休みの日の事件 5
久しぶりにスピンオフ作品を更新しました。
本編をお読みになったことがない方は、先に本編をお読みになることを強くおすすめします。そうでないと、まったく話が分からないと思います。
とりあえず、なんでも暇つぶしに読めればいいや、という方はどうぞ。もちろん、本編知ってるという方もどうぞ。
読もうと思って頂けただけでも嬉しいです。
シークはロルを取り次ぎ用の客間に入れた。ロナがお茶を持ってきてくれる間に、シークは地図を広げた。
「確か、お前は南部の出身のはずだ。」
「南部ですか?」
シークは頷いた。
「ほら、地図を眺めて何か知っている地名はないか?」
ロルは最初は緊張して固まっていたが、小さな部屋だったせいか、次第に落ち着きを取り戻してきた。
「確か、お前はサリカタ山脈の東側の方の出身だったような気がする。」
シークも明確にロルの出身地を記憶していなかった。今度から、必ず隊員の出身地を記憶するようにしようと心に決めた。
「…あれ?」
ロルは地図上のサリカタ山脈の東側の方を眺めていた。東西南北は理解しているようで、シークは内心ほっとした。
「何か気が付いたか?」
「あ、スージがある…!」
ロルの反応にシークは心からほっとした。
「知っているのか?」
慎重に確認する。わざと住んでいる町なのか聞かなかった。さっき、街の名前が分からなかったのだ。スージではないはずである。
「はい…!姉ちゃんの結婚式の準備に出かけた街です。でも、姉ちゃんは結婚をやめてしまいました。」
「失礼しますよ。」
その時、ロナの声がして引き戸が静かに開けられた。
「こんばんは。よくいらっしゃいましたね。」
ケイレが話を聞いてロナと一緒にやってきた。ロルはぽかん、とケイレを見上げる。
「オスター、私の母だ。母上、こちらはロル・オスター、私が教えている訓練兵です。」
シークが紹介すると、ロルは正座のまま丁寧に挨拶した。
「…こ、こんばんは。教官の母上様。お世話になっています。」
ケイレはロルがまだ少年なので、目を細めて笑った。
「まあ、丁寧にありがとう。今日は泊まってお行きなさい。」
ロルはがばっと頭を下げた。
「ほ…本当に申し訳ありません。」
「いえいえ。それで、シーク。オスターさんに客間を用意しましょうか?」
「いいえ、母上、私の部屋に泊まらせます。ギークにはまだ承諾を取っていませんが、許してくれるでしょう。屋敷が広いので、道に迷うかもしれません。」
家への帰り方が分からないのだと、ギーク辺りから聞いたのだろう。迷子の少年に広い屋敷で迷子になるようなことはできない。ケイレは頷いた。
「分かりました。それでは、ギークには私から言っておきましょう。食事はどうしますか?」
シークは少し考えた。ヴァドサ家で息子達が多く国王軍から帰宅する時期に合わせ、一族郎党が集まって会議を開いている。十剣術交流試合に出すのを誰にするかとか、そろそろ結婚させるのに誰と誰にするかとか、そんな話をするためだ。
結婚話は順番的にそろそろシークの名前が挙がってくるが、食事をしながらそんな話もするので、そういう場にロルが一緒にいるのはふさわしくない。
「内々でカレン達と食事します。」
そういう話し合いの場に幼い弟妹達は出席しない。母や叔母も話し合いの食事の席に出ていくので、会議の間、幼い弟妹達は顔なじみの古参の使用人達と食事する。
「…分かりました。それがいいでしょう。あの人には、わたしの方から伝えておきます。」
「……あのう、おれ、一人でご飯を食べます。ここで十分です。ここに寝させて貰えればかまいません。」
ロルが言い出した。思わずシークを始め、ケイレとロナの三人はロルを見つめた。ロルはずっと泣くのを我慢していたようだったが、とうとう堪えきれずに泣き出した。
「…おれが…みんなみたいに、ちゃんとできないの、知ってます。おれが…馬鹿だって分かってます。…門番の人と話している時、多くの人が出入りしていました。きっと、一族が集まって何かあるんですよね?だから…教官にこれ以上、ご迷惑をおかけできません。…おれ…おれ…ごめんなさい…。」
田舎に住んでいただけあって、一族の集まりがあるようだと勘づいていたらしい。ロルだって自分が何も知らないのが、そもそもの問題だと分かっているのに、その事を考えていなかったことにシークは気が付いた。
「悪かった、オスター。お前だって肩身狭いよな。気が付かなくてすまない。でもな、気にしなくていい。大丈夫だ。知らないことはこれから覚えればいいし、次回から失敗しないように気をつければいい。それに、落ち着いて考えたら、お前がスージ近郊に住んでいるということが分かったじゃないか。
やればちゃんとできるはずだ。お前が住んでいた世界が他の人と違う所に住んでいただけで、きちんと覚えれば分かるようになる。心配しなくていい。」
シークがロルの肩に手を置いて、顔を覗き込むようにして言い聞かせると、ロルは泣きながらじっと見上げてぐすっと鼻水をすすったので、手巾を出して手渡した。
「…ほ、本当ですか?」
「大丈夫だ。帰り方も教えてやる。大体、サプリュに来た時は迎えがあったから、街から出たことがなければ、帰り方が分からなくても当然だ。」
「…でも、おれ、大丈夫かな。迷惑をかけてしまって……。」
「大丈夫だ。心配いらない。」
シークが言った所で、ケイレも同調した。
「大丈夫ですよ。迷惑だと思わないで、ここが家だと思ってゆっくりしていきなさい。客人も普段から多いから、一人二人増えたってどうってことありません。」
「…ごめんなさい。飯の量も変わるのに。」
ロルの言葉にケイレが朗らかに笑った。
「大丈夫。百人前食べるわけではないでしょう?」
「…へ?ひゃ、百人分?おれ、そんなに食べられません。」
「そうでしょう。心配無用です。それでは、今日はここがあなたの家だと思ってゆっくり過ごすんですよ。」
ケイレに言い聞かせられて、ロルは首を傾げた。シークは誤解しているとすぐに気が付いた。一連の言動で、ロルの思考が分かってきた気がする。
「母上、それでは誤解を。」
「おれ、やっぱりこの部屋にいるんですか?」
案の定だった。ケイレはロナと顔を見合わせて二人で笑い出した。
「あらまあ。わたしの言い方が悪かったのですね。シーク、教えてあげなさい。お話は楽しいけれど、そろそろ行かないと。」
「母上、ありがとうございます。ロナさんもよろしく頼みます。」
シークは楽しそうに笑いながら去って行く母達に礼を言った。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語