ロル少年 1
スピンオフ作品です。
とりあえず、隊長さんの思い出です。
問題をいろいろとやらかすロル君が入隊した頃の話です。本人は真面目にやっているつもりなんですが……。
※ネタバレ注意!教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。の部分に当たります。ここまで読んでいない方は、先に前の方をお読み下さい。
ロルが死んだと思われて、ラスーカとブラークが来るまでの一日のことである。
シークは伏せって横になっている間中、ロルのことを思い出していた。後悔が胸に迫ってくる。悲しみでひっそり何度、涙を拭いたか分からない。
最初にロルと出会ったのは、新兵の教官をしている時だった。
新兵の訓練は学科の授業もあるが、まず最初は体力をつけるために、体を鍛えることから始まる。ロルは繰り上げ合格だったとはいえ、十六歳で国王軍に入隊しているので、なかなか優秀な方である。
だが、ロルは実にのんきな少年だった。いや、何にも分かっていないというか、ぼーっとしているというか、いちいち言わないと分からないというか、世話の焼ける子だった。
新兵は訓練兵ということで、訓練していく。まだ、二年間の訓練機関を終えないと、正式な国王軍の兵士ではない。だが、国王軍の見習いではあるので、制服も正規のものに近い。
それで、その新兵達を訓練する上で、寮の寮長が生活指導などを行い、その上、訓練の時間割なども教えるのだが、シークは一番最初だけ、寮長が集めた新兵達に次の日からの訓練の流れを伝えることにしていた。
前日にその説明をしていたはずなのに、なぜか一人、制服のままで広場にやってきた新兵がいた。
「昨日、運動着に着替えて広場に出て来るようにと伝えたはずだ。なぜ、着替えてない?」
シークが聞くと、彼は不思議そうな顔をした。
「はい、そう聞いて着替えようとしたら、おれだけ着替えなくていいって、周りの人も先輩達もそう言ったので。だから、着替えなかったんです。それに、おれの着替えも木箱の中に入ってなかったから、着替えなくて良いんだと思いました。」
それぞれ自分の荷物は、割り当てられた自分用の木箱の中にしまうことになっている。それがなくて、しかも着替えなくて良いと言われた。この少年が嘘を言っているようには見えない。言葉の端々から、のんきな田舎の空気が漂う。
シークはすぐにピンときた。いじめだ。田舎出身の若者がせっかく国王軍に入ったのに、やめてしまう一番の原因が、このいじめである。田舎出身だということで、いじめの対象にされて心の方が折れてしまうのだ。
だが、シークはそれを許すつもりはなかった。出だしの今が肝心だ。新兵の教官が若い上に、険しい顔になったせいか、いじめをしているだろう少年と青年が数人、ニヤニヤしている。こういう場合、大抵は着替えてこなかった方が厳しく叱られるからだ。
「お前、名前は?」
その少年に聞くと、少し間があって答えた。
「ロル・オスターです。オスターが姓です。」
サリカタ王国では、森の子族、草の子族、川の子族、海の子族とそれぞれ呼ばれるおおよその部族に別れている。みんな住んでいる場所でそう呼んでいるだけで、兄弟族だと言われている。
そのそれぞれの部族によって、姓と名が最初か後か違うのだ。しかも、同じ部族であっても、逆のこともある。たとえば、おおよそ草の子族、王族も含めて草の子族に入るが、名前・姓の順であることが多い中、シークのヴァドサ家は古い形式で、姓・名の順である。 だから、姓がどちらか自分から言うこともあった。
「オスター、お前の寮はどこだ?」
「……りょうがどこって、どういう意味ですか?」
寮には番号が振られている。自分がどの寮であるか把握していないと、帰れない。一瞬、言葉を失ったが、気を取り直した。ずいぶん、のんびりした少年が入ってきたようだ。いじめを敢行しているらしい、少年を含めた若者達がニヤニヤ笑っている。
「誰か、オスターと同じ寮の者はいるか?」
シークは言って、辺りを見回した。すると、後ろの方の一人の少年が手を上げた。ロルよりも年長そうな印象だ。
「…はい。同じ寮です。部屋は違いますが。」
「名前は?」
「ラオ・ヒルメです。ヒルメが姓です。」
シークは頷いた。つまり、同じ部屋の人間は手を上げないつもりらしい。
「そうか。寮はどこだ?」
「五番寮です。」
「分かった。ヒルメ、オスターと一緒に行ってやれ。」
「はい。分かりました。」
ラオに突っつかれて、ロルはようやく一緒に走って行った。
「五番寮の者は全員立て。」
新兵達は顔を見合わせるばかりで、立とうとしない上に、ニヤニヤ馬鹿にした表情を浮かべている。分かっている。教官が想像より若かったので、馬鹿にしているのだ。
「聞こえなかったのか?五番寮の者は全員立て、と言ったはずだ。」
だが、いじめを始めた者達に絡まれたくないのだろう、どうしようと顔に書いたまま、立つのを躊躇している者達もいる。
「一番寮、起立…!」
シークが方針を変えて、一番寮を指名したため、一番寮の者達が慌ててなんとか立ち上がった。そこで、名前を呼んで点呼を取り、紙に書かれた名前と確認する。続いて二番寮に移り、順番に進んでいく。全員の名前を確認するため、成り代わることなどできない。
「起立した者、全員、右に移動。」
新兵達が顔を見合わせてぼけっとしている。
「お前達から見て右だ。早く移動しろ…!」
大声を出すと、ようやく動き出した。
物語を楽しんでいただけましたか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
星河 語




