第17話 デカ過ギンダロ!?
「うぅぅぅ……」
「ゼウス、大丈夫カ?」
酔いに苦しむゼウスをゴーマとユキミは介抱していた。
『始まりの火』を求めてジパング行きの帆船に揺られる事1ヶ月。明日にはジパングが見える所まで航海が進んだ夜に嵐に見舞われた。
ユキミ、ゴーマ、ゼウスの三人は夜の嵐の中も、ヒャッハーと進む船乗り達の操船に何度も横倒しになりそうな程に激しく揺れる船内にて寝床にしがみつく。
「船、嫌いになりそうよ……こんなに揺れるモノなの?」
「普通、嵐の夜は停泊するんだけどね」
「マルデ、振ラレタサイコロダゼ」
ジパングへの船は極端に少ない。
その理由として、ひと月の航海が必要になる他、ジパングの沖合いには数多の魔物が巣を作っており、適切な海路を知らなければそれらの餌になる事からである。
その為、稀にやってくるジパングを往復する商船に乗り込む以外に極東の島国と行き来する術はない。
この帆船『魚心号』の船長ココロは航海を無事に乗り切る為の取り決めとして、三つの事を厳守させていた。
船長の命令は絶対。逆らったら海に捨てる。
料理長の出す飯は残すの厳禁。残したら海に捨てる。
客が余計な事をして怪我しても自己責任。死体は海に捨てる。
と言うモノ。客人は“客”ではなく、基本的には“荷物”扱い。但し、食事は出る。
割り当てられた船室のベッドで横になり酔うゼウスはこちらを心配するユキミとゴーマに視線を向ける。
「なんで……二人は平気なの……?」
「僕は平衡感覚は他よりも強いから。それにいつも腹六分目くらいしか食べないからね。ゼウスはお腹一杯食べてたでしょ?」
「だって……私の為にハタノさんが調理してくれたのよ? 残せないわ」
『魚心号』の料理長ハタノは、ゼウスが生の魚が食べられない事を見てとり、焼いたりして特別メニューを毎回用意してくれた。更に、もっと食ってデカくなれよ。お前は美人になるぜ! と親指を立てて毎回大盛りにしてくるのだ。
「断るのも礼儀さ」
「今回で……学んだわ。ゴーマも同じくらい食べてたのに……なんで平気なの?」
「オレハ、船ニハ慣レテルカラナ。嵐ノ夜ハ稼ギ時ナンダゼ」
この船で盗みは止めなよ?
ココロ船長ハ出シ抜ケネェデスゼ。
と平気そうな会話をする二人を羨ましがっていると、船室の扉が開いた。
現れたのは雨でずぶ濡れになった『蜥蜴人』のアランである。
「ユキミ、手を貸せ。『海蛇』に船を回されてる。仕留めねぇと渦に呑み込まれて海の藻屑だ」
「そうなんだ。それで、さっきからぐるぐる回ってるワケだ」
ユキミは雨の当たる窓の景色が海面を映してる様子を、変だなー、と感じていた。船は渦に呑み込まれて中心に向かってるらしい。
「ココロ船長が『水魔法』で抵抗してるが、『海蛇』を仕留めないと皆死ぬ」
「嵐に夜。地の利は『海蛇』に圧倒的に有利か……いいね。彼に敗北を刻もう」
「二人とも気をつけて……うっぷっ……」
「ゼウス、バケツダ」
一度食べたモノなら吐き出しても残した判定にならないらしい。
「ハハハ、良い経験してるな」
「酔いも船旅の醍醐味だよ」
「……次に船に乗るまでに……何としても……酔い止めの薬を作るわ……」
「ゼウス、モウ寝トキナ」
水平線から朝日が登る頃。『魚心号』は穏やかな風を受けつつ、早朝の光に照され始めた。そして、見張りマストに立つ当番の船員は朝日とは別の“太陽”を確認する。
巨大な山の地形を上手く開拓し作られた建物や街は水平線から昇る朝日を満遍なく浴びる事が出来る様に造られた城下町。
その山の頂上には巨大な社が存在し、さらにその上には炎のように揺らめく『火』が浮いている。
見張りは足下の通信菅を開けると、
「ココロ船長、『港城町』が見えました」
船長室へ通信を入れると、そこから全ての部屋へ伝わったのか、船室から皆が出てくる。
最低限の当直を残して昨晩の『海蛇』との戦闘で疲れて眠っていたが、それでも『火』を見る為に身体を起こしてきた。
「ナンカ、清々シサト神々シサヲ感ジルゼ」
朝日の加減も相まって目の前の港町がゴーマの眼には聖域のように見えた。
「変わって無いなぁ」
ユキミは発った時からまるで変わらない故郷に微笑む。
「でかい港町だな。あの山の上の建物はなんだ?」
アランは港町の頂点にある建物を見る。
「あの社は『宵宮』。『始まりの火』を奉り、護る“眷属”達が住まう場所よ、アラン」
ゼウスは見たことが無くとも『宵宮』の天辺から光を放つ“火”が『始まりの火』であると感じた。
その時、船尾の海面が盛り上がる。次の瞬間、『海蛇』が現れた。昨晩の戦いで追い払われた個体である。
日の光の下に現れた『海蛇』は『魚心号』を丸のみしそうな程に巨大であった。
「! しつけぇな!」
「ウォォ!? デカ過ギンダロ!?」
「やれやれ」
「?」
四人がリアクションする中、『魚心号』の船員達は特に慌てた様子はない。
その様にゼウスは不思議がっていると、『海蛇』は『魚心号』へ食らいついて来た。
「下がってろ!」
昨晩は逃げられたが、今度こそ首を落とす! アランは『ブレイカー』を開放しようと魔力を込めた瞬間、
「――――」
『海蛇』の頭が消失した。
唐突な攻撃にアランは攻撃が飛んできた方向――『宵宮』へ視線を向ける。頭を失った『海蛇』の身体は力無く海中へ沈んで行った。
「ナ、ナンダァ!? 『海蛇』ノ頭ガ消エチマイヤガッタ!?」
「今のは……」
「噂には聞いてたけど、やっぱり常識を越えてるなぁ」
「……今のが『宵宮の弓』なのね」
『ばっはっは! どうした!? ナギサよ!』
「ジュウゾウ様。沖合いの制限区域内に『海蛇』が現れましたので処理いたしました」
『ばっはっは! 仕事が早い! 流石は『宵宮の弓』よ!』
「今は些細な問題でも早々に処理しなければ」
ナギサは『宵宮』の最上階の境内からまだ朝日の影になっている山の反対側を見る。
そこでは、雲が渦を巻き、その中から『次郎権現』の視線が常にこちらに向いていた。
「例え、ヤマトとスサノオが居らずとも“神”に遅れを取るワケには行きませんから」