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休みの日の事件 4

 シークの姿に使用人達と、騒動の原因、案の定のロルの顔が一斉に、ほっとした表情に変わった。

「どうした?」

「あの、こちらの訓練兵の方をご案内しようとしたら、ここでいいと言われまして。困っていたのです。」

「すみません。私が対応するので。」

 使用人達は頭を下げて下がろうとした。

「あ、あのう…!」

 ロルが緊張した声を張り上げた。ロルは今にも泣きそうな表情になっている。よく見たら手に(しわ)になった地図を持っていた。嫌な予感がした。

(まさか、家に帰りたくないって言うんじゃ…。家出してる状態だっていう奴が前にいたな。)

「きょ、教官、おれ、家への帰り方が分かりません…! おれ、家にどうやって帰るか、分からないんです…! だいたい、おれ、家に帰れるって知らなかった!」

 一瞬(いっしゅん)の空白があった。

 しばらく、誰も何も言わなかった。シークの想像を超えていた。家にどうやって帰るか分からない、と言った教え子は初めてだった。家に帰りたくないという者はいても。しかも、家に帰れると知らなかったという教え子も初めてだった。みんな、意気揚々と錦の旗を飾ると言って帰って行く。

 小鳥がチーチーチチチとか、のんきに鳴いている声が妙に(ひび)いた。カラスも鳴きながら飛んでいった。

 戻ろうとして、まだ戻っていなかった使用人達も動きを止めて、振り返ってロルを見つめていた。ギークもびっくりしてロルを見つめていた。

「あの…おれ、どうしたらいいですか?」

 ロルの泣きそうな声でシークは我に返った。

「……とりあえず、オスター、お前、どうやってここまで来た?」

「その…ジンナが送ってくれて。その、ジンナが一緒に帰り方を考えてくれてたけど、結局、時間がなくなっちゃって、帰らなきゃ行けないって、ここまで送ってくれて帰って行きました。後は教官に教えて貰えって。」

「ジンナってあのジンナ家?」

「そうだが、今は黙っててくれ。」

 シークはギークを振り返って言うと、ロルに向き直った。

「その地図はジンナが買ってくれたのか?」

 サリカタ王国では道路地図が売られている。

「はい。」

 シークは思わずため息をついたが、気を取り直した。

「とりあえず、家に上がれ。そこで考えよう。」

「あの、教官、あのう、普通、みんな自分がどこの出身地か知ってるんですか?」

 ロルは緊張しておどおどしながら、聞いてきた。

(…もしかして、郷里がどこか知らないのか!?)

 シークが(おどろ)いていると、ロルはさらに言った。

「ジンナが…普通はどこから来たか、知っているものだって。だから、地図を見ても、どこにどう帰ったらいいのか、分からないんです、おれ。」

 完全に言葉を失った。どうしたら、いいのだろうか。少しの間、頭が真っ白になったが、軍にロルの記録があったので、それを見ればいいことに気が付いた。

 隣でギークが吹き出した。

「くくく。」

 堪えきれずに笑っている。

「分かった。明日、軍に行ってお前の記録を確認する。それにしても、街の名前とかそれくらい、覚えていないのか?」

 すると、ロルはきょとんと首を(かし)げた。

「街? 街の名前って? 街の名前ってなんですか?」

(住んでいた街の名前すら知らないのか!?)

 そんなにぼんやりした人を知らなかったので、シークは心底びっくりした。ギークがますます笑っている。

「……念のため聞いておくが、ここが…お前が訓練を受けている街の名前が何か、知っているか?」

「…えーと?」

 ロルが考え込んでいるので、シークはさらに言い換えた。

「だから、訓練を受けるために、お前の故郷から出てきただろう。そして、大きな街に入ってこれから、ここで訓練を受けると説明を受けたはずだ。どこに行くと必ず言われたはずだ。」

 すると、ようやくロルは頷いた。

「あ、首府のサプリュに行くって言われました…! でも、サプリュに行ったことがありません。」

 言っている意味が分からない。

「? ……オスター、何か勘違いしてないか?お前は今、サプリュに住んでいるんだぞ?」

 隣でギークが腹を抱えて笑っている。

「…? どうしてですか? おれ、まだ王宮に行ったことがないのに。じいちゃん達が、サプリュは王宮の名前だって言ってました。」

 シークは思わず左手で額を抑えた。本当は思いっきり頭を抱えたい気分だ。間違っていない。正しいが、間違っている。

「オスター、確かに王宮の名前はサプリュだが、街の名前も同じサプリュだ。普通、サプリュと言う場合、街の方を指す。」

「ええ、そうなんですか?王宮のことはなんて言うんですか?」

「単純に王宮だ。それで、お前、街の名前は思い出せないのか?」

「だって…街は街だったから、分かりません。みんな街って言ったら知ってたから、街は一つしかなかったし。」

 シークはロルと話しているうちに、彼の世界観が普通と異なることを感じた。“街”と言えば何の街を指すのか、分かる世界に住んでいたのだ。横でギークが『あぁ、腹いてぇ。』と言っている。

「…分かった。分かったから、とりあえず家に上がれ。そもそも、お前、泊まる所がないだろう。」

「…それはできません。だって、おれ教官にそこまでして頂いて、お返しするためにお迎えする家とかないから、できません。」

 少し、見えてきた。ロルの住んでいた地方では、何か親切にして貰ったら、同等の物で返さなくてはならないのだろう。

「礼はいらないから、家に入れ。」

 しかし、ロルは頑固に言い張った。

「で、でも、ご迷惑をおかけしてしまいます。」

 いや、すでに迷惑がかかっている。今さら気を遣わなくていい。

「きょ、今日は宿に泊まって、明日、またお伺いします。」

 いや、ロルのことだ。宿に泊まれる保証がない。百歩譲って宿に泊まれたとしよう。その後、またヴァドサ家にきちんと来れる保証もないし、軍にもたどり着けないかもしれない。なんせ、ヴァドサ家のある場所はサプリュの郊外なのだから。

「お前に言っておくが、今から宿を探すのは無理だ。大体、この辺には宿がほとんどない。仮にあったとしても、危ないからやめておけ。」

「……でも。あ、寮に戻り……。」

 さすがのシークも(いら)ついてきた。

「寮には入れないし、戻れない。いいから、入れ。」

 のんきなロルも、シークが苛ついているのが分かったのか、じっとシークを見上げてきた。夕方の日差しだったのが、日が落ちて暗くなってきた。

「……。」

「入れ。」

 シークが低い声音で命令すると、ロルはぴしっと人形のように気をつけの姿勢になった。

「は、はい。」

「おぉ、さすが教官だ。行き届いている。」

 ギークが茶化すので、振り返って(にら)みつけた。

「ギーク。うるさい。茶化すな。」

 兄が怒っているのを見て取ったギークは、肩をすくめた。

「分かりました。シーク兄さん。」

 とりあえず、引っ込んだ。

「こっちだ。」

 シークがロルの肩を叩いて促すと、彼は緊張して歩き出した。

「お…お邪魔します…!」

 玄関で挨拶をして中に入る。田舎だがきちんと(しつ)けられていたのだろう。

「シーク坊ちゃん、奥を用意しておきましたよ。」

 ロナが一番奥の取り次ぎ用の客室を用意してくれていた。

「ありがとう、ロナさん。」

「お、お邪魔します。」

「ええ、どうぞ。」

 ロナはにこにこと笑って案内しようとする。きっと、家中にロルのことが伝わっているだろう。

「あの…! 教官のお母さんですか?」

 いや、“坊ちゃん”と呼ばれていたの、聞いていなかったのか?

「おほほほ、違いますよ。わたしはここで働いている使用人です。女中ですよ。わたしには、こーんなに男前な息子はいないんですよ。」

 おおらかに笑いながら返したロナの言葉に、ロルは首を傾げている。

「だから、女中さんだ。お手伝いさん。分かるか?」

 シークの説明にロルは頷いた。

「初めて女中さんを見ました。住み込みで働くおばちゃんと違うんですね。」

 いや、住み込みで働くおばさんだけど。シークがなんて説明するか考えていると、ロナが吹き出した。

「おほほほ…! 面白い子ですね。住み込みで働くおばちゃんのことですよ。ただ、働いているのはおばちゃんだけじゃないですけどね。ほらほら、こっちですよ。」

 案内してくれるのがロナで良かったとシークは思った。

 物語を楽しんでいただけましたか?

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。


                              星河ほしかわ かたり

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