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ゴブリンと叡智の少女  作者: 古河新後
1章 『始まりの火』編 神と言う名の迷い人
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第21話 おい、キスしろよ

「…………」


 ユキミは木漏れ日と葉に陰る、墓前に立っていた。


 『桜家』


 そう刻まれた墓石には個人の名前が刻まれる事はない。

 開拓が進まない『ジパング』では死者を敬うには土地が少なすぎた。その為、墓は一族に一つだけと言う決まりが存在し、遺体は火葬されて骨だけが骨壷に収まり、供養されるのだ。


「…………」


 ユキミはその墓地の下に居る、最も新しい住人である祖父を意識する。そして、思い起こされるのは……【武神王】により師が殺されたときの事だった。






 拓けた場所で師と“桜の技”を鍛練していた所に彼女はやって来た。


「失礼……スサノオを捜しているのですが……ご存知ありませんか?」


 師は『桜家』とスサノオ様の交友があると聞いて訪れたと察する。


「あの方を呼び捨てに出来る者は、天光様と眷属の方々だけだ。お前は世間知らずか愚者か……どっちだ?」


 『ジパング』の民は天光様と眷属の方々に深い敬意を抱いている。特に『桜家』とスサノオ様との縁はとても深い。


「私は【武神王】です。無式との約束を果たしに来ました」

「無式……先代天光様でさえ呼び捨てにするなど余程、『ジパング』を下に見ているとお見受けする」

「? なぜ、無式を上に見なければならないのです? 私たちに優劣など存在しない。あるのは……“強い”か“弱い”か。それがこの世界の摂理でしょう?」


 僕が前に出ようとすると師が手を翳し、彼女も出て来ようとした付き人の男を制していた。


「ならば……お前に教えてやろう。『桜の技』……お前の知らぬ強さと言うものを」

「……そうですか。期待は出来そうにありませんが」


 師は彼女に敗れた。戦いはあまりにも一方的でまるで師が子供扱いだった。

 師の強さは僕にとっては越えて行くモノだとは思っていた。けど……彼女の強さはあまりにも高く、雲の上の更に見えない程の高さに立っていると見せつけられた。


「これが『桜の技』……ですか? あまりにも弱く、あまりにも……脆弱です。記憶に残す価値すらもない」


 あまりにも一方的な戦いに呆然としていた僕はその言葉で彼女に焦点が合う。

 すると、付き人の男が僕を見た。


「……若い。だが……浅い。この男と同じく」


 彼女に向かって行こうとした拳が彼の言葉で冷静になった。


「……帰りますよ、ファング。もはや期待できるのは貴方とクルカントだけです」

「はい。お任せください、師よ」


 そう言って彼女は付き人の男と歩いていく。僕はただ悔しさから拳を握る事しか出来なかった。






「…………」


 もし、【武神王】との戦いで師が生きていたら今の僕には何と言っただろうか?

 勝つために進めと言うのか? それとも……諦めろと言うのだろうか?

 それ程に高すぎる存在。知らなかった頂を知った者の多くは諦めるだろう。けど僕は――


「ユキミ」


 師への問答に入り込み過ぎていたのか、背後から声をかけてもらうまで人の気配に気づかなかった。


「ココロ……」

「ここに居ると詩音さんから聞きました」


 ココロは僕の横に並び『桜家』の墓前に花を置いた。


「こうして、航海に出る前と帰港後にお祈りをするのです」

「僕のトコだけ?」

「私はそうです。父上は、最も己が求める縁を深めよと、言っていますから」


 ザァ……と風が流れる。ココロは両手を合わせて黙祷すると、すっ、と立ち上がった。


「ユキミはガイさんとユキノさんを追わないのですか?」


 ココロは家族とも仲が良い。『天下陣』の事は知っているのだろう。


「……それじゃ【武神王】には勝てない」


 間近でその力を目の当たりにしたからこそ解る。

 必要なのは均された道を歩く事じゃない。誰も通ったことの無い……“道”とも言えない場所を踏みしめなければ彼女には届かないのだ。


「……相変わらず……貴方はどんどん道を歩いて行ってしまうのですね」

「……人それぞれだと思うよ」

「私はこれからユキミの行く道を共には歩けません。逆に足を引っ張ってしまうでしょうから」

「…………」


 誰にも理解されないだろう。けど、僕にとってすれば……『桜の技』は僕そのもので、多くの人達との絆でもある。ソレを――


「……否定させたままにはさせない」


 視線は目の前の『桜家』墓標だけど、見えるのはその先に立つ【武神王】だ。


「……ユキミ、私の本音を聞いてくれますか?」

「なに?」

「今日、ここへ来たのは貴方との縁を断ち切る為なのです」

「…………」


 それが良い。僕は次に『ジパング』を発ったら戻れるか解らない。

 僕とココロの“好き”はお互いが一番じゃない。

 僕は『桜の技』、ココロは『海』。

 だから、本当に好きなモノの為にはその他を犠牲に出来る。


「けれど……それは私の本心ではないと最近になって気がつきました」


 ココロは僕と同じ方向に視線を向けて告げる。


「近くに居すぎてしまうと気づかないようです。ユキミ、私は『海』よりも貴方が好きみたいです」

「ココロ……」

「ですが、これはまだ片想いで良いでしょう。貴方の一番はまだ『魚水心(うおみずこころ)』ではないのですから」

「……僕は――」


 僕が言葉を返そうと彼女を見ると、ココロは僕の口を塞ぐように指を当ててくる。


「貴方の心にある熱が収まり、私を一番であると感じた時に今の続きを聞かせてください。私は水平線の向こうに居る貴方をいつもの想っていますから」

「…………」


 少し恥ずかしいのか、頬を赤めて上目でココロはそう言うと微笑む。

 僕は何て言って良いか口淀んでいると、気配――


「――あっ」

「ちっ、気づいたか……」

「甘酸ッパイデスゼ、ユキミノ旦那」


 キョウダイ達が近くの岩陰から覗いていた。僕とココロは恥ずかしさから、パッと離れる。そして、


「おい、キスしろよ」


 母さんも覗いていた。店はどうしてるのさ……

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