表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/13

休みの日の事件 2

 母が見張っているので、シークはカレンの頭を()でて武道場に向かう。板張りの長い渡り廊下を歩いていると、向こうの別棟の方から兄のアレスと会った。

「お、シーク帰ったか。」

「はい。兄上、ただいま戻りました。」

 アレスは長男で三十一歳。アレスの娘のテラはカレンの一つ下の七歳だ。叔母と姪が一歳の差しかないので、姉妹のように仲が良い。

「教官の仕事は順調か?」

「昨年ほどではありませんが、問題児というか…児ではないか。問題のある者達はいますが、なんとかなっています。とりあえず、休み前になんとか動きがつきました。」

 シークの答えにアレスは苦笑した。

「なあ、シーク。私はお前と十歳は離れているが兄弟なんだから、上司でもあるまいし、丁寧すぎだ。」

 そう言われても、長男は長男である。跡継ぎの力は大きいのだ。しかも、アレスはシークが十一歳の時に二十一歳で結婚し、カレンが十三歳の時に生まれて、十四歳の時にテラが生まれた。

 兄と言っても半分、父のような感じだ。父は総領でヴァドサ家全体を総括しているので、半分父であって父でないような感じだ。

「…まあ、そう困った顔をするな。」

 アレスはシークの肩を叩いた。

「あ、そうだ。父上はお前に(きび)しい。この間みたいに、言い間違うな。他の奴だったら、言い直して許されるが、お前には許されないからな。“総領”って言えよ。」

「はい。気をつけます。…父上は、なぜ私にだけ厳しいんでしょうか。なぜ、認めて頂けないのか、私にはよく分かりません。」

 シークの言葉にアレスが困った表情になった。

「…知ってるか、シーク。父上はお前に一番、期待しているんだぞ。」

 アレスの言葉にシークはうつむいていた顔を上げた。

「嘘じゃない。本当だ。お前はもっと上に行けると思っているんだ。だから、言葉遣いから全てに厳しい。」

「……。そうだといいんですが。」

 シークには兄の言うことが本当だと思えなかった。

「本当だ。だから、お前のいないところで、自慢してるんだぞ。たった二十歳で教官になったって。」

 シークは目を丸くした。

「父上が…?」

 信じられないでいるシークを見て、アレスは笑った。

「今、話さない方が良かったか。まあ、いい。とにかく言葉使い、気をつけろ。他の奴だったら、言い直して許されるが、お前には厳しいからな。」

 アレスは笑って一緒に行こうと促した。

「総領、アレスです。それと、シークが戻って参りました。」

 武道場の入り口で大きな声でアレスが名乗る。

「総領、皆々様、シークです。ただいま戻りました。」

 訓練が終わり、会議をする体勢で車座布団に座って、それぞれ談笑していた場が一気に静まりかえった。まず、次期総領で長男のアレスが来たからだ。そして、シークも帰ってきたからである。

 ヴァドサ家だけでなく、代々ヴァドサ流を受け継いできた道場持ちの長老達、その一族の者、また免許皆伝している一般の弟子達、そして、ヴァドサ家一族の十五歳以上の子息達。まだ、未婚の十五歳以上の娘達もその場に入る。ざっと二、三百人。彼らが一斉に武道場の入り口を見る。その圧力は凄まじい。

「入れ。」

 総領で父ビレスの許可があり、二人は頭を下げる。おそらくシーク一人だと入りにくいだろうと思ったアレスが、気を利かせて待っていたのだろう。

「失礼致します。」

 アレスは次期総領の席に進んで上座の方に歩いて行く。シークは静かに父である総領の正面に胡座(あぐら)で座った。胡座が正式な座り方だ。しかも、国王軍の制服を着ているので、正座はしない。そして、正面といっても末席で物凄く遠い。目が悪かったら、父の顔が見えないだろう。

「総領、皆々様、お久しぶりでございます。」

 深く頭を下げて挨拶をする。

「近くに来なさい。」

「はい。」

 この場合、後ろから回って行ってはいけなかった。一族がずらっと並んで座っている正面を、まっすぐ歩いて行く。

「そこでいい。」

 父が許可した場所で黙礼して座る。

「息災にしていたか?」

「はい。変わりありません。」

「…そうか。教官の仕事はどうだ?」

 どう、と聞かれてシークは考えた。父は何を知りたいのだろうか。父の真意を測りかねて戸惑う。親の心子知らず、単純に父は寮暮らしをしている、息子の様子を知りたいだけだった。

「……指導の(むずか)しい者もおりますが、なんとかやっています。」

「…指導が難しいか。どういう者が難しいのだ?」

 今日に限って、なぜこんなに仕事の具合を聞いてくるのだろう。シークは上司に対面する時よりも緊張して口を開く。

「おおよそ…名のある家の子息達です。」

 シークの答えに父のビレスだけでなく、長老達、多くの年上の弟子達などが、ふむ、と頷いた。

「…名家の子らか。お前達、ヴァドサ家の名を笠に着て、横暴なことをしてはおるまいな?」

 父のビレスは突然、ヴァドサ家の子供らに尋ねる。父がシークの後ろの方の末席に座っている子供達に向かって聞くので、シークは思わず身を縮めた。

「そのようなことはありません。」

 後ろの方からギークをはじめとした子供達の答えがあったので、ビレスは頷いたがふと小さくなっているシークを見やる。

「シーク、お前がなぜ、びくついている?堂々としろ。」

 やはり、厳しい声で父に叱られるので、シークはますます緊張してしまった。怖いと有名な上司よりも父の方が怖かった。

「父上。厳しすぎです。可哀想ですよ。こんなに大勢の前に座らせておいて。」

 アレスの父をたしなめる声に、シークは心からほっとする。全員の視線が自分に注がれているのだ。

「…シーク。お前は国王軍の兵士である上に、国王軍の兵士を指導する立場にある。だから、どんな者の前にあっても、常に堂々としていなさい。」

「…はい、承知致しました。」

「よいか、どのような者の前でもだ…!」

 かっと目を見開いて厳しい口調で言われるので、小さい頃のように思わずびくつきそうになるのを、必死で堪えた。つまり、たとえ父親の前であっても、国王軍の制服を着ている以上、国王の名に恥じぬよう行動せよ、その名を貶めるような行為をしてはならないと言っているのだ。

「はい…!」

 とりあえず、必死に背筋を伸ばして答える。

「それから、下手な遠慮はするな。指導官という立場で下手に遠慮すれば、そこから組織は腐るものだ。気配りと遠慮は違うのだ。よく覚えておくように。気配りは水を田畑に引くようにするもの。遠慮は、そこから離れてしまうのだ。お前の気持ちがな。その者達の側にはいない。」

「はい。」

 父の今の話は大事なので、素直に頷く。総領としての苦労があるのだろう。

「分かったなら下がって休みなさい。お前が一番忙しかっただろう。」

「はい。お気遣い感謝致します。」

 これが親子の会話か?というような会話をしてシークは武道場を後にした。ただ、途中でヴァドサ家の会議に出席すらさせて貰えないことに、チクリと心が痛むのも事実だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ