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「父上、母上。私はローズ・ウィットリー男爵令嬢を妻に迎えたいのです」
母にはローズ関連で頼み事もしている。ケヴィンの思いは母には気付かれてるはずだった。しかし父には初耳だろう。
父である当主ネルソン・ハイゼランドの許可がでなければ、ケヴィンは結婚の申し出をすることもできない。
公爵である彼らが自身の権力を強化するために結婚をすることはない。結婚はしなければならないがケヴィンは自由に相手を選べる。なので父に反対されるとは思っていなかったが彼は緊張していた。
(ローズとでなければ結婚などしたくない)
出会った夜会を合わせても、彼らが顔を合わせたのはわずか三回。それなのにケヴィンはローズの虜になっていた。
「私は反対しない。だが公爵の威を借りて無理に結婚を迫るのは反対だ。婚約の末、令嬢がお前を選ぶならば結婚するがよい」
予想通り父は反対しなかったが、ローズの意志を確認することを約束させられた。
「それでは、私は早速ウィットリー家に参ります!」
「ケヴィン。待て。それでは早急すぎる。手紙で知らせて明日訪問しろ」
「待ちきれません」
(今すぐにでもローズにプロポーズしたい)
彼の珍しく先を急ぐような態度にハイゼランド伯爵は驚きを隠せなかった。 夫人のエリザベスは驚きはせず少し呆れた様子だ。
「お前のことだ。すでに根回しはしているのだろう。焦ると失敗するぞ。手紙を認め、返事をもらってからウィットリー家に行くのだ」
父にそう諭され、ケヴィンは逸る気持ちを抑え従った。
☆
「いよいよか」
「お祝いしましょ」
「まだ早すぎるぞ」
ケヴィンから訪問を請う手紙が届き、ウィットリー家は浮き足立っていた。特に両親は踊り出しそうなほど喜んでいて、ローズはゲンナリしていた。
(まだそういう訪問だとは決まってないのに)
「ローズ。すぐに返事を書いた方がいい」
「そうよ。ローズ」
両親に急かされ、ローズは自室に戻るとすぐにペンを手に取る。ペン先をインクに浸して、考えることはケヴィンのことだ。
(彼は私が誰なのか知らない。だから、好意を持っている。もし知ったら?)
「ジョン。お願いね」
「わかってます。なるべく早く届けます」
手紙を託すのは執事のジョンだ。両親とジョンの会話が扉越しにも聞こえてきて、ローズは溜息を吐くと書き始めた。
ジョンはローズの手紙を抱え、ハイズランド家へ使いへ出る。馬を使い戻ってきたのは二時間後で、ケヴィンからの返事を携えていた。
翌日訪れた彼は両親の予想通り、彼女にプロポーズをする。
青い瞳も赤い髪も顔の形もすべてジェイスと同じ。おそらくその魂さえも。
「君を愛している。まだ数回しか会ったことがないのに。君のことがこんなに愛しいんだ」
ローズは何も答えられなかった。
(彼は何も知らない。ただ私の今の外見を愛している。髪色も瞳も前を変わらないのに。可愛らしい小ぶりの顔に、華奢な体。か弱いものを守りたいという庇護欲が刺激されているのもしれない)
「君の戸惑いはわかる。だから、まずは婚約してくれないか?」
ウィットリー家は一介の男爵家。しかも経済的に傾いている。現時点で彼女に求婚するものはおらず、経済的支援は今すぐにでもほしい。
ハイゼランド家は公爵で、領地は大きく豊かだ。経済的にも安定していて、慈善事業をするほど余裕がある。しかもケヴィンはまだ二十歳で、容姿鍛錬。非の打ち所がない。
彼女にとってこれほど良い縁談相手はこの先見つかることはないだろう。
両親の顔が、数少ない使用人の顔が次々を浮かぶ。
(彼は私がロイであることを知らない。それならバレないようにすればいいだけ)
「ありがとうございます。お受けいたします」
ケヴィンは顔を綻ばし、ローズの罪悪感を深める。
(今世でも迷惑をかけることになるなんて)
けれども彼女はそんな気持ちを心の奥に仕舞い込んで、淑女らしく微笑んだ。
☆
婚約も契約の一種だった。
ウィットリー家はハイゼランド家に招待され、そこで婚約の手続きを行う。
ローズたち一家は格上の公爵家で緊張の連続であったが、ハイゼランド伯爵夫妻は上流貴族にありがちな高飛車な態度をとることなく、かなり格下のウィットリー男爵夫妻にも親切であった。おかげで婚約の場は和やかに進み、家に戻ったローズの両親はハイゼランド伯爵夫妻をしきりに褒め称えた。
「ローズはきっと幸せになるわ。あの方であればいわゆる嫁いびりなどしないはずよ」
「伯爵様も人格者であった。お二人の子であるケヴィン様はローズを大切にしてくれるだろう」
二人は何度も何度もそう言って頷き、それを聞いた使用人たちはローズの幸せを思い祝福の声を上げた。