第5話 蜥蜴人剣士のアラン
「ア、アランノ旦那……」
ゴーマを捕まえた瞬間、アランのフードが取れる。
そこから現れたのは爬虫類の眼に肉を容易く引き千切れそうな牙と顎。腕には鱗が存在し、尻尾も見える。
『蜥蜴人』。アランは一般的にはそう区分される種族だった。
「ズ……ズイブント男前ニナリヤシタネ」
「ゴーマ……お前が『アンブロシア』を持ち逃げしたおかげで俺はこの姿から戻れねぇ。どうしてくれんだ!」
アランは基本はソロの冒険者で、元は『人族』だった。
ある時、合同依頼で他の冒険者と共に古びた遺跡を調べる事となった。その調査の時に発生した呪いにかかり『蜥蜴人』へと変貌してしまったのである。
だが、その遺跡には神秘の秘薬である『アンブロシア』があり、パーティはソレを見つけた。成分と効果を分析する為に一旦保持していたが、ある日、ゴーマが姿を消し同時に『アンブロシア』も無くなっていたのである。
そして、後に解ったのだが『アンブロシア』は【創世の神秘】を全て使って作られた秘薬で、あらゆる病や呪いを治す事が判明。アランはゴーマに深い恨みを叫んだ。
見つけたら『アンブロシア』を奪い返して殺す、と。
「『アンブロシア』を寄越せ。この首をへし折られたくなかったらな」
本来も凄みのあるアランの敵意を向ける視線は『蜥蜴人』となった今では数倍の迫力がある。
「ウッ……ウググ……」
「冷静になりなよ、アラン」
ユキミはゴーマを軽々と持ち上げているアランの腕に触れて力を抜かせた。ゴーマは地面に落ちる。
「ユキミ邪魔すんな。コイツのせいで……俺は女を抱けねぇんだよ!!」
「ハハハ。『蜥蜴人』と寝れば?」
「ふざけんな!」
アランの怒りある視線を向けられてもユキミは平然としていた。
アランはゴーマの知る中でも上から数えた方が早い程の実力者だ。そんな彼に睨まれても平然としているユキミも相当な実力者であると察する。
そんなユキミに言われてかアランは少し落ち着く。
「おい、ゴーマ。お前の事だから『アンブロシア』はどっかに隠してんだろ? アレは世界で一か二つしかない代物らしいからな。用心深いお前の事だ。足がつく可能性から、すぐには横流しはしねぇ」
アランはゴーマを捜して次の街へ向かっている最中だった。それが、ピンポイントで容疑者が目の前に現れたのだ。
ゴーマは逃走と潜伏の達人。この場から絶対に逃がすまいと背の大剣に手を掛ける。下手な動きをすればそのまま真っ二つにする構えである。
「ダ、旦那! 待ッテクレ! オレハ『アンブロシア』ヲ盗ンデネェデスゼ!」
「今さらどの口が言ってやがる!」
「本当ダ! ソレニ……価値ノ計レナイ物ヲ横流シシテモ、二束三文ニシカナラネェンデス!」
「下手な言い訳しやがって……とりあえず、お前がこの辺りに居るって事は次の街を拠点にしてんだろ? そこで『アンブロシア』を探す。お前は殺す」
「ヒィ! 濡レ衣ダァ!」
「まぁ、待ちなよ。アラン」
今後の人生がかかっているアランは『アンブロシア』を手にいれる事に何よりも執着していた。
「僕には彼が嘘を言ってる様には見えないよ」
ユキミはゴーマへ視線を送る。ソレは敵意のあるモノではないが、心の奥まで見透かされる様な……心地の良いモノではない。
「だったら『アンブロシア』はどこに行ったんだよ」
「うーん、その場に僕が居れば“嘘”は解ったけどね。多分、パーティで隠したんじゃないかな? 世界に三つとないお宝なんでしょ? 君に飲ませるのは勿体ないと思うんじゃない? ゴブリンの彼に罪を着せてさ」
「ソ、ソウデス! ナンカ急ニ追イ出サレタンデスヨ!」
二人に言われて、アランは当時を思い出す。
『アンブロシア』が無くなり、同時にゴーマも消えた。合同パーティの面子は誰もが口を揃えて、ゴブリンの奴が盗んで逃げた、と言っていた。
「君は凄く強いからね。そんな君に武力行使で『アンブロシア』を奪われる可能性は十分にあった。だからじゃない?」
筋は通る。そう言えば……世界有数の秘薬が盗まれたと言うのに、面子はあまり焦って無かった。普通は全力で捜索の手を広げるハズなのに。
「そんでもって、今頃『アンブロシア』は君が戻ってくる可能性を危惧してとっくに捌いただろうね」
「ふざけやがってぇぇぇ!!」
オオオオ!!! と咆哮となったアランの叫びに、周囲がビリビリ震え、飛んでいた鳥が気を失って落下する。
「でも、僕は気にしないよ? 今の君の方が戦いがいがあるし。ストレス発散に一戦やっとく?」
ユキミは構えて戦意を纏う。
「黙ってろ、この戦闘狂が! ったく……はぁ……どうやったら戻れんだよ」
鑑定してもらったが、この呪いは一時的なモノではなく、先祖返りに近いモノであるらしい。これ以上、症状が進行する事は無いらしいが、逆に元に戻る可能性もかなり低いとか。
「悪かったな、ゴーマ。お前はもう行っていいぞ……」
少し考えをまとめたい。アランはゴーマに対して手を払うと、その場に座った。
意気消沈したその様子にユキミは、あらら、と構えを解く。
「アランノ旦那」
「なんだ?」
「モシカシタラ、旦那ノ問題ヲ解決出来ルカモ知レネェデスゼ」
「なに?」
「実ハ、コノ先ニ『エルフ』ノ街ガ在リヤシテネ。ソコハ、アラユル知識ノ宝庫デシタ。ソコニ居ル“奴”ガ、ソノ知識ヲ全テ記録シテルンデス。旦那ノ呪イノ事モ、ソイツナラ何カ解ルハズデスゼ」
口八丁で乗せようとしているのか? アランはユキミを見ると、嘘はついてないよ、と目線で返された。
「ったく。なんでお前が『エルフ』の住みかなんて知ってんだよ」
「恥ズカシイ話、金目ノモノニ興味ガアリヤシテネ。一度行ッテ、コイツヲ持チ出スノデ精一杯デサァ」
と、ゴーマはエリーヌから渡された魔法短刀を見せる。それは装飾品が施された最上級の代物。王族の家宝になっていてもおかしくない程の雰囲気を醸し出している。
「うぉ!? お前、なんだそれ!?」
「凄いな。見た感じ、金貨200枚は行くんじゃない?」
「ヒヒヒ。信用シテクレマスカイ?」
ゴブリンが持っているにはあまりに不釣り合いな短刀。アランとユキミはゴーマの言う事に信憑性を増す。
「わかった。お前の話しは信じる。その『エルフの街』とやらに案内しろよ」
「待ったアラン。『エルフ』は高種族思想を持つ、閉鎖的な種族だよ。僕たちが行っても門前払いか、攻撃される可能性が高い」
「んなモン、正面から行くに決まってんだろ。邪魔する奴らは全部ぶっ殺す!」
「君の目的は正しい知識を引き出す事だろう? 野蛮な人間が強引に押し掛けてきて、君は正しい知識を話そうと思うかい?」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「簡単デサァ、旦那方。ソイツヲ拐ッチマエバイイ」
「僕の言った事を聞いてたかい? ゴブリン君。“脅し”は正しい情報を最も遠ざける行為だ」
「ソイツハ、『エルフ』ドモニ不信感ヲ抱イテマシテネ。アッシガ説得シテミセマスヨ」
「“愚か”と言う言葉はお前から最も遠いと思っていたのだがな」
「……」
エルフの長は『鳥籠』に戻したゼウスに語り掛ける。彼女は背を向けて座り、その足には鎖に繋がった枷による拘束が成されていた。それは部屋の中央に繋がれ、同じ様な逃走は出来ない様になっている。
「それに解っただろう? 下等種族など平気で他を犠牲にする。奴らからすれば他人などどうでも良いのだ。あの悪意こそが世界に漂う“混沌”であり、我々が正す必要のある“汚染”である」
「……」
「少しでも世界を思うなら、一日でも早く、己を思い出せ。“叡知”よ」
そして、鳥籠の扉が閉まり、薄闇にゼウスは一人取り残された。
「……」
ゼウスはゴーマの侵入してきた格子窓を見上げる。既に修繕されて、特殊な合金性に変わっていた。
“ゼウス、後デ迎エニ行クカラヨ、支度ハ整エトキナ”
「うん。待ってるよ、ゴーマ」
ゼウスの眼は何も絶望していなかった。
ゴーマの言葉は彼女の中で、最も価値のある言葉だったからである。
次は『エルフ』とガチバトル開始