1-4
「可愛すぎるな」
「ケヴィン様?」
「なんでもない」
ケヴィンは反射的に口を押さえ、控えていた侍従にそう答えた。
ウィットリー家から戻ってから、彼はずっとローズのことを考えていた。
可憐で可愛らしい妖精のような令嬢。
驚いた時はその緑色の瞳が大きく見開かれる。
「可愛い。本当可愛い」
「ケヴィン様?」
「なんでもない」
(また口に出していたようだ。気をつけなければ)
侍従のベイカーは胡散臭そうに彼を見始めていた。これ以上、何か言えば問い詰められる。面倒だとケヴィンは机の上の書類を手に持つ。
読んでいる振りをして考えていることはローズのことだ。
(一目惚れというのは本当にあるんだな。そっけない手紙がきてショックをうけてしまった。今日、ウィットリー家に訪問してよかったな。ウィットリー夫妻は歓迎している様子だったし、ローズも?)
ローズに嫌われている様子はない。
ただ距離は置かれている感じはしたが、嫌悪ではないとケヴィンは確信していた。
(まあ、まだ二回あっただけだし。距離をこれから少しずつ詰めていけば。まずはあの可憐なローズを他の奴らに攫われないようにしなければ)
まずは虫を寄せ付けないようにしようとケヴィンは作戦を練る。それからウィットリー家について調べ、外堀から埋めていこうと決めた。
☆
「ケヴィン。あなた、熱でもあるの?」
「いえ、いたって健康ですが」
ケヴィンが母エリザベスに頼み事をすると驚いた表情をされ、心配された。
「こんな事をお願いされる日が来るなんて想像もしなかったわ」
(こんなこと?そんな大変なことなのか?)
母の言葉に彼は眉間に皺を寄せる。
彼の願いとは、茶会においてケヴィンの意中の人がローズであることをさり気なく広めてもらうことだ。それによりローズに変な虫が近づかない。そう考え母に頼んだのだが、彼は母の困惑がわからなかった。
「まさか、あなたがこんな手段を取るなんて。ローズ・ウィットリー男爵令嬢。とても興味があるわ」
「……ローズ自身には何もしないでくださいね。お願いします」
「まあ、怖いわ。ケヴィンったら」
母エリザベスはおかしそうにクスクスと笑い、それがケヴィンの癇に障る。しかし母の協力なしでこの作戦は成功しない。なので苛立ちを抑え、母に再度頼んだ。
「安心しなさい。ケヴィン。しっかり噂は広めてあげるから」
☆
ローズは予定通り、テラー家のお茶会に参加していた。
テラー家は伯爵家であり、ケヴィンの公爵よりもかなり劣るが次の夜会に向けてよい印象を残すことがローズの目的だった。
ローズの両親はすっかり勘違い、舞いがっていて、ローズがまるでケヴィンの婚約者に決定したかのように喜んでいる。申し込みもないし、それはあって欲しくない。
その両親の勘違いをどうにか解くため、彼女はよい相手を見つける必要があった。
(顔は関係ないわ。身分とお金ね)
顔も平凡であれば上々、年は棺桶に足を突っ込んでいそうな年齢でなければよいとローズは半ば諦めて相手を探す。
ケヴィンのような顔よし、身分よし、お金ありの男が未婚で、ローズに声をかけてきたのが奇跡に近いのだ。本来なら大喜びしたいところだが、ジェイスそっくりの顔には抵抗がありまくる。
(かっこいいと思うんだけど、駄目だ。ジェイスとハイゼランド様はまったく関係ないかもしれない。だけど、あまりにも似すぎている。あの顔に今世でも迷惑をかけるわけにはいかない)
ローズは改めて覚悟を決め、茶会に向き合った。
「ローズ様の最初のダンスの相手がケヴィン様なんて羨ましいわ」
「その後も訪問されたのですよね?」
茶会が始まるとローズは話題の人となってしまった。
それはケヴィンの意中の人という噂の為で、ローズが如何に否定しても次から次へと質問、妄想される。
(ど、どういうこと?夜会のダンスはわかるけど、なんで家に来たことも知られているの?)
ローズの家は財政難、没落寸前の男爵家だ。
注目されるようなことはこれといってなかった。
(やっぱりハイゼランド公爵家の威光ね。ケヴィン様がいく先々できっと噂になるんだわ)
来て欲しくなかったと泣き言を内心で言いながら、ローズは母と共に茶会を乗り切った。いや、乗り切ったのはローズだけで母はノリノリで他の参加者と話をしていた。
(なんていうか、母のせいでますます信憑性が増した気がするわ。これはまずい。っていうか、ハイゼランド様に迷惑じゃないの?大丈夫なの?)
馬車の中で能天気に今日の茶会のことを話す母を横目に、ローズはそれが心配になった。
なので、彼女は母にしっかり釘を刺す。
「お母様。ハイゼランド様にご迷惑になるようなことを話すのはやめてください。もし訴えられたら我が家なんて一発で吹き飛びますよ。ハイゼランド様はたまたま我が家に寄っただけ、他意はないのです」
ローズが母を諭すが、あまり効き目はなさそうで三日後に参加予定の茶会は欠席してしまおうかと思う。
しかし、彼女の思いは届かなかった。
茶会前にハイゼランド公爵夫人から直々に手紙が届き、茶会にてお会いするのが楽しみだと認められていたからだ。