やっぱり」


中身を確認したアルベルトは、目を細めた。


「税の一部が、抜かれていた……しかも、定期的に」


アルベルトは帳簿を丁寧にめくりながら、細かな筆跡を確認していった。


「……この文字。屋敷付きの書記官、ギルバートの筆跡に間違いない」


サチもその名前を聞いて、以前セナが口にしていた温厚な側近の姿を思い出した。


「ここ……物資の出入りの記録ですね。でも実際には、その数が一致していない……?」


「そうだ。そしてここに記されている商人名、ハロルド商会──本来この領では取引がなかったはずの名だ」


アルベルトの声が静かに、しかし確かに怒りを含んでいた。


「内通していたな。ギルバートがハロルド商会と手を組み、領の物資と税を横流ししていた……」


「侯爵に報告する。……セナ嬢にも、すぐ伝えよう」


その日の夕刻、屋敷の広間で関係者が集められた。


リューシャル侯、夫人、セナ、そしてアルベルトとサチとマイ。


呼び出された側近のギルバートは、表情をこわばらせながら広間に入ってきた。視線は定まらず、額にはじっとりと汗がにじんでいる。


最初こそ「覚えがありません」と平然を装っていたギルバートだったが、声はどこか上ずっており、視線は落ち着かず、手元もそわそわと動いていた。


アルベルトが帳簿を開き、筆跡の一致を淡々と指摘し始めると、ギルバートの目が揺れ、額の汗が一段と濃くなる。


「こちらの帳簿には、ハロルド商会との取引記録が継続的に記されている。だが、領の正規帳簿には、そんな商会との契約はない」


アルベルトの冷静な口調に、ギルバートの顔色は見る間に青ざめ、口元を引きつらせながら後ずさりした。


証拠の帳簿と金貨を突きつけられた瞬間、ギルバートの肩ががくりと落ちた。


「……お嬢様には申し訳ないとは思っております。しかし、私も生きていかなければならなかったのです」


ギルバートはそう言い訳のように呟いたが、その言葉にはどこか逃げ腰な響きがあった。


「生きていくため、だと?」


アルベルトの声が低く響く。


「……そんな言い訳で、この領地を貶めたつもりか?」


一歩、ギルバートに近づきながら、視線を鋭く向ける。


「お前の欲のために、リューシャル侯の信頼を踏みにじり、侯爵の名誉を汚した。民の暮らしを犠牲にしてまで、自分を優先した。そんな行いに“生きるため”という言葉を使うな」


ギルバートは蒼白な顔で口を開きかけたが、何も言えず唇を閉ざした。


「この屋敷は、お前の私物ではない。侯爵と夫人、そしてセナ嬢が誠実に守ってきた場所だ。お前のような者に、踏みにじられてはならない」


アルベルトの声には静かな怒りと、確固たる信念がこもっていた。


「裏切ったのは信頼だけじゃない。お前が奪ったのは、皆の希望だ」」


その言葉に、サチはギルバートの姿を見つめながら思った。


──これは“生きるため”じゃない。ただ、欲に駆られ、自分の立場を利用して金を得たかっただけ。


ギルバートの顔からは、もはや誇りのかけらも感じられなかった。


「お父様は……あなたを信じていたのに……!」


「どうして……どうして、こんな裏切りを……!」


肩を震わせ、涙をこらえる彼女の目に、深い怒りと悲しみがにじんでいた。


「っ……!」


そのまま、セナは膝から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。


「……わたしが、もっと早く気づいていれば……」


声はかすれていたが、明確に自分を責める言葉だった。


「信じていたのに……信じていたからこそ、何も疑えなかった……!」


セナは拳をぎゅっと握りしめ、うつむいたまま唇をかみしめていた。


夫人が立ち上がりかけたが、アルベルトがそっと手を差し出して制する。


そして、自らゆっくりとセナの傍に膝をついた。


「……セナ嬢。お前が悪いわけではない」


アルベルトはその小さな声に耳を傾け、静かに、けれど力強く語りかけた。


その声は、静かであたたかくて、決して責めることはなかった。


「信じていたからこそ、悔しい。だが、信じたことを悔やむ必要はない。……信じたからこそ、見えるものがある」


セナは唇をかみしめ、涙をこらえながら小さくうなずいた。


「……強くならなくちゃ。」


アルベルトはその肩にそっと手を置き、しばらく黙って寄り添っていた。


その後、セナの部屋でひとり静かに座っていた彼女のもとへ、サチがそっと現れる。


「……もう、大丈夫ですか?」


セナはサチに気づき、静かに顔を伏せた。


「……情けないところを、見せてしまいました」


「そんなこと、ありません」


サチはセナの隣に座り、ゆっくりとその手に触れた。


「泣いてもいいんですよ。あなたが誰かを信じて、その心が裏切られたなら……苦しくて当然です」


セナは小さく息を飲み、目元に一滴、涙が落ちた。


「……ありがとう、ございます」


その言葉は、かすれていたけれど、確かに心からのものだった。


サチは優しく微笑んで、彼女の手をぎゅっと包み込んだ。


「それに、復興の兆しはちゃんと見えています。必要な証拠も揃いましたし、あとは実行するだけです」


サチは少し背筋を伸ばして、にっこり笑った。


「ご主人様──アルベルト様なら、きっと立て直せます。今までも、たくさんの人を支えてきました。わたし、信じています」


セナはその言葉を聞いて、目をぱちぱちと瞬いた。


「……そう、ですよね。アルベルト、ほんとうに……かっこいい」


「えっ……?」


サチは思わず間の抜けた声を出してしまった。


セナは頬を染めながら、真剣な表情で続けた。


「つがいになってくれないかな……わたしと」


「えぇぇぇぇっ!?」


サチの声が部屋に響き、思わず立ち上がりかける。


「ま、まってくださいセナさん! そ、それは、その……っ」


セナは恥ずかしそうに顔を手で隠しながらも、目だけはまっすぐだった。


「なんでだ? サチはメイドなんだろ? アルベルトも独身だし、ちょうどいいとは思わないか?」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいセナさん!? えっ? えっ?」


サチは混乱しながらも必死に落ち着こうとするが、顔が真っ赤になっていくばかりだった。


「アルベルト様が……かっこいいのは、わたしだって思ってますけどっ……!」


胸の奥がくすぐったくなるような、むずがゆい気持ちを抱えたまま、サチは言葉を選びかねて俯いた。


そのとき──


「おや、楽しそうな話をしているね?」


と、タイミングよく扉がノックもなく開き、アルベルトが軽やかに姿を現した。


「ご、ご主人様っ!? な、なんで今……!」


サチは慌てて立ち上がりかけて、頭をぶつけそうになりながらもぺこぺこと礼をした。


「セナ嬢。僕はね──サチのものだから」


そう笑ったアルベルトの一言に、サチは固まり、顔から耳まで真っ赤になる。


「ご、ごしゅ……えっ……そ、それ……!」


「誰かのものになるつもりなんてなかったのに、気づいたら彼女の言葉ひとつで心が動いてしまう。そんな存在なんだ、サチは」


セナはぽかんと目を見開いたあと、ふっと笑った。


「そっか。……じゃあ、2番目でいい」


「いやいやいやいや!? そういう問題じゃなくてですねっ!?」


サチの慌てふためく声が、静かな部屋に響き渡った。


「セナさん、冗談ですよね!? つ、つがいって、そんな……!」


「冗談じゃないよ? 本気だよ」


セナはさらりと言ってのけ、サチは再び固まる。


「そ、そんな……。わたしなんか、ただのメイドで、ご主人様だって、そんなこと……!」


サチは口ごもりながらもちらりとアルベルトを見上げる。するとアルベルトはいたずらっぽく微笑みながら、サチの頭をそっと撫でた。


「僕の心のつがいは、もうとっくに決まっているよ」


「~~~~っ!!」


サチは言葉にならない声をあげて顔を覆う。


そんなサチの姿を見ながら、セナがアルベルトにぽつりと呟いた。


「だから2番目でいいって言ってるじゃん」


「ふふ……それ、面白いね」


アルベルトがいたずらっぽく笑いながら、サチの横顔を見つめる。


「も、もうっ……!」


サチはぷるぷると震えながら、顔を真っ赤にして二人を交互に見たかと思うと──


「いい加減にしなさいっ!!」


部屋中に響く大声で怒鳴り、その瞬間──


ばちんっ、と床を踏み鳴らしたサチの足元から、ほとばしるような魔力の波動が広がった。


空気がびりりと震え、窓がかすかに揺れる。


「ひゃっ……!」


セナがびくりと肩をすくめ、アルベルトもわずかに眉を跳ね上げる。


「えっ……ちょ、サチ?」


「こ、これ……魔力、ですか……?」


二人が顔を見合わせる中、サチはなおもぷんぷんに怒ったまま、くるりと振り返った。


「いいから……そこに座りなさいっ!」


びしっと指をさされ、アルベルトとセナは思わずぴしっと床に正座した。


その凄みに、二人はしゅんと肩をすぼめて黙り込む。


そしてその様子を、部屋の隅のタペストリーの陰からそっとのぞいていたマイが、ぽつりとつぶやいた。


「……サチさんって、怒らすと怖いんだ。怒らせないようにしよぉ」

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