第20話 『宵宮』門前にて
「『宵宮』への侵入は許可しない」
アラン、ゴーマ、ゼウスの三人は『港城下』から社へ向かって道を進み、『宵宮』の門前で見張りの侍二人に停止する様に手を翳された。
「『宵宮』への出入りは『ジパング』の民であろうとも許可無く行うことは出来ない。天光様の生活を脅かす様な真似は他国の王でさえも排除対象だ」
「『妖魔族』による潜入の可能性から、入る者は【宵宮の盾】ジュウゾウ様より認められた、境内で業務を行う者のみだ」
徹底された侵入制限。アランは世界のあちらこちらを渡り歩いて稀に見かける聖域の様なモノであると察する。
「ドウスリャ入レルンダ?」
『妖魔族』に見慣れている侍二人はゴーマの質問に対しても真摯に対応した。
「部外者が入るには“眷属”による推薦が必要になる」
「眷属……」
「ジュウゾウ様、スサノオ様、ナギサ様、ヤマト様、ハクシ様。各々が天光様の為に尽力成されている」
「あの方々の邪魔をして殺されても『ジパング』では文句は言えない。くれぐれも余計な事をするな」
「じゃあ、天光様に伝言だけ頼めるか? とっておきの話があるってよ」
「我々でも天光様のご尊顔を拝見出来るのは半年に一度だ」
「覚えていたら伝えておいてやる」
「さぁ、帰った帰った」
手をしっしっ、されて仕方無しに三人は門から離れた。
「ここまで制限されてるなんて……」
ゼウスは少し困ったように頬に手を当てる。
門は扉がなく、強引に入ろうと思えば突破は可能だろう。しかし、今回はゼウスを奪還した時のように力業では意味がない。
【始まりの火】を分けてもらうのだ。確執が生まれればソレも叶わない。
「やっぱり、情報が足りなさすぎるな。『港城下』で情報を集めてアプローチを変えてみるか」
「ユキミノ旦那ナラ良イ案ガアルカモデスゼ」
『ジパング』出身のユキミならその辺りの事情には詳しいハズ。
「とりあえずユキミと合流するか」
三人が去っていく様子を門番の侍二人は見届けながら、改めて気を引き締める。
彼らにとって『宵宮』の門を守ると言う行為は最大級の名誉である。強さ、誠実さ、誇り、そのどれもが高水準の侍が選定されるだ。
「変わり無いか? ヒラウチ、シシノ」
「! ジュウゾウ様!」
「何かありましたでしょうか?!」
『宵宮』の境内からずんずん、と現れた老人――ジュウゾウはキラリと光るスキンヘッドと顎髭を蓄える巨漢だった。
体格も良いヒラウチ、シシノを見下ろす程の体躯は二メートルを越え、現れるだけで威圧を感じる。
二人はザッ、と片膝に頭を垂れた。
「楽にして良いぞ。ばっははは! なにやら少し騒がしかったのでな」
「申し訳ありません。旅行客が『天光様』に会わせろ、と」
「とっておきの話があるとの事ですが、信用ならないので追い返しました」
すると、ジュウゾウは二人の肩にぽん、と手を置く。
「ばっははは! よくやったぞ、お前達。姫様は今ご就寝なされた。その安眠を守る先駆けは、門番であるお前達だ」
ジュウゾウは『宵宮』境内を管理統治する【始まりの火】の眷属であり、先代の時より仕える古参の眷属でもあった。
「『冬将軍』に戦力が割かれ『次郎権現』の事もある。この混乱に乗じて『妖魔族』が『宵宮』に触れようと画策するやもしれん。頼りにしておるぞ」
未だ『ジパング』の七割は『妖魔族』に支配されている。【始まりの火】は『妖魔族』から民を護る導の様なモノだった。
「ハッ!」
「命に変えましても!」
「ばっははは! なんとも頼もしき民たちよ! だが、命を賭けるのはまだ早いぞ? 己達で解決できぬ時はワシかナギサを呼ぶのだ。よいな?」
「わかりました」
「心に留めておきます」
うむ、とジュウゾウは二人の肩から手を離す。そして、門から出ると少しだけ道を見回した。
「ジュウゾウ様?」
「どうされました?」
「旅行客が来たと言っただろう?」
「はい」
「大剣を持った『蜥蜴人』に『ゴブリン』と『人族』の少女でした」
「ふむ……そうか」
少し考える様なジュウゾウに二人は問う。
「まさか、お知り合いでしたか?」
「追い返してしまいましたが……」
「いや、構わんよ。知り合いならばワシらに連絡が来る」
それだけを言い残し、ジュウゾウは境内へと戻った。
「――ジュウゾウ様」
「どうした? ナギサよ」
「門に行かれたのですね? “あの方”が来ていたのではないですか?」
ナギサもその気配を感じ取り、門へ向かっていた所だった。
「ばっははは! 気のせいだったわい!」
「そうですか……」
思い出すのは『宵宮』を設計する時の事。彼女が『ジパング』に存在する最も古い木を使って『宵宮』を建てる様に進言してくれたのだ。
“『ジパング』の地と永く繋がりのある強い木です。きっと、未来永劫『宵宮』を護ってくれますよ”
「唯一の後悔であるな」
貴女様に何があったのか……【宵宮の盾】である以上姫様より離れられぬ身。
調べることの出来ぬ事はとても歯がゆく思いますぞ――