ロル少年 4
スピンオフ作品です。もし、本編をお読みでない方がいらっしゃいましたら、先に本編を読まれることを強くおすすめします。そうでないと、話の内容が分からないと思います。
本編はこちら。↓
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そうなるだろうとは思っていたので、まずはミコーとミルドを引き離すことにした。寮長もミコーが弱点を握ろうとは思わないだろう、リタ族出身の者に入れ替え、彼らの部屋替えを行い、二度といじめを起こす気が起こらないようにした。
ミコーはミルドといれば、とばっちりを受けると判断したらしく、あれ以来、一緒にいることは、あまりなくなった。だが、ジンナ家である。無視できないらしく、一緒にいることもよくある。
そこで、なかなか気概はあるミルドを、しっかり訓練して国王軍で生活していけるようにしてやることにした。そして、頭で色々策略を練っている様子のミコーには、辞めて貰うことにした。ことあるごとに、ミルドを鍛え、ことあるごとにミコーに体力的にきついことや自尊心が傷つくような仕事をさせた。
そして、ロルはいじめられることが少なくなり、のんきな少年のままだった。
この時の問題の新兵達は、ミルド、ミコー、そしてロルだった。ロルには決して自分が問題だという意識はない。与えられた課題には、一生懸命真面目に取り組む。このミルドやミコーが嫌がるような雑用だって、何だって熱心にきちんとした。のんびりしているが、仕事ぶりは丁寧だ。
ある日、シークは馬小屋の掃除をロル、ミルド、ミコーの三人にわざと命じた。ミルドはまだ、ミコーに使われてロルをいじめるのか、あるいは仕事をきちんとするのか、それを見るためだ。ミコーは表だって文句を言わないが、改心している様子がない。
シークは隠れてその様子を見ていた。
「……なんで、俺がこんな仕事を。本当ならこんな雑用なんてしなくていいのに。」
さっそく、ミルドは文句を言ったが、それでも仕事を始めた。シークが見張りながら教えたため、仕事の手順は覚えている。
「馬君達、調子がいいみたいだね。」
いらだっているミルドをよそに、呑気な声が馬小屋に響いた。ロルが馬に話しかけている。
「うんこがたくさんあるってことは、調子が良いんだね。下痢じゃないし。」
「…それ、口に出して言うかよ、普通。」
ミルドがロルに文句を言う。
「…えぇ? なんで?」
ミルドはロルと話していると調子が狂うらしい。ため息をついた。
ヒヒィィーン!
馬がいなないて、ロルとミルドが慌てて振り返った。ミコーの声が聞こえてくる。
「くそ…! なぜだ…! 私が世話をしてやってるってのに!」
馬はかえって暴れているようだ。シークは状況を見ている場合ではなくなったので、出て行った。
「おい、何をしている?」
「大変です、馬が暴れているようです!」
この時ばかりは、ロルも急いで言った。
一足先にミルドがミコーのいる奥に行っている。その場所を見て、シークは眉根を寄せた。
国王軍の兵士は馬を持っていいことになっている。家計に財力がない場合は、国から支給される。もちろん、シークも持っている。この時はブムではなく、ユビム、古語で雷雲という意味の名前で、雲と雷模様みたいな模様が左の後ろ足にある葦毛の馬だった。
ミコーがいる辺りはシーク達、教官の馬がいる辺りだ。
「おい、何をしてんだよ! こっちに来い! 出て来いって!」
ミルドが怒鳴る。案の定、暴れているのはシークの馬のユビムだ。そこに、なぜかミコーがいる。何か至らぬ事をしようとしたらしい。
「ユビム…!」
シークがユビムに声をかけ、口笛を吹く。飼い主を見て、ユビムが落ち着きを取り戻し始める。区画分けされている柵の中に入り、首筋を撫で落ち着かせた。
「おい、トベルンク、何をしている?なぜ、ここにいる?私が指示した所から離れているはずだ。」
ミコーは苦々しい顔をしている。
「…世話をしようとしただけです。」
「そうか? オスター、私が何と言ったか覚えているか?」
「は、はい。おれ達が借りている馬がいる所を掃除するように言われました。」
「ジンナ、どうだ?」
ミルドにも話を振ると、彼も急いで頷いた。
「はい、そうです。オスターが今、言った通りのことを教官に指示されました。」
ミルドはシークがいない所では文句を言うものの、シークの前では言動がまともになってきていた。
「そうだな。まあ、いい。とりあえず、出て仕事をしろ。」
三人を仕事に戻らせ、ユビムのことを確認する。すると、左の後ろ足の臑の辺りが腫れている。朝に世話をした時には何もなかった。つまり、ミコーの仕業だ。厳しく指導するシークが邪魔らしい。シークにできないから、馬に八つ当たりしたのだ。
「ごめんよ、ユビム。後で獣医に見せるからな。」
鼻面を撫でてから、三人の元に行くと、ミルドが呆れて盛大に文句を言っていた。
「あの野郎、ふざけやがって…! 頭良いからって俺のことも馬鹿にしてやがる! 自分が世界で一番、頭良いみたいなことをぬかしやがった! 黙って言うことを聞いていればいいだと!? ふざけるな! 何がトベルンクだ、どうせ金貸しじゃねえか!」
側ではロルが呆然として、怒り心頭に達して怒鳴りながら地団駄を踏んでいるミルドを眺めている。
「どうした? 何をしている?」
「くっそー! あの野郎! ミコーなんて、変な名前のくせに! 古語で『金だ』って名前のくせに!」
「おい、静かにしろ!」
シークの怒鳴り声で、馬小屋中の馬がいなないた。ようやく、ミルドが気が付いて振り返った。
「トベルンクはどこだ?」
気まずそうにしながら、ミルドが口を開いた。
「帰りました。勝手に。俺達に仕事を押しつけて、さっさと行きました。」
「そうか、分かった。」
しかし、ミルドは成長した。なかなか見込みがある。文句は言っているものの、ロルに押しつけて帰らなかったのだ。
「ジンナ。成長したな。以前のお前なら帰っていただろう。でも、今日はオスター一人に押しつけず、帰らなかった。」
ミルドを褒めると、彼は呆然としてシークを見つめた。褒められた経験があまりないのかもしれない。
「あのう、教官、それだけではないんです。」
ロルが言い出した。
「最初、トベルンクはおれに文句を言って、馬鹿にしてきたんです。そして、一緒に帰ろうと誘いました。でも、ジンナは断って、おれを庇ってくれたんです。」
ロルは嬉しそうに、にかっと笑う。その純粋な笑顔をミルドは気圧されたように凝視した後、照れて顔を赤くしながら、慌てて言い訳をした。
「何を言ってやがる、こののろま。お前があまりにとろいから、つい、口を出したんだよ。馬鹿。おかげで逃げる暇がなくなったじゃねぇか。」
思わずシークは笑った。ロルの武器はこの笑顔かもしれない。純粋なのだ。
「やはり、ジンナ、お前には見込みがある。」
「え? …お、俺にか? …いや、俺にですか?」
実力主義の世界だ。年下でも教官のシークには敬語を使うようになり始めている。
「そうだ。お前には気概がある。期待しているぞ。」
「……。」
嬉しさで顔を真っ赤にして、言葉を失っているミルドに向かって、ロルがのんきに口を開いた。
「良かったなぁ。気概があるって言って貰えて。おれも頑張るぞぉ。」
ロルは気合いを入れているらしいのだが、端から見ていると決してそうは見えない。思わずシークもミルドもロルを見つめた。ふん、と鼻息を荒くしている所を見ると、やはり、気合いを入れているようだ。ロルが何か言うとなぜか、のんきな空気が漂うのだ。口から田舎の空気を吐き出しているのだろうか、と思うほどだ。
「とにかく、早く仕事を済ませるぞ。」
シークが馬小屋の中に入っていくと、慌ててロルとミルドが追ってきた。
「済ませるぞって…教官もするんですか?」
ロルが彼なりに慌てて聞いてきた。
「ああ、手伝ってやる。トベルンクは逃げたしな。仕置きは後だ。先に仕事を済ませよう。相手は生き物だ。」
びっくりしている二人に指示して、仕事をしたのだった。
その後、ロルとミルドはなかなかいい組み合わせになった。最初の事件が嘘のようだ。ロルも田舎出身ではあるが、地方の名士の出なので、何か通じるものがあったのかもしれない。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語