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休みの日の事件 6

 

「…おれ、変なことを言ったんですか?」

 落ち込んでいるロルを見て、シークは苛ついてもしょうがないと考え直した。

「勘違いだ。母上がここで、と言ったのはこの部屋で、という意味ではなく、屋敷というか家でという意味だ。それに、お前がここで寝たいと言っても、ここで寝かせられないし、食事もさせられない。」

「そうなんですか…。」

 ロルは肩を落とした。

「そう、落ち込むな。お前が住んでいた街はどんな街なんだ?」

 シークがロルを元気づけるためと、できるだけ有用な情報を得るために尋ねると、ロルは嬉しそうに話し始めた。

「おれの街…ですか? …街には…たくさんの遺跡があります。大昔の街があったから、街って言ったら、街をさすんです。だから、名前を知らなくて。」

「遺跡?」

「はい。大きな石の壁や塔がたくさんあるんです。それで、大きな石の塔は、土を肥やすための塔だって、大昔から言われていて、だから、大きな石の塔を絶対に壊しちゃいけないんです。本当なんです。昔、地震と嵐が立て続けに起こった後に、石の塔が倒れちゃって、それで、仕方なくそのままにしていたら、その周辺の畑が肥えなくなったんです。

 最初は嵐も来たから、塩枯れだろうって言ってたらしいんですが、雨が降って塩が流れても、年々回復しないで土が痩せ始めたって。そもそも、その周辺白い石が多くて、土壌自体はあまり肥えてないんです。」

 ロルはシークの知らない面白い話をした。不思議な話だ。

「それで、その塔は立て直したのか?」

「はい。その当時は管理さんが大勢生きていたので、直せたそうです。でも、今は管理さんが少なくなって、後、三人しかいないから、もし、壊れたら直すのが難しいって言われているんです。」

「管理さんというのは?」

「管理さんは、石の塔や石壁を管理する人で、大きな石を切ったり飛ばしたりするための知恵と知識を持った人のことです。」

 聞き違いかと思った。

(飛ばす?)

「あ、嘘じゃないですよ。飛ばすんです、石を。管理さんが大勢いると、より大きな石を安全に切り出して安全に飛ばせるんです。三人しかいないから、あんまり大きな石を飛ばせなくなってしまいましたぁ。おれも見たことあります。本当に空中を飛ぶんです。不思議なんですよぉ。」

 郷里の話をしているせいか、だんだん言葉に訛りが出てきた。石を飛ばす話はよく分からないが、気になることは聞いてみる。

「その管理さんはどうして、数が減ってしまったんだ?」

「それが、昔、スージと街は別のご領主さんが来てたけど、街の方のご領主さんが死んでしまってから、ずっと、街の方のご領主さんがいなくて、代理でスージの領主さんが管理してて、その時、代理のスージの領主さんは、管理さん達の力を見て、悪い魔術だって言って、管理さん達を処刑してしまったんです。

 それから、管理さん達はあんまり、街から出て行って石の修復ができなくなってしまったんです。それまでは、街の周辺にあるたくさんの建物やなんかの整備とかしてたんですけど、できなくなってしまったんです。

 昔は街だけでなく、スージやなんかにもたくさんの管理さんがいたんだそうです。でも、管理さん達の知恵と知識は、その家族にしか伝えられないから、多くの管理さんの知恵と知識がなくなってしまいました。」

 今の話を聞いて、おぼろげながらロルがどこに住んでいたのか、分かってきたように思った。スージの隣の領地は確かに昔、領主がいたが、相次いで亡くなってしまい、新たな領主をたてることができず、代理でスージの街の領主が領主を兼ねている。今から二百年ほど前の話だ。

 後で、代理でなく領主を立てようとしたが、一旦、領地が広くなった領主が返上するように言われて、うんと頷くわけもなく、ずるずるそのままになって今に至っている。

「本当はスージが中心じゃなくて街が中心だったんです。だから、街なんです。昔はもっと大地が広かったけれど、天変地異で大地が狭くなって山ができて、ほとんどの多くの街街が海に沈んでしまって、あるいは山が出来た時に無くなり、王都だった街とその周辺だけが残ったって言い伝えられてるんです。

 街は昔の言葉で、パン=スージス、大いなる虹の都っていう意味だったそうです。」

 黙って聞いていると、最後にロルは鍵となる言葉を話した。

「オスター、今、最後になんて言った?」

「虹の都っていう意味だったって言いました。」

「その前だ。昔の言葉でパン=スージスということを言ったようだが。」

 シークの確認にロルは頷いた。

「はい。街は昔の言葉でパン=スージスと言うんだそうです。」

 シークは地図を見ながら確信した。

「オスター、お前の故郷の街が分かった。」

「え、本当ですか?」

 ロルは言いながら、地図に目線を落とした。

「でも…昔の名前の街はないです。」

 シークは指を指して教えた。

「ここの、パスージだ。」

「……え?」

「パン=スージス、おそらく短くなったり訛ったりして、パスージになったんだろうと思う。おそらく間違いないだろうが、明日、軍に行って確認する。」

「……パスージ…。パスージか。おれが住んでいた街の名前。」

 ロルは感慨深げに地図の名前を見つめると、涙を拭いた。

「教官、ありがとうございます。おれの故郷を教えてくれて。おれ、一人だったら…何も分からないまま、途方にくれていました。」

 シークはロルが昔の街の名前を覚えていて良かったと思った。しかも、街の歴史をよく知っていた。そのおかげで分かったのだ。

「いいや、お前はちゃんと街の名前を知っていた。昔の正式な名前をな。お前がきちんと街の歴史を知っていたから、たどり着けただけだ。」

 その時、シークは後ろを振り返った。人の気配がしたような気がしたのだ。実は妻から話を聞いた父のビレスが様子を見に来ていたのだった。息子の仕事の仕方というか、ロルに対する対応を聞いて、何も言わずに静かに去ったのである。

「…それにしても、教官の家って大きいですね。おれのうちも大きいと思っていたけど、教官の家がこんなに大きいって思いませんでした。」

 シークは苦笑した。確かに屋敷は…というか敷地は馬鹿にでかい。昔、まだサプリュに王都ができる前、サプリュが首府になる前の話だが、小さな地方都市だった頃から、ヴァドサ家はサプリュに屋敷を構えていた。

 ヴァドサ家が街を治める領主だったのだ。王国ができてから支配権を返したが、それでも街で大きな力を持っていた。実質の領主はヴァドサ家だった。だが、サプリュが王都、つまり首府になることになったので、完全に王家に街の中心部を譲って自分達は田舎の郊外に引っ込んだ。

 その時、王家がその忠義を認め、広大な敷地をサプリュに持つことを許した。だから、どんな大貴族…というか王宮よりも広い面積を持っている。

 ロルに簡単なそんな説明をしてから、サプリュの街の地図を持っているか尋ねる。

「はい。これですか?」

「そうだ。ここから、ずっと外に続く。この地域がそうだ。」

「……。へ? これじゃあ、小さいご領主さん並にあるんじゃ。」

 ロルのその指摘は正しい。ロルは案外、勉強の方は得意なようだ。

「そうだな。敷地の端から端まで行くのに馬で移動する。歩いたら六日も七日もかかるから。」

 ロルがぽかんとした。

「せっかく首府で中心に住めるのに、どうして端っこにしたんですか?」

 やはり、ロルは勉強は得意なようだ。

「ヴァドサ家は武術を極めることを目的としている。心身の鍛練をするには、田舎の方がいいからというのが、第一の理由。次に広大な剣術の練習場を確保できるということ。そして、馬場や弓道場なども確保できる。大勢が大声を出しても近所の迷惑にならない。馬の糞の臭いがしても、文句を言われない。

 街の中心だったら、そういうことができないだろう。しかも、首府になるのに。外国から来た使節などに対して面目を保つのに、苦労するといけないからだ。」

 シークの説明にロルはびっくりした顔をした。

「失礼します。」

 その時、イーグの声がした。静かに引き戸が開く。

「ギーク兄さんが部屋の準備ができたということです。」

 要件だけ言って去ろうとしたイーグをシークは引き止めた。

「待ってくれ。イーグ。こちらは訓練兵のロル・オスター。オスター、私の弟だ。」

「初めまして。ヴァドサ家の八男のイーグです。」

「…初めまして。ロル・オスターです。お世話になります。」

 緊張しているロルに、イーグは笑いかける。

「緊張しないでいいよ。君、歳はいくつ? 私は十八だ。」

「…えっと、おれは十五歳です。」

「おぉ、優秀だね。頑張ったんだ。十五歳で入隊できたなんて。三つしか違わないんだから、緊張しなくていいよ。」

「それじゃ行くぞ。」

 シークが立ち上がると、ロルも慌てて湯飲みを持ったまま立ち上がった。

「それは置いといていい。さっきの女中さんか誰かが持っていってくれる。」

 シークが説明すると、ロルは茶托の上に湯飲みを置いた。


 物語を楽しんでいただけましたか?

 最後まで読んで頂きましてありがとうございます。


                                星河ほしかわ かたり

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