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ゴブリンと叡智の少女  作者: 古河新後
1章 『始まりの火』編 神と言う名の迷い人
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第19話 バカ息子が

『桜定食』。

 そう書かれた垂れ幕を設置する店の前にユキミは立っていた。

 開店前。と張り紙がされた横戸の扉を開けようと手をかけては離すを繰り返す。


「……」


 そして意を決し、ガラッと戸を開いた。

 中はカウンター席と複数の座席を可能な限り置いた小さな定食屋である。


「まだ開店前だよ。料理の提供は九時からだ。出ていかないなら叩き出す――」


 そう言いつつ、包丁を持った和服の女が厨房から顔を出した。和服の上からエプロンを着ており鋭く睨む眼がユキミに向けられる。


「あ……あはは。その……ただいま……」


 ユキミは愛想笑いを浮かべながら母――桜詩音(さくらしおん)へそう告げた。


「……はぁ……バカ息子が。そこに座っとれ」


 シオンはユキミにそう言うと、仕込みに戻る。生板の上で仕込みをする包丁の音が妙に大きく聞こえた。






「ヤマトとスサノオはまだ戻らないのですか?」


 幕に隠れた『宵宮』の奥間より【始まりの火】がジュウゾウとナギサを呼び、尋ねた。


「ばっははは。北の『冬将軍』の討伐が少々苦戦している様ですな。【悪鬼姫】の伽藍もちょっかいをかけて来てる様ですぞ!」

「これ以上、“眷属”を派遣し『宵宮』を手薄にする事は出来ません。ご容赦を姫様」


 弓を背に回したナギサも胸に手を当てて【始まりの火】を宥める様に告げる。


「迷いし神……『次郎権現』。是非とも彼とは話をしてみたいものです」

「ばっははは! 流石にソレは難しいですな」

「違う次元の存在は我々とはあらゆる価値観が違います。仲介に入れるのは【原始の木】だけです」


 世界と繋がる感覚を持っていた【原始の木】だからこそ、あらゆるモノと会話が可能だった。


「ですが彼女は既に故人です。次の『木』も未だに行方が知れません」

「噂ではエルフに捕らえられていると聞きましたな。【創生の土】はネイチャーに調査を任せていた様ですが、見つけられなかったそうですぞ」


 世界の知識は繋がっている。ならば【原始の木】の本質はまだ失われていない。


「【原始の木】の知識はまだ感じられます。恐らくは眠っている……ふぁ。私も少し眠るとします」


 【始まりの火】は欠伸混じりにそう告げると横になった。


「ばっははは! 安眠をお約束致しますぞ!」

「ヤマトとスサノオが戻られましたら声をお掛けいたします。それまでごゆるりと」


 眷属の二人は幕の向こう側で横になる【始まりの火】を見届けると『宵宮』の奥間の扉を丁寧に閉めた。


「ジュウゾウ様。“次郎権現”の件ですが……」

「ばっははは! 既にガリア殿に連絡を送って相談済みだ! 近い内に『テンペスト』を送ると言っておったわ!」

「援護が必要になりますね」

「どのようなアプローチが必要になるか。そこから探らねばな! ばっははは!」






 本日午後から。と言う張り紙が更新され、シオンは睨みを効かせ、向けられるユキミはだらだらと汗を掻きながら項垂れる。

 完全に怒られる流れだった。


「バカ息子。祖父さんの葬儀にも出ずにジパングを飛び出して、よくもまぁ、私の店に顔を出せたなぁ? あ?」

「…………ごめんなさい」

「ごめんなさい? それだけか? 無様な言い訳の一つでも考えてないのか? お?」

「……ごめんなさい」

「…………ったく」


 シオンもユキミが誰よりも祖父の事を慕っていた事は理解している。だからこそ、誰よりも葬儀には立ち会うべきだったのだ。


「区切りになりそうだったから……」

「あ?」

「祖父ちゃんの葬儀に出たら……そこで歩く足が止まると思ったから。だから……【武神王】を倒したら帰ってくるつもりだった」

「そーかい。それで? 【武神王】はぶっ倒して来たんか?」

「……まだです」

「バカが」


 はぁ……と何度目かのシオンの溜め息にユキミはびくびくする。

 全てを振り切って故郷を飛び出した。しかし、何の目標も達する事なく戻ってきた事に呆れているのだ。


「でも……負けてない」

「は?」

「だ、だから……僕は一度も負けてない。色んな人や魔物と戦って……勝ってきた」


 シオンはそう告げるユキミの瞳から、無敗だけは揺るがない真実であると悟る。


「バカ息子、お前逸りすぎたな。あのままジパングに残ってりゃ『招待状』は間違いなくお前が使ってただろうさ」

「『招待状』?」

「『天下陣』だ」


 シオンはユキミがジパングを去ってから一年後にスサノオが持ってきた“招待状”について語る。


「『天下陣』は【武神王】が世界各地から強者を集めて天下最強を決める大会らしい。その『招待状』がスサノオ様に届いたんだと」

「……」

「でも、スサノオ様は乗り気じゃないから、ヤマト様に譲ったんだ。けど、ヤマト様も伽藍を放置出来ないからって辞退した。そんで、よく飯を食いに来るウチに話が来た」


 スサノオは『桜』とはよく技術交換をしている事もあり、店の方にも良く顔を出す。ユキミも何度か面識があった。


「それで、ユキノが出ることになってね。ガイと一緒に旅立ったよ。武者修行しながら『桜の技』を仕上げる意味も兼ねて、早目にね」


 ガイはシオンの夫でありユキミの実父。ユキノは妹だった。


「残ってりゃ、お前が出てた。バカやったな」

「…………そうなんだ」


 シオンの話を一通り聞いたユキミの表情は悲観も落胆もない。寧ろ、安堵した様だった。


「なんだ? その含んだ笑みは」

「あ、いや……僕は多分……その場に居てもその道は選ばなかったと思って」


 ユキミは当時、祖父を倒した圧倒的な【武神王】の実力を唯一目の当たりにしていた。


「あの時の僕には足りなかったモノが多すぎたから」


 その“足りないモノ”はジパングに居ては絶対に手に入らなかっただろう。


「今もそうだ。この感覚が続く限り……完成しない僕は誰にも負けない」


“見たか、シオン。ユキミは既に『白虎』を習得したぞ! 『朱雀』の片鱗も掴んでおる! まだ3歳の童子だと言うのにだ!”


「やれやれ……お義父さんから出来上がったバカ息子が。負けたら、帰って来てココロとウチの食堂を継げよ」

「うん。って、え!?」

「言質取ったからな。破ったら殺す」

「か、母さん~」


 シオンは、ククク、と邪悪に笑った。

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