過去に戻る
「もう俺のこと好きじゃなくなったの?」
「はあ?そもそもお前が、!なに言ってん、、はぁ?」
目が覚めた
夢だった「なんだそりゃ」
思わず声が出た
すっかり忘れていた記憶だった
「湧いたものは必要だから潜在意識から今、出たんです。出たなら向き合いましょう」
更年期を迎えメンタルがヨボヨボなことに危機感を覚え
最近、かじりだした心理学の教えだった
「向き合ってみるか。」私は過去にもぐることにした
彼と初めてあったのは27年前くらい?
なんのライブを見に行ったかは忘れたけど対バンで出ていたバンドのボーカルが彼だった。今までに見たことのないようなライブでびっくりして強烈な印象が残ったのを覚えている。
どんな人なんだろう?と興味が出てライブ後に話しかけに行った。
そんな彼の第一声。
「かわいい」
ん?空耳ですか?気のせいかしら?んなアホな。んなわけないよな。んなストレートな。疲れてるのかな?私。
ライブ中にみんなに配っていたものがあり「欲しかったです」と伝えると
彼は「あるよ?」と行って機材車にそそくさと戻り配っていたものを私にくれた。
え?まじで?なんだか不思議な人だなぁー、、でも好きなタイプかもなぁーというのが第一印象だった。当時の私は精神面が非常に尻軽だった。
当時の趣味でバンドマン各位に書いてもらった友達ノートに彼は私の第一印象にカワイイと書いた。
そんな扱いをされたら好意を持ってしまう、私はそんなバンギャだった。それから、彼のライブに通うようになった。
打ち上げに参加したときに、たまたまドーナツ屋でクッションが当たったので彼にあげることにした。
「◯◯さんへってサイン書いてくれる?あなたの名前も入れてね」
「え?私が?」
「誰からもらったかわからないと淋しいから。なんか居ても居なくてもどうでもいい感じが嫌で」
説明させて頂きたい。私はこの「居ても居なくてもどうでもいい感じが嫌」という言葉にトラウマ級に胸を撃ち抜かれたのである。というのも幼少期から「人から居てほしいと思われる人になりなさい」と躾けられた私にとって、この言葉は、なんというか、、撃沈台詞だった。
私は彼を好きになった。そんなもんだよね?若い頃の恋なんて。
そのあと打ち上げでカラオケに行き「もう歌えない!」と言いながら私の太ももにマイクを押し付けて消えていく彼に(セクハラやな)と思いながら、これはお願いしたら個人的に仲良くなれるのではないか?という淡い下心が湧いた私だった。
その後に一緒に写真を撮ったら手は何故か私の肩に乗っており、それは確信へと変わった。
変わったはずだった。
手紙に電話番号を書いた。
かかってこない。
次の手紙に「良かったらかけてください」と書いた。
かかってこない。
次の次の手紙は渡すときに「かけてくださいね」と言って渡した。
かかってこない。
また私の説明をさせていただきたいのだが、私は小中学生と男子から不遇な扱いを受けており自分にまったく自信がなかった。その劣等感を誤魔化すために必死でダイエットをし一般的な会社員だったにも関わらず職業を勘違いされるような派手な男ウケする服を着ていた。
だが中身は小中学生のままなのである。常々「調子乗ってんなよお前、気持ち悪っ!」という当時の男子たちの声が聞こえるわけである。
「こんな私が調子に乗ってしまいました、ごめんなさい」私はライブに行くのを諦めて彼を忘れることにした。なんてことない、他のバンドを見に行けばいいだけだ。
(あはは。こんな私がうっかり勘違いしちゃった!ごめんなさい!)という気持ちで平静を装った。彼にウザがられて冷たくされるぐらいなら、そんな彼を見るぐらいなら、いっそもう一生会わなきゃいいじゃん!私は武士のような潔い人間だった。
そんなある日、彼のライブに行った友達から電話が来た。
「ボーカルの人に話しかけたら、いつもの子は?と言ってたから、今日はお休みと言っておいたよ?」
なんじゃそりゃなのである。武士な私は「諦めよう、こんな私が調子に乗ってごめんなさい!申し訳ない!もう貴方の前には現れません!安心してください!キモくてすみません!!安心してバンド活動してください!!!調子に乗ってしまい本当に申し訳ありませんでした!」と腹をくくったのである。なのにだよ。なんだよ。なんなんだよ。一周まわってどないせぇーっちゅうねんだよ。
友達には「そっかー。なんなんだろねー、ありがとう」と渦巻く混乱を抑えて返事をしといた。
当時の私は精神的な尻軽バンギャだったので色んなバンドを見に行っていた。
そんな他のバンドを見に行っていたある日。
なんだか2階から視線を感じたのである。ふと見上げると彼がいたのである。なんだかものすごく、こっちを見ている気がする。なんだろう?ちょっと怖い。思わず顔をそらしてしまった。
ライブが終わり外に出たら彼を発見。
うむ。と考えた。もう最後だと思った。
「うじうじしてるのは私らしくないのでもう一回言ってダメなら諦めるわ!」と友達に高らかに宣言し私は彼の元にむかった。
「あの、やっぱり電話とかはダメですか?」
彼は何故か怒ったような顔になり「じゃあ電話番号教えてよ!」と怒り口調で言ってきた。(何度も渡しましたやん、、)と思いながら電話番号を渡した。あまりのご機嫌ななめ具合にいたたまれなくなり「次のライブいつですか?」と聞いたら「チケットあるよ」と言われその場でチケット代を支払い(これで電話来なかったら地獄のライブになるな、、)と思いながら足早に退散した私だった。
友達には、私やってまいりました!と戦ったあとの戦士のように敬礼した。
余談だが私の周りのバンギャ友達はみんな可愛かったり綺麗だった。そして破天荒だった。浮いた話もたくさん聞いた。そして浮いた話を成立させた裏には私がいた。私が二人ほどあちら側に送り出した。「こうしたらどう?」とアドバイスしたら成功してしまったのだ。小中学不遇女が考えた作戦は彼女達のポテンシャルだと成功するのだ。しかし小中学不遇女が同じことをやってもダメなのだ。だから彼からはかかってこないのだと思っていた。
そんな私も遊んでんだろなーなバンドマンから電話番号を教えてもらったりしたが劣等感の塊人間がそんな強気な人間の相手を出来るわけもなくほっぺたをつねられて終わり。手におえるわけもなくフェードアウト。
よって劣等感だけ抱え続けてバンギャ生活を送っていた。
「まあ、無理だろな、、」と思っていたある日。
かかってきたんですよ。ええ。電話が彼から。父や母がいるリビングでまったりしてるときにかかってきたんですよ。
出て彼とわかった瞬間「少々、お待ち下さい」と慌てて2階に駆け上がる私。絶対に家族にバレてはいけない。まるで職場からの電話のように対応しつつ
2階について
「かけてくれたんですか?」と喜びの声を上げた。
「かけろって言ったから、ライブ来てくれないし」
うん。そりゃそうだ。そうなんだけど、なんて言っていいかわからない。正直、緊張してしまって何を話したかも覚えていない。私は小中不遇女なのだ。ただ覚えていたのは「仕事何してるの?お水とか興味ないの?俺お水好きなんだよねー」と言われたことだ。
ああ、、そういうことか、、と思った。バンドマンと個人的に付き合うにはお金がかかるというのは友達達を見ていたので、わかっていた。私が好きとかじゃなくて何か別の目的があったのだなーと理解した。そして落ち込んだ。そんな頭がワアワアなっているところに
「遊んでみる?」と彼が言う。
ぶっちゃけデートらしいデートなんて初めてだったのでやはり舞い上がって何を話したかは覚えていない。
デート当日に留守電が残っていたのでずっと消さずにおいておいた。そう。小中不遇女はそういうことをするのだ。
デートしたものの、やはり緊張と劣等感とそれを隠そうと必死になるあまりに、たぶん私はロクなことを話さなかったように思う。もう自分が嫌になるなぁーとなりながらの別れ際、「誕生日近いですよね?何か欲しいものありますか?」と聞いたら彼は嬉しそうに「携帯代出してくれない?そしたら電話もできるし!」と言ってきた。
(ああ。そりゃそうか。私だもんなー。好きになったとかそういうんじゃないんだよなー、また調子に乗りかけたなー)
食事が終わった後、「割り勘で」と言った彼に感動したばかりだった。ただ感動したままでいたら駄目だ!気を回さないと!とそこは「払います、バンド活動大変だと思うので」と友達達の教えに習い支払った。でも割り勘という言葉が嬉しかったのだ。
そんなこんなな極度の緊張と慣れないデートと上がったり下がったりの感情に私はすっかりテンパっていた。
気づけば「携帯代払うのでホテル行きませんか?」と言っていた。もう、誰かあのときの私を担いでどこかに遠くへ連れ去ってください。ちなみに私は精神的には尻軽だが身持ちは銀行の金庫ばりに硬かったのである。だからホテルなんか行ったって困るのは私の方なのである。なのになんでそんなことを言ったかというと、あまりに自分のつまらなさと気持ち悪さと駄目さぶりに嫌気が差してもう会ってもらえない気がしたので、それならば最後の思い出にせめてと口走ってしまったのである。
「お金払うからって」と苦笑いされた
「時間ないから」と断られて携帯代は振り込むからと口座を教えてもらい
私は「恥ずかしくて死にたい死にたい死にたい、終わった、なんでやねん、私」と呟きのたうち回りながら家に帰った。
わかっている。私は相当やらかしている。そもそも私にバンドマンなんて無理なんですよ。小中不遇劣等感人間にはハードルが高すぎたんですよ。もう無かったことにしてください、何もかも。もうこれ以上私がやらかす前に。携帯代を振り込んだらもう諦めよう、私はあまりにもやらかしすぎました。どうもすみませんでした。
振り込んだことだけ電話してこのまま終わるかしら、それも仕方ない、私はあまりにもやらかしすぎたと静かに幕を引くことを考えていた。
次のライブのチケットを買ったけど行く気にはなれなかった。たぶん行かなくても別に何の問題もないのだろう、私が居たところで、、という劣等感に苛まれていた。
ライブ当日。ライブ前に電話がかかってきた。びびった。行くつもりなかったからびびった。まさか電話が来るなんて思ってもいなかった。
仕事で行けないと断ると「チケット買ったのに?」と言われた。
こういうとこなんだよ。劣等感が邪魔をして選択を間違える。小中不遇時代の思い出が「調子に乗るな」と頭の中で浮かれる私を押さえつけて正常な判断を出来なくさせるのだ。ライブに行くような格好ではなかったし今から行こうにも帰宅して着替えてからでは間に合わない。
「しくじったなぁ、、せっかく電話かけてくれたのに」苦い気持ちでちょっと泣きながらとぼとぼと帰路についた。
劣等感と不遇時代を合わせ持ちプラス親がデリケートなタイプだったため
私は恋愛経験がまるで無かった。本当に中学生みたいな知識しかなく友達達の話を参考に知ったかぶりして世の中を渡ってきた。
浮ついた話の一つや二つはあるにはあったが、とにかく心の壁というか劣等感がすごくて何も無いまま終わるというかんじだった。
親がデリケートだったので、汚れのない自分でいないと、どこか後ろめたくなるような気持ちもあったのだ。
「どうしていいかわかんないなぁー」と思いながら過ごしつつ、腐ってても仕方ないしと精神的な尻軽精神を発動させて友達に誘われて他のバンドを見に行った。
ライブ終わって道路にたむろしてたら、なんと彼が車に乗ってこっちに向かってくるじゃないですか!「友達のライブ見に来てたんや、、こないだのライブ行かんかったのに、、やばい!」
慌ててしゃがみ込みつつ下を向いた。気づかないふりをしようと。車は通り過ぎた。一緒にいた友達に聞いた。「見てた?」「見てたよ」
ほんまに私はまじでなんでやねん!!のたうち回りたい気持ちを抑えながら、その後どう過ごしていたかはまったく覚えていない。
ただ「終わったなー」と虚ろな気持ちで過ごしていた。
「部屋に遊びに来る?」
え?まじで?あんなにやらかしたのに?なんていうかとても気持ちの強い人だと思った。大体この流れだとこのまま嫌われて自然消滅、「やらかした私が悪うございました、空気読めなくてごめんなさい」のパターンなはずだった。なのに次がある、なんてこと!!もうここからは未知の領域なのである。
約束の日。仕事を終えて私は彼の部屋へとむかった。しかし、ことの重大さをいまいち理解していなかった。ご飯食べたりカラオケに行くのとは違うのである。部屋に着くまで私はそこがあまりよくわかっていなかった。
部屋に着くと笑顔で迎えてくれる彼。(ああ、良かった。あんだけやらかしたのに嫌われていないっぽい。、、嫌われてないのよね?)不安な中、部屋に上げてもらい事の重大さにやっと気付いた私はあろうことか緊張で精神的にフリーズしてしまった。
会話はあまり覚えていない。緊張しすぎて覚えていない。
確か一緒にるろうに剣心を見た。彼の好きなキャラクターは剣心で私は蒼紫だと答えた。
バームクーヘンを食べた。
彼がくれたお酒は苺味だった。
好きなバンドは?と聞かれてあえて有名ではないマニアックなバンドを答えてお茶を濁した。(精神的に尻軽なので実は好きなバンドは山ほどあった)バンドしてる人に同世代のバンドが好きとはとても
言えなかった。
(また、やらかしてしまう、、)緊張と恐怖でますます空気が凍り重くなるのがわかった。小中不遇女には荷が重すぎた。その空気に耐えきれなくなりお手洗いをかりて一度、深呼吸して自分を取り戻そうと思った。
お手洗いから出ると電気が消えていた。えっと。えっと。
「暗いよ?」と聞いてみた。
「消した」と返事が返ってきた。
そうなのだ!やはり、そういうことなのだ!!
促されるままに近くに寄り添いつつ、これは伝えなければと必死に声を出した。
「あのですね、、私、、なんというか、、こういうことが初めてで、、」
そうなのである。精神的にも服装的にも態度的にも尻軽に振る舞っていたが実は身持ちは銀行の金庫ばりに硬い女なのである。
そう伝えると彼の空気が変わったのがわかった。なんだか怒っている。色々な発言を聞くにどうやら初めてということがどうも信用されていないのではないか?という仮説が私の中に浮かんだ。
その後、色々な試練を頂き、なんとか試練を乗り越え私は無事に本当に初めてだったのだということを彼に証明できた。大変に厳しい試練だった。証明できて良かった、本当に。おつかれ、私。
初めてな上に劣等感の塊な人間が事後に甘えるなど高等なことができるわけもなく私は再び精神的にフリーズしつつあった。
彼が下を向きながら少し不機嫌そうに「俺のこと好き?」と聞いてきた。
もちろん、好きである。好きじゃなきゃそもそも関わりたいなんて思わない。
しかし、フリーズしていた私はパニックになり何故か
「私のこと好き?」と聞き返した(答えになってない)
無言でコクコクうなづく彼に私は「だったら大丈夫!」と笑顔で伝えた(だから答えになっていない)
説明させて頂くと私が好きだなんて言ったら気持ち悪くて嫌われるかもしれないと本気で思ったのだ。あと、あまりなことの連続に脳がキャパオーバーだったのだ。
彼は不機嫌になった。
「また携帯代振り込んでくれない?」と言い「もう時間だから帰って」と言い、どこかに電話して「もう終わったから」と言った。
帰り際には「いつ振り込んでくれる?」と聞かれた。
わかる。わかるよ。そんな男まじでやめておけ!だよね
そりゃそうだ。しかし、劣等感の塊な私は自分が悪いと思うのだった。ちゃんと好きと伝えれば良かったと後悔しながら帰路についたのだ。
今だから言う。そういう問題じゃないんだよ、お嬢ちゃん。おばちゃんは全力で君を抱きしめたい。
それから数日、私は悩んだ。
今後どうしたら彼と仲良く出来るのか悩んだ。
当時の私はデリケートな親を看取ったら自分も親に殉じて40か50ぐらいでこの世から消えようと思っていた。私は人形であり感情はいらないとすら思っていた。その方が楽だから。コミュニケーションもうまく取れないのはそのせいだったし、尻軽な格好しながらも身持ちが硬いのも自分は汚れてはいけないという強迫観念と自分には価値がないという無力感から来るものだった。
そんな私が初めて他人を受け入れ仲良くなりたいと思ったのだ。なんというか生きようとする欲というか力を塞いでいた壁を破られたような感覚があった。ここからは今まで選んだことがない道なのだった。ただ、人形のままでは乗り切れないことだけはわかっていた。
彼に信用されたいと思った。だから毎月の携帯代を払うと電話で伝えた。それが好きとは言えない私の愛情のかわりになると思った。
友達は言った。「例え少額でも会えないのに払うなんて馬鹿らしい」と。そうではないのだ。根本が違うのだ。会えば、またやらかしてしまうかもしれないし、親がデリケート時期に入れば私は身動きが取れなくなる。普通の恋愛など私には無理なのだ。たくさんのお金は無理でも毎月、携帯代を払うことで縁が切れないというならば、それは私の救いになり安心になるのだ。
実際、親がデリケート時期に夜中にこっそり彼に電話することは息苦しい娑婆世界を忘れさせてくれる唯一の時間だった。人を好きになるというのは、なんと中毒性の高い劇薬なのだろうと思った。
それからバンドが売れ始めたせいか、私が貢ぎになったからかは知らないが彼からはあまり誘われなくなりたまに誘われても親がデリケート時期で身動きが取れなかったりして、なかなか会えない日々が続いた。私は実は招き猫体質らしく私が好きになるマイナーバンドが何故か異様に売れていくという現象を起こすタイプだった。それが本当かどうかは知らないが彼のバンドはどんどん売れて行った。
そんなある日。家にハガキが届いた。彼のイベントのお知らせだった。字を見ると彼の字っぽかった。思わず電話して「ハガキくれましたか?」と聞いた。送ってくれたのだとわかった。
いそいそとイベントに出かけた。イベント見たら、サッと帰るつもりだったので髪型は日頃はあまりしない中華頭にして、服装も合わせて変えてみた。そしたら出かけた道端で知らない兄ちゃんたちに「◯◯◯◯みたいやな」と言われた。当時、人気のビジュアル系バンドである。確かに◯◯◯◯は中華頭だった。行く前から私のメンタル激落ちした。この格好で行くのかと思った。そんな日に限ってイベントあとに何故かメンバーと交流があるとアナウンスで知らされた。(もう許してください)と思った。渋々、出入り口のメンバーがいる付近に近づいた。彼がいる。私を見つける。めちゃ笑顔。(おお。笑顔だよ、この変な格好の私に)なんとかメンタルを持ち直し必死に微笑みながら会場を後にした。
後日、電話でいたたまれない気持ちで彼に格好が変ではなかったか?◯◯◯◯みたいだったか?聞いた。
「あれは、あれで」◯◯◯◯とは「全然違う」と彼は言った。全力でめげていたので救われた。そんなたわいのない話を電話でする関係が続いた。幸せだった。馬鹿みたいだが幸せだったのだ。好きな人が自分を相手にしてくれる、自分を見かければ満面の嬉しそうな笑顔を向けてくれるというのは本当に幸せなことだったのだ。息苦しい生活の中でやっと見つけた唯一のオアシスみたいなものだった。
思えば私は自ら洗脳されていったのだと思う。この頃からあまり友達にも会わなくなったように思う。バンドもあまり行かなくなった。
彼女はいないと聞いていた。信じることにした。
お金が無くて食事も難しいと聞いていた。信じて大変だと思って助けたいと思った。
私は彼のことは何も知らなかった。噂話が載ってるネットの掲示板も見なくていいと言われたから見なかった。というかネット環境がなくて見れなかったし見たら激落ちするのはわかってたから自分のために見なかった。その世界に居続けることが私の救いだった。彼が私を好きだと頷いたあの日から、この世界は私がずっと欲しかった待ち望んだ世界なのだと勘違いした。
久しぶりに会えるよと彼から連絡が来た。昼間だったので半日有給を使い身支度を整えて会いに行った。
待ち合わせ場所で待っていると男の人が声をかけてきた。
人と待ち合わせてるのでと伝えると男の人は「あっ」と足早に消えていった。後ろを振り返ると彼がいた。「こんな格好でごめんね」と言う彼に嬉しくて泣きそうになった。
会えるよとの電話が来たとき売れだした彼が人目につくのを心配してホテルを取ろうか?と聞いた。彼は無言になった。初デートのあの日の悪夢が再来した「そういう意味じゃなくて、、つ、疲れてるかなと思って、、」絞り出すように言った。
彼は軽く笑いながら「部屋で作業ばかりしてるから外に出たい」と言った。しかしである。人目についたらあかんでは?なのである。私が心配するんじゃなくて自分で心配してほしいのである。実際、一緒に歩いていたらバンドマンぽい人を見つけて彼は「バンドマンがいるから離れて歩いてくれる?」と言ったのである。ほら、ごらんなさいよと私は思ったのである。
「どこ行きたい?」
「カラオケ」そこしか人目がないところが思いつかなかったのである。
やはり会えば緊張するのだが電話で話したりしていたおかげか私も多少、図太くなっていた。普通にたわいのない会話も出来た。わりとリラックスもしていた。カラオケも歌った。考えてみればバンドやってる人の前で、よくもまぁ歌っていたもんだと思う。若いって強い。彼が私の好きなバンドの歌を歌ってくれた。本人映像だった。このバンドには未成年時代からそうとうハマっていて地方のライブに行くほど好きなバンドだった。
好きなメンバーが画面に出たとき、あの頃の純粋な自分を思い出し、今ではバンドマンに貢いでる自分がいたたまれなくなり、少し落ちた。
「俺、自分の顔嫌いなんだよね」という彼に「私も自分の顔嫌い」と伝えた。「自分の顔好きな人なんていないんじゃない?」という彼に心の中で(わたしゃ、好きですけどね、あなたの顔)とつぶやいた。聞けば夜から東京に行くのだという。そんなに時間がないのだと。あらあら大変!という私に彼は「1万円くれない?」と言ってきた。
そっか。そうだよな。そりゃそうだ。めげた。でも、めげてるのバレちゃ駄目だ。彼も大変なのだから。サッと格好良く私は1万円を渡した。
そのあとカラオケ代を払うときにお金が足りないことに気づくまでは私はとても格好良かった。レジの人に「少々待ってもらっていいですか?」と伝えて彼に「一回、返してもらっていい?」と1万を返してもらいカラオケ代を支払った。どこまでも決まらない女である。お釣りをグイグイと渡す私に彼は「電車賃ある?」と軽く微笑みながら心配してくれた。OK、わかってる、私は毒されている。でも心配されたことが嬉しいと感じてしまう人間へと私は成長していた。
人目についてはならないとカラオケを出たらすぐさま、別方向に別れた。(前よりは仲良く自然にできたかな?)と思った。帰りのバスに乗っていると彼から電話がかかってきた。バスを降りてから電話をかけ直すと「今から東京行ってくる」という報告だった。少し話をして「気をつけていってらっしゃい」と伝えた。不器用な私なりにこうやって少しずつ仲良くなれる希望を持った。これから来る未来を明るく感じた。嬉しくなった。これが二人で会う最後になるだなんて夢にも思わなかった。
私は私の理想の幸せの中にいた。帰宅して雑誌のライブスケジュールを確認して「東京行きは嘘じゃなかったんだ、良かった」と思った。そんな感覚を持つことがおかしいなんて気づきすらしなかった。
私はこの娑婆世界から離れられるならなんでも良かったのだ。人は人から洗脳されるというけれど本当は自分の傷に向き合いたくなくて自分自身に洗脳をかけていくのだよなと今となっては思う。