クズでお馬鹿な王太子に捕まっちゃったヒロインなんだけど どうする‼
「ファウスタ グランディ公爵令嬢、私は君との婚約を解消したい。なぜなら、真実の愛を知ったからだ。」
王立貴族アカデミーの卒業パーティーの場でシャルル王太子は宣言する。
ファウスタ公爵令嬢は顔色を変えず、周りの生徒達はまるで芝居を観る様な好奇心で王太子、公爵令嬢、そして王太子に手を捕まえられている困惑の表情のヘレナ アニエリ男爵令嬢を眺めていた。
シャルル王太子は一世一代の勇気を振り絞って身分違いの恋を成就させていると思っている。
しかし、この会場にいる他の人は、王太子を押し付けられたヘレナ男爵令嬢を哀れみの目でみていた、シンデレラストーリーのヒロインにはとても見えない。
どうしてこうなった、どこで間違えた。
ヘレナ男爵令嬢はこんな大物を捕まえるつもりはなかったのに、自分よりワンランク上の男爵家か子爵家の令息をターゲットに婚活してたのに、なんで王太子に捕まえられなくちゃいけないのよ、ヘレナ男爵令嬢は天を仰いだ。
ヘレナは上昇志向の強い少女だった、一代で巨万の富を作り男爵の位を得た父の姿を長女のヘレナは身近で見てきた、そして自分も父の様に知恵と努力で成功しようと考えていた。
貴族だけが入学できる王立貴族アカデミーに入学資格を得たヘレナは貴族社会で通用するマナーと学力を身に着ける為に勉強を開始した。
そのころ子供の教育費に余裕のできた男爵は1流の教師を招いてヘレナとその下の兄弟姉妹に勉強させた。何しろ農家の3男の父と宿屋の娘の母なので貴族の事はまるで分らない、とにかく金だけはあったので、公爵令嬢を何人も教育した伯爵夫人、王立アカデミーを定年退職した元鬼教師、国軍最強と言われた第10軍団の元百人隊長、集められる最高の人材で子供達の教育をした。
教師達は最初成金の箔付け程度に考えていたが、アニエリ家の兄弟は、授業に対して貪欲だった、理解も早く努力も惜しまず、今まで貴族の我儘息子や娘に泣かされてきた教師達は水を得た魚の様に教える事にを喜んだ。
客観的にみて公爵家レベルの教育環境だったが、なにしろ平民の両親はこれが貴族の最低限で、アカデミーでもっと研鑽を積み貴族社会に溶け込めるようにと考えていた。だから、入学後の最初の学力テストでヘレナが首席を取っても最初のテストは真剣にやらないのが貴族的なのかと、娘の実力を正確に認識してなかった。
さて、王立アカデミーは高位貴族と低位貴族が明確に分けられている。クラスも授業も別、ランチは時間を分けられほとんど顔を合わす事はない。高位貴族は赤のタイ、低位貴族はグレーのタイと見た目もすぐにわかる。
昔は身分を超えて交流するのが良しとされていたが、男爵令嬢による高位貴族令息への突撃攻撃による、婚約破棄の下剋上事案が頻発し、高位貴族令嬢の猛抗議で上下の別が明確になった。
ヘレナにはその方が都合が良かった、攻略対象は成り立て男爵のアニエリ家よりもワンランク上の由緒があるか、財産もしくは学力のある、アニエリ家にとってプラスになる令息だ。すでにリサーチもしてあり、某男爵の長男、某子爵の次男などのリストをヘレナは持っていた。
ここまで完璧な用意をしていたのに、入学後のヘレナの学園生活は散々だった、友達ができない、話かけてもよそよそしく、恐れられいるのかと思うほど距離をとられていた。
「やっぱり、成り上がりの平民の娘だからかしら、貴族の壁は厚いですのね」
ただ一人友達になってくれた黒縁眼鏡のナンシー ガレット男爵令嬢に嘆くと
「いえ、貴女は聞いてないかもしれないけど、隣国ラバト帝国の皇女殿下がこの国の下情を知るために下位貴族クラスに入学したとの噂があるのよ、貴女は間違えられているんじゃないかしら」
「え、どうして私がそんな人に間違えられるんですか。身分がかけ離れてますわ、皇女殿下ですよ、きっと眩いくらいに美しくて、威厳があって、私なんか目が合ったら眩んでしまって息出来なくなりそうですわ」
黒縁眼鏡の奥の碧い瞳をしかと見ながらヘレナは言うと
「ヘレナはいつも堂々としてるし、髪はいつも艶々、髪飾りは毎日変わってるし、持ち物の質は最上級でしょう、なんとなく周りと違う雰囲気を感じるのよね」
「それは、最初に頑張り過ぎたんです、反省してます」
アニエリ家にとって貴族は教育係の伯爵夫人を参考に考えていた、つまり公爵令嬢達の世界だ、毎朝髪を丁寧に櫛削られ、色々な髪型に高価なリボンや簪で飾られ支度をする、ヘレナもアニエリ家の持つ髪結い店から人を派遣してもらい毎朝時間をかけて栗色の髪を整えた、文房具やハンカチもアニエリ商会の関係の一番腕のある職人に作ってもらった、つまり特注品だ、気を張っていたヘレナは暫くして、周りの生徒達が、髪は簡単な三つ編み、持ち物は既製品である事に気づき、急いでランクダウンさせたが、時すでに遅し、すっかり浮いてしまっていた。
「こんな所で腐葉土に霧吹きかけて、カブト虫を育ててる皇女殿下なんていらっしゃらないでしょう」
二人は笑いころげた。
ここは使われなくなった廃温室、ここで虫を飼っているのはナンシーでヘレナは手伝っている、ボッチの二人を結びつけたのはここで、ボッチで散歩していたヘレナがボッチで土運びをしていたナンシーに声をかけて手伝おうとしたからだ。
貴族令嬢が土を触るなどもってのほかと言われそうだが、幼い頃に土の付いたジャガイモを袋に詰めていたヘレナに抵抗はなかった
「で、どうするの、皇女殿下に間違われてていいの」
ヘレナはしばらく考えてから
「でも本物の皇女殿下を探したりするより、このまま間違えられてもいいかな、だって皇女殿下は下情を知りたいのでしょう、その機会を奪うよりそっとしてさしあげた方がいいかなと思うんです」
ナンシーはヘレナを抱きしめた
「ヘレナはやさしいね」
ここまでは一応順調だった、クラスメイトも次第に距離を詰めてきてくれて、二人ボッチも解消されてきた。
そんな時に事態は動いた。宰相の息子アルヴィーゼ ラッセル伯爵令息、近衛騎士団長の息子カルロス ガムラン侯爵令息がなぜか一方的にヘレナを見初めるというヒロインあるあるの事態になったのだ。
「で、どうするのどちらかとお付き合いするの」ナンシーは冷静に聞いてくる
「そんな事できません、まずお二人とも婚約者がいらっしゃるですよ、ありえないじゃないですか、」「アルヴィーゼの婚約者クラリス ライトイヤー公爵令嬢の御父上は外務卿、カルロスの婚約者レイア スカットル侯爵令嬢の御実家は代々の財務派閥、敵は強力ね」
高位貴族に詳しいナンシーは眉を寄せる
「私がどちらの方へも恋心など一かけらもなく、我が家にとっても身分違いすぎてなんのメリットもないのは考慮されないんですか」
「高位貴族から申し込まれた縁談は断れないからね」
「どうしたらお断りできるんでしょう」
「あの二人今まで仲が良かったのよ、次代の王太子の右腕と、左腕て言われてね、アルヴィーゼは勉学を励み、カルロスは剣技、軍略を学んでいたわ、王太子がああだから脇を固めないとね」
ヘレナも二人が優秀で好感を持てる男性だとはわかっている、低位貴族なら乙女心を浮つかせて悩み抜いただろう、でも現状は問題外だ。
「そういえば王太子殿下もあの方たちと同じ学年なんですね、ああ、て何か問題がおありなんですか」「あの王太子は馬鹿でクズなのよ、高位貴族の間では有名な話、学業は地を這うような成績、女癖が悪くて、男爵令嬢を二人ほど孕ませて問題になったらしいわ」
ナンシーの辛辣な言葉にヘレナは驚いた、平民感覚のヘレナは王太子シャルルは凛々しい金髪碧眼で、文武両道に優れたお世継ぎだと思っていたのだ。
「あの役所とかに飾ってある王室肖像画てあるでしょう、王太子はかなり粉飾されているのよ、だから両腕の二人は力を合わせないといけないのに、恋敵て何やってんだか」
男爵令嬢なのに、ナンシーは詳しすぎる、これ以上高位貴族のネタ晴らしはやめて、ヘレナが顔を引きつらせている時
「大変だ、決闘だ、武闘場で決着をつけるらしい」
生徒達がわらわらと駆け出して武闘場に走って行く、まさかと思いヘレナ達も向かうと、そこにはまさかの光景があった。
「カルロスよ、お前はその腕力でか弱いヘレナ嬢を思いのままにしようとしているんだ、卑怯な奴」
「アルヴィーゼ貴様こそ宰相である親の権力を使って弱い立場のヘレナ嬢をわが物にするつもりだろう」模造とはいえ剣を掴み二人は対峙している。
けんかはやめて、ふたりをとめて、わたしのためにあらそわないで
ヘレナの登場にあたりはざわめいた、二人の赤タイの令嬢がヘレナを物凄い目でにらみつけてくる、多分婚約者の令嬢だろう、どうする、この場をどう収める、誰も傷つけてはいけない、高位貴族を敵にすればアニエリ家に未来はない。
その時ヘレナはギャラリーの中に一人の赤タイの生徒を見つけた、冴えない風貌、知性のない眼差し、高位貴族の赤タイには珍しいモブキャラ、これだ。
ヘレナはモブキャラに駆け寄り腕をむんずと掴むと
「私がお慕い申し上げているのはこの方です、アルヴィーゼ様、カルロス様誤解無きようお願い申し上げます。」
場は一瞬で静まった、静かになりすぎる、なぜ。
ヘレナはこの場を収める為に偽の恋人を作るという作戦に出たのだ、明らかにモブな令息に恋をする愚かな女と思ってもらい諦めてもらう。このモブキャラなら、後でごめんなさいで済むだろう。グレータイだとその後も付き合う可能性ができるが、赤タイなら身分違いで終わるはず、いい作戦だ。
アルヴィーゼとカルロスは剣を収めた、そしてヘレナに近寄り、跪いた。
「王太子殿下、殿下の思い人と知らず失礼な行動をしてしまい、申し訳ございません。」
「深くお詫び申し上げます。」
「良いのだ、私も今初めて私の気持ちに応えてもらったのだから。」
このモブキャラが王太子、あの肖像画とはかけ離れてるんですけど、こんなん絶対間違えますよ。
ヘレナは腕を振りほどき跪こうとしたが、王太子シャルルは離さなかった、こうしてヘレナは捕まった。
「で、どうするの」ナンシーは串焼きをほおばりながらヘレナにたずねると、そば粉のグレープを美味しそうに食べていた表情は曇った
「王太子殿下のおかげで、結婚相手も探せず、成績首位でも、宮廷女官に推薦してもらえず、私の夢は砕け散りました」
「側室になるのも悪くないわよ、気楽なポジションだし、ファウスタ公爵令嬢は責任感の強いいい人だし、多分貴女に嫉妬はしないわ」ナンシーは串焼きの次にフライドポテトを食べ始めた、ジャガイモを食べた事のなかった彼女には新食感でお気に入りだ
「やっぱり殿下の事は好きではないんですね」
「王妃、王太子妃てね、高位貴族の令嬢にとって案外不人気なのよ、求められるレベルは高いのに、自由はないし、税金だからって贅沢もできない、凛々しい方ならともかく、あのモブじゃね、片っ端から断わられて、仕方なく責任感の強いグランディ公爵が引き受けたのよ。」
ナンシーは少し遠い目になって
「それにファウスタには決して叶わない恋の相手のがいるから」
「別に好きな方がいらっしゃるんですね、どんな障碍があるんですか」
「ピエールていうのただのピエール、非嫡出子なのよ、だから、無一文、ほら、赤タイにいる背の高い眼鏡をかけた人よ、公爵令嬢が嫁ぐわけにはいかないわ」
「恋か、私ほそれがどんなものか良くわからないんですよね、やっぱり商人の娘で、実利的だからかな」「ヘレナが商人の娘だから、こんな路地裏の美味しい屋台のお店に詳しいんだもの、いいじゃない、卒業までに路地裏グルメを制覇するわ」ナンシーは楽しそうに言った。
あの告白の後、ヘレナは何度も丁寧に誤解をとこうとした。けれども、その全てを(思わず本気の告白をしてしまったけど、相手は王太子身分を考え泣く泣く取り消そうとしている)と変換されてしまうのだ。「大丈夫だ、私には権力もプランもある、君とは必ずハッピーエンドにするよ」
自信満々だ、そのうち
「君は1学年下だから、私が勉強を教えてやろう」などと言い出した、デートに持ち込む為だろう、拒否るわけにもいかず、また場所が図書室と聞いて、グレータイには閲覧できない赤タイのスペースに興味があり行くことになった。
ここで国家機密を知ることになる。シャルルの学力は悲惨なものだった、教える立場はヘレナに変更された。
「因数分解はこの3題、関数は2題解いてください、その間私はこの本を読ませていただきますので。」遠目にみればシャルルが教えているように見える工夫はしている。ヘレナはこんな事をすれば、王太子シャルルは
「何を偉そうな口をきく、余は王太子であるぞ。」とブちぎれて離してもらえると思ったのだが、シャルルは素直に勉強に付き合ってくれた。しかも先生方からは、あの王太子が机に向かったと大喜びされ、引くに引けなくなっている。
でもまだ希望はある、シャルルの卒業だ、同じアカデミーでの接触が無くなれば、自然解消になるのではないかと。
だから、卒業パーティーで司会進行の教師から、登壇するように呼ばれても何の疑いもなくヘレナは向かった。
そこに現れた王太子シャルルに腕を掴まれて、冒頭に戻る。
「ファウスタ グランディ公爵令嬢、私は君との婚約を解消したい。なぜなら、真実の愛を知ったからだ。」
ファウスタ グランディ公爵令嬢はきりりとした表情で王太子を見つめ
「婚約解消を承りました。王太子殿下と真実の愛の相手ヘレナ アニエリ男爵令嬢との末長いお幸せをお祈りいたします」
そして、妃殿下のように優雅にカーテシーをした。
それから、公爵令嬢ファウスタはドレスをむんずと掴んだ、パーティーのドレスは豪奢で重い、それを物ともせず走った、飛ぶように人をかき分け遠くの壁にもたれかかり、成り行きを心配そうに見ている、背の高い眼鏡の男性の元へ、そして彼に身を投げ出した。
慌てて支える男性、公爵令嬢はほほを赤らめ目をうるませて男性に話す、困惑の男性はそれを頷き聞きながら徐々に決意を固めた男の表情になっていく、ファウスタはピエールの胸にほほをうずめた、戸惑っていたピエールの腕が彼女をゆっくりとしっかりと抱きしめる。
会場にため息が漏れた、数人の女性徒が気が遠くなったのかよろめいた。
愛を確かめる姿の美しさは感動をもたらす、若い生徒だけではない、親世代の大人もいる、どこからか拍手がおこった、そして、それは会場を包み始めた。
ヘレナは恋をしたことはない、でも二人の姿を見ていると胸がキュンと高鳴り、目が潤んでくるのがわかる、その時、ポタリと水滴がヘレナにかかった、見上げるとシャルル王太子が泣いていた。
婚約破棄した相手が喜んで愛しい人へ飛び込む姿、シャルルは顔を潰された様なものだ、でも彼の顔は怒りでも羞恥でもない、慈しみの表情を浮かべて安堵の涙を流している。
え、それじゃあ私はこの為に捕まっているの、そういう事だったの、じゃあ、これでもういいよね、離してもらえるよね。
そっと腕を抜こうとしたが、がっしりと掴まれた腕は動かない、これじゃあ私はどうなるの、どうすればいいの。
シャルルはヘレナを離さなかった。
終わり
お読みいただきありがとうございます。
ヘレナがこれからどうなるか、どうするか、また短編で書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。