第五話 幼少期の俺にはあの子の第一関節に触れるのが精いっぱいだった
読者諸君は初恋を覚えているだろうか、
一度自分の初恋を思い出してほしい。
初恋というのは人それぞれ定義があるだろうが、
私は無意識にその人を考えてしまい、無意識にその人を目で追ってしまう、無意識に名前をつぶやいてしまう、そんな存在が初めてできた時のことを言うと思っている。
初恋というのは誰にとっても初々しいもので、一生忘れることのないものだろう。
しかしほとんどの場合に初恋は人生初めての失恋になる、俺は実に長く甘酸っぱい初恋を歩んだものだ。
いや、だいぶ苦い思いもしたな。
俺の初恋は転入先の幼稚園で始まった。
幼稚園に転入してすぐに俺は高いコミュニケーション能力とフレンドリーな対応を活かして友達を作り、先生から感心されるほどの転入生だった。
関東圏からの転入ということもあり、質問攻めにあったもののスマートに対応し、知らぬ土地の知らない人だらけの環境でよくやったものだ。
まあ実際は家に帰りたい一心でセミの様に四六時中泣いて先生を困らせていた。
(困らせるというより、ほぼ呆れられていたような記憶がある)
そんな泣きじゃくる俺をよそ眼に迷彩柄のジーンズを穿いて女の子座りをしていた少女こそ、
俺の初恋相手だ。
この出会いの瞬間は十数年たった今でもはっきりと覚えている。
あの時、彼女は鶴を折っていたはずだ。
俺は今でも鶴が折れない。
天羽水香、
褐色の肌に長くも短くもない髪、ハーフの様な顔立ち、
彼女には兄がいたためボーイッシュな服をおさがりで着ていた。
幼稚園時代の天羽との思い出は無に等しい、あったとしても覚えてない。
強いて言えば、運動会で行った集団演技の際に並び順の関係上、手をつなぐことになった時くらいだ。
練習の時を含めてずっと緊張していたのを覚えている。
これも練習を含めて本番も同じだったが、
やはり好きな女の子としっかりと手を握るのは小恥ずかしいものだ。
初めての練習の時には、お互い顔を見合わせて何とも言えない表情で意思疎通を図った。
最終的に俺たちが行き着いた答えはお互いの指先を引っかけるような形で手をつなぐことだった。
この形であれば離れることなく最小限の恥ずかしさで済む、言葉を交わすことなくお互いで作り上げた共通認識だった。
(今になって気づいたことだが、
母親は俺の初恋相手が天羽だと知っていた。当人の俺には記憶がないのだがどうやら俺は天羽のことを頻りに母親に話していたらしい、全く俺は記憶のないうちに何をしてくれたんだ。)
まあこんな微妙な関係のまま俺たちは同じ小学校へ入学した。