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ゴブリンと叡智の少女  作者: 古河新後
序章 叡智を求める者たち
14/21

第14話 8回目の幸福

「不幸というものはね。多い時には7回も続くんだよ、ゼウス」

「そうなの?」

「うん。そう言う日は家から出ない事をお勧めするかな」


 夜中にふと目を覚ました(わたくし)は、野宿の見張り番をしているユキミとそんな話をした。


「君は7回も不幸を味わいたく無いだろう?」

「……どうなのかしら。(わたくし)は不幸かどうかわからないの」

「1」


 すると彼は指を一つ立てる。(わたくし)は首をかしげた。


「幸せを知らない。一つ目の不幸だ」

「……記憶を失う前はきっと幸福な時もあったハズよ」


 『エルフ』の話によると、記憶を失う前の(わたくし)は、全智の存在だったらしい。

 と、彼は紅茶を私に出してくれた。木で出来たカップを、お礼を言って受け取り、中身を啜る。


「熱っ!」

「2」


 彼は紅茶の熱さに(わたくし)が舌を軽く火傷したことに二本目の指を立てる。


「気をつけていれば……起こらなかった不幸よ」

「起こったから不幸なんだ」


 そう言ってユキミは笑う。(わたくし)は精一杯睨み付けるが、彼は微笑むばかりで効果がない。


「君は色んな事を知らなさ過ぎる。『エルフ』も酷いことしたよ」


 (わたくし)は、100年近く『エルフ』の“鳥籠”に囚われていた。

 そこから救い出してくれたのは、今共に旅をしている三人。今は『エルフ』の追手を警戒しつつ町を目指している最中である。


「3」

「……三回目は何?」

「君はこの夜空を知らなかった」


 彼が視線を上に向けると(わたくし)も習うように夜空を見上げた。


 木々の間から僅かに見える夜天。無数の星が川のように流れて強い光が点在する。今までは逃げるのに必死で夜空を見上げる余裕はなかった。


「ふわ……」


 綺麗な夜空に思わずそんな声が出た。“鳥籠”は窓が無かったから、外の事なんて全く知らなかった。


「森を抜ければもっとすごいよ」


 朝は明るくて、夜は暗い。(わたくし)にとっての世界はその程度の認識だったのだ。


「そして、4」


 すると、彼は立ち上がると沸かしたお湯で焚き火の火を消した。蒸発する音が響く。


「どうしたの?」

「追手が来た。アラン! ゴーマ!」


 彼の声に眠っていた二人も目を覚ます。


「なんだぁ? 交代かぁ?」

「ダンナ。モウ食料ヲ使イキッチマッタノカイ?」

「二人とも寝ぼけてないで。追手だよ」


 木々の闇から矢が飛んで来ると、それは(わたくし)の眼前で止まった。


「最悪、殺しても良いって事かな?」


 彼は掴み止めた矢をクルっと回して横に捨てる。


「二人は先に行ってくれ。僕が殿をやる」

「でも……」

「行クゾ、ゼウス! オレ達ハ足手マトイダ!」

「マジで援護は良いのか?」

「君の剣は森の中じゃ不利だよ」

「じゃあ遠慮なく先に行くぜ。死ぬなよ」

「夜と森は彼らだけの専売特許じゃないさ」


 (わたくし)達とは反対方向へ彼は歩を進める。

 闇と森は『エルフ』が長ける戦場。それを(わたくし)は良く知っていたから追いつかれる事がどれだけ危険なのか知っている。


「ユキミ! 5回目の不幸が貴方なんて嫌よ!」

「5」 


 彼が指を全て開く。


「僕たちの“妹”を不幸にさせると、こうなるという事を彼らには理解してもらうよ」


 そう言って彼は森の闇に消える。

 骨や肉が砕ける音と、悲鳴が聞こえ、『エルフ』達は混乱している様に叫びあっていた。


 しばらく走り、森の出口が見えてくる。そこで一度止まり、後ろを見るが追手はおろか、矢の一つも飛んで来なかった。


「ハァ……ハァ……奴ラモ、シツコイゼ」

「ゴーマ。お前は俺より夜目が効く。出口に罠が無いか偵察を頼む」

「オーケーダ、アランノ旦那」


 今は立ち止まるわけには行かないが、追手が後ろからだけとは限らない。


「ゼウス、少し呼吸を整えろ。ゴーマが戻り次第、森を出る」

「……ユキミは……」

「アイツは大丈夫だ。いいか? お前は逃げることだけを考えろ」

「貴方達の……誰かを失っても?」


 6回目の不幸。三人の内、誰かを失うのなら……(わたくし)は例え一生不幸でもいい。


「アラン……(わたくし)、『エルフ』の元に戻るわ……」

「駄目だ。却下」

(わたくし)が行けば皆死なずにすむから!」

「面倒だからだよ」


 ゼファーの事が頭をよぎり、涙が出てくる(わたくし)の頭にアランが手を乗せた。


「そうなったら俺ら三人でどうせ助けに行くんだ。二度手間になるだろうが」

「旦那ァ! 『エルフ』ノ追手ハ、コッチマデ回ッテネェデスゼ!」

「暗い森の奥は俺らに任せて、お前は思いっきり世界を見ろ。ほれ」


 アランに軽く背中を押されて(わたくし)の足は自然と前に歩き出し、早くなり、走り出す。

 森を抜け、空気と世界が広がるのを肌で感じた。






「……」

「ゼウス。イツマデ待ツンダヨ」


 (わたくし)達は森を抜けた先にある街に朝日が登った頃には入る事が出来た。

 しかし、残ったユキミは帰って来ない。


「別に……貴方は宿で寝ててもいいわ」


 街の門の前で(わたくし)は待っていた。その横にはゴーマも座ってる。


「マッタクヨ、見カケニヨラズニ頑固ダヨナ、オマエ」


 そう言うとゴーマはそのまま壁に背を預けた。


「オレハ、ココデ寝ルゼ」

「……ありがと」

「やれやれ、矢が飛んで来てもゴーマには止められないよ?」


 すると、正面からそんな言葉と共に少し返り血を浴びたユキミが歩いてきた。


「7だよ。ゼウス」


 と、ユキミは困ったように肩をすくめて、


「手持ち以外は荷物を全部失った。無一文だよ。金策を考えないとね」

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