2-7
動揺してるケヴィンを置き去りに、ローズは眠りに落ちた。
「嘘だろう」
ロイが男ではなかったという事実は、彼に多大な衝撃を与えていた。
「っていうか、なんで寝れるんだ。この状況でロイ、だからか」
ケヴィンは乾いた笑いを漏らす。
前世において、無神経、軽薄、無鉄砲だったロイ。
「まさか、女だったなんて」
ロイは、ケヴィンの前世ジェイスよりも少し背が低かったが、肩幅などは同じ。力は強い方じゃなかったが俊敏な動きで敵を撹乱し、急所に攻撃を叩き込む。攻撃の面だけを見ればいい軍人だった。しかし、ジェイスが立てた計画を無視して動いたり、彼にとって目の上のたんこぶのような存在だった。
思い出してみれば裸を見た記憶はなかった。
暑くて皆がシャツを脱ぎ捨てているのに、一人だけしっかりシャツを着ていたり、確かに不審な行動は多かった。
(背中に傷があってというのは、嘘だったんだな)
「……ロイが女……」
ケヴィンは椅子に座ると髪の毛をかき上げる。視線は自然と気持ちよさそうに眠るローズに向いた。
「いや、無理だ。あのロイだぞ?女であろうと無理」
すやすやと眠るローズ、そして自身の葛藤。
悩みまくった結果、答えは出なかった。
(意識していると思われるのが癪だ)
自尊心を振り起こして、ケヴィンはベッドに潜り込む。明かりは消しているので、薄暗くてよく見えなかった。
そのことに安堵しつつ、彼はローズに背を向けて眠りについた。
☆
(珍しいな)
ローズが目を覚ますとケヴィンの背中が見えた。いつもは彼が先に目覚めることが多いので彼女は不思議に思いながら体を起こす。そしてベッドから出るとすぐにガウンと身につけた。
(眠れなかった?ロイが女だって驚いていたけど)
そんなに驚くことなのかとローズは首を傾げる。
(まあ、いいや。とりあえず今日は頑張らないと)
王都のハイゼランドの屋敷同様、領主館の領主の寝室には内側に扉があり、外に出ることなく隣の部屋に移動できる。ローズはぐっすりと眠っているケヴィンから視線を外し、隣の部屋に向かった。
夜会は夕方から始まるが、会場の準備などは早めに始める。ローズ自身も次期公爵夫人に相応しい装いをするために時間がかかる。簡単な身支度をしていると侍女マチルダが部屋にやってきて、少し考えたが先に朝食を取り、今夜の準備にかかることにした。
会場の配置は場になれた領主館の家令に任せていた。彼から設置案を教えてもらい、ローズがケヴィンに相談した上、許可を出している。
家令の指示でメイドを含めた使用人がテーブルを動かすなど準備を進めていた。
(数が少ないが無駄な動きがなくて凄い)
ー
感心していると、ケヴィンに名を呼ばれ振り向いた。
「寝坊したようだ。すまないな」
「いえ」
周りの目があるので、ローズもケヴィンも公爵令息夫妻として和やかに会話をする。
「母からドレスを届いた。一緒に見てもらってもいいか?」
「ドレス?!」
思わず大きな声を出してしまい、彼女は口を押さえた。
(まだ身につけていないドレスがあって、それを着る予定だったんだけど、お義母様はまた新しいドレスを作ってくださったのね)
嬉しいような微妙な気持ちになりながら、ローズはケヴィンに続いて大広間から離れた。
向かう場所は領主の寝室の隣のローズの部屋だ。
「ローズ様。お待ちしておりました。さあ、準備をいたしましょう」
「え?今から?」
部屋には王都の屋敷にいたはずのエリザベスの侍女の一人が待っていて、薔薇のような幾重にも赤色のレースが重ねられたドレスを抱えていた。
「ローズ。後のことは私に任せるといい」
戸惑う彼女にそう言って、逃げるようにケヴィンはいなくなってしまった。
(っていうか、今から地獄の準備が始まるのか。入浴、マッサージ……)
気が遠くなるローズには構わず、マチルダが後方を固め脱出路を塞ぐ。
食事は小さなサンドウィッチのみ。
着替えを済ませ、化粧に、髪。飾り付けを終わらせたのは日が傾いた頃だった。
「マチルダ。準備の方は大丈夫かしら? 」
「ご安心ください。完璧です」
「いえ、私のことじゃなくて、会場の」
「会場も完璧です。気が早いお客様はすでにいらっしゃっています」
「そうなの?それは挨拶をしなければ」
「ローズ様。あなたは次期領主夫人であり、次期公爵夫人です。挨拶は会場にて行えばいいのです。こんなに早く来る方が異常なのですから」
マチルダにしては珍しく、少し憤慨した様子でローズが戸惑っていると、扉が叩かれた。
「ケヴィン様をお連れしました。入っても構わないでしょうか?」
それは侍従のエドで、マチルダはローズに確認した後、扉を開ける。
エドが道を譲り、ケヴィンが部屋に入ってきた。彼は白のタクシードを身につけており、ポケットにはドレスのレースと同じ布地のハンカチが顔を覗かせている。
彼の赤色の髪は撫で付けられ、その青い瞳は蝋燭の明かりを受け、輝いていた。
(本当、綺麗な顔をしている。前からそうだったけど。眼鏡は知的に見せる分、その美貌を少し隠しているようだったもんね。わざとだったかもしれないけど)
「ケヴィン様、何かおっしゃることがあるんじゃないですか?」
ローズもそうだが、ケヴィンも無言で立っていて、侍従のエドが催促するようにその背を押していた。
「エド。ケヴィン様が痛そうよ。……お義母様に贈っていただいたドレスは本当に素晴らしいです。レースを何重にも重ねているのに、重く見えないですよね?」
「あ、うん。そうだ」
(何か言葉のキレが悪い。どうしたんだろう。ケヴィン様)
ローズが心配そうに見上げると、ケヴィンが安心させようとするかのように微笑む。
それはロイのことを話す前の笑顔、結婚する前の蕩けるような微笑みであり、ローズは見惚れてしまう。
「どうした?」
「な、なんでもありません。ケヴィン様。エスコートをお願いできますか?」
「もちろんだ」
手を差し出され、彼女はその手に自らの手を重ねた。




